聖封神儀伝 3.遥道 ―この道、遼遠にして行く先を知らず―

第6章 夢の代価

1(風→宏希→風)
 交わってはいけない道を歩んできてしまった。
 いや、歩まされてきた、と言ってもいいだろうか。
 炎との出会いは、全て仕組まれたことだったのだと、今なら苦笑いを浮かべながら首肯することができる。
 それでもその罠に甘んじてかかりつづけているのは、もはや我が半身とでも言いたいくらいに身体がとろけあってしまっているからだ。指でからめとった赤い髪も、滑らかな天鵞絨の肌も指でつまみあげたときに指に馴染む顎の形も、合わせればぴたりとはまる唇も何もかもが誂えたようにぴったりだった。額を当てて、鼻の頭をちょっとくっつけて、そっと唇を添わせる。それだけで、よく眠れる。
 おれは炎さえいればよかった。
 炎がいれば、他に何もいらなかった。
 失うことなんて考えたこともなかった。
 神の子としての永遠の命は、そのために与えられたのだと思っていた。
 永遠に炎と睦みあいつづけるために与えられたものだと。
 互いに歩む道は重なりつづけていると思っていた。
 何かが原因で離れなければならない夜があっても、数日後には道は蛇行してまた重なり合う。それは幾度となく繰り返され、決して離れたままになることなどないと、経験が教えてくれていた。おれはそれを鵜呑みにし、信じ、疑わなかった。
 炎もおれと同じ思いだと、いつの頃からか信じて疑わなくなっていた。
 いつかブルーストーンに行こう。
 そう言った炎との約束はまだ果たされてはいないけれど、いつか、いつか。
 そう、いつか――なんて、待たなければよかったのに。
 闇獄軍の領域侵犯が顕著になってきたのと比例して、神界という光ばかりが溢れているはずの世界には、何やら暗雲が立ちこめはじめている気配が漂ってきていた。闇獄軍は南海にも西海にも黒い瘴気を纏って雨雲のように襲来し、明るい海を汚しながら陸を目指してくる。それを止めるのは、神界でも魔法を使える人々。この頃には、彼らは闇獄界と戦うために兵士として育成され、死と引き換えに神界を守ることを教え込まれていた。
 当然、討伐に赴いて無傷で帰ってこられるわけがない。闇獄軍も、昔はただの魔物の烏合の衆だったのに、今ではそれなりの将を育成して知能と知識と知恵で挑んできている。討伐に赴き、当然のごとく勝利して帰ってきても、何人かは海の底に消えている。魔物に食い散らかされたり、あるいは闇獄界に撤退するときにやむを得ず救出できずに連れていかれることもある。耳に残る悲鳴は、そうそう消えるものではない。帰った後も、大事な家族を失った人々は芋づる式に増えていく。兵士として心構えから育成されてきたとしても、心を病んでやめていく者は一定数いる。
 しかし、おれたちはやめるわけにはいかない。この戦いから、降りるわけにはいかない。
 時に兵士たちを率いて境界まで討伐に向かい、己の持てる力を全て使って神界の魔法兵たちを守りながら、闇獄軍の魔物たちを退ける。悲鳴も、血飛沫も、肉片も、絶望の表情も、全てを見届けて、責任を引き受けなければならない。
 炎と逢えない日も重なっていく。
 それでも、おれはどこかで、炎は強いはずだと思っていた。
 それはそうだろう。おれなんかよりもよほど昔から神の娘として修羅場を潜ってきているのだ。そうそう折れるはずはない。血も肉も悲鳴も、見慣れているとばかり思っていた。
 人は、いや、神もか。
 見たくないものを見続けると、心を殺すことを覚えるか、心が壊れるかのどちらかを迫られることになる。
大方兄さんたちも海姉さんも、 自分を保ちながら法王としての職務を達成するために己の心を殺して闇獄界との戦争に臨んでいた。おれもそうだ。残酷であろうと、無情と言われようと、戦場に心を預けてはいけない。持っていかれてはいけない。寄り添わせてはいけない。残してはいけない。
 もちろん、言葉と表情と、そして真心をもって戦死者とその家族には衷心から哀悼の意を捧げる。しかし、だからと言っていつまでもそこに留まりつづけるわけにはいかない。前に進まなければ、神界を奪われてしまう。永遠に続くはずの日常が、失われてしまう。
 それではだめなのだ。
 だから、おれたちは戦いつづける。
 心を殺して、勝利だけの道を歩んでいかなければならない。
「終わるのかな」
 ぽつりと炎が言ったことがある。
「闇獄界との戦いは、いつ終わるのかな。終わることはあるのかな」
 ランプに揺らめく柔らかな灯を眺めながら、ぼんやりと炎は呟いた。
「もうずっと長いこと、何度か戦争までしているというのに、一向に闇獄界はなくならないじゃないか」
 神の四番目の子供は、おれが生まれるよりもずっと前から闇獄界と戦っている。それはもう、数えるのも嫌になるくらいの大昔から。
「守るだけじゃ、いつまでたっても終わらない。もういっそ、滅ぼしてしまわなくては、平和など来ないのではないか?」
 久しぶりに会った炎は、南方の連戦が続いてちょっとナイーブになっているのだと思った。
「早く終わらせないと、お前とブルーストーンに行くことも叶わない」
 差し伸べられた炎の指がおれの頬を捉え、挨拶するように口づける。
 この時、おれはもっと炎の目の中に揺らめきはじめた炎の色に注意していればよかったのだ。ランプの影のせいだなんて理由ではなく、確かに暗い炎が宿りはじめていたのだから。
 おれは、うっすらとそれに気が付いていた。
 その頃から、おれと逢う機会がある時でも、炎は少しずつ何かしら理由をつけておれと会うことを拒むようになっていった。
 気まぐれなんだと思っていた。
 戦が続いて気分がふさぎ込みがちになって、おれと逢うのもちょっと面倒だなと思うことは、あり得ることなのだと。
 そう自分を納得させているうちに、炎に理由を問いただす機会をおれは失っていった。
 だから、久方ぶりに火炎宮に寄った時、おれは炎の病み疲れた姿を目にすることとなった。
「炎様!!」
 侍女たちの悲鳴が上がる。その悲鳴の輪の中心にいたのが炎だった。
 炎は、右に左によろけながら火炎宮の広間から自室への回廊を進もうとしていた。侍女たちは何とか足元のおぼつかない炎に手を貸そうとするが、炎はそれを蔦でも切り裂くように払いのける。
「炎!」
 おれは侍女たちの輪を掻い潜って、床に膝をつきそうになった炎を抱きとめた。
 ぐったりとした炎の重さ。それ以上に、アルコールが蓄積された宿酔の臭いが鼻を突いた。
「これは一体……」
 炎へのいたわりの言葉ではなく、思わず出てしまったのは炎の状況への絶句。
 侍女たちは答えてよいものか顔を見合わせ、最後に、騒ぎを聞きつけてやってきた宿蓮を振り仰いだ。
「風様、いらしていたのですか」
 美しく弧を描く片眉を上げ、宿蓮は棘を含んだ声で刺すようにおれを見た。
「炎が火炎宮に戻っていると聞いたから」
 短く答えると、宿蓮は一瞬だけ目を伏せ、炎の前にしゃがみ込むと、勢いよく炎の頬に平手打ちを食らわせた。
「っ、何をする、宿蓮!」
 はたかれた片頬を押さえて炎がろれつの回らない声を上げる。
「私だと分かっていただけているようで幸いです。風環法王がお見えですよ」
 表情一つ変えず、にこりともしないで宿蓮は炎を後ろから抱き留めていたおれに視線を移してみせた。
 おれの名前を聞いて、炎の身体がびくりと固くなった。が、その直後、炎は口元を押さえて胃の中のものを嘔吐した。
 侍女たちは悲鳴を上げながらも手際よく、床を片付けるための行動に移っていく。
 慣れているのだ。これが初めてではない。
 かける言葉に迷っていると、いつもはおれと炎のことをよく思っていないはずの宿蓮が、
珍しくおれに炎を寝室まで送るように促した。
「……いいの?」
 宿蓮は神妙な顔で頷く。
「貴方は知っておいた方がよいでしょうから」
 何を、とは聞けなかった。
 部屋に行けば分かるのだろうから。
 無駄な問いを省いて、おれは炎を両腕に抱きかかえなおした。
「やめ……!」
 じたばたと手足を動かして炎は抵抗するが、構わずおれは炎を寝室まで運び、どことなく荒れたベッドの上に横たえた。
 その間、炎は一度もおれの顔を見なかった。ベッドに横たえられると、おれがいる方とは反対側を向いて丸くなってしまった。
 せっかく炎に逢いに来たのに、手持ち無沙汰になってしまって、おれは途方に暮れる。
 慣れ親しんだはずの炎の寝台だが、少し来ない間にどことなく荒れた気がするのは、シーツの皴か、染みか、寝台の柱に何かがぶつかった傷跡が刻まれているのを見つけたからか。まさかあの侍女たちが炎のことを放っているわけではあるまい。世話をしようとしてもさせてくれない様子が、どうしても思い浮かぶ。
