正假名遣ひ習得法
●正假名遣ひを學ぶに當たつての心得
  (方の中村さんより)

「私の歴史的假名遣ひ習得法」土屋道雄

 私は福田恆存氏に勸められ、昭和三十五年から十六年閨A國語問題協議會の主事として「國語國字」の編輯と校正を擔當したが、專攻は國語には縁のない土木工學であり、中學時代と高校時代の國語の成績が惡かつたことを自慢にしてゐるほどである。勿論、成績の惡かつた原因が戰後の國語改革にあるなどと言ふつもりはないが、當時の漢字輕視の風潮が國語輕視の思想を煽り、それが兒童にまで微妙な影響を與へてゐたやうである。
 中學一年の時だつたと思ふが、國語の漢字書取りの試驗に白紙答案を出して、先生にひどく叱られたことがある。その時「漢字を無理に使はなくても、平假名で十分意味が通じるのだから漢字を憶える必要はない。漢字の書取りなどで時閧潰すのは馬鹿げてゐる」と抗辯したために一時闊ネ上も脂を絞られた。そのやうな私でさへ、舊字體・舊假名遣ひの「國語國字」の校正をするに當り歴史的假名遣ひを獨習したが、極くわづかな時閧ナ身につけることが出來た。豫想に反してあまりにも易しいのにむしろ驚いたほどである。
 「現代かなづかい」が不合理なものであることは既に述べたので、ここではその説明は省くことにする。「現代かなづかい」を制定した根據は「国語を書きあらわす上に、従来のかなづかいは、はなはだ複雑であって、使用上の困難が大きい。」といふ點にあるのだが、果して歴史的假名遣ひで文章を書くのはむづかしいのであらうか。斷じて「否」である。歴史的假名遣ひで不自由なく書けるやうになるまでに、一體どれほどの時閧ェかかると言ふのであらうか。山田孝雄博士の主張されたやうに一週閧ナ身につけられてもむづかしいと言はねばならぬのか。三日でもむづかしいと言ふのであらうか。一日ではどうか。三時閧ナはどうか。
 歴史的假名遣ひで文章を書く場合に注意を要するのは、わづかwa、i、u、e、o、gi、zuの七音である。結局、この七音を平假名で書く時にだけ注意すればよいのである。私の新聞調査によると、現行の表記を歴史的假名遣ひに改める場合、訂正を要する字數は全字數の二パーセント強に過ぎない。しかも、その二パーセントのうちの四十パーセントは記憶を必要としない「ハ行活用」の動詞であり、三十パーセントは「ゐる」の「ゐ」である。以下「このやうに」の「やう」が六パーセント、「かうして」の「かう」が三パーセント、「さうして」の「さう」が一.五パーセント、「まづ」の「づ」が一.二パーセント、「いづれ」の「づ」が〇.七パーセント…といふ順になつてゐる。なほ、この中には「うへ」や「きはめて」や「あづける」なども含まれてゐるが、これを漢字で「上、極めて、預ける」と表記する人は、それだけ勞力が省けるわけである。とにかく、七十パーセントは「ハ行活用」の動詞と「ゐる」なので、殘りの三十パーセントのうち使用頻度の高いものを數十語記憶し、あとは一枚の表に纏めて傍に置けば、それで不自由なく文章が書ける。
 紙幅の關係でここに私案を示すわけにはいかないので、一例をwa音にとつて説明しよう。wa音が語頭にある時には「わ」と書き、語中・語尾にある時には「は」と書く、といふ原則を立て、この原則に合致しない語を記憶するのであるが、その語數は、送り假名のつけ方と漢字使用の度合とによつて各人各樣となる。平假名ばかりで書く人は、あわ(泡)、いわし(鰯)、しわ(皺)、あわてる(慌)、かわく(乾)、ことわる(斷)、さわぐ(騷)、すわる(座)、たわむ(撓)、しわい(吝)、よわい(弱)、ゆ(い)わう(硫黄)、たわいない等の十三語を暗記するわけであるが、右の語をすべて漢字で書く人は、「たわいない」一語を暗記すればよいことになる。
 これと同じことを他の六音についても行つて、自分に適した一覽表を作成すればよいのであるが、それには福田恆存著「私の國語教室」の「第三章 歴史的かなづかひ習得法」を参照すると便利である。もつとも、現行の新聞の表記を基準とした一覽表が公にされれば、殆どの人はそれで閧ノ合つてしまふ。
 私が歴史的假名遣ひ三時闖K得説を唱へる根據はここにある。新聞・雜誌の記者諸氏が歴史的假名遣ひで記事を書くやうになるのに三時閧ればよいといふのである。記者諸氏の希望があれば三時閧ナお教へしよう。徒らに誇を張らうとしてゐるのではなく、私の經驗と調査とに基いたものである。
(土屋道雄著「日本語よどこへ行く」日本教文社 より)

