+ 7 +
「…………っ」
『大丈夫ですかい、今度のダンナ』
声にならない苦鳴をもらして雪の中から起き上がると、いつの間にかそばに現れていた霊体が声をかけてきた。この間契約したばかりの霜花族の式神だ。それはいつもの飄々とした調子で、笑われているように感じてタイザンはむっとする。
『話に聞いちゃいやしたが、伏魔殿てェのは厄介な場所ですぜ。隠れるにはちょうどいいですがね』
返事をせず、大紋の雪を払って立ち上がる。印を探さなくてはならないのだ。無駄口など叩いている暇はないし、あってもする気はない。
―――200年、俺は無駄にしてしまった。これ以上一瞬だって無為に過ごせる時間などない。
タイザンは雪を蹴って再び歩き始めた。伏魔殿の、雪の降るフィールドの奥深く。霜花の印を探してここまで来たが、それらしきものがまるでない。
足元の雪はだんだん深くなってきていた。一歩踏み出すたび、足がくるぶしまで沈む。タイザンは立ち止まり、いつの間にか浮かんでいた額の汗をぬぐった。
『今日はこの辺にしときませんかい、今度のダンナ』
霜花がまた呼びかけてきた。
『お仲間の……なんていいやしたっけね、あの坊ちゃんも待ってやすぜ』
「ガシンは関係ない」
冷たく応えたつもりが、声が震えていた。体が冷え切っている。見下ろせば闘神機をにぎる指先が真っ赤に染まっていた。霜花はそんなことには気づかぬ風で、
『関係ねェもんですかねェ。今度のダンナがいない間に何かあったらどうするんですかい』
「何かあったら?」
『たとえば、……ホラ、あんなふうに』
鋭い爪の指差すほうを、タイザンは振り向いた。
雪の上に里の子供らが立っていた。
天地の兵に囲まれて。
タイザンは息を飲んだ。天地の兵が印を組み、何か唱える。おびえる子供らを暗い光が包んだ。悲鳴が上がる。ずぶずぶと小さな体が地中に沈みはじめた。そして、子供らのむこうには彼女が倒れ付していて、その体も。
「姉上を、村のみんなを、返せ!」
ガシンの叫び声が響いた。組みついた天地の兵に逆に突き飛ばされ、倒れる少年が見えた。天地の兵は冷たく言い放つ。
「おまえも仲間のところへ行け」
「ガシン!」
タイザンは思わず駆け出した。ガシンを引き起こし、この場を離れるのだ。彼女のことも、子どもたちのことも、今はおいておくしかない……!
ガシンへと伸ばした手は届かなかった。吹き付けた風に巻き上げられた雪が、タイザンの視界を白く覆いつくし、目を閉じた一瞬にガシンの絶叫が聞こえた。
目を開けると、そこには誰もいない。
07.12.12