+ 立秋 (楓族) + 太白神社を取り巻く森の中。北条ナナめがけ矢を打ち込んできた式神を追って、俺はコゲンタとともに森の中を走っていた。 「コゲンタ、後ろ!」 一緒に走っていた豊穣のネネが、警戒の声を上げる。と同時に、コゲンタが背後からの必殺技に弾き飛ばされた。 「コゲンタ!」 「ヤクモ、印を……!」 叫ぼうとしたコゲンタが、現れた式神に踏みつけられる。きりきりと弓を引き絞るその式神は、 「楓のダイカク、見参!! 死ね、白虎!」 白い甲冑に、大弓。そして頭には、大きく広がった角があった。……つまり。 と俺は一瞬で考えた。 これはトナカイか。 ………………ってことは肩の上のあれがサンタさん?ちょっとイメージ違うしあれがサンタだったら子どもたちの夢がこっぱみじんもいいとこだしそもそも季節が違いすぎるって言うかうちは神社だから宗教も違うしああでも小さいころからうちにもサンタさんはちゃんと来てくれててまあもう小6だから正体はとうさんってことくらい知ってるけどでもとりあえずトナカイのあのコスチュームはちょっと暑苦しそうでもうちょっと季節感を考えたほうがいいんだろうけどでもちょっとかっこいい気もするというか、 「ぼうっとしてんじゃねえヤクモ! 印だ!!」 「コゲンタ、トナカイに攻撃はまずい! 今年からクリスマスはどうするんだ?!」 「トナカイじゃねえ! こいつはヘラジカだ!」 「あ、そうなのか? じゃあやっちゃうか」 ネネが作ってくれた隙をつき、俺は印を切る。 「破軍孤影斬!」 「豪腕弦風車!」 必殺技同士がぶつかり、激しい衝撃波を撒き散らしてはじけあう。敵式神はさらに技を放った。 「鳴枝呼颱!」 引き絞った弦から、いくつもの矢が放たれる。 ……弓、いいなあ。俺はちらっと思った。小さいころからよく、輪ゴムと竹ひごで弓っぽいのを作ったけど、うまく飛んだためしがないんだ。 コゲンタがあれを装備したらどうだろう? ……(想像中)…… 結構かっこいいんじゃないか? この式神を倒したら、あれ、もらえないかな。 「場の属性が悪すぎるぜ。この状況を変えなきゃどうしようもねえ」 コゲンタがうめく。確かにそうだ。この状況を変えて、式神を倒さなきゃもらえるものももらえない。 「そうだ! コゲンタ、こういうのはどうだ?」 俺は神操機のホルダーに手を伸ばす。くしゃくしゃになって突っ込んであった符を取り出して構えた。 「成程その手があったか!」 コゲンタが笑う。俺も笑顔を返した。 「式神だろーが! 言われたとおりに動けっつーの!」 煙の向こうから、仲間割れの声がする。敵の混乱を利用するのは、勝つための戦い方の王道だ。 「行くぞコゲンタ!」 「よっしゃあ!!」 コゲンタは西海道虎鉄を構えて走る。 弓を装備してかっこよくなったコゲンタを想像して、俺はちょっとどきどきしながら印を切った。 「やっぱ、もらえないもんなんだな……」 「お前、そんなこと考えながら戦ってたのか?! ちょっとそこ座れ! 大体お前はなあ!」 06.08.21 |
+ 処暑 (癒火族) + 外が白く煙るような雨の日でした。天流闘神士吉川ヤクモさんは、縁側に座って外を見ておりました。 「すごい雨だね、ヤクモ」 肩の上に浮かんだダンカムイが言いました。うん、とヤクモさんはうなずきます。 「ヤクモヤクモ、降神してよ。庭で遊んでもいいでしょ?」 タンカムイがまた言いました。庭は一面みずたまりで、その上にさらに雨が降り注いでしぶきがはねています。みずたまりは一部で細い川になり、吉川家の庭を右から左へ流れてゆくのでした。 「だめだ、イヅナさんに叱られるからな」 「ちょっとだけなら見つからないよ」 「だめだったらだめ……ん?」 ヤクモさんは思わず言葉を止めました。視界の右端に、何か黄色いものが映ったのです。 『それ』は吉川家の庭の生垣の間を、今まさにつっかえつっかえ抜けようとしているところでした。大雨でできた即席の川に浮かんでいるのは、おわんのような玉子の殻のような船です。