 土屋さんは、土木工學を專攻してをられるといふ事ですが、管理人さんと同じですね。學生時代は國語を苦手としてゐたと「自慢」してをられるところまでそつくりですね(笑)。
 正統表記を實踐する事によつてより一層、日本や日本の文化に對して深い愛情を持つ樣になつたといふ實感があるから私は正統表記復活を唱へてゐるのですが、愛情といふのは身近に接する事によつて生れ育まれます。今、日本の文化で我々が身近に接してゐるものがどれだけあるでせうか。身近に接してゐないものを愛せよといはれても出來るわけがありません。戰後社會の根本的な改革は國語を核として行ふべきであります。

「假名遣ひちかみち」

 正假名遣ひの習得法が書かれてゐる書物は、「私の國語教室」以外では、「歴史的假名遣ひ」築島裕(中央公論社・新書・五百圓)に收録されてゐる「歴史的假名遣ひの要點」や「かなづかひ」 「かなづかひ」を考へる會(財團法人世界經濟調査會内・三百圓)、それと「假名遣ちかみち」山田孝雄監修 小島好治編 山田忠雄訂補(國語問題協議會・千圓)などがあります。
 「假名遣ちかみち」は昭和十八年に出版されたものの覆刻版であり、著者の山田孝雄氏は正統表記を護持する事に盡力された國語學者です。
 戰前は國語教育は充實してゐたであらうといふイメーヂがありますが、確に現在の國語教育よりはましでありませうが、それでも不十分なものであつたといふ事は福田恆存氏を始め、多くの方々が指摘されてゐるのですが、「假名遣ちかみち」の序文からもその事が窺へます。それを全文引用します。これが、昭和十七年に書かれたものである事を意識しながら御讀み下さい。

