+  立夏 (榎族) +

 今日、新しい闘神士がうちのダンナの部下として入ってきやした。
 あっしが言うのもなんだが、あんまりガラの良くねェ若ェモンで、まァダンナはああいうお人だから、話しながらどんどん嫌そうな顔になってやしたぜ。
「……で、おまえの式神は何だ」
 早く話を終わらせてェってな調子でそんなことを言いやした。
 部下が呼び出したのは榎のオトチカで、あっしもだいぶ前に会ったことがありやしたが、その時よりも、
 ……はっきり言っちまえばヘンなやつになってやした。
「キシシシシシシィ〜ッ!」
ってな笑い声(だと思いやすぜ、あれァ)を上げてそこらじゅう跳ね回るんでさァ。
 ダンナは二の句も継げねェってな様子で、
「わかった。もういい。さっそくだが天流をつぶしに行って来い」
 犬でも追っ払うように手を振りやした。まァ、このときのダンナの気持ちは、あっしにァよくわかるんですがね。
 それで部下が帰っちまうと入れ違いに、また違う闘神士が入ってきやした。
「どおも〜タイザン部長。オトチカ使いがあいさつに来たようで……」
 こいつもダンナの嫌いなたいぷだったんでさァ。黒鉄使いのイゾウ。流派章の位を上げるため、仲間殺しをやってることは先刻承知でしたが、地流闘神士を減らす必要もあったんでダンナは放置してやした。奴さんの方はそれを知らず、ダンナの目は節穴だって思ってたフシがありやす。ダンナに取り入りつつ、成り代わる機会を虎視眈々とうかがってるみてェでしたぜ。
「ちょーど良かった。あいつの式神はおかしいから面食らったでしょう。そんな部長のために、わかりやすい資料を用意したんですよ。どーぞ見てください」
 一本のでーぶいでーを置いて出て行きやした。
「ちゃいるど・ぷれい」
 ……ってなたいとるが書いてありやしたぜ。


 思えば、あれが後々のイゾウ左遷の原因かもしれやせんねェ。


「…………オニシバ」
「へい。…………いや、ダンナの言いてェことはわかりやすぜ。安心してくだせェ。もしあの榎がこうやって襲ってきやがったって、あっしが撃ち落してやりまさァ」
 あの時のダンナの、ひきつった顔ででーぶいでーの映像を見つめる姿は、今でもよく覚えていまさァ。





+  小満 (大火族)  +

「タイザン!」
と言いながら遠慮もなくふすまを開け、どしどし足音を立てながらショウカクがタイザンの部屋に踏み込んできたのは深夜すぎ。
 つまり伏魔殿に復活した平安京の邸の一室で、タイザンが熟睡している真っ最中だった。
 重たそうな頭を少し上げて薄目をあけたタイザンの肩を二三度叩き、
「この間からずっと悩んでいたのだが聞いてくれぬか?」
「…………なんだ」
「うむ……、我ら神流の戦いには印など必ずしも必要ないな?」
「…………ああ」
「印がいらぬなら闘神士もいらなくないか?」
「………………」
「どう思うタイザン。あれからずっと悩んでいたのだ。俺の存在意義とはなんだ」
「……寝ろ」
 一言言ってタイザンはぱたっと枕に突っ伏し、掛け布団にもぐってしまった。
「悩んで眠れぬのだ。だから相談にきたのだろうが。タイザン!」
 布団をひっぺがそうとするショウカクに、タイザンは枕もとの闘神機を手にとった。
「式神降神……オニシバ、追い返せ」
「丸投げですかいダンナ。ショウカクの兄さん、もう夜もふけちまったし、ひとまずお休みになっちゃァどうですかい」
「だから休もうと思っても休めないのだと言っている。そうだおぬしでもいいぞオニシバ、俺の存在意義は何だ」
「あっしにゃァ、兄さんがどこで存在意義なんて言葉を覚えたのかってことの方が気になりやすが」
「オニシバうるさい。悩み相談なら他所でやれ眠れん」
「そいつァちょっとひどいんじゃありやせんかい、ダンナ」
「とにかく俺の存在意義を教えてもらえればよいのだ。タイザンでもオニシバでもかまわん」
「あっしらに聞くより、兄さんの大火に直接聞いたらどうですかい」
単純な一言に、ショウカクはポンと手を打った。
「なるほどそうか……式神、降神!」
「大火のヤタロウ、見参。……なんだショウカク殿、こんな夜中に」
 あくび交じりのヤタロウは、なぜか片腕にイルカ型抱き枕を抱えている。どこで調達したのかオニシバは気になって仕方なかったが、ショウカクはまったく気付かぬ様子で、
「ヤタロウ、おぬし、戦いに印などいらぬと言っていたな。ならば俺の存在意義はなんだ」
「闘神士の存在意義? 決まっている、降神要員だ。我らは降神してもらわねばなにもできぬ」
 ミもフタもねェ……とオニシバがもらすよりも先に、
「なるほどそうか。納得したぞ。これでよく眠れそうだ」
 深くうなずいたショウカクは、またどしどし足音を立てて出て行った。
「……降神要員か」
 オニシバが振り返ると、タイザンが横になったまま薄目を開けていた。ぼそっとつぶやいたのは彼の声だったらしい。
 オニシバは肩をすくめる。
「ま、大火のはそう思ってるってことでしょうよ」
「お前はどう思っている」
「さァ、どうでしょうねェ。ああ、もう夜更けじゃねェか。それじゃダンナ、ごめんなすって」
 オニシバがさっさと引っ込んだ闘神機を、タイザンはしばらく睨んでいたが、やがて眠気に負けたのか寝返りを1つ打ち、自分も目を閉じた。





