狛犬と地名 その10 〜太刀賣(南紺屋町:中央区銀座1丁目)

     京橋太刀賣 石工藤兵衛 とは
                              山田 敏春

地元だけで通じる地名を里俗名と云います。
そんな地名を名乗りとして使っていたのが太刀賣石工藤兵衛です。


正式には南紺屋町で1丁目から4丁目までありましたが、時代によっては2丁目から4丁目が西紺屋町になったりしていたようです。
現・中央区銀座1丁目の内。
太刀賣の由来はその昔、河岸で刀や脇差しの出来合い(売買)があったからと云われています。
また店を持たない人達が立ち売りをしたとして、立賣とも書かれました。
どちらも読みは「たちうり」です


太刀賣石工藤兵衛がプロデュースした狛犬が千葉県流山市駒木の諏訪神社(写真上)にいます。
銘は
  「奉献 維持文政十三年歳次庚寅秋七月全辰(1830)」
  「
江戸京橋太刀賣 石工 藤兵ヱ 獅子 細工人 石田知卜」です。
奉納理由として『神を敬い、罪を悔いてそのあかしとする』といった内容が漢文で刻まれています。
願主名が無いので藤兵衛の奉納と思われますが、前年の文政十二年三月に神田から京橋辺りまで延焼した大火がありました。
それに因んでの事かも知れません。

                                           2011年4月83号より

京橋太刀賣 石工 藤兵衛〜その三代の系譜を探る


  石屋藤兵衛がいつから京橋太刀賣の地に住みはじめたのかはわかりませんが、
  石像物を追って行くと
3人の藤兵衛がいたと考えられます

  最近の相次ぐ新たな発見で、その作と銘から文政期〜明治期までの三代にわたる石工の系譜が見えてきました。
  
そこで、この項を大幅に書き換えて、太刀賣 藤兵衛の三代の系譜を探って行きます。(2018.12.30)

初代藤兵衛

高輪神社の石塀に「セ人(世話人)藤兵衛」と名があります。
江戸石工十三組の奉納(文政十年七月)ですが、300名余の石工名と道具印(職人の目印)があり、これにより藤兵衛が八丁堀材木町組内の石工だった事が分かります。
初代藤兵衛は
分銅を自分の道具印(写真左)として使用しています。

江戸十三組の中でも世話人を務めるほどの石屋でしたが、自身では狛犬を彫らず腕の良い石工に依頼(プロデュース)していました。
 
文政10年(1827) 久伊豆神社(埼玉県越谷)の狛犬(写真下左)は永熊
 
文政十三年(1830) 諏訪神社(千葉県流山)の狛犬(写真下右)は石田屋知卜
 
天保六年(1835) 天現寺の虎と天保十四年(1843) 諏訪神社(南品川)の
 灯籠は
包吉が彫っています。


久伊豆神社(埼玉県越谷市越ヶ谷・文政10年)

諏訪神社(千葉県流山市駒木・文政10年)

成田山新勝寺(千葉県成田市)獅子山

嘉永3庚戌年5月吉日

嘉永3年(1850)の千葉県成田市の成田山の獅子山(写真上)は藤兵衛がプロデュースし、包吉が彫ったものと考えられますが銘は「石屋・落款・藤兵衛」となっています。
藤兵衛の落款はこれが最後でこの期に隠居したと思われます

初代藤兵衛の活躍時期は文政10年(1827)から嘉永3年(1850)までの23年間。

二代目藤兵衛

2代目を継いだのは、石彫工包吉。
包吉は天現寺の虎(天保6年)を刻んだのが縁で腕を見込まれて養子に入ったのではないでしょうか。


これ以降台座には藤兵衛の名と包吉、そして包吉の花押(左)が刻まれるようになりました。
包吉が二代目藤兵衛を襲名するまでの過程が、その狛犬の銘から良く分かります。

天現寺の虎の後、天保十年(1839)の千葉県習志野市の牛頭天王社の狛犬に「江戸京橋太刀買 石工 藤兵衛 彫物 包吉作・花押」と彫られています。
最近、狛犬の尾の付け根にその名を刻むことが判明したこともあり、包吉の狛犬が次々と発見されています。
(Tak Suzuki さんの発見・報告による)