 ふと、寝台の脇のサイドテーブルの上に、腰の括れたピンク色のガラスの小瓶が置いてあることに気がついた。中には小さな錠剤がたくさん詰まっている。
 思わず小瓶に手を伸ばし、蓋を開けると、きゅぽんと音を立てていくつか毒々しいほどに深紅の糖衣を纏った錠剤がこぼれだした。その音に気付いて、炎は飛び起きる。
 が、やはりおれのことは見ず、おれの手の中のピンク色の小瓶をぼんやりと見ている。
「炎、この薬は……ジリアスが処方したものじゃないね」
 ジリアスは北方羅流伽の将軍であると同時に、天宮の医師でもあった。これまた大昔から統仲王や愛優妃は勿論、法王たちの体調をつぶさに観察し、魔法では治癒できない症状について、必要に応じて薬を煎じて出すことがある。今は専ら麗兄さんと一緒に聖のお抱え医師のようになっているが、おれたちも全く世話になっていないわけではない。
 そのジリアスが煎じる薬は基本的には粉薬。子供でなければわざわざ突き固めて錠剤にし、こんな赤い糖衣などで覆いはしない。しかも、どこか淫靡な感じすらするピンク色のガラスの小瓶に入れて渡すはずもない。
「誰にもらったの?」
 炎は俯いたまま何も答えない。仕方がないからおれは、零れだした錠剤をつまんで矯めつ眇めつしながら問いを重ねる。
「何の薬?」
 炎はカッと朱に染まった顔を上げて、赤く淀んだ目でおれを睨みつけた。
 せっかくの美しい紅蓮の炎が宿っていた瞳も、今はアルコールと寝不足とで白目の部分がすっかり淀み、美しい瞳との輪郭も曖昧になってしまっている。おれを睨み上げた彼女のそんな澱んだ瞳には、悲しげなおれの顔がぼやけながら映っていた。
「返せ! 何の薬だろうと、お前には関係ないだろう!」
 酔いが回っているせいか、おれの手から薬の瓶を奪い返そうとする炎の動きはどこか切れがなくふわふわと緩慢だ。その動きをからかうように瓶を左右の手に持ち替えながら、ふと、おれは指でつまんでいた赤い錠剤を口に放り込もうとした。
 その瞬間、炎は目が覚めたように素早い動きでおれの手から赤い錠剤を叩き落とした。
 じんとする手を押さえて茫然としていると、あっという間に炎は薬の瓶をおれの手からひったくり、思い切ったように天を仰ぎ赤い口を開いて瓶の中身を口の中にばらまいた。
「っ炎!! 何やってるんだよ!! 吐け! 吐き出せ!!!」
 錠剤の正体が何かなんて知らないが、おれが飲んだらまずいような薬なのだ。炎だって大量に飲んでいいわけがない。
「もう放っておいて! あたしに構わないで! これを全部飲みきれたら、今度こそうまくいくかもしれない! ――赤ちゃん、できるかもしれない!」
 必死の形相でおれを見上げた炎に、吐き出させようと肩を掴んでいた手が一瞬止まる。
「何言って……」
 おれは、知っているはずだった。
 彼女が何を望んでいるか。何を取り戻したがっていたのかを。
 それなのに、おれは。
「馬鹿なこと言うんじゃない! そんなに一気に大量に呷ったら、子供以前に毒で死ぬぞ!」
 目の前の炎のことしか考えられなかった。
 一時燃え立った紅蓮の瞳が、不完全燃焼の煙に覆われていく。
「死なない! 死ねるわけがないじゃない! そうできるならとっくに……」
 彼女の言葉など聞いている余裕はなかった。
 嫌がる手を押さえつけて口に指を突っ込み、掻き出せる分だけ薬を全部掻き出す。慌てて呑み込もうとしていた分は、背中を叩いて吐き出させる。
 互いに肩で荒い息をしながら、おれは床に散らばった錠剤を睨みつける。
 誰だ。こんな薬で炎の心を弄んだ奴は。
 見えない犯人を呪いながら、努めて冷静になろうと呼吸を整える。呼吸が整ってくれば、冷静な言葉が思い浮かんでくるものだ。
 だからおれは、その言葉が正しいと信じて口に出した。
「二人で生きていけばいいじゃないか。子供を残すなんて、人間のすることだよ。おれたちには永遠の命がある。子供を残さなくたって、自分が生きていけるんだ。永遠に、一緒に。子供を作る必要がどこにある?」
 顔を上げた炎は、裏切られたようにはっと目を見開いていた。
 おれは、かけてはいけない言葉を最悪のタイミングで口にしてしまったのだった。
「もういい! 出ていけ!!!」
 炎が、どれだけ子供が欲しいと望んでいたか、おれは分かっているはずだった。
 どれだけ、――キルアスとの時間の続きを再現したいと望んでいたか、知っているはずだった。
 炎も、おれがちゃんと理解してくれていると思っていたからこそ、望みを口にしたんだ。
 それなのに――
 おれが、炎を壊したんだ。
 おれが、炎を壊した。
 だって、二人の望みは同じではなかったのだ。
 おれは、炎さえいればいい。子供は、炎が望むなら叶えてやりたい。その程度だ。でも彼女は、おれがいるだけじゃ駄目だったんだ。きっと、一度授かったのに失ってしまっているから、余計に欲しくて仕方なかったのだろう。取り戻したくて、仕方なかったのだろう。
 聖に頼んで時を戻さなくても、おれというキルアスそっくりの男が目の前に現れて、愛を語らわれたら、望みの続きを叶えられるかもしれないと期待してしまったのだろう。
 全身から猛烈な怒気を撒き散らす炎を、おれは一度強く抱きしめたかったけれど、彼女の撒き散らす怒りはその肩に触れることさえ躊躇わせた。
 間違いなく、おれは今この世界で一番の彼女の敵だった。
 だからといって、「おれも子供が欲しいと思っているよ」とは、慰めにも言えなかった。
 おれ自身が炎との思いの落差に気がつかされてしまったから。
 触れようと肩に伸ばした指先を拳の中に折り込み、おれはかける言葉もなく炎の寝室から滑り出した。廊下の先には、全てお見通しの宿蓮が壁に寄りかかって腕組みしながら待ち構えている。
「ひどい騒ぎでしたね」
 他人事のような冷たい一言に足を止め、おれは宿蓮に向き直る。
「どうしてあんなになるまで放置した?」
 宿蓮はおれの言葉が意外だったようで、ついと片眉を上げる。
「炎様はあくまで私の主です。〈影〉風情がどうして主に逆らえましょう」
 直感的に嘘だと思った。いや、直感だけじゃない。今までの宿蓮の炎への母親のような忠義ぶりときたら、愛優妃の娘への愛情どころではない。宿蓮が炎を甘やかすことなどあり得ない。しかも、こんな状態になるまでただ放置するわけがない。理由があるはずだ。
「あの薬は何だ?」
「妊娠しやすくする薬だそうです」
 躊躇いなく、淡々と宿蓮は答える。まるで、初めから現場を押さえさせて忠告する機会を待っていたかのように。
「誰からもらった?」
「さあ。私は存じませぬ相手です。昔からの間柄のようですが」
「お前は相談されなかったのか、宿蓮?」
 しらっと逃れようとした宿蓮に、おれは冷水を浴びせかけるつもりで煽った。
 宿蓮は、怒りを腹に沈めるようにゆっくりと息を吸い込み、吐き出した。
「私だから、真の望みを口にはできなかったのでしょう。炎様が身籠っていた赤子を捨ててきたのは私です。わざわざ育命の国まで赴き、ラピラス渓谷の最高峰に立って、この手から赤子を滑り落としました。諦めがつかないだろうと、炎にはホアレン湖の近くに埋めたと伝えましたが。他の件についてはまだしも、元から私はこの件については炎様から最も信頼されておりません」
 おれと目を合わせることもなく、宿蓮は真っ直ぐ向こうの壁だけを睨み据えながら、最小限の呼吸だけで空気を震わせる。
 悲しみも後悔も何も感じさせない鋼のような固い声だった。
「〈影〉風情が主に逆らえないと言いながら、どうしてそんな大逆を犯した?」
「あの子は、すでに死んでおりましたので」
「独り身の法王が妊娠してはいけなかったか?」
「なんとでも。あの子は……巡り合わせが悪かったのです。成神の儀にかかる時期に身籠っては――しかも半分は人。神の摂理の中では押しつぶされるしかありません」
「巡り合わせがよければ生きていたかもしれない、みたいな言い方だな」
 宿蓮はそっと目を閉じて黙す。
「既に選択はなされたのです。選択したとおりにしか未来は拓かれません。貴方ならもしやと思いましたが、火に油を注いだだけでしたね」
 目を開けた時、宿蓮はおれを敵でも見るような目で静かに睨みつけていた。
 何も知らせないで炎を任せたくせに、炎の症状を悪化させたと言ってのけた宿蓮を、おれも睨み返す。
「今日のところはお引き取りください。風環法王」
 慇懃に深々となされた礼に追い出されるように、おれは火炎宮を後にした。
 おれに何ができたというんだろう。
 おれに何を期待していたというんだろう。
 宿蓮。勝手な女だ。
 遣る方ない憤懣を当たり散らすこともできず、おれは風環宮に戻った。
 薬の贈り主さえわかれば少しは気が晴れるかもしれないと思ったが、調べても何も核心に近づける情報は得られなかった。あの時、宿蓮を締め上げてでも名前を吐かせていればよかったのかもしれない。でも、おれはそのうちまた機会は巡ってくると思っていた。