 國語の假名遣はむつかしいか否かといふことは正しい考へのある人には問題となる性質のものでは無い。假にむつかしいとしたとても苟も國語である以上之を守らねばならぬものである。むつかしいといふ理由を以て之を破るといふことは親の容貌が見すぼらしいと云つて之を棄てるやうの不都合である。しかも之をむつかしいといふのは外國人の御機嫌とりから生じた意見であるか、若しくは自分が之を知らぬからそれをごまかさうといふ下心からであるとしか考へられぬ。我が國の教育はもとは漢學を主としたから、明治維新直後の政府者は多くは漢學生で國語の素養は不十分であつたのである。假名遣は幼少の時に覺え込ませて習ひ性とならしめねばならぬものである。これには別に教授法など要らぬのである。しかし漢學書生などから、急に假名遣を知りたいなどいふやうに、中年にして知らうとするには之を覺える捷徑が無くては都合がわるい。それらの人々の爲に假名遣の暗記法といふものが按出せられた。そのはじめをなしたのは黒澤翁滿である。
 翁滿の暗記法は紛れ易い假名について、その所屬の語の數の多少を比較してその少い方の語を覺えておいて、その外はその多い方の假名であると推して知るのである。たとへば、「は」と「わ」とは紛れるが、「は」を用ゐる語が多くて「わ」の方は少い。そこで「わ」を書く語を全部覺えておくと、若し「わ」か「は」かと疑はしいものに出逢ふと、「わ」を思ひ出してみる。その「わ」の中に無い時に「は」を書くのだと推定するのである。
 翁滿のこの發明があつてより、中年から假名遣を覺える人には甚だ便利なことになつたのである。しかしながら、その少い方と云つても一々之を記憶しつくすことは容易で無いので、明治の中頃からその少い語彙を口調のよい短歌の形にして覺えるといふ方法が考へ出された。これの按出者は誰であるか、容易にいはれぬ。しかし、大森惟中の試みた方法が中にも適切であつた。而して、その頃からの人々は大抵この方法によつたものであつた。然るに、明治の中期以後假名遣を廢止するかの如きことを普通教育の中樞に居る人々が云ひふらした爲に、之を顧みる人が少くなり、たゞ假名遣はむづかしいといふことのみが跋扈して來たのである。
 自分が中學の教師をしてゐた頃は一年でも二年でも、はじめて自分が國語を教へる場合には第一に之を教へたのである。それは方法はその場合によりもとより一定しないが、大體、國語の時閧フはじめに二十分許これを教へ、さうして十囘許で之を完了したのであつた。それは、これは覺えるのが目的で、屡ゝくりかへすことが必要だからである。これら十數首の短歌は假名遣のすべてを網羅したものでは無いが、日常必須の語は要を盡してあるのである。この上にも委しく知りたいものは別に精査すればよいのである。
 自分が或る時小島好治氏にこの事を物語つたところ、そこで小島氏がそれに基づいて自分の考案を加へたのが本書である。近頃に至り國語の正格を守らうといふ人士が段々多くなつて來たことは御同慶の至りであるが、自分の許に懇切の手紙を寄せて之が教授法を尋ねらるる人が少く無いのであるが、目下自分は公務が忙しくて一々それに具體的の事柄を以て投書とすることが出來ぬから小島氏に紹介することが多かつた。最近になつてかやうな間合が特に多くなつて一々應接に遑が無いので困却してゐた。ここに統正社の倉田氏がわざわざ小生の寓居を訪うてこの事を相談せられたから自分は之を涼として、小島氏の案を紹介して之を出版する事となつたのである。
 ここに讀者に告げておくことがある。これは小島氏の考案であつて、これ以外のものは不可だといふのでは無い。教授者の創意で如何樣にもなしうるものであるが、とにかくにかやうな方法で教へれば、中學生などには僅かな時閧ナ覺えしめることが出來るものである。それから上は日常の用文に於て之を實地に用ゐて、いつも間違はぬやうに熟達することを必要とする。
 明治以來の國語教育は「わかる」といふことを最後の目的としたやうだが、これは大なる誤である。國語教育では「わかる」といふことは最初の入口であつて、國語を正しく深く廣く自由自在に操縱して以て國民たる道を體得することを目的とすべきものである。假名遣が正しく無いやうな人閧ェ一人でも存するといふことは國民教育の恥辱である。
 
昭和十七年十二月廿八日
山田孝雄     

 山田博士はこの書の中で字音假名遣ひ(漢字の音讀み)は問題としてゐないのですが、字音假名遣ひだけでなく國語假名遣ひ(大和言葉)でも漢字で著すことが出來るものは實は覺えなくても良いのです。私も覺えてはゐません。「九九」は覺えてゐないといくら計算機があるとはいつても不便ですが、二桁の掛け算などは「九九」を知つてをれば紙などに書いて計算すれば良いでせう。インドには三桁までの掛け算の「九九」のごときものがあるといひますが、そこまで覺えなくても何の不便も感じないでせう。それと同じ事です。假名遣ひで問題となるのはどうしても假名で書かなければいけないものだけなのです。けふ(かういふ具合に假名で書きたいと思ふものだけ覺えておけば良いわけです。)、小學四年の姪の國語の教科書を見せて貰つたのですが、假名主體の文章といふのは大人になれば不要なものであり、子供にしても大人と同じ文章を讀みたいのですから、最初から普通の文章で教へるべきなのです。無駄な事を今の國語教育はしてゐるのです。漢字は幼兒のうちから接してをれば難しくはないのです。ピアノでもスポーツでも小さい時からやつてゐる人には敵はないでせう。今の國語教育は反對の事をしてゐるわけです。まさに「愚民化教育」といふわけです。
 文中、山田博士は「少ない」といふのを「少い」と表現してゐますが、文字といふのはその文字を何と讀ませたいのか分る樣に書けば良いのですから送り假名は必要最小限に止めて良いのであり、さうすれば假名が漢字の中により隱れてしまひますから、覺える假名遣ひも減るわけです。完璧主義に捉はれぬ事です。
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