  天保十二年(1841)の千葉県松戸の松戸神社
  
弘化三年(1846)の港区赤坂の氷川神社
  
嘉永三年(1850)の千葉県佐倉市の高産霊神社
  
嘉永五年(1852)の埼玉県加須市の千方神社
  建立年のない
千葉県安房郡鋸南町の第六神社
と「彫工包吉・花押」の名だけで納めた狛犬が5対も見つかりました。
その他包吉作と思われるが銘のないものや、尾が未調査なども含めて数対あり、包吉が狛犬彫工として自営していた事を裏づけています。


赤阪氷川神社 弘化3年

千方神社(加須市中央)嘉永5年

その後、弘化四年(1847)の千葉県館山の八雲神社では「江戸京橋太刀買石工藤兵衛 同所住 包吉作・花押」と刻まれ、住所が同じになりました。
これは太刀賣籐兵衛がこの時期に包吉を後継者と決めて、同所に住まわせたことによるのではないかと思われます。


東叶神社(横須賀市東浦賀町)

赤坂氷川神社 尾の下の銘「包吉・花押」

東叶神社 「江戸京橋太刀買包吉作・花押」
尾の下のまるで隠し文字のように刻まれた包吉の銘と花押。
成田山にある唐子レリーフには包吉の銘と花押、また別に「太刀買」の落款もあり、包吉は名を残すことにかなりこだわっています。
であるが故に、この花押の有無が包吉(二代目籐兵衛)作であることの証ともなっています。

大杉神社(茨城県稲敷郡蔓延元年

松戸神社(松戸市松戸)天保12年 写真 Tak Suzuki さん

豊川稲荷(港区赤坂) 蔓延元年


     豊川稲荷の銘

蔓延元年(1860)の千葉県稲敷郡の大杉神社(写真左上)では「江戸京橋太刀賣 石工 藤兵衛・(包吉の)花押」と変わりました。

また同年の
豊川稲荷のキツネにも同様に「京橋太刀賣 石工 藤兵衛・(包吉の)花押」と刻まれています。

藤兵衛を名乗り、包吉の花押だけを刻している…つまり、ここで包吉が藤兵衛を継いだことが分かります。

血筋では無く技術を持った包吉が藤兵衛になったということのようです。
なを、二代目藤兵衛の最後の狛犬は文久二年で、千葉県安房郡鋸南町の日枝神社にあります。

二代目藤兵衛(包吉)の活躍時期は天保6年(1835)から文久2年(1862)までの27年間ですが、正式に藤兵衛の名を継いだのは蔓延元年(1860)頃からと思われます。
三代目藤兵衛

諏訪神社(町田市相原)慶應4年


山神社(南房総市)慶応3年

慶応以降になると太刀賣 石工 藤兵衛とだけ刻み、包吉の花押が見られなくなります。
藤兵衛が包吉ならば花押を刻んだはずで、花押のないのは三代目と考えられます。

三代目藤兵衛の作は
千葉県南房総市の山神社の慶應3年
(1867)から明治15年(1882)の港区赤坂の氷川神社まで
狛犬
4対と獅子山2対があり、晩年と思われる神奈川県横須賀市の長安寺には明治23年(1890)に彫った不動尊像があります。

時代が明治になると「京橋南紺屋町 石工 木村藤兵衛」と刻み、住まいを地元だけの呼び名であった太刀買を正式な地名の南紺屋町に変え、木村を名のっています。

三代目が残した狛犬・獅子山を見ると二代目に習ったものを素直に再現しているように感じられます。


諏訪神社(香取市佐原)明治7年

氷川神社(港区赤坂)明治15年6

明治十五年、赤坂氷川神社の獅子山(写真右上)に「京橋南紺屋町 石彫工 木村藤兵衛」と刻み、それが最後の狛犬となりました。
石造物としては、明治二十三年に横須賀市久里浜の長安寺に不動尊像を残しています。


