+  啓蟄 (芽吹族) +

* コミックスとアニメ混ざってます。


「芽吹!」
「勝負でおじゃる!」
 ある日のことです。名落宮で静かに過ごしていた芽吹のバンナイさんのところに、唐突に乗り込んできた5体の式神がおりました。
 言うまでもなく、天流闘神士吉川ヤクモさんの五行の式神です。
「これは……。どうなさったのですか」
 バンナイさんは困惑し、彼らに向け首をかしげました。
「ボクたちと勝負するんだよ!」
 タンカムイが銛を振りかざして応えました。「うむ!」とブリュネが力強く同意します。
「我々は式神であります。式神が戦うのは当然であります!」
「それは、かまいませんが」
 バンナイさんにはいきなり勝負をふっかけられる理由がわからないのです。しかしそれを尋ねる前に、
「ならば尋常に勝負! 我らのうちから一人を選べ。その者が相手をする」
 タカマルが堂々と槍を掲げました。そして5体は、さあ自分を選べとばかりにその場に仁王立ちしたのです。バンナイさんはますます困惑を深めながら、
「わたくしはどなたとでもかまいません。しかし…どうやって闘うのですか? 皆さんは霊体ではありませんか」
 5体は目をまん丸にしました。ここに来て初めて気づいたのでしょうか。人間界のヤクモさんと契約している5体は、今この場では霊体なのです。
「どうやって名落宮にいらしたのですか? 式神だけで名落宮に来ても絆が切れてしまわないとは、さすがヤクモくんとの契約ですね」
 バンナイさんは少しうれしいような気持ちになって微笑んだのですが、5体はそれには気づいておりませんでした。
「どうするでありますか。これでは巴里之走馬灯も撃てないであります」
「どつき漫才もできねえじゃねえか〜」
「漫才など今はどうでもよい」
「そうだよ、これじゃあ芽吹に勝てないよ」
 興奮して話し合う彼らを、バンナイさんは静かに見ておりました。この場でただ一人、名落宮の住人であるバンナイさんだけは実体を持っています。しかもバンナイさんは、闘神士の印がなくても符を使うことができるのでした。つまり戦闘能力があるということになります。しかしそのことは黙っていました。
「うろたえることはないでおじゃる。戦いとは、武器を合わせることばかりではおじゃらん」
 サネマロが先生のように言いました。
「例えば、知恵比べという方法とてあるでおじゃる」
 他の4体はいっせいに黙り込みました。ややあってタンカムイが、
「才能をつかさどる芽吹族相手に、知恵比べするの?」
「タンカムイ、そちには何も期待していないでおじゃる。まろが学問をつかさどる榎族であることを忘れたでおじゃるか」
 フフン、とあごを上げ、
「そういうことでおじゃるから、芽吹の相手はまろがするでおじゃる」
と他4体を押しのけようとしたサネマロを「ちょっと待った!」とリクドウの黒い手が制しました。残りの3本の腕でどんと胸を叩き、
「だったらネタ対決でもいいじゃねえか。とっておきのネタがあるんだ。任せとけ!」
「リクドウの『とっておきのネタ』で笑った覚えがないよね」
 低音でつぶやいたタンカムイに、タカマルとブリュネが深くうなずきました。
「ボクが泳ぎで勝負したほうがずっといいよ」
「いや、飛び比べのほうがよい」
「知恵比べでおじゃる」
「いーや、ネタ比べだ!」
「自分は、自分は……、…………爬虫類度比べを…………」
「無理してまざらなくて良いでおじゃる」
 そんな彼らをほほえましく見ていたバンナイさんに、「芽吹! 何をにやにや笑っているでありますか!」とブリュネが矛先を向けました。「あ、いえ……」とバンナイさんは居住まいを正します。
「それにしても、なぜ勝負なのですか? 確かに戦いは、わたくしたち式神の本分ではありますが……」
 尋ねると、彼らはぽんと手を打ちました。
「一番大事なことを言い忘れていたであります」
「この勝負には条件があるのだ」
「負けたら、ボクたちの言う条件を飲んでもらうよ」
「条件とは?」
 五行の式神は声を揃えました。
「明日から15日の間、式神界に戻ってもらうでありよおじゃるらな!」
 揃いませんでした。語尾に特徴がありすぎる人が多いのが敗因のようです。それはさておき、バンナイさんは意味のわからない条件に、目をぱちくりさせました。
「それはまた……なぜですか?」
「理由などどうでも良い! さあ、飛び比べだ!」
「いーや、ネタ対決だ!」
「ボクと泳ぎ比べだよ!」
「まろとの知恵比べに決まっているでおじゃる!」
 再度内輪もめに突入した彼らの後ろで、唐突に床が光り、人間界との扉が開きました。五行の式神たちは内輪もめのままの体勢で凍りつきます。
「……おまえたち、何でここに?!」
 驚きに声をあげながら出てきたのは、やはりヤクモさんでした。
「ヤクモくん。よくおこし下さいました。今日はどうなさったのですか?」
「こいつらが零神操機からいなくなって、どこを探しても見当たらないから、バンナイさんに相談しようと思って……。おまえたち、俺に一言もなく揃っていなくなるなんで、一体どうしたんだ」
 五行の式神たちは応えません。お互いに、誰か前に出ろというような視線を行き交わせるだけです。ヤクモさんはじれたように右足を踏み出しました。
「黙ってちゃ分からないぞ。何で……」
 そこでバンナイさんは一歩前に出ました。
「申し訳ありません。わたくしがお引止めしていたのですよ」
 そっと袖でヤクモさんと式神たちの間をさえぎったのです。
「ヤクモくんのご様子が聞きたくて、わたくしが名落宮にお招きしたのです。ついつい長くなってしまいました。申し訳ありません」
「バンナイさんが?」
 ヤクモさんは意外そうでした。そして五行の式神たちも、びっくりして顔をあげたのです。
「ええ、ですから皆さんを責めないでください」
「……そういうことなら仕方ないか。みんな、とにかく神操機に戻れ。ここだって名落宮なんだからな」
 五行の式神たちは不服そうに、そして少し不思議そうにバンナイさんを見ながら、神操機へと戻ってゆきました。それをバンナイさんは薄く微笑んで見送ります。
 もしかしたら、と、バンナイさんは思ったのでした。
 彼らは、ただ遊びに来てくれたのかもしれない。忌まわしく少しさびしいこの場所にいる、自分のところまで。
 そして、あからさまに気づかいを示したくなくて、少しおどけてみせただけなのかもしれない、と。
「じゃあバンナイさん、もう遅いので今日はこれで。明日また来ます」
「おや……。明日もおこしくださるのですか?」
 ヤクモさんは照れたように「うん」と笑い、
「明日からバンナイさんの節季だから……。ずっと前から、啓蟄になったら遊びに来ようって決めてたんです」
「そうだったのですか。お待ちしておりますよ。ぜひおいで下さい」
 微笑むバンナイさんに、ヤクモさんもにっこりとうなずきます。
「それじゃ、また明日」
「はい。また、明日」
 2人は笑顔で挨拶を交わしました。



