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白と桃の振袖の袂に話しかける。
「夏だというのに、こうして雪が降っているというのはやはり落ち着かぬものだな」
『ダンナも大鬼門開放に参加してたじゃありやせんかい』
「まあ、それはそれ、これはこれだ」
 タイザンはまたなんとなく唐傘を回した。オニシバがするりと神操機から出てきて、
『確かに、あっしら式神にァこの状態は気持ち悪くて仕方ねェや』
 曇った空を見上げ、嘆くような笑うような声で言った。先日開放したばかりの大鬼門の影響で、この真夏に筑豊の廃坑は雪だ。
「そろそろ他の連中も四鬼門を開くころか」
『久々の大仕事でさァ、ダンナ。……それにしても』
 霊体のまま、オニシバがこちらを上から下まで眺めた。
「……なんだ」
『その白と桃のより、赤のの方が似合ってたじゃありやせんか。どうしてあっちにしなかったんで?』
 ぶんと振り下ろした唐傘は、当然ながらオニシバをすり抜けた。
「……式神降神」
「ダンナそこまでしなくても」
 実体化した頭にもう一度唐傘を振り下ろすと、オニシバは避けるでもなくおとなしく打たれた。が、痛かったわけでも反省したわけでもないようで、
「あっしだけが言ってるわけじゃありやせんぜ。地流の兄さん姐さん方も、口をそろえてあっちのほうが似合うと言ってたじゃありやせんか」
「だ・か・ら、あえてこちらにしたのだ。言っていることがわかるか?」
「……へい」
 ここまで言えばさすがに察したようだ。
「そんなにイヤですかい。似合ってりゃァ構わねェじゃありやせんか」
「ならばお前がこれを着てみろ!」
「いや、あっしァぜってェ似合いやせんから」
 苦々しく唐傘の柄を握りしめながら、タイザンは歯ぎしりでもしたい気分でオニシバに半ば背を向けた。
「大体なぜ私が女の装束なのだ……! オオスミがいるではないか」
「『振袖を着るようなトシじゃない』ってのがオオスミの姐さんの言い分だったみてェですがね」
「なら私は『振袖を着るような性別じゃない』だ! クレヤマ部長が力士、ナンカイさんが巡礼、オオスミがこれで私が丑の刻参り、それで何の問題がある!」
「ちょいと面白みに欠けるってとこじゃありやせんかい」
「いるか面白みなど!!」
「あとは……ダンナが丑の刻参りだと、ちょっと迫力ありすぎで怖ェとか」
「オオスミの丑の刻参りより数倍マシだ! あの格好のまま四鬼門データをながめてニヤついているところを見たか、夢に出そうだったぞ」
 思い出してつい身震いする。雪が強くなってきていた。時折風に乗って舞い込んでくる雪の粒が、紅い振袖の肩に細かくまとわりつく。
「四鬼門に戻ったほうがいいんじゃありやせんかい。ここは冷えますぜ」
「いや、中にいると世界の変化がよく感じ取れぬ」
 廃坑の入り口から一歩さがったこの場所からならば、東北の四鬼門でのすさまじい力のぶつかり合いがわずかながら感じ取れるのだ。
「ガシンはうまくやったようだな」
「あとは天流宗家の坊ちゃんが、クレヤマのダンナを倒してくれるのを願うばかりってとこですかい?」
「ああ。ナンカイ、オオスミ、クレヤマと、天流宗家一人で地流幹部全員を倒してくれるとは、ありがたいことだ。それに引き換え、地流宗家は少々楽をしているな」
 タイザンは袂から符を取り出した。軽く掲げると、それは緑の光とともに「目」と言う文字となって消え、続いてひなびた田舎道を駆ける飛鳥ユーマの姿を映し出した。
「じき、着くな」
 今頃、地流本部ではミカヅチが本格的にウツホにのっとられているだろう。その指示でこの廃坑に向かう飛鳥ユーマの手で、四大天の封印を解かせなければならない。つまり、地流宗家の全力を引き出した上で、オニシバを倒させるのだ。
「……必要とはいえ、いやなものだな」
「へい?」
「なんでもない。戻れオニシバ。四鬼門に向かうぞ」
「へい」
 神操機を袂に収め、タイザンは廃坑の中に足を向ける。ふと    奇妙な気がして自分の体を見下ろし、空を見上げた。鮮やかな紅の振袖に、舞い散る牡丹雪。
「なぜ……雪が降っている?」
『雪がどうしやした』
「おかしいではないか。この場所の四鬼門はずっと前から開放されているのだから、今この場所に雪が降るわけがない。……待て、私は四鬼門を開放したか? この装束、」
 己が振袖の左の袂を、空いている右手で目の前まで持ち上げる。紅い。
「さっき、……なぜ紅いほうを着なかったかとおまえと……」
『どうしやした、ダンナ』
 タイザンは混乱した。ここはどこだ? 今は、一体…………。
 見回すといつの間にそれほどの降りになったのか、目に入るのは大粒の牡丹雪ばかりだ。左肩に感じる唐傘の重みが痛い。いや    冷たいのか。
 そこに、ぬくもりのようなものが触れた。
『ダンナ、本当にどうしやした。ちょいと起きて下せェ』 続き 続き 続き
07.12.20



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