 何せ、おれは人ではなく法王なのだから、未来永劫余すほどの時間が続いているはずだった。
 二度と、死というものに翻弄されるわけがないと思っていたのだ。
 どれだけ数多の命を刈り取ろうとも、闇獄兵は泥人形、操り人形。魂など入ってはいない。罪悪感など抱きようのない戦場で、生というものの尊さを見くびっていたのだ。
 戦場にいても、命のやり取りを軽んじていたその傲慢さが、取り返しのつかない悲劇につながったのだと、後になればとてもよくわかる。
 いつの間にかおれは、炎とは違う道を歩いていたのだ。
 闇獄兵を殺すことも羽虫を退治する程度にしか思わなくなっていたおれに、命を殺める罪悪感を抱えきれなくなっていた炎の、何が理解できたというのだろう。



 周方の闘技場は歓声に溢れていた。
 西方将軍を決めるための年に一度のお祭りは、昨日の予選を経て今日からが本選だった。
 そう、これはもはや祭りだ。闘技場の観客席を埋める者たちは皆、己の賭けた出場者の名が記された札を握り締め、ここぞとばかりに大声で好き勝手なことを叫んでいる。古代ローマのコロッセウムよろしく教科書通りの円筒形の闘技場には、人々の欲望やら願いやらが渦巻き、青々とした空に巻き上げられていく。
 おれは、生前この大会に出場したことはない。
 キルアスとして、わざわざ正面から周方皇であり西方将軍だった父親を倒しに行こうなどと思ったことはないし、そもそもこの西方将軍選抜大会は殺したらアウトだ。その辺がいかにも神界らしいルールなのだが、当時、剣を握っていたおれは、父を殺さない自信はなかった。まぁ、それ以前におれの復讐を見世物にする気はなかったし、おれが本当に殺したかったのはエマンダだったのだから、こんな大会に出ても意味はない。
 風環法王になってからは、毎年来賓として本選の決勝に呼ばれるようになった。
 椅子の肘置きに片手で頬杖をついて、どことなく興味がないふりを装いながら見下ろしていたのは、本当は一度、父と正面切って相手をしてみたかったからかもしれない。
 それを叶えたのが、キルアスからすれば腹違いの弟のヴェルドだった。
『剣なんて、僕は持ったこともないんですよ』
 そう言いながら、おれの指は剣を握りたくて肘置きに爪を立てていた。
 ヴェルドのことを羨ましいなと、素直に思ったのもその時だった。
 おれは別に西方将軍の座に興味などなかったし、周方皇になりたいとも思ったことはなかったが、どこかで、幼心にいつかは父の跡を継いで周方皇と西方将軍の座に就くのだと刷り込まれていた。
 だから、周方皇の皇子としてまさに父の跡を継ぐために大会に出場したヴェルドを心から羨ましいと思ったし、その素直さを密かに称賛していた。あのひねくれた父親からよくこんな素直な息子が生まれたものだ、と。
 その昔、剣技から暗器の使い方までおれに仕込んだ師が、周方皇を殺さないなら北楔羅流伽のアイラス姫を妻に迎えるように周方皇に伝えろとおれを唆し、周方皇を殺せなかったおれはその通り師匠の言葉を伝えたわけだが、父は何を思ったか素直にその言葉に従い、エマンダの喪が明けると、まだ年若い北楔羅流伽の姫を娶り、それまで二人の皇妃がいたなどという歴史も忘れる勢いで取り繕い、二人の子を生した。その一人目の子がヴェルド・アミルだった。その子供もあっという間に大きくなり、おれができなかった父親を倒すという宿願を正々堂々と果たし、押しも押されぬ西方将軍の座を生涯守り続けた。
 あっぱれとしか言いようがない。
 素直さというのは最高の武器なのだと、ここまで来てもう戻ることも取り返すこともできなくなってから、おれはようやく気付いた。
 聖への好意だって本物だった。
 傍から見ていてもそれと分かるくらい、聖と話しているときのヴェルドは幸せそうだった。
 それに、家格も釣り合っているし、身体の弱い聖を何かあった時に守り抜けるくらいの力をヴェルドは確かに有していた。
 実の弟だから、聖の婿に勧めたわけじゃない。
 聖のためになると、あの時は本気で思ったから統仲王に進言した。
 龍兄さんでいっぱいの聖の頭の中に、少しでも別の選択肢を見せてやりたかった。
 聖がすぐに承諾するとは元から思っていなかった。ヴェルドだって、龍兄さんへの憧れのことは昔からよく分かっている。時間をかけて、ゆっくりと自分を見てもらえたら。西方将軍に与えられる時の実は身体の老いへ向かう時を止める。ヴェルドには時間があった。聖にも時間はいくらでもある。聖から婚約を断られた後も、ヴェルドは陰に日向に聖に寄り添いつづけた。良き友人たれ。そう言い聞かせているように見えた。それでも嬉しいのだと、いつかおれはヴェルドから直々に聞いたことがある。傍にいられる機会があるだけで幸せなのだ、と。
 献身だ。
 その献身は、今生、聖の転生の弟に生まれ変わるという形で継続されている。
 もはや執念だ、などと言ったら、まあきっと怒られはするだろうが、否定はされないだろう。
「お前も出るのか、守景弟……」
 本選第一回戦。
 おれがこの大会に出ている理由はただ一つ。優勝したら科野を返すとヨジャが言ったから。
 別に科野が自分から人界に帰ると言ってくれるならそれで問題はないのだが、あの強情姫は一度何か決めたらそうそう自らの意思を翻さない。たとえ途中で誤っているとわかっても、だ。そこが炎と同じくとても質が悪く、生きにくい原因だと思う。今生でまでそんな性格を引っ張ってこなくてもいいのに、あろうことか科野は炎を気取っているので、何を言っても今は通じない。
 優勝者には賞金と、望むものは何でも与えられる。
 ヨジャが科野を返すと言ったのは、おれが望むものがそれだと思ったからだろう。
 だから、おれは科野が気を変えて「帰る」というまでは、とりあえず優勝特典を狙っておいた方が得策となる。
 が。
「おはようございます。いやぁ、河山先輩も呼ばれてたなんて思いませんでした。昨日の予選では圧勝でしたね。テニス部なのに、どこで剣の使い方なんて習ったんですか?」
 リングの上で初めて顔を合わせたおれに、洋海は準備体操をしながら飄々と尋ねてきた。
「昨日からいたのか? 予選に出ていたのか?」
「さっき来たばかりなんで、予選は出てませんよ~。特権?で本選からでいいって主催者に言われたので。河山さんの戦いぶりも、さっき録画で見せてもらいました」
 そう言って守景弟は、昨日のおれの戦いが再生されているスマホをおれの前に突き出した。
 ローマ式コロッセウムの石盤リングの上で、スマホの動画とは、なんと時代錯誤な。というか、神界でスマホなんて見せていいのか? 確かこの世界は技術革新で身を滅ぼさないように魔法が与えられ、技術の進歩は極力抑制されていたのではなかったか? そこがまさしく闇獄界とは対極をなす世界観だったはずだ。
 が、守景弟が手に持っているスマホを、観客たちが不審がることはなかった。手のひらに収まるサイズだったから、遠目によく見えなかったのだろう。むしろ、何か手のうちでも見せているように見えたのかもしれない。
 頭を抱えたくなるような組み合わせに、主催者とやらの嫌がらせをひしひしと感じ、おれは主催者席のヨジャ・ブランチカを睨みつける。
 ヨジャは周りの誰からも悪い奴だなどと思われずに、堂々と科野とメディーナ姫の間に収まり、肘掛けに頬杖をついてにやにやとおれを見ている。
 ヨジャは知らないはずだ。ヴェルドと会ったことなどないはずだ。ヴェルドが生まれていたとしても、まだ小さい頃にヨジャはおれが殺した。あの時すでに闇獄主となっていたヨジャは、おれの慧羅の絃に切られて瘴気に包まれ霧散して消えた。
 そうだ。ヨジャのことは風が確かに螢羅で殺している。なのに、どうして生きているんだ?
 いや、そうだ。生きていたのは知っている。
 最期、おれはあいつに殺された。
 また、あいつに殺されたのだ。
 法王と闇獄主。互いに殺しあえば、殺された方は魂ごと消滅するのではなかったか?
 魂が消滅すれば、転生など叶わぬ夢。
 わぁぁっと上がった歓声に我に返る。
 試合開始の合図が下されていた。
「いいんですか? そんなにぼーっと物思いに耽っちゃって」
 準備体操を終えていた守景弟は正面に剣を構える。
「生まれて初めて剣を握ったようには見えないな」
「そりゃあ、もう何度かふるってますからね。それに、河山さんもそうでしょう? 前世の記憶って思い出してしまえば身体にもインストールされてしまう。癖も、思考も。自転車にしばらく乗っていなくても、すぐに乗れるのと同じですよ」
 一息吸い込んだ直後に、守景弟の剣の切っ先はおれのさっきまで喉仏があった場所を突き込んでいた。パラパラとサイドの髪が切れて宙に舞う。
(殺される……!)