そしてその中では、幼稚園帽子をかぶったひよこが刀を櫂の代わりに、生い茂る枝を避けて右へ左へ船を操っているのでした。 ヤクモさんは腰を浮かしました。おわんの船が生垣の間を無事すり抜けたのを見てとると、いきなり立ち上がって走り出し、やがて奥の納戸から出した虫取り網を持って駆け戻って来ました。 「ヤクモヤクモ、あそこ!」 タンカムイが指差します。おわんの船は今、吉川家の庭の中ほどを、どんぶらこどんぶらこと下っておりました。水深が浅いせいか、時折川底にぶつかっては止まり、迂回して進むことを繰り返しています。 「慎重にね、ヤクモ」 そう言うタンカムイに「しーっ」と人差し指を立ててみせ、ヤクモさんはそうっと縁側にひざをつきました。音を立てないように虫取り網を差し伸べます。 即席の川は大きく蛇行しながら庭を横切っています。おわんの船は今まさにその蛇行の最大のカーブ……つまりもっとも縁側に近くなるポイントへと差し掛かっておりました。 おわんの船の中で、ひよこは至極真剣な顔をして、この急なカーブを曲がりきることに全神経を傾けているようです。櫂を握る両手(もしくは両手羽先)には力がこもり、鋭い視線は水面のみに注がれているのでした。 ヤクモさんはゆっくりと虫取り網を近づけました。そして一気に――― 「たあっ!!」 ひよこめがけて振り下ろした瞬間、櫂は力強く水をかき、おわんの船は鋭い加速でカーブをすばやく通り抜けたのでした。 「あ〜……」 ヤクモさんとタンカムイは肩を落として、遠ざかるおわんの船を見送りました。やがて水色の後姿は、生垣の間を抜ける流れとともに二人の視界から消えました。 「……残念だったね、ヤクモ」 「ああ……」 二人は力無い声を交し合います。 相変わらず雨は強く、庭は白く煙っているのでした。 06.09.01 |
註:以下2つほど、小ヤクモさんがアレです。 + 白露 (豊穣族) + 「ナナ、準備はいいわね」 「うん、お姉ちゃん」 私、北条マリと妹の北条ナナは、ある隠し社で闘神機を手に向かい合っていた。 失ったルリとネネの代わりに、新たな式神と契約をするために。 「じゃあ、私からいくわ。太極の神々よ、われらにご加護を……式神、降神!」 現れた障子の向こうに映る影。頭にネコミミのついたそれは……。 「ネネ?!」 『えっ……マリ?』 障子がすばやく開いて、見慣れた豊穣のネネが現れた。やわらかい手のひらで口元を覆い、「ナナも!」と声を上げる。 「ネネ!」 ナナが駆け寄り、抱きついている。 「よかった、無事だったの」 「ナナこそ無事だったんだ。式神界で心配してたよ」 そんな会話を聞きながら、私はこのときやっと気づいた。私たち姉妹の節季が白露である以上、また豊穣族の式神と契約することになる。同じ式神とは二度と契約できないから、私はネネと契約することになった。つまり、ナナが契約するのは……。 目の奥がじんと熱くなった。 ルリと、また会える。 ルリはいつも私と一緒にいてくれた。私がナナとネネを犠牲にしようとしたときでさえ。何も言わずに……。 せめてもう一度ゆっくり話せたら、言いたいこと、謝りたいこと、ありがとうと伝えたいことが山ほどあるの。 「ナナ、私はもうマリの式神だよ。ナナも早く誰かと契約したほうがいいよ」 ひとしきり旧交を温めたのち、ネネが穏やかに促した。ナナはそれにちょっとさびしげな顔をしたけれど、「……うん」と闘神機を手に取った。 私は胸の高鳴りを表に出すまいと、深く息をする。ナナが闘神機を掲げた。 「太極の神々よ、われに力を与えたまえ……式神、降神!」 ……ルリ! 『僕を呼び出したのは君かい?』 聞き覚えのない男の声がした。ネネが首をこてんと倒す。 「あ、アンジ」 「アンジ…って誰?」 ナナがネネを振り返る。と同時に、 『おや……契約成立だね』 すぱーんと障子が開いた。立っていたのは見たこともない猫男。 「よろしく、新しいご主人様。