2020-04-15 更新


 
 
  住宅の温熱・省エネ・パッシブデザインについて学び、伝える野池政宏のホームページ



温熱・省エネをテーマとした野池の議論

私が情報を提供することについて

 これまで私は様々なテーマについて、様々な場面で情報を提供してきた。今回、初めての試みとしてこのホームページという場で情報を提供することにした。
 すでにいくつかのテーマについては情報提供しようと決めているものもあるが、その内容がどのようなものになるのかについては自分でもまだ予測できないところがある(カテゴリーとしては温熱環境・省エネルギー)。また、こうした情報提供をいつまで続けられるかはわからない。
 ただ、ここで提供しようとしている内容は、相当に科学的(専門的)なものになることは間違いない。これまでは、ほとんどの場面でそうしたところは「かいつまんで(結論だけ)」伝えてきた。「わかりやすく、実務的な情報を出す」というのが私の役割であると考えてきたからだ。しかし、温熱環境や省エネルギーに関連する情報が広く、深く、速くなってきたことにつれて、「専門的なところをかいつまんで出す情報」だけでは、そのテーマを十分に理解してもらうには足らないような状況が進んできた。
 ここで問題になるのは、みなさんがそうした専門的な情報をどう読み、どのようにそれを取り扱うべきかである。以下では、そのあたりのことについて(少々話題を広げつつ)述べてみたい。

これ以降のページを読み進める前に、以下の文章と、
次の「ここにある情報を使うときに配慮してほしいこと」のページは
必ず目を通して下さい

科学(研究者)の世界

 デジタル、医薬、機械、インターネット、保険など様々な分野で(もちろん建築の世界でも)、科学に基づいた製品開発、システム開発が行われ、国の施策が定められている。我々は、そうした「科学の世界」でどんな動きがあるかをほとんど知ることなく、パソコンを使い、薬を飲み、家を建てている。大学で理系を専攻し、論文を書いたり学会に出た経験がある人であればその世界がどんな世界なのかはわかるはずだが、そうした人は限られている。しかし、こうした世界がどんな動きをしているかを知ることは本来重要だ。詳細はわからなくても、科学の世界を知ることによって見えてくる部分がある。
 そうした科学の世界を知るためには「現象と理論」という視点が必要になる。多くの研究者は起きている現象を捉え、それを分析し、理論化する(一部の研究者、たとえば理論物理学者は現象を捉えるのではなく理論を重ねることで新しい理論を生み出し、その後その理論が現象に合っていると証明されるようなこともある)。そうやって理論化されたものを学会などに発表し、同じテーマの研究者たちに評価される。そうやって専門家たちに揉まれ、適切な理論が生き残る。
 ここで、そもそも「現象」というものが普遍的に(一定に)存在するかどうかというのも大きなテーマになる。たとえば、(おそらくこの場でも取り上げることになるが)「カビが多い環境で過ごす人には呼吸器系の疾患が多い」ということが普遍的な(一定に認められる)現象であるかどうかについて研究者の間で議論されている。おそらく、「カビが多い環境で過ごす人には呼吸器系の疾患が多いように思う」という話は、臨床現場にいる医師の間で取り沙汰されてきたのだろう。それが一定に認められる現象であるかどうかを分析するのも研究者の仕事だ。そしてそれが科学的に認められれば、次にはそのメカニズムを研究するという段階に向かう。
 ところで、住宅建築の分野では(住宅建築の分野でも?)、いま述べたような「一定に認められる現象」、つまり科学的に実証された事実(科学的事実)であるかどうかを確認しないまま「科学的事実」であると捉える人が多いように思う。これは厄介なことだ(このあたりのことは少し後でも触れる)。
 話を戻すと、そうやって生き残った理論が専門書などに記述されることになる。温熱環境の分野で言えば「建築環境工学」といったタイトルがつけられた書籍として出版されたりする。だから、「温熱環境や省エネルギーの分野で、基礎的なところがどこまでわかっているか?」を知りたいのであれば、こうした専門書を読み、理解するしかない。しかし、それができる建築実務者は極めて限られる。
 国の施策もその基本になっているのが科学であり、理論だ。たとえば省エネルギー基準も、その策定や改訂に当たっては専門家を集めて議論される(ただし、こうした施策は社会や業界の意見も聞く必要があり、消費者団体や業界団体の人も集められる)。なので、省エネルギー基準の解説本を理解することで、「ほぼ確実なものとして扱われている理論」がどんなものかがわかる。実務者の多くは「省エネルギー基準で定められたこと」に注目し、その背景にある理論には注目しない。せっかく貴重な情報源が提示されているのに、そこに注目しないのはとても残念なことだ。そうやって「科学(理論)」に基づかない、不適切な主張や不毛な議論が生まれることになってしまう。

