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 跳ね起きると、そこはタイザンのマンションのリビングのテーブルだった。
「大丈夫かよタイザン。毛布が首にからんでるぜ」
「…………あ……」
 夢から覚めたような覚めてないような頭で、タートルネックの襟元に巻きついた毛布をはがす。テーブルの向かい側に座った雅臣が苦笑していた。
「なにかうなされてたぜ。怖い夢でも見たのか?」
「……うるさい」
 きまりの悪い思いを邪険な態度で隠そうとしたが、それはあまりうまくいかなかったようだ。雅臣は笑って、
「起きたんならテレビつけていいよな?」
とリモコンを手に取った。すぐににぎやかなバラエティ番組の音声が始まる。椅子ごとテレビに向き直った雅臣は、テーブルに頬杖をついてけたけた笑い始めた。
 タイザンは手に持ったままだった毛布を軽くたたんで、ソファの上に投げた。いつの間にテーブルに突っ伏して眠り込んでしまっていたのか。毛布など着こんだ覚えはないから、多分雅臣が掛けたのだろう。
「……おまえ来ていたのか」
 雅臣は不思議そうに振り返った。
「一緒に昼飯食べたじゃないか。もしかしてまだ寝ぼけてる?」
「………………」
 返す言葉もない。そういえば腹は膨れているが、一緒に食べた覚えどころか何を食べたのかさえ浮かんでこなかった。
「大丈夫かよ、天流討伐部長。しかたないな。優しい雅臣さんがコーヒー入れてやるよ」
 雅臣は立ち上がる。しばらくしてミルクがたっぷり入ったぬるめのコーヒーを持ってきた。口をつけるとかすかにブランデーの匂いがする。その湯気の匂いに顔を包まれていると、ふと頭を遠い情景がよぎった。
「前に……」
 タイザンは少し考えて、続けた。
「前にお前と、雪遊びをしたことがあったな。雪だるまも作って。あの後、どうなったのだった」
「雪遊び?」
 雅臣はけげんな顔だ。
「あったかそんなこと。雪だるまなんて」
「ずっと前だ。まだ、隠れ里にいたころの」
「ああ……『前』ってのはそのくらいの『前』か」
 雅臣は頬を掻く。
「あったっけな? 里ではよく雪が積もったことは覚えてるけど。あんたにいろいろ遊んでもらったことも覚えてるんだけどな」
「そうか」
 そういえばこやつは小さかったな。あきらめてタイザンはまたコーヒーに口をつけた。もともと、自分でもなぜそんなことをたずねたのかわからなかったのだ。一瞬浮かんだはずの情景も、もうどこかへ消えてしまっている。はて、自分は何を思い出しかけたのだったか……少し物思いに沈んだ足を、いきなり何かが踏んだ。
「……っ!」
 タイザンはコーヒーをこぼしかける勢いで体ごと踏まれた足を引く。というのもそれはどう考えても雅臣の足ではなく、むしろ何かやわらかい毛の生えた小さな足だったからだ。足元にはタイザンの感覚そのままの毛玉が転がっていた。     いや、柴犬の、子供だ。
「おっオニシバも来たのか。ミルクの匂いにつられたかな」
「は? オニシバ?」
 タイザンはもう一度それを見た。瞬きしても目をこすっても、そこにいるのはごくごく普通の子犬だ。ただし、額におもちゃのようなサングラスを載せ、ねじり鉢巻と腹巻を装備し、首輪代わりのお守りをぶら下げて、白いコートに見えなくもない犬用の服を着ている。しかしその中に詰まっているのはやはり、何の変哲もない子犬なのだ。
「いや、これはオニシバではなかろう」
「またまた〜」
 雅臣はほほえましいものでも眺めるかのような笑みを浮かべた。それがやたらタイザンのカンに障る。
「自分で拾ってきたくせに、まだ飼う気はないようなこと言ってるのかよ。ちっちゃいけど賢いんだぜ、こいつ」
 ガシンは子犬の前にひざをつき、右手を差し出した。
「オニシバ、ほら、お手!」
 子犬の右前足がひょいと雅臣の手に乗った。
「よーし、賢いなーオニシバは。な? すごいだろ?」
 雅臣は満面の笑みでこちらを見る。
「いや……論点はそこではなくて……」
「不満なのかよ。仕方ないなー。ほらオニシバ、お代わり!」
 左前足が差し出される。
「お座り!」
 さっと床に尻をつける。
「ブリッドスコール!」
 ダダダダダダダッ。子犬の両前足から放たれた弾丸がクッションを蜂の巣にした。
「待て! それはさすがにおかしいだろう!!」
「一切合財貫通撃のほうがよかったか?」
「より悪いわ!」
 激昂のまま怒鳴ったのだが、次の瞬間にはその足元へと子犬がとことことやってきたことに動揺していた。子犬はタイザンの目の前に座り、しっぽを振りながらこちらの顔を見上げている。
「ほら、タイザンにほめてくれって言ってるんだぜ」
「……いや、だからこれは……」
「まったく、頑固なご主人を持つと大変だよな〜、オニシバ」
 楽しそうに子犬をなでる雅臣の、ジャケットの胸ポケットが不意に動いた。
「おっと……起きたのかキバチヨ」
 はい出してきたのはごくごく普通のハムスターだった。雅臣の手に乗り、かりかりと耳を掻いている。右前足に爪楊枝のようなものを握っているが、それはどうやら逆鱗牙らしい。
「冬だからかな、こいつこのごろ寝てばっかりなんだよ。よしよし。ひまわりの種、食べるか?」
「待て。雅臣、ちょっとまて」
 押しとどめるしぐさをすると、ん?と雅臣が顔を上げた。ウスベニがここにいたらきっとそうしただろうと思ったので、噛んで含めるように言って聞かせる。
「ハムスターは、違うと思うぞ。いくらなんでも違うと思うぞ」
「は? 何が?」
 右腕にちょろりと登るハムスターをなでつつ、雅臣が首をかしげる。ハムスターはそのまま雅臣の肩まで駆け上った。
「あははっくすぐったいだろキバチヨ、よせよ〜」
 義弟とハムスターは楽しそうにじゃれているが、タイザンには何がなんだか訳がわからなかった。
「おっと……もうこんな時間か。今日から発売のクリスマス限定スペシャル牛丼買ってこなきゃな!」
 雅臣は時計を見上げ、何を思ったかベランダに続く窓を開けた。
「ちょっと待ってろよタイザン。牛丼屋まで行ってくる」
 こちらに手を振ってみせてから、内ポケットに手を入れ、神操機を抜き取ったかと思うと、いきなり大降神の印を切り始める。
「行くぞキバチヨぉぉッ!!」
 火柱が天地を貫き、その衝撃が去った後には、巨大化したハムスターの背にまたがった雅臣がこちらを見下ろしていた。
「すぐ買ってくるからな〜」
 思わずベランダに走り出たタイザンに気楽に手を振り、そのまま雅臣と巨大ハムスターはふわふわと風に乗って飛んでいった。
「いや……違うだろうそれは……」
 彼らが空の向こうに消えてからようやく搾り出したツッコミは、白い息とともにむなしく消えた。そのかわり、目の前に大粒の雪がひとひら、落ちてきた。思わず目をひきつけられると、その雪は横からの風にふわりと舞い上がってしばらく空中で弧を描いてからゆっくり眼下へと降りていった。そしてもうひとつ。束帯の肩に雪が落ちてくる。
 左手の扇を広げ、その綿毛のようなものをそっと受けた。 続き 続き 続き
07.12.17



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