僕は協力を司る豊穣のアンジ。ふふ、ずいぶんとかわいい子猫ちゃんだね……」 不敵な笑みを浮かべた猫男は、優雅な動きでナナのそばへ寄り、そのあごに手をかけようとした。ナナは真っ赤になって固まり、「お、お姉ちゃん〜!」と助けを求めるような声をあげる。 私はただあっけにとられていた。穴が開くほど見つめても、猫男は猫男。 ルリじゃない。ルリじゃないわこの式神。そんなのってないじゃない。それになにより、 「……妹の教育に悪いわ。ネネ、ゴー」 「もう、仕方ないなあ。ごめんねアンジ」 ニャハハ、と笑いながら、文殊陀数奇を手にネネが地を蹴った。 「私たちも新しいパートナーと一緒に修行しなおすわ。なんか複雑な気持ちだけど……」 闘神機を見つめるナナに、吉川ヤクモは少し首をかしげた。 「複雑って?」 「……なんでもないわ。それより、マホロバを倒すことを考えて。また会おうね」 そう、それでいいのよ、ナナ。ルリとネネの気配をそばに感じながら、私も力強くうなずいた。 * * * * 「ところでさ北条のお姉さん。教育に悪いって点では、ルリもアンジとどっこいどっこいじゃないか?」 「……覚悟しなさいモンジュの子。ネネ、行くわよ」 「ヤクモ…どうしてお前そうわざわざ角が立つことを……」 06.09.22 |
+ 秋分 (白虎族) + 「コゲンタと契約して、もう一年か。早いもんだな」 窓辺で景色を眺めながら、ヤクモさんが言いました。 「そうだな。戦いに明け暮れてたってのにお前はなんとか進級もできたし、無事モンジュ石化一周年を迎えられて感無量だぜ」 「……石化一周年とか言うな」 「わ、ワリィ。謝るから符をしまえよ」 ヤクモさんはしばらくコゲンタとにらみ合った後、『滅』の符をポケットにしまうとまた窓辺から景色を眺め始めました。 「この一年、いろんなことがあったなあ。本能寺の変に立ち会ったり、桃太郎と会っちゃったり、ツクヨミさんと出会ったり…」 またポケットから符を出して、やわらかく和んだ瞳で見つめます。 「元気にしてるかなツクヨミさん。符が足りないって、困ってなきゃいいけど…」 「そう思うなら黙ってごっそり持ってくるなよ」 「も・ら・っ・た・ん・だ。人聞きの悪いこと言うな」 「だから符を突きつけるのはよせよ。お前のガンつけはマジで怖ぇんだよ」 再度にらみ合い、ヤクモさんはまた符をしまいました。窓にもたれ、 「コゲンタのせいで壊れた闘神機ひとつで、符もなしに一人になるのは危険だったもんな。俺が今無事にあるのは、ツクヨミさんのおかげだ」 「壊れたの俺のせいじゃねぇだろ。あと、それでも黙って盗ってくるのはだめだろ」 「そうだ、ラクサイ様とバンナイさんにも会えたっけ。コゲンタのせいで壊れた闘神機を、2人が新しい零神操機に変えてくれたんだったよな。あの時は大変だったけど、ラクサイ様とバンナイさんのおかげで何とか乗り切れたっけ……」 「だから俺のせいじゃねぇっつの。さっきの俺の台詞は無視かよ」 ヤクモさんは目を閉じ、この一年でめぐり合ってきた人々の顔を思い浮かべます。記憶の中の彼らはみな微笑み、ある者はこちらに手を振っていて、ヤクモさんはとても暖かい気持ちになるのでした。 「よし」 ヤクモさんは立ち上がります。零神操機を胸に当て、「とうさん」とつぶやきました。 「とうさん、俺は必ずマホロバを倒して、とうさんを助けてみせる。だから見守っててくれ、とうさん……」 モンジュ、とコゲンタもつぶやきました。そして声には出さず、 ――俺もだ。俺も必ずマホロバを倒し、お前を助けてみせる。だからその時には……。 「よっし! ご飯の時間まであと30分! イヅナさーん、腹ごなしがてら、最近見つけた伏魔殿ってとこの探索してくるよ!」 「またですかヤクモ様。ちゃんとご飯の時間までに帰ってきてくださいね!」 はーい、と返事をしつつ、軽い足取りで玄関に向かうヤクモさんの神操機の中で、 ――その時には、こいつの教育方針についてたっぷり意見させてもらうからな! コゲンタはモンジュさんへと呼びかけておりました。 06.09.24 |
