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「タイザンも、異論はないな?」
 血の気が引くように我に返った。これはミカヅチの声だ。
「は、はい!」
 顔をあげ、反射的に返事をする。見れば5角形に配置された机をはさんで他の部長たちと宗家であるミカヅチの視線がこちらに集まっていた。
 本社での会議中によそ事に気を取られ、ぼんやりしていたらしい。それにしても、何の議題だったろうか。
「反対意見を述べるものはないのだな? では……、天流との全面戦争をただいまから開始する」
「はっ」
 重々しく告げたミカヅチに、幹部たちがいっせいに返事をして……タイザンは一気に目が覚めた。全面戦争?! 天流と?!
「では行くぞ」
 ミカヅチは重厚な動きで立ち上がり、窓へと歩んだ。秘書が素早く窓を開ける。タイザンが止める暇もなく、ミカヅチは地上52階の窓枠を乗り越えた。
「ミカヅチ様っ      
 そのままはるかな地面へと落下……しなかった。まるでそこに床が続いているかのように、ミカヅチは歩いていく。その後に、いつの間にか立ち上がっていたナンカイ、オオスミ、クレヤマらが続く。
 タイザンはまずぽかんとし、それから慌てて窓に駆け寄った。外は白かった。どこまでも雪の平原が続いていた。52階の窓枠のすぐ下まで、雪が積もっているのだ。周りの建物は全て、埋もれてしまって屋根も見えない。
「タイザン、何をしておる。急がんか」
 その雪原から、ナンカイが振り返って声をかけた。タイザンは混乱しつつも窓枠を乗り越え、用心しいしい雪に足をつけた。軽く靴底が沈む感覚があるだけで、歩くのに支障はない。
 こんな光景に覚えがあるような。それともあれは夢だったろうか。
「急げ、タイザン。天流に遅れをとるな」
 今度はクレヤマがせかした。その彼は何をしているのかと言うと、大きな体をまげて雪の上にしゃがみこみ、一心に雪玉を転がしているのだった。1つの固まりを大きくしようとしているらしい。
「あの、クレヤマ部長、これは……」
 おずおずと声をかけると、彼は手を止めぬまま、
「天流に1センチでも遅れをとれば我らの負けだ」
と熱っぽく語った。
「1センチどころじゃないわよタイザン。1ミリ、いいえ1ミクロンだって負けられないわ」
 いつになく闘志に燃えた口調のオオスミは、スプレー缶をシャカシャカ振っては足元の雪にかけている。「雪が固まりやすくなるの。技研の新開発スプレーよ」
「天流の者どもめ、もうあんなに大きなものを完成させておるわ」
 ナンカイがタイザンの背後を指差して言った。見れば雪原のはるか遠く、米粒ほどの人間達がごちゃごちゃと動き回り、身の丈の倍ほどの雪玉の上に、それより一回り小さい雪玉を載せようと苦心しているところだった。それは、タイザンの知識に照らせばこういう名前がつきそうなオブジェクトに見えた。……そう、『雪だるま』だ。
 なにやら特殊な機能のついていそうなスコープ越しにそちらを見たオオスミが「6メートル23センチ7ミリ」と言った。
「天流の動きに惑わされるな」
 ミカヅチが言う。彼は胸の高さほどまで大きくした雪玉を慎重に転がしながら、
「所詮は壊滅寸前の流派の残党……正面から戦えば我が地流の敵ではない。我らが浮き足立ち、平静を失うことこそやつらの目的なのだ」
「なるほど……」
「われわれのペースを見失ってはいけないということですね」
「さすが宗家。……あっ」
 スコープを覗くオオスミが声を上げた。天流の積み上げた雪だるまの上半分が揺らぎ、転げ落ちて雪玉が真っ二つになったのだった。幹部たちから安堵のため息がもれる。
「……オニシバ」
『へいッ』
「……いや、待ってましたといわんばかりの返事はいらぬ。何だこれは」
『天流との大戦ですぜダンナ。兄さんがたが言ってたじゃありやせんか』
「いや……。大戦……大戦というか…………われわれは闘神士ではないのか?」
『闘神士ですぜダンナ。ずいぶんといまさらなことを聞きやすねェ。何かあったんですかい』
「あったもなにも……」
 それ以上何を言っていいかわからなくなり、タイザンはあたりを見回した。ミカヅチビル以外すべて埋まった雪原に、あちこちで雪だるま作りに精を出す闘神士たち。
「むっ?! 神流めらか!!」
 冷たい空気を切り裂くような鋭い声に、タイザンはぎょっとして顔をあげたのだが、ミカヅチが見ているのはこちらではなかった。50メートルほど向こうにイヤというほど大きな雪玉があって、その横に浅葱色の人影が立っている。狩衣に烏帽子をつけていた。
       ショウカク? なぜここに!
 たった今どこかからその雪玉を転がしてきましたという姿勢のショウカクは、しばしそこに立ち止まりミカヅチと激しくにらみ合った。お互いの燃やす闘気が炎のようにぶつかり合う。
「われらも負けられんぞ! 皆、心してかかれ!」
 ミカヅチが叫んで腕を振り下ろした。部長らが「はっ」と応えた声を合図にしたかのように、ショウカクは身長の3倍以上ある雪玉を猛然と転がし始め、
       あ、巻き込まれた。
 雪につんのめって前のめりに倒れ、雪玉の回転に巻き込まれて一緒に転がりだした。よほど勢いがついていたのか、雪玉は止まる様子もなくショウカクごと大きくなりながら転がっていく。
「ウォオオオオオオーっ!」
 逆方向から獣のような咆哮がとどろいた。火柱を巻き上げ、雪の上に立ち上がる異形の巨人は、大降神コンゴウ。カタカタ震える神操機を手に、クレヤマが命令を下す。
「ゆけコンゴウ! 地流の栄光のため、巨大雪だるまを作るのだ!」
 コンゴウはもう一声吼え、そばにあった3階建てほどの大きさの雪玉を抱え上げるともう一回り大きな雪玉の上へと運んだ。クレヤマ部長は人の身でどうやって雪玉をあそこまで大きくしたのだ、そっちの方が気になるとタイザンは思ったが、それはさほど重要事項ではなかったらしい。あちらでもこちらでも、大降神の火柱が立つ。
「いくわよミユキ!」
「打倒天流じゃナマズボウ!」
 見れば、はるか遠くの天流の陣でも火柱がいくつも昇っていた。そして巨大な雪だるまが乱立し始める。
「……オニシバ」
『へいッ』
「いや、だからやる気まんまんの返事はいらぬ。……これはなんだ」
『天流との大戦ですぜダンナ』
「それはさっきも聞いた」
『あっしもさっき言ったような気がしてやしたよ。それよりダンナ、ちょいと後ろに気を付けたほうがいいんじゃありやせんかい』
「うしろ?」
 軽く振り返ったタイザンの目の前に、巨大な雪玉が猛スピードで迫っていた。ごろんごろんと高速で回転するその中に、ちらりと見える浅葱色……。
「ショウカっ……」
と言い終わる前に、タイザンも真正面から雪玉に巻き込まれた。雪が顔面を覆い、一気に息が詰まる。もがいた手が、やわらかい毛布をつかんだ。 続き 続き 続き
07.12.16



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