聖封神儀伝 3.遥道 ―この道、遼遠にして行く先を知らず―

第2章 失われた記憶

4(樒)
 ハミングが前奏を奏でる。
 ピンと張りつめた緊張感を背中に感じながら、合唱隊の列から一歩前に出ていたわたしはすぅっとお腹に息を吸い込んだ。
『A-ve Mari-a』
 出だしは順調。
 マリアの部分を柔らかくのばしながら声が震えないようにお腹で支えるけれど、一人だとどうしても細かく震えてしまう。そして、息が続かないかもしれないと思った瞬間に、「a」に辿りついたかどうかのところで立ち消え、雑な切り方になってしまう。
『gra-tia ple-na-』
 また、やってしまった。
 そつなく次の歌詞に入ったように見せかけてみたけれど、きっとみんな気づいている。
 背中が痛い。
 どうして守景さんがソロなの?って、きっとみんな思ってる。
 わたしだってそうだもの。
 文化祭最終日の後夜祭で、今年は花火が打ち上げられる。
 その花火のBGMに生演奏で合唱部も出演しないか、と生徒会が打診してきたのは、二学期が始まってすぐのことだった。曲はシューベルトのメロディに合わせた「Ave Maria」を指定されていて、ソロと合唱パートが組み合わされた楽譜まで用意されていた。
 ソロは、ソプラノのパートリーダーがやればいいのに。
 きっとみんなもそう思ってる。
 なのにどうしてわたしがソロに選ばれてしまったのかって?
 それは――
「はい、もう一回冒頭からやり直し!」
 ぴしりと学生指揮者の豊田さんが音楽を断ち切った。
「守景さんもぼんやりしてないで! 『A−ve Mari−a』って、もっと心を込めて。最後の『a』の処理も雑!」
「はい、すみません!」
 厳しいなぁ、豊田さん。
 同じ二年生だけど、音楽の知識量も情熱も半端じゃないんだよね。日夜楽譜とにらめっこしてるんじゃないかってくらいで、音大希望だって言われてる。
 かたや、わたしは三年生が抜けた後、自動的にメゾ・ソプラノのパートリーダーになったただの歌好き。小学校の時に合唱部に入ったのがきっかけで、その後もずるずると合唱部に入りつづけている。わたしにできる部活はこれなんだって、中学校の頃にはすでに思い込んでいて、例えばバスケ部とか、剣道部とか、茶道部やら料理部やらに入ってみようという気にはなったことさえなかった。
 結局、うまくできることが歌うことだと思っていて、今更何か新しいことをはじめようという気にもならなかっただけなのかもしれない。
 だって、上手く出来なかったら嫌だから。
 かっこ悪いから。
 恥ずかしいから。
 それなのに、わたしは今、とても恥ずかしい思いをしている。
 「Ave Maria」が、歌えない。
 「Ave Maria」なんて、小学校の時からいろんな作曲者の曲を歌ってきた。歌詞だって同じだから、もうとっくに覚えている。そこにきて、メロディはあのおなじみの湖面が漣立つような前奏から始まるシューベルトの「Ave Maria」。
 もっと、簡単に歌えると思ってた。
 プロ並みにうまく歌えなくても、何とか今までの経験で取り繕えると思っていた。
 わたしがソロになってしまったのは、生徒会が楽譜と共にわたしをソロに指名してきたから。
 誰もが「えっ」って思ったに違いない。
 わたしだって、「えっ」って思った。
 ついでに、生徒会長の工藤君の顔が思い浮かんだ。
 何を企んでるのよ、まったく。
 そう思って、合唱部の部長から話があった後、工藤君に詰め寄ったけど、工藤君は涼しげに「守景さんが適任だと伺ったので」と答えただけだった。
