+ 5 伝説 +


 俊敏に駆け込んできた彼は、着替え途中のように半分羽織った黒い地流幹部服のボタンを留めながら、
「悪い、バイトのことがイヅナさんにばれそうになって、ごまかしてたら遅くなって……あれ?」
 呆然と立ち尽くしたタイザンを見て目を丸くした。
「タイザン! ……さんじゃないか。マサオミと一緒に遊びに来てたのか? もう記憶は大丈夫なのか? オニシバとまた契約できたんだな? それとも今はほかの式神と契約してるのか?」
 畳み掛けるような質問のどれにも答えず、タイザンはこちらも質問を返した。
「……なぜ、おまえまでここにいる、天流の伝説。しかもうちの幹部服を着て」
「僕の護衛をかねて、いっしょにバイトしてるんです」
「社食で味噌汁よそってるんだ。とうさんとイヅナさんにクリスマスプレゼント贈りたくてさ。
 そうだ、夕食まだだろ? 食べていってくれよ。大盛りでサービスするからさ。なあリク」
 全部ボタンを留め終わった吉川ヤクモは、敵対していたころが嘘のような少年らしい笑顔を見せた。
「ヤクモさん、タイザンさんは今日から地流の部長として復帰することになったんです。毎日社食を食べにきてくれますよ」
「そうなのか。よかったなソーマ。心強い味方が増えたじゃないか」
「うん!」
 ソーマと笑顔を交し合い、天流の伝説はまたこちらを向いた。
「じゃあ忙しくなるんだろうけど、暇を見つけてうちの社の方にも寄っていってくれよ。とうさんもイヅナさんも、あんたのこと心配してたんだ」
「……あ、ああ」
 大戦終結直後に太白神社でさらした醜態を思い出し、壁に頭をガンガン打ち付けたくなる衝動に襲われた。
「いや、ではなくて! 私はまだミカヅチ社に戻るなどと言っていないぞ。それに天流のヤクモ、こんなところで味噌汁などよそっていていいのか。今はお前が天流を引っ張っているのではなかったのか」
 今さっきリクからそう聞いたような気がする。ヤクモはしれっとした顔で、
「大丈夫だ、そのあたりはとうさんが全部やってくれてるから。みんなの士気を高めたいときだけ俺が出て行って、がんばろー!おー!とやって帰ってくるんだ」
 本当に大丈夫なのか天流は。人事ながら心配になった。
「だから、いつ来てくれても大盛りの味噌汁が出せるよ。な、リク」
「はい!」
 タイザンがミカヅチ社に戻ると信じて疑わぬ顔で、天流の2人は笑いあっている。
「あれだけ敵対した相手のよそった食事がのどを通るとでも思うのか……」
 複雑な思いに襲われつつ、つぶやく。目を丸くした2人が口を開く前に、
『おいおいそりゃ聞き捨てならねえな。俺たちの作った飯が食えないっていうのかい?』
 いきなりヤクモの胸元から声が響き、霊体の黒鉄が姿をあらわした。ヤクモの五行の式神のうちの一体、リクドウだ。例によって幹部服を着ていることに、タイザンはあきれ返った。
「式神まで食堂でバイトか。むちゃくちゃにもほどがあるな。それに経費管理はどうなっている? 人間はともかく、式神用の制服など特注になるではないか。気分だけで幹部服を支給するな」
「ん? リクドウは本当に幹部だぞ。社内食堂部門長。全世界の支社の社食を統括してるんだ」
「式神にやらせるなそんなこと!!」
「俺の式神を馬鹿にしてもらっちゃ困るぞ。リクドウに腕が四本あるのは何のためだと思う。2本の腕でネギを刻みながら、もう2本の腕で報告書が書けるんだからな」
 社食職員の忘年会じゃ、率先してかくし芸で場を盛り上げるし。
 式神の名誉は闘神士が守るといわんばかりの様子で、ヤクモは力をこめて言い募っている。我らがあれほど恐れた天流の伝説とは、このような(適切な表現がタイザンには思い浮かばなかったが、とにかくこのような)少年であったのかと、タイザンはいろいろと力の抜ける思いだった。
『ヤクモ、今すぐこいつを社食に連れて行きましょう。ワタクシのディナーショーつきでスペシャル定食を食べさせてやります!』
「食べてもらうのはいいかもな。……ディナーショーはともかく」
 やや歯切れ悪くヤクモが応じる。
「そうですね、行きましょう! タイザンさん、僕の大盛りご飯、期待してください!」
 天流宗家はすっかりその気だ。いきなりタイザンの手をつかみ、社長室から駆け出そうとした。間の悪いことに、同時に社長室の自動ドアが開いて、
「社長、少し話があるのじゃが……ぶっ!」
 ずかずかと入ってきた人影と、リクは思い切り正面衝突した。
08.12.14


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あと4体も出そうと思いましたが、
主役強奪しそうな勢い

テキスト長大化(一斉にしゃべる5人分)
のために断念しました。
そういえばまだオニシバが出てきてない……。