+ 2人目 +


「1人で大変ね、タイザン」
 皮肉っぽいオオスミの声がした。
 火の消えたタバコを口のはしにくわえた技研の部長が、白衣の研究員たちを従えて、吹き抜けに面した二階のフロアに立っている。
「おかげさまで」
 つい皮肉で返してしまったが、オオスミはかまう様子もなく、タバコを指先に取って腕を組んだ。
「何ならわが部が手を貸してあげても良いわよ」
「本当ですか?」
 思いがけぬ言葉に、タイザンは勢いよく枝の上に立ち上がった。
「本当よ」オオスミは大きな口をにいっと広げた。「今やってる研究が行き詰ってるのよ。何か気分転換が必要になってきたところだったのよね。ちょうどいいわあ」
「ならばぜひ! オオスミ部長、ありがとうございま……」
 タイザンは唐突に口をつぐんだ。
「……オオスミ部長。見返りに何をさせるおつもりですか?」
 オオスミは唇をますます大きく広げた。
「察しがいいわねえ、天流討伐部長」
「おかげさまで」
 今度こそ本気の皮肉を返しながら、タイザンは目の端でオニシバの位置を確認した。神操機をいつでも取り出せるよう、左手を内ポケットに近づける。
 と、オオスミがけらけらと笑い声を上げた。
「そんなに警戒しないでほしいわねえ。私たちが望む見返りは、来年私たちが当番になったとき、手伝ってほしいってことなのよ?」
「……は? そんなことですか?」
 オオスミは楽しそうにとがったあごを上げた。
「研究者にとって、研究がのりにのってる時に手を止めさせられるってのは耐え難い苦痛なの。考えるだけでも寒気がするわ。
 来年のこの時期、そういう状況になってたら、そっちの活きのいいのを4・5人ばかり貸してもらえないかしら?
 約束してくれるなら、今年はウチがそっちを手伝ってあげてもいいわよ」
 タイザンはぽかんと口を開けたままでいた。
「本当に、そんなことでよろしいのですか?」
「ま、文系男にはわからないでしょうねえ」
 オオスミはまたけらけら笑った。タイザンもつられて苦笑した。まったくこれだからこの人は、と。
 ……オオスミに借りを作るのは業腹だが、まあよかろう。このような取引ならば。
「そんなことでよろしいのなら、いくらでもお貸ししますよ、オオスミ部長」
「そう。ありがたいわ。じゃ、ひとまず今年の分をさっさと片付けましょうか」
「はい」
 オオスミはうなずき、
「じゃ、あなたたち、始めて」
 背後の白衣軍団に右手をあげてみせた。彼らはいっせいに動き出す。ある者はモニターや各種計器を組み始め、ある者はノートパソコンを起動し計器からのコードをつなぐ。そしてある者は特大の注射器をとりだした。怪しいエメラルドグリーンの液体がつまったそれを手に、くるりとこちらを振り向き……その無機質な瞳と、タイザンは思い切り目があった。
「あの、オオスミ部長? ……ツリーの、飾り付けでは」
「そうよ」オオスミは何でもなさそうに応じた。「新開発の薬品で、オニシバを擬似大降神させるのよ。ツリーの上から飾りをばらまけば適当な枝にひっかかるでしょ。一瞬で終わるわよ」
「…………帰れ」
「人の好意は素直に受け取るものよタイザン」
「黙れ。何が好意だ。うっかり期待した私が馬鹿だった」
「素直じゃないわねえ。かまわないわやりなさい」
 タイザンはじりじりと近づく研究員をにらみ、
「オニシバ! 技研まで行ってデータのバックアップに神速血盟蹴をぶちこんでこい! 私が許す!」
「へい!」
「あ、ちょっと! 待ちなさい!」
 悲鳴を上げてオニシバの後を追う技研の一団を見送ることもせず、タイザンはオニシバが戻るまでの間に少しでも作業を進めようと、また新たな飾りを手に取った。
06.12.16




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