定性と定量

 次に述べたいのが「定性」と「定量」というテーマだ。
 たとえば「保温性能を向上させると、建物全体の室温が上がる」というのは、実務者であれば誰でも知っていることだが、これは「定性的(傾向的)」な理解である。次に「保温能をここまで向上させると、外気温がこれくらいのときに建物全体の室温がこれくらい上がる」というふうに数値で表現できたときの理解が「定量的な理解」となる。
 こう書くと「定量のほうが定性よりもレベルが高い」と思ってしまうかもしれないが、それは正確ではない。
 世の中で起きている現象(宇宙で起きている現象)のほとんどは、それに影響を与えている要素が複数ある(こうした要素を研究者はパラメータと呼ぶが、このパラメータの意味を理解することは極めて重要)。だから「現象」を分析し、理論化するにあたっては、まず「この現象に影響を与えるパラメータにはどんなものがあるか?」ということを探る必要があるし、こうした作業も研究者の重要な仕事になる。
 一方、パラメータがある程度確定されれば、そのパラメータが実際に(数値的に)どれくらいその現象に影響を与えるのかを理論化するという作業も必要になる。つまり、定性的な研究(理解)と定量的な研究(理解)とは、研究(理解)における両輪ということだ。
 話を住宅建築の世界に移せば、こうした「定性、定量」という発想で物事を理解し、発言する人がとても少ない。とくに温熱環境や省エネルギーというテーマは「パラメータがとても多い」というのが大きな特徴である。たとえば「最小限の暖房エネルギーで、冬暖かい住まいになる」という目標を立てたとき、それに影響を与えるパラメータはものすごくたくさんある(気象条件、立地条件、保温性能、日射取得性能、蓄熱性能、部位別の熱貫流率や日射熱取得率や熱容量、プラン、暖房設備、暖房スケジュール、住まい方、個人の熱的感覚などなど)。本来は、そのパラメータの全体を捉え、それぞれの影響の大きさを理解しつつ、諸条件に合わせて最良と思われる選択をするのが適切である。しかしながら、まずはパラメータの全体をしっかり捉えている人は少なく、それぞれの影響を定量的に捉えている人も少ない。これもまた、不適切な主張や不毛な議論の大きな原因になっている。

限られた現象

 「科学(研究者)の世界」のところでも述べたように、「現象」が科学的に実証された事実であるかどうかは非常に重要だ。
 たとえば「自分が提供した家に住んでいる人を見たとき、断熱性能の低い家に住んでいる人のほうが健康だ」というような意見(主張)を述べる人がいるとする。もちろんこうした意見を述べるのは自由だ。しかし、こうした意見(主張)を「科学的に実証された事実」として捉えて発言すべきではないし、それに基づいて「これからは断熱性能の低い家を提供していく」と判断するのはあまりに早計だ。
 ここでの問題は、まず「健康であること」を適切な方法で測定(診断)していないことにあるが、それよりも、そもそも「限られた場面で認識された現象を、普遍的なものとして捉えてしまう」というところに問題がある。
 科学は、こうした現象に対し、科学的な方法で理論化しようとする。理論化しようとすれば、先にも述べたように、まずはパラメータを明らかにし、調査や実験を重ねて「現象とパラメータとの関係」を導く。そのためには、多くの調査が必要になるし、様々なパターンの実験を重ねることが必要になる。また、とくに「社会的には現象として認められるが、実験室内で確かめるのが困難な現象」については、確立された(信頼できる)統計学的な手法を使って「どの程度の信頼性を持って、この現象が事実かどうか?」を評価する。そのとき、調査する現象の数が重要になり(もちろん調査の方法も重要だが)、調査数(サンプル数)が少ないほど信頼性の評価が低くなるのは当然のことだ。
 住宅関係者(建築実務者に限らず、メーカーの人なども含む)と接する機会で、先ほど挙げたように、「限られた現象を科学的に実証されているもの」として理解してしまっている意見や主張を聞くという場面によく出会う。これはまったく科学的な態度ではないし、多くの誤解や不適切な判断を生み出している。