+  芒種 (繁茂族) +

 コゲンタ! 今、式神図鑑を見てたらすごく怖い式神を見つけたよ!
 繁茂のチュウキチっていう式神なんだけど、必殺技の「伏魔鼠雪崩」で大量のネズミを呼び出すことが出来るんだって!
 戦わずに済んで本当に良かったよね。
 え? ううん、僕はネズミ平気だよ。
 じゃあなんで、って……。ああそうか、コゲンタはテレビに興味ないから知らないよね。
 落ち着いて聞いてね、コゲンタ。
 実はね、最近では、猫の耳をかじりとっちゃうような凶暴なネズミもいるんだよ。
 耳をかじられた猫はショックで真っ青になっちゃうんだ。
 コゲンタがそんなことになったら大変でしょ?
 ……どうしたのコゲンタ、なんでそんなに怒って……。
 あ、ちょっと待ってコゲンタ、コゲンタ!
 あーあ、神操機に戻っちゃった。どうしたんだろ。
 あっ……! まさかコゲンタ、もうかじられたことがあるの?!
 そうか……だからショックであんなに白くなっちゃったんだね……。
 ごめんコゲンタ、嫌なこと思い出させて。
 おわびに、この間リナちゃんからもらったとっておきの高給ネコ缶、出してあげよう。
 (パカッ)お皿に盛り付けて……よし、と。
 コゲンタ、喜んでくれるといいな。
 それじゃ、式神、降神!




+  夏至 (朱雀族) +

「そういえばガシン、『タイザンの本当の式神は朱雀』説、知ってる?」
「本当の式神? タイザンの式神はオニシバだろ、キバチヨ」
「Yes! でもオニシバは一度地流の白虎に負けて、名前が散ってるだろう? で、地流の流派章が壊れて神流の流派章に光がともったじゃないか。神流闘神士としての契約式神が、オニシバとは別にいるんじゃないかってウワサが流れたんだよ」
「へーえ。それが朱雀族ってわけか。
 タイザンが朱雀と契約してたら、どんなコンビになってたんだろうな。ちょっと見てみたいぜ」

* * * *

「式神、降神!」
 ウスベニが闘神機をかざし、可憐な声を響かせた。式神界との狭間をしきる障子が現れるものとマサオミは思ったが、実際出てきたのは色鮮やかな朱雀模様だった。
 ……す、ステンドグラス? 式神降神でなぜ?!
 混乱するマサオミの目の前で、ステンドグラスが砕け散った。その向こうから現れたのは、白馬に乗った王子様……ではなくて派手な装束の式神だった。
 華麗に白馬から飛び降り、
「朱雀のバラワカ、見参!」
「ゆきなさいバラワカ、ヤクモを倒すのです!」
「ふっ……。スカンダスーリヤ!」
 紫のバラを振りまく朱雀を見つつ、
 ……無理だ。
 マサオミとキバチヨは同時に思った。
 ……タイザンの式神がオニシバでよかった。こいつとタイザンが上手くやっていくのは、絶対無理だ……。
 降神して30秒後には殴り合いのケンカになるタイザンとバラワカをリアルに想像し、しみじみとオニシバに感謝する神流青龍コンビであった。




