+ 3 交渉 +


「断る。以上だ。帰るぞ、雅臣」
「えーっ! 何でだよ!」
 あ、今のはちょっと昔の飛鳥ソーマらしかったな。くるっと身を翻して符を取り出しながら、タイザンは思った。追いかけるようにデスクを飛び越えてきたソーマが光る寸前の符をひったくる。
「前と同じ部長職だし、給料もちゃんと出すし、断る理由ないじゃないか! よく考えてよ、タイザン!」
「私は地流闘神士ではなく神流闘神士だ。以上。帰るぞ」
「だからよく考えてってば!」
 踏み出そうとした足にソーマがすがりつく。
「闘神士として働くのが嫌なら、式神に関係ない部でもいいよ。営業部長でも、統括部長でも、宴会部長でも! だからさあ、タイザン!」
「宴会部長は違うだろう貴様」
「いままで見た中で、一番できる上司がタイザンなんだよ! ボクと一緒にミカヅチグループをもっと大きくしよう!」
 そう言われると、心動くものがないわけではなかった。
「俺からも頼むよ、タイザン」
 襟首をねじり上げられたままの雅臣が言ったので、タイザンは驚いて振り返った。彼はタイザンの肩辺りの衣をちょっと引いて、ささやくように、
「ソーマのやつ、この間ナズナちゃんにフラれちゃったらしくてさ」
「天流宗家のそばにいた、あの闘神巫女か?」
「そうそう。トラックいっぱい贈り物持っていったのに、叱られて鉄拳制裁だってさ」
 トラックいっぱいの贈り物……タイザンはげんなりした。巫女が一番嫌いそうな待遇ではないか。
「かなり落ち込んでたんだよソーマ。やっと立ち直って、もっとすごい贈り物を手に入れるために会社を拡大しよう!って張り切り始めたところなんだ」
「いや……それは方向性を間違っているのではないか?」
「うん、まあ俺もそう思うけど。そこも含めてさ、ちょっとうまくサポートしてやってくれよ。な、もと天流討伐部長」
 ポンと肩などたたかれる。タイザンは苦りきってうなった。
「サポートというなら、ソーマ、お前のほうが兄のサポートをしてやる立場なのではないか? ユーマは新たな地流宗家だろう」
 ソーマはまた、さっきのカネに汚い大人の笑みを浮かべた。
「兄さんにミカヅチ社をひっぱっていけるわけないじゃないか」
「確かにそうだな。ではなくて!」
「なんだよ、じゃあボクの下で働くのと、兄さんの下で働くの、どっちがいいと思ってるのさ」
「何だその究極の二択は。どっちもご免だ。お前の下で働くのは不安だし、ユーマの下で働くのはもっと不安だ」
「でも、ミカヅチが隠居した以上、誰かが代わりにならなきゃいけないじゃないか。宗家としての役目は兄さんが、ミカヅチ社社長としての役目はボクが継いだんだ。これで地流は完全に飛鳥家の私物だね」
「おい待て私物って」
「そして、実際はお飾りに過ぎない兄さんをボクが操るから、実質地流はボクの私物になるんだ」
 ふふふふふ……と人食いザメのような壮絶な笑いをもらした。こやつ、本当に私の知る飛鳥ソーマか? もっとこう、素直ではないが純粋で、少年らしいまっすぐさを持った、まっとうで傷つきやすい子どもではなかったか?
 と、そこへ、
「僕からもお願いします、タイザンさん」
 背後から響いたおっとりした声に、タイザンははじかれたように振り返る。
08.12.10


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登場人物増加開始。
……と打とうとしてナチュラルに「霜花開始」と打ちました。