 守景弟はのっけから本気だった。本気でおれを倒しに来ていた。
 そのあとの剣戟も寸分狂いなくおれの急所を狙ってくる。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ」
 待てとばかりに声を発するが、守景弟はニコニコとした笑みを顔に張り付けたまま、息一つ乱さずキレのある剣筋を披露しつづける。これには、観客も思わず沈黙し、感嘆の溜息をついている。何とかおれが避けきったところで、守景弟が一度剣を下ろすと、わぁっと客席は盛り上がった。同時に、おれに対してのブーイングも聞こえてくる。
(勘弁してくれよ)
 深く溜息をついたおれに、守景弟はやれやれと首を振る。
「まさか全部躱されるなんて」
「躱さなきゃ死んでるだろ」
「そうですね。やっぱりわかるんだ、その辺」
 楽しそうに笑いながら、守景弟はおれを見る。
 笑っていないその目に、おれはぞっと背中が粟立つ。
「ひとつ言っておくが、おれは敵じゃないよな? 守景は姉さんの方を助けに来たんだろう? 守景なら無事だ。昨夜会ったけど」
「無事じゃなきゃこんな茶番付き合いませんよ。確かに、河山さんは敵ではありませんし、姉ちゃん奪還するのに今ここで倒せばいいだけの敵ですけれども、俺、一度貴方とやってみたかったんですよね。剣の手合わせ」
 やっぱり敵じゃないか。倒す気じゃないか。そう心の中で呻いたのも束の間、守景の空気がピンと張りつめたものに変わって、思わずおれも息を呑んだ。
「周方皇の選抜試合の決勝で、いつも貴賓席で羨ましそうに見てましたよね。俺のこと」
 にやりと守景弟が煽るように嫌な笑みを浮かべた。
「特に、俺が親父を倒した時には、その手が肘置きに食い込んでいた」
 ふふ、と守景弟は、いや、ヴェルドは笑った。
「知ってるんですよ。たまに天龍法王に剣の相手してもらっていたの。『僕、剣は重くって~』なんて嘯いていたくせに、どうして周方皇の剣を貴方が持っていたんですか?」
 風の時に持っていた慧羅は、皆の前では一番使い勝手がよく弱く見える錘付きの弦。しかし、先日の風環宮の奥での件を経て、今おれの手に握られているのは、精霊王の意思に基づき魔法石として慧羅が融合した周方皇の剣。剣の束には知らしめるように周方皇の紋章が入っている。
「俺、親父に聞いたことがあるんですよ。歴代の周方皇に伝えられてきた剣はどこかって。そうしたら、ないって言うんです。失くした、と。そんなわけないだろうって食い下がっても、頑として親父は言わないんですよ。一番初めの息子(あなた)にあげたって」
 おれは極力肩や頬が震えないように、視線が動揺しないように努めたつもりだったが、わずかばかりの動きでも、元西方将軍ヴェルド・アミルが見逃すはずはない。隙ができたとばかりに飛び掛かってくるその剣を、周方皇の紋章が刻まれた剣で受ける。ずんっと規格外の重さが伝わってきて、手が痺れる。これが中学生の守景洋海の身体ではなく、筋骨逞しく鍛え上げられた西方将軍ヴェルド・アミルの膂力で放たれていたらと思うとぞっとする。たとえ、風の身体だったとしても、押し負けたかもしれない。
「ヴェルドもサヨリも、おれたちが生まれる前にもう一人皇子がいたなんて話は、一切親父からもお袋からもされませんでした。周方ではなかったことにされているんです。その時間が。でも、人の口に戸は建てられません。歴史を記した公文書も、学び続けていればいつか知ることになる。キルアス・アミルの存在を」
 ぎりぎりと押し込まれる剣の重みに耐えていた腕から、ふっと力が抜けそうになる。そこに全力を乗せてこようとした瞬間を捉えて、守景弟の剣をいなして流し、後方へと飛び退る。
 守景弟は落胆するどころかますます嬉しそうにおれに近づいてくる。
「俺には兄がいた。とても強い兄が。周方宮一つ、一人で制圧するくらいの実力者が。でも、親父は殺されず、兄はどこかに逃げ落ちた。そこまで天宮の歴史書で紐解いて、当時の俺の胸は高鳴りました。俺より強い人と手合わせできるかもしれない、と。ですが、その後の足取りはどこにも載っていない。落胆しました。そんなにきれいに足取りを消せるものなのか、と。だからおれは、あちこち捜し歩いて、ようやく育命の国の端っこで貴方らしき人が鍛冶屋を営んでいたと突き止め、ホアレン湖まで会いに行きましたが、その時にはもう、そこには誰もいなかった。どこをどう探しても、足取りはもうそこで途絶えているんです。仕方がないので輪生環の記録を調べて魂の行方まで捜しましたが、キルアス・アミルは死んですらいなかった。正確には輪生環を通っていないということなのですが、おかしいでしょう? 時の実をもらった西方将軍や周方皇ならいざ知らず、西楔を任される一族であるから他の人々よりも長命だったとしても、キルアス・アミルはいつまでたっても死んでいないんです。そんな折、西方将軍選抜試合で親父と俺の決勝戦を見に来た風環法王の視線が、やたら忘れられなくて、親父にカマをかけたんです。『風環法王もさぞ剣がお強いのでしょうね』と。もちろん、親父は『知らん』とぶっきらぼうに言ったきりでしたが、一瞬、何かを思い出すように視線をそらせたんです。一体、何を思い出したんでしょうね」
 楽しそうに突き込んでくる剣の筋は、何度も西方将軍の選抜試合で見たあの周方皇の剣とそっくりだった。『自分の子でない者に、割く時間などない』とのたまっていたあの人が、直々に仕込んだのかもしれない。
 羨ましいと、やはり思いが込み上げる。
 父らしいことなど何一つされた覚えはないし、それを求めるつもりもなかったが、それでも、ヴェルド・アミルは周方皇であり西方将軍であるドミニク・アミルに可愛がられたのだと思うと、複雑な思いがした。あの父を『親父』と呼ぶくらいなのだから、ヴェルドも相当懐いていたのだろう。
「ねぇ、避けてばかりいないで、そろそろ本気を出してくれませんか? 葵さん、連れて帰れなくなってしまいますよ」
 守景弟の剣を受け流しては避け、受け流しては避け、リング上を転々と移動する。
 まるで、周方宮を襲撃した時のキルアスに対する父皇のような対応だと思った。
 物思いを優先したい時は、たとえ命がかかっていたとしても受け流して避けておけばいいと思うものなのかもしれない。それがかなう相手だと先に踏んでいるからこそできるのだが。
「親父は、多分貴方が息子だって気づいていたと思いますよ。風環の国と周方とは、同じ西方の国として折に触れてパーティーやら戦やら、選抜試合やらで顔を合わせる機会があったでしょう? どんなに親父が鉄仮面被ってるふりをしていても、たまーに風環法王を見る目が優しいんですよ。ずっと親父と貴方の傍にいた俺だからわかることなんですけどね」
「まさか」
 キルアスの時は勿論、風環法王になってからも、あの周方皇から慈しみの情など感じたことはない。いつも事務的に挨拶をし、必要最低限の会話を会議などでするだけだ。おれもあの人も、必要以上の接触はしないように気を付けていたと思う。
「それに、親父の最期の時、看取ったのは貴方ですよね」
「……」
 奇遇と言えばいいのか偶然と言えばいいのか。
 周方皇ドミニク・アミルが危篤だと聞いて、おれは風環法王として見舞いに行った。西北にある国の法王として当たり前の行動だと思ったから。寝室まで入るつもりもなかった。ヴェルドに挨拶をして、それで帰るつもりだった。それを、『親父の顔を見ていってあげてください』とヴェルドに案内されたから寝室に足を運び、何かの用でしばしヴェルドが席をはずして、おれはあいつと久方ぶりに二人きりになった。
 すっかり白髪になり、肌も衰えて皴と染みだらけになり、ベッドに埋まるように小さくなってしまったその男は、往時の面影もない。ただすぅすぅと安楽そうに寝息を立てていたのだが、おれが枕元に立つと寝息は途切れ、ふ、と薄く目が明けられた。
『お前は……寝込みを襲うのが、好きだな。……どうだ……私は、あの時の約束を……守れた、か……?』
 掠れて皴枯れた声を振り絞るようにして、あいつは誇らしげにおれを見上げた。
 初めて向けられた、息子を見る目、だった。
 ――『だから、これ以上もう、誰も不幸にするな』
 キルアスが、殺せなかったあいつに放った言葉。
 誰も幸せにできないのなら、せめて誰も不幸にするな。
 北楔・羅流伽の姫を娶れというのは、おれが神様からの伝言と称して伝えただけにすぎない。それはもう、とうに実現されていて、今更誇るようなことでもない。それであれば、おれとの約束というのは、前言ということになる。
 キルアスと風は愛優妃の悪戯なのか顔がとてもよく似ている。
 老いた目には同じく見えるのかもしれない。
 だが、枯れ枝のように細く、皮膚からも色を失ってしまったその腕が布団の中からにゅっと伸び、思いがけない力でおれの腕を引き、口元におれを引き寄せたのだ。
『幸せになれ、キルアス』
 耳元にはっきりと吹き込まれ、眩暈がした。
 『僕は風環法王ですよ』そう言う間もなく、つい今しがたまでがっちりと掴んで離さなかった腕が、あっという間にだらりと下に落ちた。
『反則だ……言い逃げなんて、反則だ……!』
 憎悪の対象だった父。復讐の対象だった父。それを、たかが一本の剣で絆されて殺せず、誰も幸せになんてできないだろうと思っていたのに、見事に周方を立て直し、立派な息子と娘を育て、もうすっかりおれのことなど忘れていると思っていたのに。
 どうして最期の力を振り絞っていう言葉が、自分を殺そうとした息子への寿ぎなんだ。
 おれのことだけは幸せにできなかったからか。いまさらその懺悔か。
 ――『幸せになれ、キルアス』
 満足げなその声が、違う、とおれに言う。懺悔などではない。あいつはずっと、おれのことも見守ってきたのだ。誰も不幸にしないために、おれのこともその中に入れてきたのだ。
 エマンダとの結婚は定められたことだと言っていた。アイラスとの結婚もまた、あいつにとっては定められたことだろう。もしかしたら、――おれを追い出すことも定められたことだったのではないか? 炎と出会わせるために。はたまた、風環法王に仕立て上げるために。
 もしかして、あんたは全て知っていたんじゃないのか?