+  小暑 (赤銅族) +

「ああ、とうとう日が暮れた……」
『……今夜の宿の当てはあるでごわすか』 
 テルとイソロクは薄暗い山道をたどっていた。今日も今日とて修行の旅(別名貧乏旅行)の途中だ。地平線に残っていた残照は完全に途絶え、今や空は夜の色に染め上げられている。
 ぎゅるるる〜。テルの腹の虫が、盛大な音を立て食事を要求した。空っぽの腹をさすりつつ、
「せめて人家のひとつもあれば……。いや、木の実とかキノコでもいい、どこかに食べるものはないものでしょうか」
 テルはため息をついた。何気なく入り込んだ山道は予想以上に長く、また一軒の民家もない。手持ちの食料は尽き、すきっ腹を抱えて歩くこと数時間。このままでは野宿でもするしかなさそうだった。
「しかしこの空腹では、眠れる気がしません。せめて人家の1つ、いや、木の実でもキノコでも……」
 先ほどと同じことをくり返し始めたテルに、イソロクは呆れと諦めの混ざった心境になった。
『おいどんに乗って、山を越えればいいでごわす。そうすれば家の一軒くらい見付かるでごわすよ』
 その提案にテルはうーんと考え込んだ。そして腹を抱えて座り込む。
「ダメだ……。腹が減りすぎて降神する気力がありません……」
 ばったりと、その場に大の字に寝っ転がった。
『テ〜ル〜!』
「ああ、私はもうここまでのようです。ナズナ殿、最後にあなたにお会いしたかった……」
『テ〜ル! 酔ってるヒマがあったらおいどんを降神するでごわすよ。夕食を1回抜いたくらいで弱音を吐いてどうするでごわすか』
 イソロクは叱るが、テルのほうはまったく聞いていない。
「ああ、一番星が出ています。まるでナズナ殿の輝く瞳のよう……。ん?」
 突然起き上がった。
「イソロク、確か今日は7月7日ではありませんでしたか」
『確かに、小暑の一日目だから7月7日でごわすな』
 イソロクが言うが早いか、テルは凄まじい勢いで立ち上がった。
「ということは今日は七夕! 引き裂かれた恋人たちが、年に一度の逢瀬を得る日です!
 こうしていられません、大急ぎで天神町へ、ナズナ殿のもとへ行かなくては! 式神、降神!!」
「赤銅のイソロク、見参。……さっきまでの弱り方はどこへ行ったでごわすか」
 あきれ返ったツッコミは、テルの耳には入らない。いそいそとイソロクの背に乗り、
「ようし! あの星に向かって飛べイソロク! そこにナズナ殿がいるに違いない!」
 元気一杯に叫ぶテルを乗せ、イソロクはとりあえずジェット噴射し、飛び立つ準備を始めた。
 遠く輝く一番星めざして。
「ナズナ殿〜! 普段は修行のためなかなかお会いできませんが、今参ります! 待っていて下さい〜〜!」
「……方向は合ってるでごわすか」
 式神の上で愛を叫ぶ闘神士と、呆れモードの式神は、星と灯りの瞬く夜風を切って飛び始めた。
 



+  大暑 (甘露族)  +

 ……甘露のミユキを呼び出した闘神士は、片手をポケットに突っ込み、煙草をくわえたまま神操機を掲げていた。これまで契約してきた闘神士たちとは、どうも勝手が違う。
『あなた、美しさに興味はある?』
 あごに手をやり、障子を隔てて問うたミユキに、
「ないわね」
 闘神士は鼻で笑った。
「私が興味を持つのは貴重なデータ。それ1つだけよ。あなたは美しさが好きなのかしら? どうやら気が合いそうにないわねぇ」
『あら、そんなことはないわ』
 ミユキは笑う。
『気が合いそう。美しいのは世界中でわたし1人でいいんだもの。……そうね、あなたに世界一強い式神のデータをあげるわ。代わりに私を世界一美しくしてちょうだい。あなたが強くなればなるほど、わたしも美しくなれるのよ』
「面白いわね」
 本当に楽しそうに、闘神士の声が返ってきた。
「……面白いわ。いいじゃない、あなたを世界一美しくするための研究も開始してあげる。興味深いデータが取れそうだわぁ」
 気が合うわね、とミユキは思った。
『あなたのこと気に入ったわ。契約しましょう。わたしは甘露のミユキ。あなたの名は?』
「ミユキ?」
 闘神士は不思議そうな声を出し、そして笑い含みに続けた。
「珍しい偶然ね。私も『ミユキ』よ。大住ミユキ。……オオスミでいいわ」


「……という仮説を立てたのだが、どうだオニシバ。完璧だと思わぬか」
『どうかと聞かれやしてもねェ』
「ただしこれだと、クレヤマ部長がクレヤマ・コンゴウというはきちがえたプロレスラーの如き名前になってしまうという致命的な欠点がある」
『そんな細けェとこまで考えなくても……ダンナ、そんなに会議がつまらなかったんですかい』
「うむ……だがおかげで長きの疑問にケリをつけられた。なぜミユキがオオスミ部長を姓で呼ぶのか、ずっと気になっていたからな」
『そりゃァよかった。ダンナ、ついでにあっしの長きの疑問も片付けちまってもらえやすかい』
「なんだ?」
『なんでダンナだけ、部下にも上司にも下の名前で呼ばれてるんですかい』
 ……タイザンは頭を抱え込んでうめいた。


大住美雪説、ひそかに主張中。



春へ     はるか陰陽部屋へ     秋へ