+ 寒露 (白銀族) + 「では、天流宗家をわなにかけるための餌になる人間がいるわけだな」 「ああ。あんたの部下で誰かいるだろ。頼んだぜ」 「わかった。お前も上手くやれよ」 と雅臣さんに言って伏魔殿を後にしたものの、タイザンは少し困ってしまいました。主だった部下は天流宗家にやられてしまい、天流討伐部はいいかげん人手不足なのです。 『ダンナ、あの人がいるじゃありやせんか』オニシバが飄々と言います。『前にヘマをやって仕事がなくなっちまった、白銀の姐さんを使う御仁ですよ。たしか、ムラサメとか言いましたっけね。あれからずっと、天流討伐部室で無聊をかこってるんでしょう?』 「ヤツか」タイザンは渋い顔をしました。「確かにこういうはかりごとが好きそうではあるが、あやつにやらせるのは気が進まぬ」 しかし人手不足なのです。本社に戻ったタイザンは天流討伐部室に向かい、案の定自席で暇そうにぼやいていたムラサメを見つけたのでした。 「不満そうだな、ムラサメ」 「こ、こりゃあタイザン部長……!」 タイザンから一連の計画を聞くと、ムラサメは手を打ちました。 「そうやって罠にかけてやればいいってことですかい。こりゃあ上手くいきますぜ、いやあ、さすが部長」 そう言ってにんまりした顔は、いかにも『ワタシは悪巧みをしております』と言わんばかりでした。 『なるほどねェ、ダンナが嫌がるのも無理はねェや』オニシバが神操機の中からささやきました。『確かにこのお人、ちょいとハラが顔に出すぎてらァ。天流宗家がだまされてくれるもんか、心もとありやせんぜ』 タイザンは返事をしませんでした。そして天流討伐部室の中をゆっくりと見渡したのです。 壁には張り紙がありました。『ゴミ袋の口は し ば る』と書いてあります。 流しにも張り紙がありました。『湯飲みは飲んだ人間が あ ら う』と書いてあります。 コピー機の横には箱がしつらえてあり、『ミスコピーはぐちゃぐちゃにせず こ こ へ』と書いてありました。 文房具やら資料やらが入ったキャビネットはきれいに整理してあり、『整理整頓』と書いた紙が扉に張ってあるのでした。 「あれはお前がやったのか?」 タイザンの指を追ってキャビネットを見たムラサメは、ばつが悪そうに頭をかきました。 「ハハ、いや、ヒマでヒマで仕方なくてついね……。その割りにゃ自分の机はこんなにぐちゃぐちゃなんですが、ヒトのところが汚いとつい気になっちまうタチで。しかし、部長じきじきに任務をもらったわけですし、これからはバリバリ戦いますぜ!」 タイザンはやはり返事をしませんでした。1年前、ムラサメが仕事を干される前の天流討伐部室の光景を思い出していたのです。ゴミ箱からあふれた紙くずに、流しに山積みになった湯のみ。手当たりしだいものが詰め込まれどこに何があるかさっぱりなキャビネット。片付けさせても片付けさせても、3日とたたぬうちに元通りになるそれらは、週に1度、定期的にタイザンを切れさせるに十分なものだったのでした。 「……ムラサメ、天流宗家にやられるなよ。必ず無事に戻って来い。おまえはこの天流討伐部に必要な人間だ」 この言葉にムラサメは胸をつかれたようでした。感に耐えないといった顔で、「タイザン部長……」と声を詰まらせたのです。 「わなにかけるだけとおっしゃいましたよね、タイザン部長……」 大降神した白虎を呆然とみあげつつ、ムラサメはうめきました。白虎は凶暴な目で彼をにらみ、巨大なこぶしを振り上げます。それをはるかに見下ろしながら、 「いえいえ、計画通りですよ、ムラサメくん」 タイザンはとりあえず口先だけでは強がってみるのでした。 06.09.22 |