 魂が抜けたその身体に、答える者は既に存在していない。
 それでもおれは、問わずにはいられなかった。
『あんたは幸せだったのかよ』
 全て定められた通りに人生を操られて、それで幸せだったのかよ。
 誰も不幸にするなと言った。その中に、おれはこの人を入れていなかった。こいつだけは不幸になってもいいと心底思っていた。どんなことをしても贖罪をしろと思っていた。その相手に、幸せを願われて……自分が一気に惨めになった。
 母が言っていた言葉を思い出した。
『ドミニクはね、私を妻に迎えることは人生唯一の我が儘なんだと言ってくれたの。だから私は、あの人を恨んでいない。あの人の人生を狂わせたのは私なの。そして貴方を授かったことも人生最大の喜びだと言ってくれたわ。だから私たちは、どんな代償も払うと決めたの』
 全ては、先に得た幸せの代償。
 小さかったおれは、幼心に母が父を庇っているんだと思っていた。でも、あの時の母の表情はとても誇らしげで、そう、今目の前にある満ち足りた周方皇の亡骸に刻まれた表情ととてもよく似ていた。
『馬鹿野郎』
 風環法王の口からは決して出ないはずの言葉を吐き落して、おれは歯を食いしばって涙を堪えた。まさか、殺そうと思ったことのある相手の臨終に立ち会って涙まで流すわけにはいかない。
 冷静になるのを待って、誰か人を呼ばなければと後ろを振り返ったところで、ヴェルドが入ってきた。妻のアイラスや、娘のサヨリ、鉱兄さんも後から駆け込んでくる。
『親父!』
『父さま!』
『あなた!』
 慕われていたのだと、一発で分かる呼ばれ方をしていた。
 おれはそっと、新しい家族の輪の中から抜け出した。
「最期の言葉は何だったのかと、聞いたな」
 目の前の元ヴェルドにおれは笑みを向ける。
「貴方はついぞ教えてくれませんでしたね」
「聞いてたんじゃないのか? 入ってくるタイミングが良すぎだろう」
「扉に耳をつけて? 盗み聞きを? するわけないじゃないですか。そんなはしたないこと」
 剣を持っていない方の手を、守景弟はひらひらと振って見せる。
「まあ、どっちでもいい。あれは、おれだけのものだ」
 もう、時効だろう。
 そう思って、おれはにぃっと口元を引き上げ、一気に集中力を研ぎ澄ませた。
 周りの歓声が聞こえなくなる。
 守景弟だけの姿がよく見える。
 その姿に、記憶の中から学んだ急所の位置を当て込む。
 心が真っ平らに凪いだ。
 足に力を籠めろとも、剣を突き出せとも振り上げろとも、頭では何も指示は出さない。
 ただ、見える急所にこの剣を突き込むことだけをイメージする。
 避けられた。
 すかさず身を低くして守景弟の足元を捉えようと足で薙ぐ。
 飛び上がって避けられる。が、予想通り体勢を崩した。そこに、切り込む。
「ぐっ」
 さすがにただでは負けてくれない。
 元西方将軍の意地をかけて、渾身の力でおれの剣を跳ね返す。
 跳ね返された力が強くておれの上半身のバランスが崩れる。チャンスとばかりに守景弟は剣を構えて突き込んでくる。その切っ先の方向を、ちょっとの力で斜め上方に変えてやり、「え?」と何が起きたかわからないといった表情の守景弟の胸を蹴倒して、仰向けに転がったその喉元に剣の切っ先を突きつける。
「試合終了。勝者、クロフクメン!」
 世界のざわめきが戻ってくる。
 足元では守景弟が喉元に剣を突きつけられたまま、げらげらと大笑いしていた。
「クロフクメン! いくら名前隠したかったからって、そのまんま!! ダッサ」
「……このまま剣の切っ先を沈めてやってもいいんだぞ」
「あわわ、ごめんなさい! 笑うのやめます! 今すぐやめます! だから殺さないで!!」
 ごろりと横に転がって跳ね起きた守景弟は、笑うのをやめると言いながらまだ大っぴらに笑っていた。
「あ~、すっきりした。やっぱり俺より強かった! よかった!」
「よくないだろう。元西方将軍が温室育ちの法王に負けてたら」
「そこは本当に温室でしたか?」
 にこり、と守景弟が問う。
 答える代わりにおれは、別のことを口にする。
「ヴェルドと風環法王だったら、違っていたかもしれない」
「いいえ。違いませんよ。記憶は引き継がれるのですから。それに俺、貴方に勝ってほしかったんです」
 気持ちのいいくらい悔いのない笑顔を向けられて、おれはいささか面食らう。
 ヴェルドがそこまでおれを――風環法王を買っていたとは思わなかった。
「そうだ、守景を迎えに来たんだろう? こんなところで負けてたら」
「いいんですよ。勝って迎えに行こうなんてはなから考えていません。優勝したら返してやるとは言われましたが、俺は貴方と試合できるなら出てやってもいいって言ったんです。姉は、その後でいかようにでもして連れて帰ればいいだけですから」
 上機嫌の守景弟は、おれとすれ違いざま、耳元で囁いた。
「俺より強くて嬉しいです、兄上」
 ニヤニヤしながらリングを下りていく。
「兄上って……今生はなりようがないぞ……」
「気にしないでください。一度そう呼んでみたかっただけです」
 楽しげに振り返ると、守景弟はそう言い残してさっさと退場していってしまった。
 まぁ、確かに、守景を人界に連れて帰るだけだったら、わざわざこんな大会に付き合ってやる必要もないか。この後きっと、守景を探して行動を起こすに違いない。
 さて、おれは。
「続きまして、二回戦のカードです!」
 休む間もなく、科野がリングに上がってきた。
「いやいやいやいや」
 ないない、と手を振って見せるも、科野は乗り気で朱雀蓮でリングの石板をしばいた。
 女性の挑戦者に会場中が沸き上がる。
(あー、おれ、なんでここでこんなことやってるんだろう)
 守景弟の言うとおり、さっさとかっさらって帰ればいいだけのような気がしてきた。
 こんな茶番にいつまでも付き合ってるわけにはいかない。
 戻れば文化祭。演劇のラストシーンが待っている。
「ラストシーン、なんだっけ」
 なんか、似たような場面だった気がする。
 好いた彼女から剣を向けられて、いなして――
「試合開始!」



 逢綬の背に乗って空を駆けると、あっという間に神界中を駆け巡れてしまう。人であった時など一歩一歩大地を踏みしめながら進むか、馬に揺られて何日も転々とするオアシスを綱渡りのように進むしかなかったというのに、これが神の特権というものなんだろうか。
 日中の砂漠の熱く乾いた砂の匂い、湿った大気をはらんだ密林の濃厚な緑の匂い、海の潮風の香り、湿原を覆う鋭く伸びた草の匂い、冷たい霜に焼けた凍土の匂い、氷原の鼻の奥をも凍らせかねない雪花の香り。そして、黄金の麦穂が揺れる農耕の大地の恵みの香り。
 風環の国は、神界でも一番気候に恵まれた土地だと思う。神界の食糧庫として農耕が奨励され、安定的に麦や果物を神界中に提供している。定住できる職があるから、必然人口も増え、商人も集まり、経済的にも豊かになる。
 恵まれた大地の管理者。
 元人だった自分には過ぎた恵みだ。それとも、元人だったから、お情けで治めやすい土地を与えてくれたのだろうか。――まあ、あの人たちがそんなに甘くないことくらい分かっているけど。
 人が多くなれば争いも増える。大なり小なり、瘴気は発生しやすくなり、闇獄界も入り込みやすくなる。だからこそ、周方皇が兼任する西方将軍は強くなくてはならない。東西南北四将軍の中で一番の武闘派と言われるのは、闇獄界との接戦頻度に拠るものであるし、魔法が使えなくとも肉体派の傭兵がたくさん集まり、その人たちを使いこなさなければならないからでもある。年に一回の西方将軍決定戦は、まさに力の見せ所。周方皇は負けるわけにはいかないだけでなく、いかに自分がたくさんの兵たちを従えるにふさわしいかを見せつけなければいけない。
 ヴェルドは、その点見事だった。
 大きな体躯にも恵まれ、白刃の美しい大剣〈白虎〉を振るうにふさわしい膂力と速度を持っている。見た目も、決して線が細いわけではないのに華があり、人の目を引く美しさがある。何より、彼が生まれつき備えている明るさと快活さが、幾年も西方将軍ヴェルド・アミルの人気を維持している所以だろう。
 あいつは強い。
 見ていると、嫉妬する。
 あんなに公に剣を振るうことが許される彼に、胸の内から抑えきれない焦燥感が込み上げる。
 それでも我慢しつづけているのは、炎との約束があるから。
 だけど、毎年、あいつが優勝する度に、おれはたまらない渇望に苛まれる。
 細い銀線の先に無粋な錘のついた慧羅。暗器の中でも最も苦手な絃を使うのは、剣から遠い形をしていて、使い方すら全く異なるから。細い銀線が闇獄兵の肉体を通り過ぎる感覚はあまりに刹那で力の込めがいもない。いかに自分の張った罠の中に敵を誘い込み、その勢いと重さで相手の自滅を招くかというような使い方ばかりをしているから。蜘蛛のように待つばかりのその使い方は、本当はとても苛立ちが募る。もっと単純で簡単に敵を屠るやり方をこの手は知っているのに、まだらっこしいことこの上ない。体力に余裕があれば、錘の力を使ったり、自ら素早く動いて攻撃を仕掛けていくことは可能だけれど、それでもやはり、手に残る感触はあっけない。
