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「ガシン」
真っ白な光景の只中で、タイザンは呼んだ。
「……ガシン。どこに行った」
雪はやんでいた。足元に積もった白、頭上には灰色の空、それ以外何もない。木も草も、鳥の一羽も、また何の物音もなかった。
誰も、いない。
「……どこに」
つぶやいてもこだまさえ返らない。
タイザンはとぼとぼと歩き出した。冷気が体に突き刺さるようだった。吐く息が白く、指先は凍えて鈍く痛む。歩いても歩いても、雪と重く曇った空以外、見えてくるものはなかった。
一人だ。
そう強く思った。
村を、ウツホを、ガシンたちを裏切った自分は、これからはこうして歩いていくのだろう。
せめて、誰か……。タイザンは足を止め、自分の傍らを見た。誰か、ともにあったなら。それから首を振る。何を甘えたことを考えているのだ、自分は。都を出たとき、自分は一人だった。また一人に戻っただけだ。
疲れたように重い足を上げ、また歩き出す。雪がちらちらと舞い始めた。
と――――。
視界の端に、何か動いた。タイザンは目をこすり、そしてそちらへと雪を蹴った。一面の白の中、一つだけ何か動くものがある。舞い散る雪を払って、一心に駆けた。
雪の中に、ふわりと漂うような紅色がはっきりと見えた。手にした扇がひるがえり、ひるがえり、優雅に動く。
水干姿の少女が、雪を踏んで舞っていた。
「ウスベニ……」
タイザンは息を飲んだ。その声にウスベニはちらりとこちらを見て、かすかに微笑んだようだった。その間も扇はとまることなく、散る雪のかけらを静かに払う。
タイザンはしばらくの間、休みなく続く流れるような舞をただ見つめていた。
「…………寒くはないか。そこは。寒いだろう」
絞り出すような声で尋ねると、ウスベニは動きを止め、柔らかなまなざしでタイザンを見た。その口元はずっと、かすかに微笑み続けている。
「これを……」
上着を脱いで渡そうとして、それが地流の赤い幹部服であることに気づいた。さっきまで、あの萌黄の大紋を着ていたように思うのは夢か。
「ウスベニ……」
自分の上着に手をかけたまま、どうすることもできずタイザンはウスベニに呼びかけた。この地流の制服をウスベニに着せかけることは、あまりに抵抗があった。
ウスベニは、タイザンを見つめたまま、わずかに首を傾けた。その瞳に覚えがあった。
隠れ里での穏やかな日々、ふと振り返ると、ウスベニはこんな目で自分を見ていた。目が合うと、その大きな瞳がいっぱいに和んで……。
謝るべきなのだろうかと思った。平和に暮らしていた彼女が、冷たい土の下に封じられることになったのは自分のせいだ。思いつくだけの言葉を並べて、謝るべきではないのだろうかと思った。
だが、謝ったところでウスベニが開放されるわけではない。そして―――タイザンには、彼女に謝るのにふさわしい言葉がどうしても見つからなかった。
ただ立ち尽くすタイザンを、ウスベニはずっとあの光をたたえた瞳で見ていた。それからすっと扇で横合いの雪を示す。つられてそちらを見ると、雪の上にぽつんと一つ、花が咲いていた。
「…………花……」
ぼんやりと、タイザンはつぶやく。
「ああ、きれいに咲いてやすねェ」
背後から答えたオニシバの声に、
07.12.13