+ 立冬 (柊族) + 「寒くなってきましたね」 モズは両手をこすり合わせ、はーっと息を吹きかけた。 「おまえはいいですね。年中ウサギ毛のマフラーつきで」 トウベエは知らん顔でひげをしごいている。モズは横目でそれをねめつけたのち、もう一度手に息を吹きかけた。 「平闘神士の安月給ではアンゴラのマフラーなど手が届きませぬ。しかし……」 風がびゅうっと吹きつけてきた。モズは思わず首をすくめ、涼しい顔でひげをそよがせているトウベエに恨めしげな視線をくれた。 「……誇り高い闘神士がポケットをカイロでぱんぱんにしているというのもサマになりませぬ。となれば」 モズはまたトウベエを見た。 「トウベエ。自給自足とはよい言葉だと思いませぬか」 トウベエは知らん振りだ。目を閉じて鼻をぴくぴくさせている。 「何もマフラーを作れるほど刈ろうというのではありませぬ。ほんの少し、両方の手袋が作れるほどでよいのです。そうだ、おまえの分も作ってやりましょう」 語りかけているようでいて、ほとんど独り言のような声でモズは続けた。 「……ハサミもこれ、このとおり持ってきておりまする」 さっとトウベエの腕に手を伸ばすと、ぱっと一足、トウベエが逃げる。モズは舌打ちした。 「冗談ですよ。真に受けることはないでしょう」 トウベエがちらりとこちらを見た。何を白々しい、とまあそんな目だった。今度はモズがそ知らぬふりをする番だ。 「モズーっ!! 悪い悪い遅れてーっ!」 やたら元気なカンナが、右手を高々と振りながら駆けてくる。モズはため息をついて時計に目をやった。 「47分25秒の遅刻ですよ、カンナさん。戸外で待つのは辛い季節になってきたのですから、時間は守ってください。これこのとおり、トウベエも震えておりまする」 カンナは快活に笑い飛ばした。 「どうしても寝坊しちゃうんだよ。もうあきらめて暇つぶしの道具でも持って来いよ!」 「……ええ、とうに」 モズは肩をすくめ、持ったままのハサミをポケットに押し込んだ。 06.11.11 |
+ 小雪 (埋火族) + 「思ったんだけど」 膨らんだ鞄を肩に引っ掛け、にぎわう通りをつかつか歩きながら、マドカが言う。 「こんな風に歩かなくても、あんたにつかまって空を飛んでいけば早いんじゃない?」 『無理無理。寒いって人間には』 「今も十分寒いよ」 『上のほう風切って飛んだら、マドカ凍っちまうぞ』 マドカは、ちぇ、とか何とか口の中でつぶやいて、それから吹いてきた風に身をすくめた。二の腕をこすり、 「さむ……」 つぶやく息が白い。 『だから勢いで家出したりしなければよかったじゃん』 呆れての一言はいたくお気に召さなかったらしく、 「うるっせーよ、バカ!」 周囲の人間達が振り返るのもかまわず、いきなり乱暴に言い捨てた。まったく、いつどこで覚えたんだこんな言葉づかい。 「あんな家にいられるかよ。子ども扱いして。あたしはもう立派に働いてる大人だっつーの」 肩の鞄をゆすり上げ、小声で言いながらせかせかと歩く。 『つくづく、ハシカには早くかかっておくべきだったよなあ』 思わずこぼすと、マドカは瞬きして視線を上げた。 「は? ハシカ? 寒いから風邪ひくって言いたいの?」 『いーや、ハシカ。ま、風邪もひきかねないけどなあ』 タイミングよく、マドカがくしゃみをした。 「そうかも。急ご。本社にさえ着けば仮眠室には24時間暖房入ってるから」 ハシカには早くかかっとくべきだよな。さもないとこんな風に無鉄砲に家を飛び出して、あんな殺風景な仮眠室目指して寒空の下を行進するはめになるんだ。高校2年にもなってやっと反抗期を迎えたりすると。 「あんな家2度と帰らないから」 『あ、そう』 気の無い返事を返したのも気づかず、マドカはいっそう足を速めた。 「コウフク、がんばって働くよ。お金ためて、かわいいマンションで一人暮らしするの。駅前の店にあるソファを置いて、犬飼って、友達たくさん呼べるように食器もいいのそろえて」 『ひたすら形から入んだなあ』 「うるさいなあ、いいじゃん。