三代目は慶應4年(1868)から明治二十三年(1882)までの12年間ですが、その後の作品は発見されていません


文政10年(1827)から明治15年(1882)までの55年間、3代に渡る藤兵衛の足跡を下表にまとめてみました。

社寺名
所在地
種類
建立年銘
西暦
石工銘/藤兵衛名
サイン
高輪神社内太子堂 東京都港区高輪2-14-18 石造冠木門と石塀 文政十丁亥年七月吉日 1827 藤兵衛の名と道具印(商標)あり、レリーフは紅葉川住石田屋知卜刻と熊山彫の銘 道具印
久伊豆神社 埼玉県越谷市越ヶ谷1700 狛犬 江戸玉獅子 文政十歳次丁亥年八月吉日 1827 江戸京橋太刀賣 石工藤兵衛 彫工永熊
諏訪神社 千葉県流山市駒木655 狛犬 江戸玉獅子 維持文政十三年歳次庚寅秋七月令辰 1830 京橋太刀賣 石工藤兵ヱ 獅子細工人石田屋知卜
天現寺 東京都港区南麻布4-2 トラ 天保六之未歳猛夏月吉日 1835 京橋太刀賣 石工藤兵ヱ 虎 包吉作 花押
八坂神社/牛頭天王宮 千葉県習志野市津田沼4-10 狛犬 江戸 天保十年己亥九月 1839 江戸京橋太刀賣 石工藤兵衛 彫物 包吉作 花押
松戸神社 千葉県松戸市松戸1457 狛犬 江戸

天保十二辛丑歳九月吉日

1841 彫工 包吉 花押
諏訪神社 東京都品川区南品川2-7-7 龍巻燈籠 天保十四年卯年正月 1843 京橋太刀賣 石工藤兵衛 彫工包吉 花押
大六神社 千葉県安房郡鋸南町大六38 狛犬 江戸 銘無し 包吉作 花押
東叶神社 神奈川県横須賀市東浦賀町 狛犬 江戸両玉獅子 銘無し 江戸京橋太刀賣 包吉作 花押
氷川神社 東京都港区赤坂6-10 狛犬 江戸両子獅子 弘化三丙午歳三月吉日 1846 包吉〜尻尾の下 花押
八雲神社 千葉県館山市正木 狛犬 江戸両子獅子 弘化四丁未年七月吉日 1847

江戸京橋太刀賣 石工藤兵衛
   同所住  包吉作

花押
成田山 千葉県成田市成田1 獅子山 嘉永三庚戌年五月吉日 1850 太刀賣 石屋藤兵衛 分銅
成田山 千葉県成田市成田1 唐子遊びレリーフ 銘無し 包吉(太刀賣の落款) 花押
高産霊神社 千葉県佐倉市生谷497 狛犬 江戸 嘉永三年庚戌十一月 1850 包吉〜尻尾の下 花押
千方神社 埼玉県加須市中央2-5-27 狛犬 江戸両子獅子 嘉永壬子夏(5年) 1852 包吉〜尻尾の下 花押
神明神社 千葉県南房総市千倉町平舘 狛犬 江戸両子獅子 嘉永五年壬子閏二月吉祥日 1852 江戸京橋太刀賣住 包吉作之 花押
諏訪神社 東京都港区南品川2-7-7 龍巻燈籠 安政六未年六月修復 1859 京橋太刀賣 石工藤兵衛 彫工包吉 花押
大杉神社 茨城県稲敷郡桜川村阿波958 狛犬 江戸尾立 蔓延元年歳在庚申四月 1860 江戸京橋太刀賣 石工藤兵衛 花押
豊川稲荷 東京都港区赤坂1-4 キツネ 蔓延元年歳在庚申四月大吉祥日 1860 京橋太刀賣 石工藤兵衛 花押
日枝神社 千葉県安房郡鋸南町上佐久間 狛犬 江戸玉獅子 文久二年壬戌五月 1862 江戸京橋太刀賣 石工藤兵衛 花押
山神社

千葉県南房総市和田町上三原

狛犬 江戸玉獅子 慶應三歳十一月吉日 1867 京橋太刀賣 石工藤兵衛
諏訪神社 東京都町田市相原町 獅子山 慶應四戊辰七月吉旦 1868 京橋太刀賣 石工藤兵衛
八幡神社 千葉県南房総市安馬谷936 狛犬 江戸両子獅子 明治二己巳年六月大安日 1869 江戸京橋太刀賣 石工藤兵衛
香取神社 千葉県柏市花野井1000 狛犬 江戸 明治三庚午年六月吉日 1870 京橋南紺屋町 石彫工 藤兵衛
諏訪神社 千葉県香取市佐原イ1,020-3 狛犬 江戸 明治七甲戌八月吉日 1874 京橋 石彫工 木村藤兵衛
氷川神社 東京都港区赤坂6-10 獅子山 明治十五年六月十五日 1882 京橋南紺屋町 石彫工 木村藤兵衛
長安寺 神奈川県横須賀市久里浜2-8-9 不動尊 明治二十三年 1890 東京京橋南紺屋町 石工木村藤兵衛

文;山田敏春(再構成;阿由葉) 写真;山田敏春・阿由葉 情報提供;Tak Suzuki さん