正假名遣ひ習得法
はじめに(獨協大學の中村粲教授が正假名遣ひを用ゐる理由を正論2658年4月號で述べてゐましたので引用させて頂きます。)

まへがき(慷慨の士より)

心得(方の中村さんより)
     舊(旧)國語問題研究會掲示板より

第一段階(簡單な覺え方)
第二段階(さらに例外を掲載)
留意事項(間違ひやすい點)

第一段階
 間違へを恐れずさあはじめよう
 月性さんからの紹介

 芳賀矢一 杉谷代水編 作文講話及び文範より引用

一、語の頭には「い」、「え」、「お」の假名を用ゐること大多數なり。
「い」、「え」、「お」と發音して、「ひ」、「へ」、「ほ」の假名を用ゐる例は一語もなし。

二、語の尻はこれに反し、「ひ」、「へ」、「ほ」の假名を用ゐること大多數なり。
 「い」、「え」の假名を用ゐるはごく少數なり。「お」の假名を用ゐる例は一語もなし。

三、語の頭にも尾にも「ゐ」、「ゑ」、「を」の假名を用ゐる語はきはめて少數なり。

四、語の頭にて「わ」と發音する場合には、すべて「わ」を用ゐ、「は」を用ゐず。

五、同じく語の尾にては、「は」を用ゐること大多數にして、「わ」を用ゐるはごく少數なり。

六、「ぢ」、「づ」を用ゐることは多くして、「じ」、「ず」を用ゐるは少數なり。


第二段階
 福田恆存著「私の國語教室」歴史的假名遣ひ習得法より

一,[wa]音の表記

 本則−−[wa]音が語頭にあるときはつねに「わ」と書き,語中語尾にあるときは「は」と書く。

 例外−−特定の語に限り,語中語尾の[wa]音に「わ」を用ゐることがある。
 あわ(泡) いわし(鰯) くわゐ(慈姑) しわ(皺) ゆわう(硫黄) ひわ(鶸) あわてる(慌) うわる(植) かわく(乾) ことわる(斷) さわぐ(騒) すわる(坐) たわむ(撓) しわい(吝) よわい(弱) たわいない
 
二,[u]音の表記

 本則−−[u]音が語頭にあるときはつねに「う」と書き,語中語尾にあるときは「ふ」と書く。

 例外−−特定の語に限り,語中語尾の[u]音に「う」を用ゐることがある。
 かうし(格子) かうして かうばしい(香) とうに ようこそ いもうと(妹) おとうと(弟) かうぢ(麹) かりうど くろうと(玄) しうと(舅) しろうと(素) なかうど(仲) のうのう かうがい(笄) かうべ(首) かうがうしい(神) かうぞ(楮) こうぢ(小路) ・・・・さう たうげ(峠) てうづ(手水) かうもり(蝙蝠) さうざうしい てうな(手斧) はうき(箒) まうす(申) まうでる(詣) もう かうむる(蒙) さうして とうさん(父) とうとう どうぞ はうむる(葬) まうれる(設) めうが(茗荷) やうか(八日) やうやう(漸) ゆうべ(昨夜) ゆわう(硫黄)

三,[o]音の表記

 本則−−[o]音が語頭にあるときは主として「お」と書き,語中語尾にあるときは主として「ほ」と書く。

 例外−−特定の語に限り,語中語尾の[o]音に「を」を用ゐることがある。
 語頭の「を」

 を(尾) を(緒) をか(岡) をぎ(荻) をけ(桶) をけら(植物の名) をこそづきん をさ(長) をさ(筬) をしどり(鴛鴦) をす(雄) をちど(越度) をとり(囮) をどり(踊) をととし をととひ をとこ(男) をんな(女) をとめ(少女) をつと(夫) をぢ(叔父) をば(叔母) をひ(甥) をの(斧) をり(折) をり(檻) をろち(大蛇) をかしい(可笑) をこがましい をさない(幼) ををしい(雄) をさをさ をかす(犯) をがむ(拜) をさめる(納) をさめる(治) をしむ(惜) をしへる(教) をののく(戰) をはる(終) をる(居) をる(折)

 語中語尾の「を」

 あを(青) いさを(勳) うを(魚) かはをそ(川獺) かをり(香) さを(棹) とを(十) ばせを(芭蕉) ひをどし(緋縅) みさを(操) みをつくし(澪標) めをと(夫婦) たをやか しをれる(萎) まをす(申)