 誰からそんなことを聞いたのかはわからないし、工藤君は教えてくれなかったけど、絶対工藤君が何か企んでそうしたのに違いない。
 きっと、何か裏があるのだ。
 今回の文化祭の後夜祭で打ち上げる花火のBGMを合唱の生演奏で、という依頼、コンクールラッシュの時期でもあるから断ることもできたはずなんだけど、部長曰く、予算アップに釣られたらしい。
 だから、わたしには頑張って歌ってくれ、と。
 頼んだよ、と。
 そうまで言われたら、わたしだってボイコットするわけにはいかないし、コンクール曲の練習が終わった後に、個人練習もそれなりにしたつもりだ。
 だけど、わたしはプロじゃない。
 ソプラノじゃない。
 「Ave Maria」の高音部分が出ないわけじゃないけれど、高音を細く長く安定してのばすには、やっぱり日頃の鍛錬がいる。
 それに、聖母マリアを讃え、祈るこの歌詞、実は最近苦手なのだ。
 心が籠ってない、と言われても仕方がない。
 何も知らない小学校の頃だったら、純粋に心を込めて歌うこともできただろう。
 でも今は、どうしたって聖母と聞くと愛優妃のことを思い出してしまう。
 一度イメージが浮かんでしまうとどうにも払拭はしがたくて、はっきり言うと、聖を捨てた愛優妃のことなんか讃えたくないし、どうせ何の祈りも聞いてくれないんだよね、と、歌っているうちにやさぐれた気持ちにさえなっていってしまうのだ。
 わたしは樒なのに、聖になってしまってるって?
 それも仕方のないことだと思わない?
 わたしは自分が歌が好きで合唱をやってきたと思ってきた。それなりに自信もあった。でも、それが結局聖の影響を受けていたものだったとしたら?
 豊田さんに睨まれ、部長に予算のためだからしっかり歌ってと目で懇願され、ソプラノのパートリーダーの藤井さんには目さえ合わせてもらえない。
 一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 静かに伸ばすところでやはり声は震え、豊田さんには一瞥されたものの、諦めたように合唱パートへと入っていくと、少し心は楽になった。
 ラストにまたソロが入ったけれど、部活の終わり時間が少し過ぎてしまっていたから、豊田さんはそのまま最後の「A-men」まで歌わせて、曲をしめた。
 練習後の連絡事項もおぼろに聞いて、全員で「おつかれさまでした!」の挨拶が終わるなり、わたしは一目散に音楽室を飛び出した。
「ちょっと待ってよ、樒!」
 後ろから追いかけてきたのは、同じ合唱部の緒方珠子――珠、だった。
「な、何? わたし急いでるんだけど。約束があって」
 逃げようとしているところを捕まって、すっかり挙動不審になっているわたしを、珠は正面から見据える。
「らしくないよ」
「なにが?」
「樒の歌、らしくない」
 ずしり、と珠の言葉が胸に沈む。
「……それはどういう」
 分かっていて聞くのも、なんだか嫌なものだけど、聞かなきゃ珠はここから帰してくれなさそうだ。
「楽しそうじゃないもの。心が籠ってない」
 ああ、今ずしんと頭に大岩落とされた気分だよ。
「分かってるよ、そんなの」
 思わず喧嘩腰の心の声が口から飛び出してしまう。
「ほら、イライラしてる」
「そりゃ……イライラするよ。上手く歌えないんだもん」
「そもそも、樒『Ave Maria』嫌いでしょ?」
 はじめから解答が分かっていることを言うように、平然と珠はそう言った。
「やだ、お見通し?」
 隠しても仕方ない。
 珠は昔からずっと一緒に合唱部でやってきたのだ。ついでにアルトのパートリーダーでもある。バレるものはバレる。
「嫌なら断ればよかったんじゃない?」