 駄目だと言い聞かせつつ、誰も見ていないであろう空の上で慧羅を剣の形に変えてみる。
 おれの中の剣の記憶は周方皇の剣だから、どうしてもそれと同じ形に落ち着いてしまう。握り手にはしっかりと周方皇の紋章までが現れる。
 これがお前の本来の獲物なのだと、慧羅はおれの内心を透かし見ている。
 周方皇に代々伝わる剣。平和が続く限りは血にまみれることはなく、実用性よりも儀式で使うための装飾性が重んじられてきた剣。西方将軍に与えられる〈白虎〉が実践に特化した無骨な大剣であるのとは対照的な剣だ。それでも、磨き上げれば刃は面白いくらいに牙を剥いた。実践を蔑ろにしたものではないことは、使ってすぐに分かった。
 ヴェルドは、自分に周方皇の剣が受け継がれなかったことをどう思っているのだろう。
 父は、なんと説明したのだろう。
 もう、知る由もないが。
 だってそうだろう。いまさら、ヴェルドに何をどう聞けるというんだ。
 そもそも、ヴェルドは周方皇にも剣が伝わってきたことを知らないかもしれない。
 余計なことを言って怪しまれるネタを与えることはない。
 それでも――疼く。
 手が、腕が、胸が、疼く。
 西方将軍の選抜大会の決勝でヴェルドの剣を見た後は、特に。
 救いがたい性を収めたくて、逢綬に無理をさせて神界中を駆け回っている。
 破裂しそうな風船のように叫びだしたい気持ちを胸いっぱいに抱えながら、上空の風の冷たさで頭を、身体を冷やす。
 自然、北の冷涼な風を求め、北上を始める。
 西は実りの季節でも、北は冬の足音が聞こえてくるのが早い。
 麗兄さんのところは万年氷雪に覆われているようなものだから足を踏み入れようなんて思わないが、龍兄さんのところは頭を冷やすのにちょうどいい。ついでに、話し相手になってもらえればもっと有り難い。
 そんな気持ちで天龍城の上空までたどり着いて、見下ろした中庭では、目的の龍兄さんが一人で剣を振っていた。
 ただの素振りなのに、飽きもせず、同じ太刀筋で〈蒼竜〉を何度も何度も振り下ろしつづける。鍛錬とはこの人の真面目さのためにある言葉なんだな、とうっかり思ってしまうほど、龍兄さんは上からおれが見ていることになど気づかず、集中力を研ぎ澄ませて素振りを続ける。
「逢綬、近くに降ろして」
 ふと、龍兄さんなら、という気持ちが芽生えていた。
 龍兄さんなら、見なかったことにしてくれるかもしれない、と。
「龍兄さん、たまにはお相手が欲しいんじゃないですか?」
 周方皇の剣の形をとらせた慧羅を手に、おれは中庭に入り込んだ。
 龍兄さんはちらりとおれを視界に入れるにとどめ、何度か素振りを繰り返した後、額の汗をぬぐいながらおれの剣に鋭い視線を向けた。
「珍しいな。お前が剣を持ってくるなど」
「いえね、たまにはこれくらい重い物を持って腕を鍛えないと、螢羅だけ飛ばしていては接近戦で力負けするんじゃないかと思いまして」
「熱心なことだ」
 龍兄さんはあまり興味がなさそうに視線をそらし、ふぅっと深く息を吐き出す。
「ところで、俺はお前が剣を振り回しているところを見たことがないんだが」
 邪魔をするな、帰れ、と言われるかと思ったが、思いがけず気には留まったらしい。
「振り回しているどころか、僕が剣を持っていることも知らなかったでしょう」
 嬉しくなって、つい口が滑る。
「そうだな。その剣はどうした。ずいぶんと豪奢な鞘に入っているな」
「これは、僕が昔使っていた剣なんです」
 冗談ぽく笑って言ってみると、龍兄さんは目敏く剣の柄に刻まれた紋章に目を止めた。
「面白いことを言う。一体どれくらい昔だ?」
「さぁ。もう数えることも面倒なくらい大昔の話です」
 すらっと剣を抜き放つと、鞘走る冷凛な音に続いて、曇天の隙間から差し込んだ太陽の薄日を浴びて刀身が白く輝いた。
 輝きが眩しかったのか、龍兄さんも目を細める。
「何だ、自慢しにきたのか。よく手入れが行き届いている」
「でしょう? よく自分で砥いで手入れしていたんですよ」
 それが高じて鍛冶屋を継いだようなものだ。
 すっ、とおれは剣を正面に構えた。
 龍兄さんも応えて正面に蒼竜を構え、うっすらと口元に笑みを浮かべる。
「なるほど。ただ者じゃないとは思っていたが、そうか。本領は弦術などではなく、こちらか」
 構えた時の緊張感だけでそこまでお見通しなのはさすがだ。
 余計、この人でこの飢えを満たしたくなる。
「天龍法王、手合わせ願います」
 おれの一言に、龍兄さんは視線を外すことなく小さく頷き、開始の合図のかわりにピリッとした空気が張り詰めた。
 おれも龍兄さんも、ともに一息腹の底へと息を吸い込み、踏み出す。
「はあっ」
「やぁっ」
 両者の剣が交わる。
 力は拮抗し、風、龍、視線を交わしあい、ともに口元に笑みを浮かべる。
「別人のようだな」
 龍兄さんが珍しく好戦的な笑みを浮かべたまま話しかける。
「炎には内緒ですよ? バレたら嫌われてしまいますから」
 おれは肩を竦め一太刀打ち入れる。
「知ったことか。持ちかけてきたのはお前だろう」
 龍兄さんはあっさりとおれの剣を跳ね上げ、おれはその力を使って後ろに跳ね飛ぶ。
「とある大会を見ていたら、どうしても我慢ができなくなってしまって」
 互いに剣を跳ねのけあい、もう一合、剣をあわせる。
 金属の触れ合う澄んだ音色が二人の間の空気を引き締める。
 両者の表情から余裕の笑みが消える。
 息を押し殺し、互いの目を見つめあいながら動向を探る。
 隙など、見せた方が負けだった。たとえ餌として蒔いたとしても、食らいつかれればそれが命取りとなる。
 そのことを、おれはもちろん龍兄さんも十分に感じ取っていた。
「はぁっ」
「やあっ」
 おれの呼吸を見計らい、変化を敏感にとらえて、龍兄さんはその一瞬に切り込む。おれは、切り込むために振りあげられた懐の隙を見逃すことなく、すかさず突き込む。翻した身で龍兄さんはおれの左に回り込み腕を狙うが、おれは左手に剣を持ち替えて片手でそれを払う。
「左も使えるのか」
「昔は左利きだったんです」
 言っていいことと悪いことを区別する自制心が曖昧になっているのを自覚しながら、それすらも高揚感に当て込んで、連続して左手のみで剣を繰り出す。
 龍兄さんは巧妙にそれを受け流しながら、尋ねる。
「どうして俺なんだ? 剣の使い手なら双刀を一振りに持ち変えたって鉱がいるだろう? 統仲王だって腕がなまってなければ十分お前の相手が務まるはずだ」
「統仲王が付き合ってくれるものですか。それに、鉱兄さんにこんなところを見られたら、それこそ兄弟の縁を切られてしまいます」
「あいつも馬鹿じゃない。俺以上にお前の期待に応えられたかもしれない」
「勘がよくてお節介な坊やは嫌いなんです」
 つい口が滑ったが、後悔はしていない。
「言うな。――そうか、今日は年に一度の西方将軍を決定する日か」
 何かを悟ったように龍兄さんは遠くの空を仰いで呟いた。ただ呟くだけじゃない。直後にしっかりおれに足払いをかけてくる。
「さっき、天空から相手をしてくれる奴を物色してただろう」
 足払いを飛んで回避したおれに、ため息交じりに龍兄さんは一撃を突き込んでくるが、これも横に飛んでひらりと躱す。
「気づいてたんですか。てっきり稽古に熱心で上になど気を使っていないと思ったのに」
「稽古をしているからこそ、全方位に気は張っている。お前はそうじゃないのか?」
 シャルゼスから口酸っぱく言われたことと同じだ。剣を持ったら前後左右だけじゃない。天地にも気を使え。攻撃が見えるところからだけ来ると思うな、と。
「おれ、一度貴方とやってみたかったんです。冷静な頭脳に支配された冷静な太刀筋を、一度でいいから乱してみたくて仕方がなくて」
 嬉しくて舞い上がりそうになる気持ちをそのまま剣に乗せて繰り出す。
「それに、炎の片割れである貴方には、知っておいてほしかったんです。……多分」
「……その剣で何人も人を殺めたことをか?」
 体勢を低くして律儀におれの剣を受けては流していた龍兄さんが、じっとおれを見上げた。
 おれの心臓はぎゅっと締め付けられる。
「分かるんですか?」
 ときめいてはいても、全力で潰しにかかる姿勢は崩さず、挑む。突き込み、払いあげ、足を使って隙を作る。
「お前の剣筋、大人しく型どおりにふるっているつもりかもしれないが、型は後から身につけたものだろう? 危険を感じてとっさに出る癖は、型にはない実践でしか身に付かない臨機応変な攻撃だ。今だって隙あらば俺の足をさらおうとしていただろう?」
「そこまでお見通しなら、もう何でもアリでいいですね?」
 おれは、にやりと笑って龍兄さんの剣をはねのけ、身を屈めて龍兄さんの足を払う。
