+  立春 (椿族) +

 薄暗い竹やぶの中。天流討伐部長タイザンは、密生する竹の陰に身をひそめ、天流宗家と契約下請け闘神士スバルが対峙する姿を観察していた。
「きっ、来たな天流! こ、このミカヅチセキュリティーサービス下請け契約闘神士、スバル様が、あ、相手だ」
「……ダンナ」
 既に降神され、タイザンの後ろに控えていたオニシバがささやいてくる。
「ナンカイの親分とこへ送る前に、天流宗家の実力を計るってェ話でしたが、どうやらあの坊ちゃんにァ荷が重そうですぜ」
 タイザンは無言でうなずいた。台詞だけは勇ましいスバルは半ば椿の後ろに隠れ、神操機を持つ手もがたがたと震えている。天流宗家も白虎たちも、相手のあまりの腰の引けっぷりに、完全に戦意をそがれた顔だった。
「……天流宗家が倒さぬのであれば、われわれであの椿を始末せねばなるまいと思っていたが、その必要もなさそうだな。」
「そうですかい?」
「ああ。闘神士があれでは、放っておいても計画の邪魔にはなるまい」
と、その時、「いけ、ホウシュン!」というスバルの声とともに、椿が斧を振り上げた。
 斧は凄まじい速さで振り下ろされる。炎が舞い、そして、
「チンジャオロース、出来たよv」
 天流の式神たちが一斉にずっこけるのが、生い茂る竹を透かして見えた。
「ハハハ、こいつァ面白ェや。確かにダンナの言うとおり、放っておいてもよさそうですぜ」
 愉快そうに笑うオニシバに、タイザンは返事をしなかった。
 ……チンジャオロース、だと? 
 ……ミカヅチ本社の社食メニューも、昨日はチンジャオロースだった。
 ……その前は麻婆豆腐。その前はまたチンジャオロース、その前はまた麻婆豆腐……。

 …………こやつの仕業か!!

「やれ、オニシバ」
「いいんですかい?」
「構わん、やれ」
「じゃ、遠慮なくいきやすぜ」

 ……こうして、一体の式神の名がはかなく散った。
07.2.16





+   雨水(雷火族)  +

 ・ 場面1 ・

 ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、自宅である太白神社の居間でテレビを見ておりました。
『この地方の桜は、ソメイヨシノよりも早く咲くことで有名です。満開の桜に、この週末は多くの観光客がつめかけました』
 流れているのはニュース番組で、ちょうど季節の話題のコーナーでした。テレビの画面には一面の桜並木が映っているのです。
「まだ雨水だというのに、もうお花見ができるのですね」
 ちゃぶ台に湯飲みを置きながら、イヅナさんが感心したような声を上げました。その向かい側でモンジュさんが「ここの桜は早咲きで有名だからな」と微笑みます。
「いいなあ、花見か……」
 ヤクモさんも目を細めました。満開の桜を囲み、みんなでお弁当を広げて笑いあったら、どんなにか心地よいことでしょう。
「この辺りの桜が咲いたら、皆で花見に参りましょう。お弁当をこしらえます」
 イヅナさんも同じことを思ったようでした。「うん。そうしよう。楽しみだな」とヤクモさんはうなずきます。
「この辺りの桜が咲くのは……来月くらいかな」
「もう少し先だろうな。清明の末のころか」
「そっか……。だいぶ先だなあ。待ち遠しい」
 ため息をついて湯飲みを口元へ運んだヤクモさんは、お茶を一口すすって「あちっ!」と声をあげました。
「ああ、ヤクモ様、お気をつけくださいといつも……」
 イヅナさんの小言に、モンジュさんの笑い声がかぶさります。
 それを、タカマルは零神操機の中でじっと聞いていたのでした。

 ・ 場面2 ・
『ヤクモ……ヤクモ』
 名を呼ぶ声が耳に届いて、布団にくるまったヤクモさんはぼんやりと覚醒しました。目を開けると、辺りは真夜中の黒に包まれ、その中でぼうっと光る霊体のタカマルが、ヤクモさんの肩をゆするような仕草で布団の脇に膝をついているのです。
『ヤクモ、降神を』
「……敵か?」
 緊張感のかけらもない、寝ぼけた声でヤクモさんは応じました。目をこすっても、特に怪しい気配は感じられないのです。
『敵ではありませぬ。桜を見に参りましょうぞ』
「さ……くら?」
 タカマルは生真面目にうなずきました。
『この時期に咲いている場所を存じています。だが、ヤクモを連れて空を飛ぶには、昼は人目がありすぎる。この暗さなら人目にはつきますまい』
 ヤクモさんはたっぷり10秒、考えました。というより、寝起きでまっとうな思考能力を取り戻すのにそのくらいかかった、というほうが正しいかもしれません。
「今から、桜を、見に行くと」
 タカマルは真剣な顔でまたうなずきます。
「空を飛んで」
 タカマルはやはりうなずきます。
「俺とおまえで?」
 やっぱり、うなずいたのでした。
「ええっと……なあ」
 言葉を探して、ヤクモさんは頭を掻きました。
『桜を見たいと、昼に話しておられたが』
 タカマルは首をかしげました。ヤクモさんの困惑が伝わったようです。
「いや、うん、見たいとは言ったよ。……うん、見たいな。見たいんだけど、」
 もう一度言葉を探して、ヤクモさんはしばし天井を見上げました。
「……見たいんだけど、その『見る』は俺一人が見るんじゃないんだ。みんなと……」
『一人ではない』
 きっぱりとタカマルは言いました。
 ふたり、と。
 自分とヤクモさんを指差したのです。ヤクモさんの顔には困った笑みが広がり、それはだんだんと、どこか照れたような苦笑に変わりました。そして布団の脇にたたんであった、明日の服を引き寄せたのです。
「わかった。行こう。ありがとうタカマル」
『なに、このくらいお安い御用』
 どこか誇らしげに、タカマルは胸をはったのでした。
07.3.12



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