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『ダンナ、眠っちまわないで下せェよ。じき電車が来やすぜ』
 オニシバに言われて、タイザンはこすっていた腕を放して目を開けた。まぶしい照明にしばし瞬くと、そこはミカヅチ社最寄り駅のがらがらのホームだった。
 …………3番ホームに、列車が参ります。本日の最終電車となります…………
 つぶやくような声でアナウンスがあって、やがて列車が入ってきた。車内もやはりがらがらだった。
 横長のシートに座り、巻いていたマフラーを取って膝に置く。暖房が効いていて、車内はそれなりに暖かだった。
『今日も遅くなっちまいやしたね』
「ああ」
 短く応えたが、あたりに座っている乗客もなく、それほど人の耳を気にする必要はなさそうだった。
 やることもなく中吊り広告を眺める。どれもこれも旅行会社のものばかりだった。雪景色をバックに、スキー、スノーボード、温泉、海の幸山の幸。
『どこか遠出でもしたい気分になりやせんかい』
「そんな暇があるか」
『暇はあるもんじゃなく、作るもんだって言ってたのはダンナですぜ』
「うるさい、黙れ。作ろうにも作る余地がないだろうが」
『そう言いながら、余計な仕事まで抱え込んでるんじゃありやせんかい。あんまり根を詰めすぎると、やり終える前に息があがっちまいやすぜ』
 言い返したいのはやまやまだったが、うまい反論が見つからなかったのでタイザンはぶすっと黙り込んだ。
『ダンナ、あっしァアレが見てェんですよ。あのでっけェ雪だるまが』
 雪だるま?と見上げると、霊体のオニシバの手が雪まつりツアーの広告を指さしていた。巨大な雪像が立ち並ぶ写真が大きく載っている。
『あんなでっけェもんがあっちこっちに並んでるなんてェのは、きっと壮観ですぜ。ダンナも見てみてェと思いやせんかい』
 タイザンは少し考えた。人間や動物や、愛らしいキャラクターたちをかたどった雪の像が、見上げるほどの大きさでそびえたっている光景を思い描き、反射的に頭に浮かんだのは、隠れ里の子供達ならさぞ喜んだろうということだった。
「……寒いのは好きになれん」
『なら、うんと着込んでいきやしょうぜ。なんならちょいと一杯やってからでもいいや。祭りだ。屋台なんかも並ぶんですかねェ』
 いくらなんでも真冬の屋外に屋台が並ぶことはあるまいと思ったが、タイザンは返事をしなかった。ふと見れば窓の外には雪が降りだしている。
「少し眠る。駅に着きそうになったら起こせ」
『へい』
 シートに深くもたれ、タイザンはうつむいて目を閉じた。
 ゆるゆると浅い眠りに落ちようとしてゆく。   と、いきなり頭に雪玉が命中した。 続き 続き 続き
07.12.10



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