「断れたんならとっくに断ってるよ。みんなが快く思ってないのも分かってる。でも、来週の後夜祭で一回歌うだけでしょう? たった一回くらい、なんとかなるよ」
「呆れた。樒の口からそんなやる気ないこと聞くなんて、はじめて」
「ごめんね。でも、そう思わないとやってられないの」
 そう言い捨てて、わたしは珠の前からも逃げ出した。
 部活の後に、葵たちと約束をしておいてよかった。
 その間だけは、歌以外のことを考えられる。
「樒、待って!」
 珠の声が背中に追い縋ってくるが、わたしはできるだけ近くの曲がり角を曲がって階段を駆け下りた。
「おう、樒、遅かったな」
 昇降口まで来ると、すでに葵と詩音さんが帰り支度を済ませて待っていた。
「ごめん、練習長引いちゃって」
 長引かせてしまったのはわたしなんだけど、余計なことは言わない。
「じゃ、いこうぜ」
 葵は赤い紐のついた鈴を手のひらの上で転がしながら歩き出す。
 鈴はちりちりとかわいらしい音を立てているが、昨日のあの恐ろしい光景を思い出すと、とても安穏とその音に耳を澄ます気にはなれなかった。
「葵、その鈴」
「なんだ? 恐いのか? 大丈夫だって。何にも起こんないって」
「でも……」
「昨日は沢山の鈴が集まっていたから変なことになったんだろ? たった一つくらいで何ができるってんだ」
 こういう時に桔梗がいてくれたら、上手く窘めてくれるんだろうけど。
「詩音さん、桔梗はやっぱりまだどこにいるかわからない?」
「維斗にはお願いしといたんだけどね。まだ何の返事もないわ」
「わたしが疑うようなこと言ったから」
 鈴をもらわなかったことも、鈴の音が大きくなってきたときに耳を塞いでと指示を出してくれたことも、落ちた鈴を拾っちゃだめだと珍しく怒ったことも、桔梗は、はじめからあの鈴に何かがあることを知っているようだった。
 桔梗は頭がいいから、事前に何か悟っていたのかもしれない。それだけだったのかもしれない。
『みんなに助けられてばかりの樒ちゃんには、きっとわからないわ』
 昨日の桔梗の台詞がずきりと胸に突き刺さる。
「桔梗もなんだか様子がおかしかったでしょ。あんなの珍しいわ。負の感情をあらわにする桔梗なんて、わたし見たことなかったもの」
「桔梗が? え、桔梗が怒ったのか? 怒って今日、学校に来なかった?」
「ちょっと、葵!」
 慰めてくれようとしていた詩音さんが葵の袖を引っ張る。
「だってそうだろ。桔梗なんて、何言われたって笑いながら嫌みで上手に返して終わりじゃないか。恨まれたって目に見えるような形で怒ったり仕返ししたりしないだろ」
「怖い言い方しないでよ」
「樒だってそう思ってるだろ?」
 葵におそるおそるわたしは頷く。
「じゃあ、桔梗もおかしくなってたんだよ。もしかしたらその鈴の音のせいで、鈴持ってなかったから操られなかっただけで、負の感情――例えば、猜疑心は煽られた」
 葵の手のひらの上でちりんと鈴が一度鳴った。
 昨日の露天商がいた場所には、つむじ風が一つ渦巻いているだけだった。
「いないね」
「いないか」
 わたしと葵がため息をついていると、葵の手の平の鈴が揺らしてもいないのにチリンと震えた。
 どきりと心臓が縮み上がる。
 すると、どこからともなく、共鳴するように鈴の音が鳴り出した。
「何だ?!」
 わたしと詩音さんは素早く耳を抑え、葵もそれに倣う。両手を両耳にあてた拍子に地面に落っこちた鈴は、大気を震わす振動に共鳴してリンリンと震え続け、ふわりと浮き上がった。
 さすがに葵の顔にも驚愕の表情が浮かぶ。
 が、すぐに葵は浮き上がりかけた鈴を片足をあげて勢いよく踏みつけ、ぐりぐりと地面で踏みにじった。