条件と結論

 ある現象(A)におけるパラメータがa、b、c のように複数あるとき、b というパラメータがどれほど現象A に影響があるかを説明するには、パラメータa とc を固定して検討しなければならない。つまり「現象A に対するパラメータb への影響はこうなる」という結論は、パラメータa とc に対する前提条件を決めることで導き出される。
 ということは、ある現象におけるパラメータが多くなるほど、「結論」における条件は非常に限定的になる。先ほども述べたように、住宅における温熱環境やエネルギー消費量に影響するパラメータは非常に多いため、「広い条件のもとで言える結論(とくに定量的な結論)」は極めて限られるということがわかる。
 しかし、世の中にある情報の多くは、そうした条件を丁寧に示すことが少ないため、情報を見る人は「この結論は広い条件で言えることだ」と誤解する可能性が高い。温熱環境や省エネルギーに関する結論的な情報を見るとき、それがどういう条件で導かれたものか、その条件は実際の場面を考えたときに広いのか狭いのかをしっかりと判断する必要がある。

理屈と実際

 科学的に評価された理論が大切であるのは間違いない。しかし、そうした理論を適切に使わなければ、期待する(メーカーなどがアピールする)実際の現象が生じなくなる。
 よく見かけるのは、基本的な熱移動の理論などを持ち出して説明するものの、実際の現象(結果)がどうなるのかを確かめていない製品や工法だ。概念図や簡単な理論が書いてあり、それだけを見れば理屈に合っているように見え、効果があるように感じられる。しかし、そこに結果を示すデータ情報が備わっていなければ、実際にそうした製品や工法がどれだけ意味があるかはわからない。実務者の多くはデータを適切に評価できる理解に乏しいためか、こうした「データはないが、科学的な匂いのする説明」に(言葉は悪いが)騙されやすい。
 ついでに言っておけば、そうしたデータはあっても、それが科学的に信頼できる方法に従ったものでなければ、そのデータの信頼性はない。ただ、実務者がそれを確かめるのは非常に困難だ。さらには、簡単な実験装置を使って「この製品はこれだけ効果がある」と説明するような製品もある。多くの場合、そうした実験装置で確かめられる結果に影響があるパラメータは少なく、実際の建築物とは異なる。だから、実験装置の結果がそのまま実際の建築物で得られるかどうかはわからない。ただやはり、実務者がこうした実験装置による結果の評価を適切に行うのは難しい。
 オカルト的な理屈を使って説明をするような製品もある。しかしやはり、科学の経験や理解が薄い実務者は、オカルトと適切な理論との区別ができない。
 ひとつの結論は、新しそうな(省エネルギー基準等で認められているような、一般的なものではない)製品や工法にどれだけ実際の効果があるかを知りたいなら、そうした製品や工法のメーカーが論文を書き、学会発表などをしているかどうかを確かめることだ。また、科学の経験や理解が深い相談者を見つけておくというのもお勧めしたい方法だ。
 工務店の社⾧の「鶴の一声」で、その会社の標準的な工法が決まったりする例が多い。そのときの判断を誤れば、⾧期間にわたって顧客に損失を与えることになるし、そうした工法の問題が明らかになったときの経営リスクも大きい。工務店の社⾧がそうした判断を行うときにはぜひ慎重になっていただきたい。