あと、旅行ね。フランスと、イタリアと、スペイン」 マドカはそこでこっちを振り返った。 「きれいだったでしょ? ほら、テレビでやってたひまわり畑。誰も見てなかったら、コウフク降神してあげるよ。思いっきり飛べるよ」 『あー、確かにいいな、それ』 ずいぶん前にテレビで見た、一面のひまわり。その上を――マドカを背に乗せて――思い切り飛ぶのはきっと気持ちいいだろう。 「でしょ?」 マドカは顔一杯で笑った。 「きっと行こうね、コウフク。2人で」 『あったかくなったらなあ』 「つまーんないの」 歌うように言って、マドカはまた二の腕をさすった。 コウフクの口調がわからないー! 06.12.8 |
+ 冬至 (玄武族) + 「ヒマじゃのう……」 『ヒマヒマ〜』 玄武のラクサイ様は、今日も名落宮の一角で無聊をかこっておりました。 「散歩にでもおいでになってはいかがですか?」 部屋中央の泉のほとりから、芽吹のバンナイさんが苦笑交じりの声をかけます。こちらは古い書物を手にして、退屈とは程遠い様子でした。 「い〜や、散歩なんぞつまらん」 『ツマラ〜ン!』 2匹の海蛇が唱和します。 バンナイさんは小首を傾げ、「では」と続けました。 「人間界の様子でも見に行ってみるとか……。ラクサイ様ならば、わたくしよりもずっと長く人間界にとどまれるでしょう」 「ワシが行っても仕方ないわい」 ラクサイ様はちょっとスネたように言って、ちらっと部屋の隅を見、それから目を閉じて、 「む〜、つまらん」 とぼやきました。 「散歩に、おいでになってはいかがですか?」 バンナイさんは再度うながしました。少し考えてから付け足します。 「師匠の予知能力ならば、すれ違いにはならないと……」 ラクサイ様はやはり「む〜」とうなっておりましたが、 「わかったわい。……来んやつが悪い。なくなってから来ても食べさせてやらんぞ」 部屋の隅においた箱のふたを開けました。中には橙色も鮮やかなみかんがつまっています。 「散歩のおやつじゃ」 それをひとつずつ海蛇にくわえさせ、てくてくと部屋を出てゆきました。 その後姿を見送り、 ……せっかく、一緒にみかんを食べようと待ってるのに。このままじゃ師匠が待ちくたびれてしまいますよ。 ……早くおいでください、ヤクモくん。 バンナイさんは抑えきれない微笑をそっと袖で隠しながら思うのでした。 07.1.4 |
+ 小寒 (黒鉄族) + 「……でー……た……し〜……っぴばー…………でー……くし〜」 吉川ヤクモさんは、かすかに聞こえる鼻歌に、ふと足を止めました。 深夜です。 誰もが眠りにつく午前2時、のどの渇きに目を覚ましたヤクモさんは寝ぼけ眼で台所に向かいました。板張りの廊下を歩くうち、誰かが声を潜めて歌うのが聞こえてきたのでした。それも目的地の台所からです。 ヤクモさんは気配を殺し、そっと台所をのぞきました。 「はっぴばーすでーワタクシ〜、はっぴばーすでーワタクシ〜」 黒い身体にたすきがけ、青いはかま。リクドウでした。こちらに背を向けたリクドウが、鼻歌交じりにスポンジケーキにクリームを塗っているのです。 「はっぴばーすでーでぃあワタクシ〜。はっぴばーすでーワタクシ〜」 クリームをきれいに絞り、イチゴを乗せ、リクドウは最後に小さなチョコプレートを飾りました。『Happy Barthday RIKUDOU』とつづってあります。 腰に手を当ててケーキを見下ろし、何度もうなずいた後、 「はっぴばーすでーワタクシ〜」 また歌いだしたリクドウを置いて、ヤクモさんはそっと台所を後にしたのでした。 明けて翌日。 「リクドウ、これ。誕生日おめでとう」 ヤクモさんがどこかおずおずと差し出したショートケーキに、リクドウは小首を傾げた後、「ぶはははは」と笑い出しました。 「今がワタクシの節季だからですか? ちょっとちょっと、式神に誕生日はありまへんがなっ!」 軽く裏拳ツッコミを入れ、 「いやぁヤクモもなかなか予想外のボケをしてきますなあ。ワタクシも精進しなくては!」 