四,[e]音の表記

 本則−−[e]音が語頭にあるときは主として「え」と書き,語中語尾にあるときは主として「へ」と書く。

 例外甲−−特定の語に限り,語頭および語中語尾の[e]音に「ゑ」を用ゐることがある。
 語頭の「ゑ」
 ゑ(繪) ゑ(餌) ゑかう(會向) ゑしやく(會釋) ゑしき(會式) ゑちご(越後) ゑんじゆ(槐) ゑがらつぽい ゑぐる(抉) ゑふ(醉) ゑむ(笑) ゑる(彫)
 語中語尾の「ゑ」
 こゑ(聲) すゑ(末) ちゑ(智慧) つくゑ(机) つゑ(杖) ともゑ(巴) ゆゑ(故) うゑる(植) うゑる(餓) すゑる(据)

 例外乙−−特定の語に限り語中語尾の[e]音に「え」を用ゐることがある。
 あまえる(甘) いえる(癒) おびえる(怯) おほえる(覺) きえる(消) きこえる(聞) こえる(肥) こえる(越) こごえる(凍) さえる(冴) さかえる(榮) すえる(饐) そびえる(聳) たえる(絶) つひえる(潰) なえる(萎) にえる(煮) はえる(生) はえる(映) ひえる(冷) ふえる(殖) ほえる(吠) みえる(見) もえる(燃) もえる(萌) もだえる(悶)

 これらの識別法の第一はこれらはすべて,「や行」下一段活用の動詞だといふこと,つまり文語を思ひ出せば,その終止形が「あまゆ」「いふ」「おびゆ」「おぼゆ」「きゆ」とことごとく「ゆ」で終はりますから,すぐ解りませう。終止形が「ゆ」で終はるものはすべて口語では「〜える」とすればいいわけです。

  つまり,どちらか迷ひましたら,文語の終止形を考へればよいのです。「ハ行」(占領假名遣ひでは「わ行」)活用出來るかどうかを,考へればすぐ解ります。私は,これらを特に覺えてゐる譯ではなく,かういふふうに考へて書いてゐるのです。(註;慷慨の士)

五,[i]音の表記

 本則−−[i]音が語頭にあるときは主として「い」と書き,語中語尾にあるときは主として「ひ」と書く。

 例外甲−−特定の語に限り,語頭および語中語尾の[i]音に「ゐ」を用ゐることがある。
 語頭の「ゐ」
 ゐ(藺) ゐ(猪) ゐたけだか(居丈高) ゐど(井戸) ゐなか(田舎) ゐもり(井守) ゐばる(威張) ゐる(居る)
 語中語尾の「ゐ」
 あぢさゐ(紫陽花) あゐ(藍) いちゐ(水松) かもゐ(鴨居) くらゐ(位) くれなゐ(紅) くわゐ(慈姑) しきゐ(敷居) しばゐ(芝居) せゐ(所爲) つゐ(對) まどゐ(圓居) もとゐ(基) ひきゐる(率) まゐる(參) もちゐる(用)
 例外乙−−特定の語に限り,語中語尾の[i]音に「い」を用ゐることがある。
 おいる(老) くいる(悔) むくいる(報) おいて(於) おほいに(大) かい(櫂) かいぞへ(介添) かうがい(笄) かいなで かいまき(掻卷) かいまみる(垣間) さいなむ(叱責) さいはい(采配) さいはひ(幸) ぜんまい(薇) たいまつ(松明) たわいない つい ついたち(一日) ついたて(衝立) ついで(序・次) ついて(就) ついばむ(啄) ふいご(鞴) やいば(刃) あいにく(生憎) かはいい いいえ ぢいさん(爺) にいさん(兄) はい ひいき(贔屓) むいか(六日) あるいは(或)

六,[i]音の表記

 「ぢ」を用ゐる語
 あぢ(味) あぢ(鰺) あぢけ(き)ない あぢさゐ いくぢない いぢける いぢらしい いぢめる いぢる うぢ(氏) おぢる(怖) かうぢ(麹) かぢ(舵) かぢ(鍛冶) くぢら(鯨) けぢめ(別) こぢる しめぢ(茸) すぢ(筋) ぢか(直) ぢく(軸) ぢぢ(爺) ぢみ(地味) ぢみち(地道) ・・・・ぢや どぢやう とぢる(閉) なめくぢ もぢる(捩) もみぢ(紅葉) やそぢ(八十歳) やぢうま よぢる(攀) わらぢ(草鞋) をぢ(叔父)
 なほ,「はなぢ(鼻血)」「ろぢ(露地)」「しんぢゆう(心中)」など合成語になることが明らかな場合は省いておきました。「・・・・ぢや」といふのは「それぢや行くよ」の「・・・・ぢや」で「・・・・では」の訛りです。

