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「ダンナ、起きて下せェ。仕事に行きやすぜ」
「……は? 仕事? 今何時だと思って……」
「寝ぼけてるんですかい。しっかりしてくだせェよ」
再度肩をゆすぶられて、タイザンは目を開けた。寝室のベッドの中だった。オニシバが横に立って、盛んに左肩をゆすっている。珍しくあせりをにじませた声で、
「早く行かねェと遅刻しちまいますぜ」
遅刻、の一言にタイザンは跳ね起きた。いつも部下を叱っている手前、遅刻はまずい。
「まあ、準備はこっちでしてありまさァ。ダンナは自分の身支度さえしてもらえばいいんで」
いいながら、オニシバが分厚い刺子のはんてんをタイザンに着せ掛ける。
「オニシバ、こんなものがうちにあったか?」
「あったからあるんでしょうよ」
「なんだその返事は。私には見覚えがないぞ」
「やれやれ。相変わらず細けェことを気になさるお人だ」
「話をそらすな!」
寝起きの機嫌の悪さもあってタイザンは枕を叩いたが、オニシバはさっきのあせった様子に戻って、
「とにかく話は後にしやしょう。急がねェともう時間がねェや。本当に遅刻しちまいやす」
寝室の扉を開けて出て行く。遅刻の二文字には逆らえないタイザンも慌ててその後に続いた。寝室を一歩出ると、そこは地上27階の空の上だった。遥か下に、遠く地面と灯をともした町並みが見える。
ヘンだ、と思った。何かおかしい気がする。しかし何がおかしいのかよくわからず、タイザンは覚めきらない頭で少し考えた。
「ダンナの部屋が高ェところでよかった。わざわざ上らずにすみやしたからね。ダンナはあっちをお願いしやす」
オニシバが一抱えもあるかごを押し付けてくる。中にはどっさりと紙ふぶきが入っていて、オニシバは自分もそれを持って適当な場所まで移動すると、ひらひらとそれを撒き始めた。
「ダンナ、あっちをお願いしやす」
「あ、ああ」
重ねて言われ、ついタイザンは自分も示されたほうへと紙ふぶきを撒き始めた。3度ほどかごの中から紙ふぶきをすくい、それをひらひらと散らして……という作業をした後、われに返った。
「オニシバ、私たちは何をしている?!」
「仕事でさァ、ダンナ」
「仕事……ふざけるな、私はこんなことを仕事にした覚えはないぞ!」
「そういえばダンナは高ェところがお嫌いでやしたっけね」
「高い低いは関係ない!」
タイザンは床を蹴った。今いるところは床の上ではなく空の上で、足元には何もないはずだが、何かを蹴る感触があって実際ドンと音もした。
「へえ、じゃ、ダンナは何が仕事だとおっしゃるんで?」
「天流討伐部長以外にあるか! 部下をまとめ、書類を上げ、会議に出て……」
オニシバはおかしそうに笑った。
「闘神士がですかい? ずいぶん妙な仕事ですねェ。書類を作って、会議に出て……。闘神士がする仕事じゃなさそうだ」
返す言葉もなく、ぐっとつまる。
「それよりダンナ、こっちのほうがずっと面白いでしょうよ。ほら、きれいなもんだと思いやせんかい」
オニシバはかごを大きく振って、紙ふぶきを一気に振りまいてみせた。どこかから差してくる月光をはじいて、きらきらと光りながら地上に舞い落ちていく。それは確かにきれいで、心躍る光景だった。
「ダンナ、そっちのほうをお願いしやすよ」
足元から新しいかごを引っ張り出しながらオニシバが言う。
「まだらになっちゃサマになりやせんからね。なるべく一面に、きれいに積もるように
」
またオニシバが腕を振ると、ひらひらと紙ふぶきが風に舞う。タイザンも紙ふぶきを投げた。遥か眼下の町並みへ、それらは翻りながら落ちていった。
「うまいもんだ。さすがうちのダンナじゃありやせんか」
オニシバが笑い声を上げ、ひときわたくさんの紙ふぶきを放った。風に乗って細かな白が渦を巻く。まるで夢の光景を見ているようで、タイザンは思わず強く目をこすった。
07.12.9