 あまりの潔さに、わたしも詩音さんもあんぐりと口を開けて葵を見る。
「何だよ、何かあったら鈴潰せばいいって言ってただろ」
 心外だとでも言いたげに葵は言い返す。
「わたし、早く捨てた方がいいよとは言ったけど」
 詩音さんに言われて、葵はちょっと考えた末に小さく「しまった、そっか」と呟いた。
「何が、しまった、そっか、なの?」
「茉莉が……河山の妹が、言ってたんだ。兄貴に鈴踏み潰されたから助かった、って」
 ほう、とこんな時なのにわたしと詩音さんは顔を見合わせる。
「河山君とはどこまでいってるの?」
「どこまでもも何も、保育園に通うチビども一緒に送り迎えしたりするくらいだって」
「デートは?」
「デート? 何言ってんだよ、こんな時に。大体あいつ、来週の文化祭の劇の練習もまともに付き合ってくれないし、ほんっとに……」
 ぐちぐちと言いかけた葵が、奥の路地の方に目を移して「あっ」と声を上げる。
 そこには、慌てて店じまいしようとしている昨日の露天商がいた。
「待てっ」
 葵は勢いよく駆け出し、震動しながら浮揚する鈴の回収に手間取る露天商のお姉さんのクリーム色のローブを引き掴む。
「やっ、離して!」
 わたしと詩音さんも葵の後を追いかけて、逃げようとしていた異国のお姉さんを取り囲む。
 優しげな碧い瞳がわたしたちを見て戸惑っている。
「どういうことなのか説明して!」
 口火を切ったのはわたしだった。
「せっかく恋のお守りだって言ってもらった可愛い鈴だったのに、これはどういうこと?!」
 りーん、りーんとまだ感覚を置きながら共鳴している鈴たちをわたしは指し示す。
 昨日はこの共鳴の感覚が狭まってからがまずかったのだ。
「今ならまだ間に合う。早くこの鈴を回収するのに協力して!」
 脅されたはずの露店商のお姉さんは、むしろ肚を決めたのか、わたしたちに大きな袋を渡してきた。
「これで一気に袋にいれちゃって。虫取り網みたいに!」
「えっ? えっ?」
 慌てているうちに、お姉さんは自分の白い袋をぶんぶん振り回して浮かび上がった鈴を回収していく。
 言われたとおり、わたしたちも袋に鈴を回収する。
「どういうことだよ!」
「早く袋の口を閉めて!」
 言われるがままに巾着式の袋の紐を引っ張り、ぎゅっと結ぶと、お姉さんはわたしたち三人の袋もささっと回収してしまった。
 袋の中で鈴はくぐもった音を立てていたが、やがてそれも間遠になり、静まっていく。
「いやぁ、助かったわぁ。私一人でどうしようかと思っちゃってて」
 浅黒い肌の異国のお姉さんは、けらけらっと笑ってさりげなくわたしたちの間をすり抜けていく。
「待てや」
 そんなお姉さんを、葵も、詩音さんも見逃さなかった。
 葵はどすの利いた声でお姉さんを呼びとめて長く伸びた三つ編みを掴み、詩音さんは緩やかなローブの端を掴んでいる。
「乙女の恋心弄んどいて、何ばっくれようとしとるんじゃい」
「怖いよ、葵」
「怖くしてるんだよ!」
「なーにが恋が叶う鈴だ! 友情壊す鈴だろうが。駅破壊する鈴だろうが。鈴の音が共鳴はじめると、人の精神まで操りだす。分かってたから、今一人で焦って回収しようとしてたんだろ!」
 脅す葵に、お姉さんはしばし考えた後、振り返る。
「貴女たちも早くここから逃げた方がいいわよ」
「はぁ?」
 調子のいいことを言いだしたかと思うと、お姉さんはきょろきょろと辺りを見回し、「あーあ」とやけに低い声で呟いて肩を落とした。
「来ちゃった」
「何が?」
 お姉さんから答えが返ってくる前に、場違いな笛の音が聞こえてきた。
「なになに、大道芸でも始まるの?」
「違うよ、この笛の音……」
「昨日、駅でも聞こえた奴だよね」