 心やさしいバンナイさんには、ヤクモさんの発言とブリュネたちの「条件」との関連性はわからなかったでした。



 啓蟄を明日に控え、名落宮は今日も平和なのです。
07.3.18


バンナイさん好きだーっ!





+  春分 (青龍族)  +

 ヤクモさんがまだ中学生だった頃のことです。
「ヤクモ様、そろそろ急がないとガッコウに遅れるであります」
 生真面目に時間を報告したブリュネに、ヤクモさんはのんびりと中学校への道を歩きながら、
「ああ、今日はゆっくりでいいんだ。卒業式だからな」
「ソツギョウシキ?」
「今日で中学に行くのは終わりなんだよ。卒業証書をもらって、4月からは高校に通うんだ」
「???」
 ブリュネにはまったくわかりませんでしたが、そうこうするうちに中学が近づいてきて、
「ヤクモー! おはよー!」
「おはよう、ヒトハ」
 ヤクモさんの級友が次々顔を見せたので、それ以上の話は出来なかったのでした。

 卒業式も無事終わり、ヤクモさんは右手に卒業証書の筒を持ったまま、級友に連れられて校庭に出ておりました。校門の前でひとしきり騒いで記念写真を撮り、一息ついたヤクモさんは1人、校庭のすみに生えている立派な桜の木の元へとやってきていたのです。ざらついた樹皮を撫でると、3年前、この中学に入ってきたばかりのころが思い起こされるのでした。
「ヤクモさまは」
 ブリュネの声がしました。すうっと霊体が現れます。
「本日、このガッコウと契約満了したと、そういうことでありますか」
 ヤクモさんは苦笑します。
「うん……まあ、式神風に言うとそうなるかな」
「では、新しいガッコウと契約を結ばなくてはいけないでありますな」
 ははは、とヤクモさんは笑いました。
「ああ、4月から行く学校はちゃんと決まってるよ。でも、しばらくは春休みだ」
「そうでありますか」
「春休みも長いな。伏魔殿の探索がだいぶ進みそうだ。ああ、時渡りの鏡でツクヨミさんに会いに行くっていうのも……」
「自分たちとも、いずれ契約満了するでありますか」
 唐突にブリュネが言って、ヤクモさんは言葉を止めました。そして少し考えました。
 ヤクモさんがブリュネたちと契約したときの願いは、『とうさんやイヅナさん、ヒトハやシマムラたちの平和な日々を守りたい』という、実に漠然としたものでした。それが満了するとはどういうことでしょう。考えようによっては永遠に満了しないようにも思えますし、また、今すぐ満了してもおかしくないようにも思えるのでした。
「そうだな……。そうなるのかもな」
「…………そうでありますか」
「ブリュネ、おまえ他の闘神士に移りたくなったか? それだったら俺に遠慮せず言ってくれよ」
 ブリュネは顔色を変えて「そんなことにはならないであります!」と叫びました。
 ヤクモさんは笑います。
「冗談だよ」
「……そういう冗談はやめてほしいであります」
「ああ。悪かった」
 ヤクモさんはくるりと身を返して、桜の木にもたれました。
「さすがにちょっとナイーブになってるみたいだ。3年間、楽しかったからな……」
「ないーぶ?」
「うん」
 ヤクモさんは右手に持ったままの卒業証書の筒で、とんとんと自分の肩を叩きました。
「ヤクモー! 教室戻るよー!」
 ちょうど、あちらを通りかかった一団の中から、ヒトハが手を振るのが見えました。ヤクモさんは「おう!」と手を振り返します。そして、
「ブリュネ」
と呼びかけました。
「俺たちは、いつか契約満了するかもしれない。でもそれはきっとずっと先だ。そして多分、それまでの間に、俺たちはたくさんの困難を乗り越えていかなきゃならないんだと思う」
「ならば、その日までは自分たちがヤクモさまをお守りするであります」
 ブリュネは胸を張りました。自分たちの強い絆がある限り、相手が地流でも神流でも、負けることはないと思うのです。ヤクモさんはまた少し笑いました。
「……頼む」
「ヤクモってばー! 教室で、先生と写真撮ろー!」
 ヒトハが呼んでいます。ヤクモさんは「今行く!」と返し、校舎へと歩き出しました。
 降る日差しの暖かい、春の日のことでした。
07.4.4



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