 龍兄さんは剣をはねのけられた力を使って飛び上がっておれの足払いから逃れ、剣を大上段に振り上げる。その懐に剣を突き込むが、翻して龍兄さんは逃れ、後ろに飛びすさり、距離をとられた。
「螢羅ばかりじゃ力負けするって? 聞いて呆れる。とんだハンデを背負って戦っていたものだな。神界のためを思うなら、今すぐ螢羅の形状を剣に変えろ」
「嫌ですよ。言ったでしょ? 炎に嫌われたくないって」
「あいつは知らないんだろう?」
「もちろん。もし知られていたら、今までの我慢が水の泡です」
「我慢? 剣を振るう快感か?」
 身を捻って剣の先を交わし、手と手を取り合って踊るように今度は僕が龍兄さんの首元を狙って剣を繰り出す。
「ええ。俺、剣を持つと見境なくなるみたいなんです」
 命のやり取りをしているという実感が、頭の髪の毛の先から足の爪の先まで全身を研ぎ澄ませていく。頭上の一点へと昇天し集中していく意識。弾けそうで弾けない緊張感。それを保ち続けるために最小の動きで最大の効果が得られる位置を狙って剣を繰り出す。
 そうやって本気で繰り出した剣の先をぬるりと躱されるのすら嬉しくて、ついつい身体全体を駆使して容赦なく攻撃を繰り出していく。それらの剣技や足技を、一定のうねりの中に身を任せるように受け流しながら、それでもまだ、龍兄さんはおれの前に表情一つ変えずに立っていた。
「嬉しいな。どんなに剣をふるっても、貴方は倒れない」
 傲慢であろうとも、これは心からの賛辞。
「笑わせる」
 苦笑した龍兄さんは、下から突き上げてきたおれの剣を蒼龍でねじり伏せ、おれの顎に向けて膝を蹴りあげてきた。おれは剣がねじり伏せられた力を使って自らも同じ方向に身を倒し、そのまま地面を転がって跳ね起き、膝をついて龍さんを見上げる。
 間髪を入れずに兄さんはおれに斬りかかり、おれは立ち上がりざま兄さんの剣を跳ね上げ、足で胴を狙う。
 蒼竜が宙に舞っていた。日に煌めく白刃の輝きを見上げることもなく、兄さんは脇腹に入ってきたおれの足を脇と腕で挟み込み、あっという間もなく両手で掴みなおし、体ごと放り投げた。
 ぐるりと回る視界に、思わず呻き声が上がる。
 しかも、どちらかというと悲鳴ではなく、喜びの呻き声。
 あからさまに兄さんはその声を聞いて嫌な顔をしていたが、おれを本気にさせたのが悪い。剣を抱えたまま身体を丸めて一度地面を転がり、力を逃しきったところで体のばねを生かして飛び上がり、剣の切っ先を下から上に龍兄さんの胸に走らせる。
 兄さんはおれの剣を避けるために背後に上体をのけぞらせ、そのまま地に手をつきつつ宙で返る足でおれの腹と胸に一撃ずつ入れてくる。
 なんという体幹。なんという老練な体術。
 身体に受けた二つの衝撃に酔いしれながら、まともに味わっている場合ではないと我に返り、握っていた剣を宙に手放して後方に跳ね飛ぶ。
 宙に舞っていた蒼龍と慧羅が、おれと兄さんとの間に突き立った。
 おれも兄さんも、剣越しに息を整えながら睨み合う。
 この先を続けるか、ここで終わりにするか――。
 おれは肩から力を抜き、ふぅっと長く息を吐きだした。
「おれの負けですね。二撃も入れられてしまいました」
この先もまた相手をしてもらうなら、この辺でやめておくのが潮時だ。
腹と胸についた兄さんの足跡を手でパタパタと払い、慧羅を地面から引き抜く。次いで、龍兄さんも地面に突き立った蒼き稲妻を引き抜いた。その龍兄さんの胴着は下から上へと斬り裂かれた、一部うっすらと赤い血が滲んでいた。
「そんなことはない。先に一本とったのはお前の方だ」
 龍兄さんは何ということもないように傷を見て静かに言ったが、おれはむしろ意外で、少し目を見開いてやはり胴着に薄く血が滲んでいることを確認して、つい二か所も足跡をつけられたことも忘れて腹を抱えて笑いだしてしまった。
「なんだ、入ったと思ったのに普通に攻撃してきたから歯がみしてたのに、やせ我慢してたのか。って、いたた。笑うと腹が……」
 何とか力は逃がしたつもりだったのに、後からじわじわと効いてくる蹴りだ。
「悪いな。避けるのに必死で足加減できなかった」
「最高の賛辞ですよ、それ」
 おれと龍兄さんは朗らかに笑いあいながら互いに剣の元に歩み寄り、剣を引き抜いた直後、それぞれの首もとに剣の切っ先を突きつけあった。
 しばし互いに攻撃的な視線を絡ませあった後、口元に笑みを浮かべて兄さんが先に口を開く。
「読めてるだろう?」
「脱帽です、天龍法王」
 おれの口元にも自然と笑みが浮かび、受け取るように龍兄さんもそっと目を伏せて、互いに剣を鞘に収める。
「ありがとうございました。お付き合いくださって」
「今夜は炎に逢わない方がいいぞ。あいつ勘はいいからな。その腹見られたら気づかれるだろう」
「誰かと喧嘩したって? 大丈夫ですよ。上手くやりますから。兄さんこそ、今夜は部屋でおとなしくしていないと傷が疼くんじゃないですか? それとも、今治癒していきましょうか?」
「余計なお世話だ」
 心底迷惑そうに吐き出す龍兄さんを見て、おれはますます調子づく。
「ああ、そうだ。帰りに聖のところに寄って伝えましょうか。龍兄さんが何者かに襲われて生死の境をさまよってる、って。きっとすぐに飛んできますよ」
 予想通り、静かながらも龍兄さんはため息を漏らした。
「炎も男運だけはないようだな。全く、どこがいいんだか」
「愛してますから」
 おれは胸に拳を当てて、実感を込めて呟く。
 兄さんは目を皿のようにして白い目でおれを横目に見やり、呆れたようにわざとらしく憂いを込めたため息をついた。
「風」
「何ですか、兄さん」
「炎は勘がいいぞ」
 その低い声に、なぜか背中がぞくりと震えた。
「それが?」
「気づいているかもしれないぞ」
 何を、と聞き返すかわりに、警戒して止めていた息を少し吐き出す。
「僕が今日、龍兄さんと剣の稽古をしたことを?」
 わざと、核心からそらすようなことを口にしてみたけれど、素直に乗ってくれる龍兄さんじゃない。
「俺は昔、炎とお前の間に何があったのかは知らない。でも、あいつは気づいているかもしれないぞ。もしくは思い込みたいだけかもしれないが――お前に風環法王以外の部分があることを」
 おれは口を噤んだまま、ちらりと剣の柄の紋章に視線を落とす。
「育兄上と海姉上のことは、耳の早いお前のことだ、知っているだろう? どんなに隠そうが、統仲王と愛優妃が気づいていないわけがない。それなのに咎めがないということは、何か理由があるんだろう」
 その昔。大昔。海姉さんは育兄さんに恋焦がれ、二人は一線を越えた。以来、統仲王は公の場以外での二人の面会を固く禁じているという。おれのようにふらふらと聖のご機嫌伺いに行ったり、龍兄さんに剣で試合を挑んだりなんて、あの二人は自由にはできない。あまりに昔の出来事過ぎて、神界の人々の間には神話のようにおとぎ話のように伝わる噂話。でも、実際に法王になってみると、確かに育兄さんと海姉さんが二人きりで会っていたり、互いの国を個人的に往来しているという話は聞かないし、見かけたこともない。噂は真実だったのだと、ここまでと気を重ねてくれば分かる。何より、愛優妃のお墨付きがなければ、おれだって何食わぬ顔で炎と逢うことなど許されなかっただろう。
 龍兄さんは、見抜いている。
 おれが人との混ざりものであることも、炎との関係に神界の神から許しを得ていることも。
 ならば、言ってしまった方が楽になれるだろうか。
 言葉を紡ぎだそうと開きかけた口を、龍兄さんは視線だけで閉じるように命じる。
「言わなくていい。炎も知らない理由があるんだろう。でも、あいつはからくりは分からなくても何かあることくらいは気づいている。その上で、お前と一緒にいる」
 結局、自分は楽にはなれない。これは誰にも明かせない秘密。生きている限り、抱えつづけなければならない。墓に持っていくことすら許されず、そこはかとない罪の意識にさいなまれつづけることとなる。
「ご忠告、いたみいります」
「忠告なんかじゃないさ。ただの独り言だ」
 龍兄さんは、ふっと空を仰いだ。
 曇天だ。天竜の国は、いつも曇り空ばかりが続いている。おれが来る時がいつも曇っているだけだろうか。だけど、この国の空は何かを覆い隠そうとするかのように、いつもほの暗い気がする。
「抱えきれなくなったか?」
「そんなこと……」
「風でいる自信がなくなったか? それとも、過去の自分が煩わしくなったか?」
 独り言だと言われたのに反応してしまったおれに構わず、兄さんは空を見上げたまま尋ねる。
 楽になりたい。
 本音がぼろりと零れ出そうになって、おれは開きかけた口を閉じ、かわりに剣を空に掲げ上げてみた。周方皇の紋章が、薄日に鈍く輝く。
 もし、おれが周方皇になっていたら。
 法王ではなく、兄弟でもなく、神と人としてこの天龍法王の前に立つことがあったなら。
 こんなに背伸びをしなくても済んだのだろうか。