確率

 私は科学、理論、論理思考といったものを「うまく行く確率を上げるための道具」と考えている。科学というものに接する経験が少なく、知識が不足している人の中には「科学は科学者が考えるひとつだけの正解(答え)を導くためのものであり、(科学者や専門家などの)科学的視点で論じる人はその正解以外は認めない姿勢を持っている」と誤解している人がいる(もしかしたら、学生時代に数学の問題で答えが違っていたら×をつけられて嫌な経験をしたことがその背景になっているのかもしれない)。
 あるひとつの科学的真実を理論化しようとしている研究者たちの間での議論では、そうした場面(正解しか認めないという場面)があるだろうが、住宅建築のような実務的な場面で(しかもパラメータが非常に多くある分野で)「これだけが正解」というような話はない。
 さらに付け加えれば、先にも述べたように、純粋な科学の世界でも「統計学的にこの程度の信頼性で確率はこうなる」ということを明らかにしようとする(その答えを導こうとする)分野がある。「ひとつの答えを出そうとするのが科学ではない」のだ。
 たとえば(以上とは少しだけ話は違うかもしれないが)、「Q 値で何がわかる」とか「C 値(気密性能を示す数値)が大きくて何が悪い」というふうに考える人がいるが、Q 値やC値は「建物の温熱性能や省エネルギー性能を適切にしようとするときに、参考にすべき指標のひとつ」であって、それ以上でもそれ以下でもない。決してこれを無視すべきではないが、これだけで温熱性能や省エネルギー性能が決定されるものでもない。
 逆に考えれば、「Q 値やC 値がこの数値よりも悪い家はダメ」と単純に批判するような姿勢や主張も間違っている。おそらく実際には、こうした主張に反発して「Q 値で何がわかる」とか「C 値(気密性能を示す数値)が大きくて何が悪い」というふうに考える人が多いような気がする。いずれにせよ、こうしたことで健全な家づくりが阻害されるというのは残念としか言いようがない。
 この項で最初に書いたことに話を戻す。科学、理論、論理思考といったものは「うまく行く確率を上げるための道具」だ。こうした道具を使ったからといってうまく行く確率が100%にはならないが、その確率を上げることは間違いない。私がこの業界で20 年ほど仕事をしてきて、もっとも伝えたいのはこのことかもしれない。

 表現の問題

 ここまでに書いてきたように、「科学の世界と実務者との乖離」は非常に大きな問題であり課題である。だから、科学の世界と実務者との間をつなぐ「翻訳者」が求められ、実際にそうした翻訳者が世の中に存在するようになっている。もちろん私もその一人だ。そして、そうした翻訳者が社会や業界に与える影響はますます大きくなっている。 
 最近では、大学の研究者が講演会などに呼ばれたり著書を出版したりして情報提供を行うようになってきており、それは喜ばしいことだ。ただそうした立場の人は(生きている世界が違うので当然だが)実務の世界、実務者の興味や知識などの理解が十分ではなく、実務者が欲しい情報をうまく提供できていない場合も多い。 
 翻訳者に限った話ではないが、一定に社会的な影響がある人や場面では、そこで「どういう表現(モノの言い方)をするか?」が非常に重要だ。一定に科学がわかっている人であり、そのテーマに対する理解が十分であったとしても、表現の仕方によっては誤解を招く。とくに「断定的な表現」によって、その情報を受け取る側が誤解してしまう例をよく見かける。 
 実務者は「手っ取り早い結論」が欲しいし、その結論を一定に社会的評価がある人(目立っている人)からの情報に頼りたいので、どうしても断定的な表現に強く影響を受けてしま
うのだろう。 
 以上、自戒の意味も込めて書いたが、「断定的なモノ言い」には注意してほしい。「条件と結論」の項でも書いたように、何らかの結論は「ある条件」のもとで言える場合がほとんどだ。それをすっ飛ばして「断定的なモノ言い」をしているような情報には気をつけなければならない。温熱環境や省エネルギーの分野において、広い条件で(普遍的に)「これは絶対ダメ」「これは悪だ」「これは絶対に正しい」と言えるようなものは極めて少ない。

