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夜半。
「ダンナ、ダンナ起きてくだせェ」
オニシバの呼ぶ声に、タイザンは闇の中でわずかに目を開けた。
「何だオニシバ……まだ真っ暗ではないか」
「見てくだせェ。雪がずいぶん積もっちまいやしたぜ」
「積もったか……。今、何時だ? 電車が止まりそうなくらいか?」
眠い目をこすってタイザンは起き上がり、やや危うい足取りで窓へ寄った。
「へい、そりゃあもうどっさりですぜ」
オニシバが指す外を眺め降ろすと、出窓のすぐ下まで雪が積もっていた。
タイザンは瞬きし、目をこする。もう一度外を見て、そして目を見開いた。
「なっ……なぜ27階のここまで雪が積もっているのだ!」
「だから、どっさり積もってるって言いやしたでしょうに」
オニシバは飄々と両手を広げてみせた。
窓枠につかまり、タイザンは呆然と積もった雪を見下ろた。遠くに広がるはずの夜景はまったく見えない。どこまでも白、白、白だ。このあたりで一番高いタイザンのマンションを残して、あたりのビルはみな雪の下に隠れている。
「これなら雪だるまも作り放題ですぜ」
オニシバはひょいっと窓枠を乗り越えた。
「お、オニシバ!」
ふわりと白い床の上に降り立ったオニシバは、上半身だけでタイザンを振り返った。
「雪合戦のほうがお好みでしたかい?」
「バカなことを……! 戻れ、ここは27階だぞ」
「なァに、危ねェこたァありやせんよ。このとおり、下は雪が積もってら」
さくさくとかすかな足音を立てて、オニシバは体ごと振り向いてみせた。
「雪夜の散歩ってのも粋なもんじゃありやせんかい、ダンナ」
それだけ言って、ゆっくりあちらへと歩き出した。名を呼んでも聞こえぬふりか、夜空を見上げて遠ざかるばかりだ。タイザンはしばし逡巡し、思い切って自分も窓枠を乗り越えた。
「おや、ダンナも来やしたかい」
小走りに追いつくと、オニシバは肩越しに振り返って笑った。「お月さんがずいぶんときれいですぜ」
さくさくとかすかに足音がするだけで、あとは死んだように静まり返っている。あたりは一面の雪のほかには夜空しか見えず、振り返れば遠くにタイザンが今出てきた出窓と、そこから続く2人分の足跡が残っていた。その割には、雪に足がめりこむ感触もなく、またはだしであるのに冷たさも感じなかった。
「どうなっているのだ、これは。いくら節季が乱れているとはいえ、これほどの雪が降るはずが……」
「ちょいと降りすぎかもしれやせんねェ。ああでも、電車は走ってるみたいですぜ。ほら」
オニシバが示す雪景色の遥か遠くを、列車が警笛の音とともに横切ってゆく。タイザンはあきれて言葉もなく、雪を照らすライトが夜景の中に尾を引くのを見守った。
「いい按配だ。ありゃァダンナがいつも乗ってる電車じゃありやせんかい」
何を見てそう判断したのか、オニシバがそううなずくうちにも電車は遠ざかる。突然びゅうっと雪交じりの風が吹きつけ、タイザンは思わずきつく目を閉じて、
07.12.7