 それとも、炎を傍に置いておくために、躍起になって神に手を伸ばそうと、今よりももっと背伸びしようとしつづけたのだろうか。
「神の時間は、人には長すぎます」
 秘密を胸に秘めておくには、あまりに長い。秘密が何だったかすら忘れてしまいそうだ。
 否。
 忘れてしまえればいいのに。
 立ち尽くすおれの傍らを龍兄さんがすり抜けていく。中庭の出口へと向かおうとしていたその途中、兄さんは足を止めて振り返る。
「気が向いたらまた剣の稽古につきあってくれ。そうだな、月に一回でも一週間に一回でも」
 それほどの熱意も感じられない声音の割に、月一はまだしも週一など乗り気もいいところだ。
「ずいぶんとお暇ですね」
 人が神に叩けるわけのない減らず口が、思わずぼろりと零れ出る。
 にやりと龍兄さんが笑った。
 聖に見せてやりたいくらい、人の悪い笑みだ。
「暇な訳じゃない。分かるだろう? 素振りだけだと実践の勘は鈍るんだ。対等にやり合える相手がほしかったんだ」
「対等だなんて」
 思わず苦笑したおれに、龍兄さんは正面からおれを見据えて言った。
「対等だろう? 弟なんだから。……炎はどうか知らないがな」
 おれは、ぽかんと口を開け、その後すぐに体中の血が沸き返ってくるのを感じた。
 法王の血だ。この身体に流れている、紛れもない神の血。
 おれが何かを言う前に、もう龍兄さんは前へ向き直って歩きはじめていた。その状態で、ぼそりと言う。
「来なきゃばらすぞ」
 と。
 おれは思わずくしゃりと顔全体を歪めて笑った。
「龍兄さんらしくもない。でも、それは困るから、おれでよければまたお手合わせ願います」
「ああ、また来い」
 率直な言葉に、素直な喜びが湧き上がる。
「はい。今度は聖も連れて」
「それは余計だ。大体、聖――あいつは口が軽いぞ」
 苦虫をかみつぶしたような龍兄さんの声が、実感がこもっていてやけに可笑しい。どれだけ今まで困らせられてきたのだろう。
「それはいけない。じゃあ、また二人で」
「ああ。また、この庭で」
 龍兄さんがそう言った途端、ふっと風の流れが変わったのを感じた。頬を撫でる風がやけに新鮮になった。
 曇天に変わりはない。
 しかし、明らかに空間が一つの連続したものに戻されたのを感じた。
(結界を張ってくれていたのか)
 おそらくは、おれが剣を振るう姿を誰からも目撃されないように。
 すでに遠ざかってしまっている背中に、今更お礼など大きな声で投げかけるのは逆に無粋というものだ。
「食えない人だ、本当に。――だからつい、甘えちゃうんですけどね」
 周方皇の紋章が刻まれた剣をただの慧羅に戻し、おれは空に向かって呼びかける。
「逢綬、帰るよ」
 するりと空から舞い降りてきた麒麟に飛び乗り、おれは天龍城の中庭を後にする。
 その後、この中庭でおれと龍兄さんは何度か剣を交えた。それは歓びの時であり、鍛錬の時であり、秘密の時間でもあった。
 剣を交えれば交えるほど、相手が身近に感じるようになってきて、ついつい言わなくていいことまで口をついて出ることもあるほどに。
「いつまでそうやって逃げ続けるつもりですか?」
 剣を交える度に、次第に相手の剣筋は見えてきてしまうもの。動きも読めてきてしまうもの。
 その日、龍兄さんはひたすらおれの剣を読み切って、身を躱して逃げることを己に課しているかのようだった。
 正直、逃げつづけられるのは面白くない。
 剣を打ち合わせる重みを、痺れを、この手に感じたい。
 だから、おれは、言わなくてもいいことを言った。
「聖がかわいそうだとは思わないのですか?」
 挑発ついでに、体調の悪化と恋心の行方が不憫な可愛い妹の行く末を案じて。
 天龍法王は、予想通りざらりとした感情そのままにおれを睨みつけた。
 機嫌が悪かった。機嫌が悪いのに剣の稽古に付き合うということは、己も腹いせをしたかったのだろう。
「思わぬ」
 冷徹な一言。
 それはおれに向けられたものではなく、聖に向けられたもの。
 大人にならなきゃ。そう自分に言い聞かせてきた妹は、今は己の恋心のために次兄を煩わせてはいけないと、己を律しつづけている。体調を崩しても、何の見舞いも寄こさない次兄。統仲王と法王たちとの定例会で顔を合わせることがあっても祭りで集まることがあっても、一切声をかけないどころか、目すら合わせない次兄。聖自身も、己から声をかけようとはしないし、あえて視線を寄せることもない。しかし、姿が見えればちらちらと見てしまうのが恋心だ。それが愛らしくも哀れで、おれはこの元親代わりの次兄に何か言わずにはいられないと思っていたのだった。
 その思いがつい、こんな形で口をついて出てしまった。
「人でなし」
 振り上げた一撃を、ようやく天龍法王は正面から受け止める。
「神の子だからな」
 面白くもなさそうに、神の子は交わった剣越しにおれを見上げる。
「そうではなくて!」
 相手の苛立ちに、あっという間におれも感染してしまっていたようだった。
 不機嫌を体現した男は、盛大にため息をつく。
「お前は俺があいつを甘やかすことが、本当にあいつのためになると思っているのか?」
 これは、驚いた。
 この方が、聖のために何かを考えていたとは。
「無視することが、聖のためになるとでも?」
 思わぬ会話の糸口に、おれはここぞとばかりに掴みかかる。
「無視しているわけではない。適度な距離を心がけているだけだ」
「適度な距離。はっ。聖の声がすればさっと身を隠すそれの、どこが適度な距離ですか。貴方の背中ばかり見せられて、聖がどれくらい傷ついてきたか、貴方はご存じなのですか?」
 背中を見せられる度、正直なところ聖の体調は目に見えて悪化する。
 一方で、意外なものを見るような目で天龍法王はおれを見て、嘲るように見下した。
「知らぬ。知ってどうする? 両手を広げて抱き締めろとでもいうのか?」
 跳ね上げられた剣の勢いに軽くたたらを踏んだものの、すぐに体勢を立て直し、負けじとばかりに今度は剣の切っ先をその胸に突き込む。
「ええそうです。僕はできますよ。聖のこと、正面から抱き締めてあげることができます。頭だって撫でてあげられるし、熱がないか額を寄せて確かめることだってできる。ねえ、龍兄さん? 僕ができるのに、どうして貴方はできないのですか?」
 目がつまらぬとばかりに輝きを失っていく。些細な蟻でも弾くように突き込んだおれの剣を片手でいなし、かわりに肩から切り込もうとする。
「麗だって、そんなことはやらないだろう? 育兄上はどうか知らないが」
「麗兄さんは、最近、ジリアスについて聖の診察にあたっていますよ。頭を撫でてやってるかは知りませんが。露骨に逃げている貴方とは違います」
 ぴしりと何かにひびが入る音が聞こえた気がした。
「なぜ私が聖を抱き締めてやらなければならない? 頭を撫でてやらなければならない? 熱がないか額を寄せてやらなければならない? それは、お前ができると言うとおり、私でなくても問題はないはずだ」
 つまらないくらいの理詰め。
 馬鹿らしいほどの言い訳。
「いいえ、貴方は聖の後見役でしょう? 親代わりの貴方が聖に背を向けるなんて、あり得ない」
「聖はもう成神している。子供じゃないんだ。後見役などもう必要ない」
 言い聞かせているのが分かるくらい、滑稽な言い訳。
 罅の入った剣で、どうにも重さの足りない天龍法王の一撃を受け止める。
「違うでしょう? 貴方、絶対言わないだろうから、僕が代わりに言ってあげます。貴方、とうに聖のことを妹としてなんか見てないからでしょう? 貴方まで特別な感情を持っていると聖に悟られたら、聖はそりゃあ飛び上がって喜ぶでしょうね。でも、統仲王だって黙ってはいない。あっという間に古来の例により引き離されてしまうでしょう。貴方はそれが嫌だから、いつまでと子供のように聖から逃げつづけているだけです」
 天龍法王の目に暗い灯が宿り、かわりに力が弱まったところですかさず剣を払いあげ、新たな一撃を首元に突きつける。
「龍兄さん、僕はね、聖の兄なんです。聖はたった一人の妹なんです。だから、聖に不幸になってほしくないんですよ。聖には幸せになってもらいたいんです。だから、僕から忠告させていただきます。聖を連れて統仲王の手の届かないところへ逃げるか、それともすっぱり聖への気持ちに踏ん切りをつけて、正面から笑顔で抱き締められるくらい、大人になってください」
 ブルーストーンに行こうと、炎がよく口にする。
 神の作った人だけの箱庭。
 神の掌の上にいるのは変わらないかもしれない。それでも、法王という血の軛からは外れ、人目を憚ることなく互いを愛することができる。
 ブルーストーンに行こう。
 合言葉のように。
 こんなところで遊んでいないで、早く叶えてあげればよかったと思う。
 天龍法王との手合わせは、これが最後になった。
 後に、第二次神闇戦争と呼ばれる闇獄界との神代最後の戦いが始まろうとしていた。