 わたしと詩音さんはおそるおそる笛の音の聞こえてきた方を振り返る。
 そこには、お姉さんと似たような白いローブを身に纏った男がいた。
 見るからにアラビアンな格好をしたその男は、金色の横笛からゆっくりと口を離し、わたしたちの方を見る。
「昨日、駅にいた奴らか」
 一瞥すると、露天商のお姉さんの方に視線を移す。
「まったく。お任せ下さいというから任せたら、何をちまちまとやっているのだか」
「いいえ、この方法なら徐々にですがしっかりとあらゆる場所に根付きます!」
「がっかりだ」
 男が言うが早いか、金色の笛は鈍色の鎖鎌に変わり、露天商のお姉さんに投げつけられていた。
 悲鳴を上げるお姉さんを、葵が三つ編みを引っ張って抱き寄せ、避けさせる。
 空振った鎖鎌は、残虐な笑みを浮かべた男の手元に戻り納まる。
「ほう、そいつを庇うのか。いい度胸だ」
 男は完全に葵にロックオンしている。
「やだっ、いったぁい! 髪引っ張るなんて、ひっどーい! はげたらどうしてくれんのよ!」
 せっかく助けられた露天商のお姉さんは、命の恩人のはずの葵を雑に突き飛ばす。
「葵!」
 わたしと詩音さんは尻餅をついた葵を助け起こしに駆け寄ろうとするが、その進路を塞ぐように、鎖鎌の軌跡が描かれた。
 運動神経の鈍いわたしも、さすがに急ブレーキをかけて立ち止まる。
「あっぶなかった〜」
 呟いてはみたものの、今の勢いはちっとも笑えない。
 元はと言えば、こんな往来の多いところで鎖鎌を振り回しだすとか、正気の沙汰じゃない。しかも、金の笛が鎖鎌に変形するとか、非現実的にも程がある。
「ちょっと、あんたなんなの? こんなところでそんなもの振り回していいと思ってるの?」
 思わず凄む横で、詩音さんは「警察、警察に110番」と呟きながら、震える手でスマホをいじっている。が、そのスマホが次の瞬間宙に舞いあがって真っ二つになっていた。
「あっ」
「詩音さん!」
 真っ青になっている詩音さんの両手からは、手は切り落とされてはいないものの、血が吹きだしていた。
「〈治癒〉」
 慌ててわたしは詩音さんの手に手をかざして魔法名を唱える。
 時の精霊たちが詩音さんの手の周りに集まり、あっという間に修復していく。
 ほっとしたのも束の間、低く唸る声が背後から聞こえた。
「面白い」
 ぞわっと背中が粟立ち、冷たくなっていく。
 冷たくなったのは、嫌な予感がしたから、だけじゃなかった。
 葵と詩音さんが悲鳴を上げるのを見て、わたしは自分の背中に何が起こったのかを悟った。
 焼け付くような痛みが、背中の上から下まで走り回っている。その一方で、なんだか生暖かい感触が腰を伝ってくる。
「樒ちゃん!」
 倒れたわたしを、パニックで泣きじゃくる詩音さんが抱きとめる。
 そう、なんだかくらくらするのだ。
 貧血かなぁ。
 ああ、そんなこと言ってる場合じゃない。
 こいつはまずい奴だ。
 逃げなきゃ。
 みんなでここから。
「〈渡……〉」
「こいつ、樒を!」
 怒りに燃えた葵が朱雀蓮を揮う。
 が、それもあっさりと鎖鎌に絡め取られてしまったらしい。
「火炎法王、ずいぶんとこれを扱うのが下手になりましたね」
 葵がぱっと飛び退る。が、その場所を予見していたように、鎖鎌が葵の足を絡め取っていった。
 葵の悲鳴が上がる。
「これは、良い手土産ができた」
 インフルエンザのような寒気に襲われるわたしの身体と葵の身体、そして恐怖で動けなくなっている詩音さんの身体とを、男は鎖鎌の鎖でひとからげにし、ずるずると自分の方へと引き寄せた。
「来い」
 最後に発された言葉は、わたしたちにではなく、露天商のお姉さんに向けられたものらしかった。