＋　６　＋


「へへっやったあ！」
　ガシンが雪の上で飛び跳ねていた。幼い顔をいっぱいにする、してやったりという表情に、思わずむっとする。
「今の雪玉はおまえか、ガシン！」
「ぼうっとしてるからだよ、タイザン！　そらっ！」
　はしゃぎきった様子で、今度は左手に持った雪玉を投げつけてきた。不意打ちによけるのが遅れ、雪玉は見事命中して、萌黄色の直垂の左肩が白く染まった。
　子供相手にみっともないという気持ちも忘れ、タイザンはムキになって自分も足元の雪をすくって投げつけた。が、小さい体でガシンはなかなかすばしこく、ひらりとよけて新たな雪玉を投げ返してくる始末だ。隠れ里を囲む森の中、積もった雪を投げあう２人の衣はたちまち雪を被って白くなった。
「よけるな、ガシン！」
「やーだよ！」
　ガシンは笑って、さっと走って近くに立つ松の木の陰に隠れた。太い幹に阻まれてタイザンの雪球が届かないのをいいことに、そこから雪玉を投げつけてくる。
「卑怯だぞ、出て来い！」
　力任せに投げた雪玉が松の幹に命中するのを見て、木の幹から顔だけのぞかせたガシンは思い切り笑った。ふと、タイザンの頭に一計が浮かぶ。雪玉を一つ、硬く硬くにぎって作った。
「もうおしまいか？　タイザン！」
　ここぞとばかり雪玉が飛んでくる。そのいくつかはまた直垂の萌黄を白くしたが、それにはかまわずタイザンは狙いすまして雪玉を投げた。それはガシンを外れ、その頭の上を越えていく。
「あはは、どっちに投げて、るん、ぅわあっ！」
　突然頭上から大量の雪が落ちてきて、ガシンは悲鳴を上げて座り込んだ。タイザンの雪玉が松の枝を揺らし、積もっていた雪を落とさせたのだ。
「どうだ、降参するか？」
　悠々と近寄って胸を張ってみせると、ガシンは「ちえ……」と頭の雪を払った。そしてふと真っ赤になった指に気づいたようで、息を吹きかけてはこすり合わせている。
「雪って、冷たいなあ……」
　当たり前のことではあるが、ガシンの様子はしみじみと冷たさを味わっているように思えた。タイザンは自分も直垂の雪を払い、手をこする。
「おまえ寒くないのか。俺より薄着だろう」
「平気だよ。姉上が綿を入れてくれたんだ」
　嬉しそうに、羽織っている刺子の半纏をご披露といった様子で両腕を広げてみせた。ウスベニは裁縫も得意で、こまごましたものや衣服などを見る間に縫い上げてしまうのだった。自分の屋敷に仕えていた女房たちよりずっと上手だと感心した覚えがある。
「それに、雪ってあんまり寒くないんだよ。ずっと北の方では雪で家を作るところもあるんだって。すごくあったかいんだって、姉上が言っていた」
「かまくらのことか？」
「かまくら？」
　ガシンが首を傾げたのでタイザンは都で聞いたかまくらのことを簡単に話してやった。ガシンの目が輝きだす。
「作りたいなあ、それ。やってみようよ」
「この程度の雪では無理だろ。もっと、おまえが埋まってしまうくらいに積もらないと」
「そうかあ」
　ガシンは残念そうに、せいぜい膝までしかない雪を見渡し、そしてそこいらの雪をかき集めて雪玉にし始めた。雪だるまを作りたいらしかった。
「きっと暖かいだろうな。中で火を焚いてさ。
　……姉上と２人だけで、いくさから逃げていたころは、雪なんて冷たいばかりだと思ってた」
　そういえば、都にいた頃は、雪など大嫌いだった。タイザンもふいにそれを思い出し、何も言えなくなった。
　ガシンはそこいらの松葉を取って、雪だるまの手にする。前触れもなく顔をあげて、タイザンを見た。
「木の実、落ちてないかなあ。目をつけないと」
　なぜか意表を突かれた気分になって、タイザンは慌てて背後を見るふりで顔をそむけた。
「そうだな、ナナカマドの実でもあれば……」
　早口に言いかけたタイザンの後頭部に、
「隙あり！」
の声とともに、雪玉がぶつかってはじけた。
「ガシン！」
　振り返って怒鳴りつけると、愉快そうに手を叩いたガシンが身を翻して逃げ出すところだった。
「待て、ガシン！」
「あはは！　ここまでおいで！」
　雪の中を、ガシンが笑いながら逃げていく。「待て！」ともう一度叫んでタイザンは雪を蹴って走った。走りにくい雪の上、ガシンを追ううちに雪が強くなる。横殴りの風も吹き始めた。
「ガシン……ガシン！」
　その背が吹雪の向こうに見え隠れする。風の音の間をすり抜けるように、ガシンの明るい笑い声が届いた。
「ここまでおいで、タイザン」
「ガシン！　どこだ、ガシン！」
　速度を上げようとした足が雪に取られる。雪の白の中にガシンの姿が見えなくなる。つんのめって、タイザンは雪の中に倒れた。雪の冷たさが一気に全身を包んだ。
07.12.11