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振り返ると、ぐらりとめまいがした。
「おっと、大丈夫ですかい?」
「……大丈夫だ」
手近な木の幹に片手を置いて体を支え、奇妙な浮遊感が去るのを待った。数回瞬いて、顔を上げる。
目の前にかまくらがあった。
雪を積み上げて作る、あの洞穴式のかまくらだ。タイザンの背を越すくらいの高さに、広さはたたみ一枚分ほど。その中でオニシバがこたつに当たっていた。
「雪の中の花見も乙なもんですが、こう寒いんだ、ダンナもこたつに入ったらどうですかい。なかなかいい具合ですぜ。苦労して作った甲斐がありやしたね」
「苦労して、作った」
「へい。あっしとダンナ2人だけで、ずいぶん時間はかかっちまいやしたが」
そうだったろうか。そうだったような気もする。だが、こんな大きなものをいつのまに作り上げていたのか。思い出そうとしたが思い出せなかった。
「ダンナ、そんな薄着で雪の中に立ってちゃァ体にさわりやすぜ。こたつに入ってくだせェ」
オニシバが重ねて呼んだ。思い出したように震えがくる。左肩がひどく冷たかった。
タイザンはかまくらの中に入り、オニシバの向かい側を選んでこたつに足を入れた。暖かい。天板の上には七輪があって、熱燗がつけてあった。
「ダンナ、ちょいと体をあっためてくだせェ」
オニシバが徳利を一本引き上げ、差し出してきた。ぷんと酒のいい匂いがする。盃に受けて飲み干すと、じんとした温度が胸を落ちていった。
「少しあったまりやしたかい?」
「……ああ」
もう一杯、とオニシバに盃を差し出し、また飲み干す。それほど酒に強いほうでもないが、この酒はひどく美味く感じられた。オニシバも手酌で盃を空ける。
「何かつまむものがありゃァよかったですね。取って来やしょうかい?」
「いや、いい」
雪が、ひとつひとつ落ちていく。静かだった。かすかに燗をつけるための湯が立てる音がする。いろいろと考えねばならないことがあったような気もするが、タイザンは深く考えるのをやめた。
オニシバが笑う。
「こういうのも、悪かないでしょう」
「そう、だな……」
注がれた酒をもう一口飲んだ。暖かさが染み入るようだ。さっきまで感覚のなかった指先に血が戻ってきた。とろとろと酔いが回ってくるような心地よさがある。
「オニシバ……これはなんという酒だ? ブランデーのような匂いがするが……」
「さて、なんて酒でしたかねェ。忘れちまいやしたよ」
ゆらゆらとした感覚があって、頭が働かない。けれど胸の奥が暖かだった。冷たい雪の中にいても、この場所は寒くはない。
こぽこぽと湯の沸く音がする。それにまぎれて、誰かの声が聞こえた気がした。
…………次の駅では、3分停車いたします…………乗り換えはホーム向かい側…………
07.12.14