 私のスタンス 

 私は「できる限り人工的なエネルギーを使わず、豊かに暮らせる社会」の実現を目指すメンバーの一員として、(そこでやれることはほんの少しかもしれないが)自分の役割分野を「住宅」と決め、自分なりに最大限の努力をしてきたつもりである。
 そうやって進むうちに、温熱環境の理解が必要になると痛感し、勉強を続け、省エネルギーと併せて情報提供をしてきた。
 その流れの中で、冒頭に書いたように、こうした場(ホームページ)を利用してさらなる情報提供をしょうと考えている。ここで、改めて私が情報提供を行うときのスタンスについて述べておきたい。
 まず私は、すでに述べたような「信頼できる(確実な)理論」に基づいた情報提供を行うことを基本的なスタンスとしている。だから建築環境工学の分野の専門書を読み漁り、自立循環型住宅に関する情報や省エネルギー基準などの解説本の理解に努めてきた。
 次に、それを超えるようなテーマについては(たとえば基礎断熱の結露問題、エアコンの実働COP など)、論文検索を行って、できる限り多くの論文を読み、確実に言えることを選択して言葉を選び、情報を出してきた。
 またとくに最近では、(冒頭で述べたように)SNS などの影響もあって「実務者がじっくりとした理解のために必要な時間を超えるような情報」が出てくる時代になり、誤解や早計な判断をしてしまっている場面に出くわすことが多くなってきた。その中で社会的影響が大きいと思われるテーマに絞って、その根拠を左右すると思われる報告書や論文を海外に広げて探し、翻訳して理解するという作業を行うようになっている。
 すでにみなさんが感じているように、最近は「温熱環境と健康」に関する情報が加速度的に増えているが、そうした情報提供者が根拠としている研究結果は欧米にあることが多い。
 また、そうした情報提供者がどの程度適切に情報を出しているかを判断しようとしたとき、国内論文だけでは限界があり、やはり欧米の研究結果を見に行く必要が多くなっている。
 まっとうな研究者や表現者は、その研究や論評における妥当性の論拠として必要な場合は「一次情報」と呼ばれる「その研究を行った本人が書いた論文」を出典として公表(提示)する。しかしそうではない研究者や、民間で研究者的な(科学的な匂いで)発言をする人には、「一次情報」を参考にして書いた「二次情報」や、さらにその二次情報の結論だけを使って書いた「三次情報」をその根拠として使っていることも多い。そうなれば、伝言ゲームのように、一次情報が相当に曲解されている可能性も高くなる。
 たとえば、最近は「冬の室温を18℃以上にしないとダメ」という話をよく聞くようになっているが、そこで「一次情報」が正確な形で紹介されている場面は非常に少ない。また「快適な絶対湿度は○○」という記述も見ることが多くなっているが、その根拠がどこにあり、その信頼性がどの程度なのかを伝えてくれる情報が(私の知る限り)見当たらない。誰かが書いた「二次情報的な情報」が一人歩きして、それを引用するような記述が増えている。
 私は、自分が表現・説明しようとするものにおいて必要な情報については、可能な限り「一次情報」を探す。これまでは、そうした一次情報(根拠となる情報)を丁寧に紹介してこなかったが、この場ではそこにも注力したいと考えている。

要約的コメント 

 この項が最後になる。この場で提供する情報については、重要と思われる論点を抽出し、関連するいくつかの出典をご紹介しながら、それに従って個人的な要約的コメントを出すような場面が出てくると思われる。 
 そこでは、様々な情報に対して「私のコメントだけを読み、判断をする」という人が出てくる可能性が高いだろうが、それは私の本意ではない。基本的には、すべての内容を読み、他者の意見・主張・分析を探し、別の文献に当たり、理解を深めて、みなさんそれぞれの判断をしていただきたい。 
 私が書くものに限らず、要約的なコメントには何かが確実に失われている。「簡単に、わかりやすく」ということと「正確さ」は矛盾する(もちろん「断定的」と「正確さ」も矛盾する)。私はこれまでこの矛盾を最小にするような努力を続けてきたつもりだし、これからも努力を続けるつもりだが、こうした本質を理解しつつ、この場で提供される情報やコメントに当たっていただくことを切に望む。 
 この場がみなさんの実務における適切な判断や、科学への理解を深めることにつながればとてもうれしい。



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