+ 霜降 (秋水族) + ノックとともに大鬼門建造部長室に入ったタイザンが、 「失礼しますナンカイ部長。先日の件でお話が……」 といいかけたのを「しーっ」とさえぎったのはナマズボウでした。 「ウミちゃん、今昼寝中だYO」 降神されたナマズボウの後ろに、デスクに突っ伏して眠っているナンカイ部長が見えるのでした。昼寝中というよりは、多忙な業務の疲れがたまって、つい眠り込んでしまったという様子でしたが。 「ああ、ならば遠慮するか。ナンカイさんに、また出直してくるとお伝えしてくれ」 タイザンはそのまま大鬼門建造部長室を辞そうとしたのですが、ナマズボウはそれには返事をせず、 「まったく、ウミちゃんも働き者だYO」 と言ったのでした。 「会社に泊まりこんでもう1週間だYO。単身赴任のマンションに帰らないのはべつにいいけど、四国のHONEYのところに一年以上帰っていないんだYO? いくらウミちゃんのHONEYができた人でも、このままじゃさすがに捨てられちゃうYO〜」 「……ウミちゃんのはにいとは誰だ?」 『おかみさんのことじゃありやせんかい』 こそこそと相談するタイザンとオニシバを気にもせず、ナマズボウはナンカイさんを振り返ってため息をつきました。 「ボクは心配なんだYO。闘神士の役目は大事だけれど、今のウミちゃんたちの仕事が本当に闘神士の本分なのかどうかは疑わしいYO。そんな仕事で無理をしすぎるより、もっとやるべきことがあるような気がするYO。……タイザン、ボクの言ってることわかってる?」 「…………あ、ああ。わかっている」 いきなり呼ばれて、なんだ愚痴かスキを見てさっさと帰ろうと考えていたタイザンはかなりびっくりしました。 「ナンカイ部長に、もっとお体やご家族を大事にしていただきたいということだろう」 「わかってないYO」 ナマズボウはため息をつきました。いや、そういう話だったろう……とタイザンは反論しかけましたが、 「ボクはキミのことも心配してるんだYO」 続いた言葉に思わず反論を停止しました。 「若いうちっていうのは、いろんなことを経験して人間の幅を広げる時期なんだYO? 仕事だけじゃあ偏るし体にもよくないYO。ウミちゃん以上に仕事人間なキミのことが心配だYO」 「式神に説教されるいわれはない」 そんな憎まれ口を叩いたタイザンにかまわず、ナマズボウはオニシバのほうに顔を向けました。 「キミからも時々言ってやったほうがいいYO。進路をつかさどる霜花族ならなおさらね」 『あっしがついてながら面目ありやせん、秋水のダンナ。うちのダンナのことを気にかけていたでェて、ありがとうございやす』 オニシバが頭を下げたので、タイザンは不機嫌な顔になりましたが、それ以上の憎まれ口は叩かなかったのでした。ナマズボウは長いひげをピコピコ動かし、大きな口を左右に広げて笑いました。 「わかってくれてよかったYO。それじゃ、これ」 と、一枚の写真を差し出しました。可愛らしい顔立ちをした妙齢の女性が、恥ずかしげに微笑んで映っているのです。 「何だこれは」 「ウミちゃんの娘さんのお見合い相手を探してるんだYO。来週あたりどう?」 タイザンはくるりと踵を返しました。 「断る。帰るぞオニシバ」 その腕をナマズボウが雷光の速さでつかみます。 「そう言わないで会ってみるだけ会ってみるもんだYO。若いうちは人生経験を」 「いらん! 私にナンカイ部長をお父さんと呼べと?!」 「しーっ! ウミちゃん起きちゃうYO!」 『もしかしてナンカイのダンナに秘密でやってるんですかい』 「ウミちゃんはこういうことに気づかなくて困るんだYO〜。それより来週あたり」 「断る! クレヤマさんにでも紹介しろ!」 そう言ってナマズボウの手を振り払い、タイザンはさっさと大鬼門建造部長室を後にしました。逃げるように天流討伐部長室に戻り、自分のデスクにぐったりと突っ伏します。 「この時代の式神は、娘の見合い話まで世話するのか」 『さあ……。ま、あのナンカイのダンナですし、心配になるのもわかる気がしやすよ』 タイザンはデスクに突っ伏したまま、自分は絶対そんなことにはなるまいと、固く心に誓うのでした。 06.11.05 |