七,[zu]音の表記

 「づ」を用ゐる語
 あづける(預) あづき(小豆) あづさ(梓) あづま(東) いかづち(雷) いたづら(戯) いづみ(泉) いづも(出雲) いづれ(何) いなづま(稻妻) うづ(渦) うづく(疼) うづくまる うづめる(埋) うづら(鶉) うはづる おとづれる おのづから かかづらふ かけづる かたづ(固唾) かづける かはづ(蛙) きづく(築) きづま(氣褄) くづ(屑) くづれる(崩) けづる(削) さづける(授) さへづる(囀) しづか(靜) たづき(方便) たづさはる なづむ(澁滯) なづな(薺) なまづ(鯰) はづれる(外) はづかしい まづ(先) まづい(拙) まづしい みづ(水) みづから めづらしい もづく(海雲) ゆづる(讓) よろづ(萬) わづか(僅) わづらふ(病)

 「いきづく」「うなづく」「たづな」の合成語はあまりに語の識別が明らかなので省きました。それから「つづみ」「つづれ」等の同音連呼の場合,およびそれに類する「づつ」「つくづく」などの場合も省きました。「ぢ」の項も同樣です。上記以外は「ず」と心得ておいて下さい。


留意事項
 青方の中村さんからの紹介

  • 歴史的假名遣ひの要點
 歴史的假名遣ひは、國語の中に含まれてゐる和語、すなはち、本來の日本語(やまとことば)にも、漢語、すなはち、漢字を字音でよんだ語にも廣く適用されるはずだが、實際には、漢語は、多くの場合、漢字で書かれてしまふから、假名遣ひは、いはばその漢字に隱れてしまつた形になつて表面には出てこない。また、和語の場合も、「川」(かは)、「戀」(こひ)、「故」(ゆゑ)、「顔」(かほ)のやうに漢字で書かれれば、やはり假名遣ひは問題とならなくなる。結局、「思ふ」「早からう」のやうに、動詞や形容詞の活用語尾の部分、「行くさうだ」「雨が降りだしたやうだ」のやうな助動詞や、「自分さへよければ」「少しぐらゐは」のやうな助詞など、假名でしか書けないやうな部分について、問題になることが多いわけである。

  • 第一に、このやうな部分から始めて見よう。
  <助動詞と助詞>
 助動詞の中で、歴史的假名遣ひが「現代かなづかひ」と異るのは、次の語だけである。

@ 斷定(指定)の助動詞「だ」の未然形「だろ」は、歴史的假名遣ひでは「だら」である。
   〔例〕これは城の跡だらう。
A 同じく敬意を含んだ斷定の助動詞「です」の未然形「でしょ」は、「でせ」である。
   〔例〕それはあなたのものでせう。
B 打消の助動詞「ない」の未然形「なかろ」は、「なから」である。
   〔例〕それではとても濟まなからう。
C 叮嚀を表す助動詞「ます」の未然形「ましょ」は、「ませ」である。
   〔例〕早く行きませう。
D 樣態・傳聞の助動詞「そうだ」は「さうだ」で、その未然形(樣態のみ)は、「さうだら」である。
   〔例〕明日は雨になりさうだ。
      今朝交通事故があつたさうだ。
E 比況の助動詞「ようだ」は「やうだ」となる。
   〔例〕この暖さはまるで春のやうだ。
「一緒にしよう」を「しやう」とするのは誤りである。夏目漱石はときどき誤つてゐる。
助詞の中で、歴史的假名遣ひが問題となるのは、「さへ」「くらゐ(ぐらゐ)」の二語だけである。(略)
 
(築島裕著「歴史的假名遣ひ」中央公論社・新書より)
 
*比況…在るものを他にくらべたとへること。比喩。(廣辞苑)
 

十、 う よう やうの區別
 
〇豫想又は意志の助動詞は ようで、外は やうである。
             大いに勉強しよう
             落花は雪のやうだ
〇四段動詞及び「ある」の未然形に「う」のついたもの
             讀まう
             書かう
             それは本であらう
〇形容詞の連用形の音便「う」
             美しう
             嬉しう
             おはやう
 
(山田孝雄監修「假名遣ちかみち」國語問題協議會より)
 

「やう」と「よう」の區別。「やう」は漢字をあてれば「樣」で樣式・方法・事情などの意。「ごとし」で言ひかへられる場合が多い。「よう」は推量の助動詞(口語)で、文語に言ひかへて「む」のつく場合に使ふ。
 
(「かなづかひ」を考へる會著「かなづかひ」より)
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