また大笑いします。 「いや、ツッコミ待ちのボケじゃなくて……。なんかさ、俺、そういうことに気がまわらないやつだから。今まで悪いことしたな」 「そーでんなー、式神といっても年1回お誕生日会を……ってちゃいまんがな!」 また裏拳ツッコミを入れ、「今のがノリツッコミですよ!」とリクドウはご機嫌です。 「いやあヤクモもようやく芸人魂に目覚めてくれましたか! 目指すは年末のM−1優勝ですな! 頑張りましょう!」 「いや、そうじゃなくて。あとな、言いづらいんだけど」 ヤクモさんは続けようとしたのですが、 『何なに? あれ、ケーキ? 珍しいねヤクモがケーキ食べるなんて』 タンカムイが早速出てきました。続けてサネマロたちも零神操機から現れ、 『甘いものは人間の脳に必要でおじゃる』 『疲労回復にも効果があると聞く』 『そうでありますか! 人間には色々と必要なのでありますな』 あたりがあっという間ににぎやかになったので、 「……バースデイの2文字目はAじゃなくIだったと思うぞ」 どこか遠慮がちなヤクモさんの言葉はあっけなくかき消されたのでした。 07.1.11 |
+ 大寒 (凝寂族) + 「では、今日の授業はここまで。各自復習を怠らないように。解散!」 がたがたと席を立ってゆく生徒たちを横目に、ムツキは教卓の上をさっさと片付け、廊下へと足早に出た。 「ふう……今日の授業も満足の行くものでした。案外、私にはこうして教鞭をとるほうが似合っているのかもしれません」 シュコー、とエビヒコが同意した。 「おまえもそう思いますかエビヒコ。うむ、有望な後進の指導に当たるというのも、なかなかに有意義な仕事ですよ」 天・地・神三流派の大戦が終結した後、ムツキはミカヅチ本社地流本部にある闘神士育成機関で、教師として働いているのだ。 「皆まじめな生徒ばかりです。闘神士はこうでなくては」 ぐっと拳を握ったその横を、若い女生徒らがきゃらきゃらと話しながら通り過ぎてゆく。 「あたしさー、チョコ買いたいんだけどー、いっしょに来てよー」 「えー、なにー、バレンタインー? 気が早くね?」 「早く買っとかないとさー、売り場混んでうざくねー? 義理相手のなんてテキトーだしー」 げらげら笑いながら彼女らが通り過ぎると、ムツキは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。 「これだから若い娘は……。頭が空っぽでどうしようもありませんね」 シュコー、とエビヒコが異議を唱えた。 「何ですかエビヒコ。大体、若い娘は製菓会社の策略に踊らされすぎなのですよ。まったく、色恋沙汰の前にもう少し知性というものを……」 「先生!」 華やいだ声がムツキを呼び止めた。ムツキは一瞬ぴたりと止まり、それからゆっくりと……おそるおそる……振り向いた。その先には髪を軽やかに揺らしたブレザー姿の女子高生がいた。埋火使いのマドカだ。 「な、何ですか、授業の内容についての質問ですか?」 メガネを人差し指で押し上げつつ、つい正視できずに視線がよそを向く。マドカは歯磨きのCMにだって出られそうな輝く笑顔を見せた。 「授業の内容じゃないんです。変なこと聞きますけど、先生、甘いものってお好きですか?」 「あ、甘いもの? まあそこそこは」 「そうですか、良かった!」 ひときわ嬉しそうに笑う。背後にひまわりが似合いそうだ。 「あ、それだけなんです。お忙しいところを呼び止めてすみませんでした。それじゃ、失礼します!」 ぺこっと頭を下げ、さわやかに駆け去った。その後姿をムツキは呆然と見送り……。 「……はっ! だ、だまされませんよ。私はバレンタインなどという浮ついたものに興味はないのです。いえ、彼女はバレンタインなどと一言も言っていないのですからそんなことを言うのもおかしいのですが。とにかく私は惑わされません!」 やたら大またに歩き出す。 「ええ、だまされませんとも。惑わされませんよ」 シュコー、とエビヒコがため息をついた。 07.2.3 |