聖封神儀伝 3.遥道 ―この道、遼遠にして行く先を知らず―

第2章 失われた記憶

3(聖)
 豊穣祭の会場は、風環の国アンクリュッセルのほど近くにある湖の畔に作られていた。正確には、湖畔から突き出した半島に舞台が作られていた。観客席は湖畔をぐるりと囲むように設けられ、いつもの会場よりもよりたくさんの人が観覧できるようになっていた。
「この半島は無理を言って鉱兄さんに造ってもらったんだ。湖の真ん中に舞台を作りたいって言ったら、鉱兄さんたら力技で造っちゃったんだよね。『〈隆起〉!』 とか言っちゃってさ」
「鉱兄さま、ノリノリだっただろうね」
「そりゃもう、得意気だったよ」
 嬉しそうながらも多少風兄さまが苦笑しているところを見ると、自慢げな鉱兄さまが目に浮かぶ。これはきっと当日も自慢されるな。
「当日は海姉さんに水龍を、炎姉さんに炎龍を作ってもらって、舞台の前で演舞してもらう予定なんだ。その演武を治めるための歌を歌うのが、聖、君だよ」
「ええっ、私にそんな大役!?」
「大丈夫大丈夫、オレも海姉上も、台本通りにやるだけだから。勿論、聖には危険が及ばないようにする」
「う、うん」
 炎姉さまが安心しろと私の頭を撫でる。
 どっちかというと、ふっと胸を過ったのは海姉さまの方だった。
 いつも優しくて微笑を絶やさないお姉さまだけれど、その怖さを私は何となく肌で感じていた。
 そんな微かな不安を飲みこんで、私は改めて湖の半ばに浮かぶ舞台中央まで駆けて行った。
「うわぁ」
 舞台からぐるりと見渡す景色は、今までに見たことのない景色だった。
 湖を囲む木立とその向こうに見える青い山々。足元に寄せてくる波の音。
 ぐるりと舞台の上で一回りして、空を見上げる。
 白い半月が、空とも見紛う青い山の頂にぽっかりと浮かんでいた。
 口からはメロディが零れだす。
 明るいメロディだった。透明感のある声が青空に伸びて融けていく。
 よかった。お日様のようなヴェルドにぴったりの歌。
 心は歌に反映する。
 この舞台から見える景色が、龍兄の背中を忘れさせてくれる。
 ちらりとヴェルドの方を見ると、ヴェルドは真摯に私を見つめていた。
 真面目に聞きすぎている表情をしている。じっと、私の心の中まで見透かそうとしている。
 分かっているくせに。
 私の心は貴方のものにはならない。
 この心の中にはいつだって龍兄がいる。
 だから辛いのだと分かってはいるけれど――
 私は上を向いた。
 白い月。眩い太陽。
 青い空。
 大丈夫、私の心はへし折れていない。
 この祝福された時間に寿ぎの歌を。
 今はこの幸福感を歌に乗せられるだけでいい。
 唇から零れでた最後のメロディが青空へと昇っていく。
 思わず、私はヴェルドに最上級の微笑を向けた。
 ここで歌う機会をくれたヴェルドに。
「ありがとう、ヴェルド!」
 ヴェルドは、一瞬驚いた顔をして、破顔した。
 天頂にあるあの太陽のように。
 ああ、この人を想えたら、私はどんなにか幸せだろうに。
 共有したはずの熱が、私の分だけすっと冷めていく。
 それに気づかず、ヴェルドは私の手を取り、甲に口づけた。
「素晴らしい歌でした!」
 熱を帯びた目で見上げてくる。
「そんな、いやだわ。私ったら思いつきで歌ってしまったんだもの、恥ずかしい」
「いいえ! そんなことありません。聖様の御心のままに紡がれた歌だったのですね」
「そうね。同じ歌はもう二度と聞けないわよ」
「この上ない幸せなひと時でした」
 嬉しそうに笑うヴェルドの手から、そっと自分の手を引きぬく。
 このまま手を預けていたら、心まで預けてしまいそうだったから。
「よかったよ、聖。今の歌、あとでちゃんと楽譜に残しておかないか?」
「ありがとう、風兄さま。でも、思いつきで歌っちゃったから、きっともう同じには歌えないわ」
「もったいないな。それなら、覚えている限り僕が記しておいてもいい?」
「ええ、勿論」
 風兄さまは早速肌身離さず持っている笛で主旋律を奏ではじめる。
「聖の歌は心に溶けるな」
 炎姉さまはにこにこしながら、ぽんと私の頭を撫でた。
「まるで天から遍くもたらされる祝福のようだ」
 空を見上げ、ポツリと呟いた炎姉さまを、私ははっと私は見上げた。
『聖の歌はまるで祝福のようだ』
 双子だからだろうか、龍兄も同じことを言っていた。
『聖の歌声は天に溶け、心に溶ける』
 まだ、私が龍兄に抱きしめてもらえていた時のお話。
 龍兄が褒めてくれたから、私は歌うことを自分にできることとして心の支えにしてきたのだ。
 聖の歌は寿ぎの歌。
 龍兄が昔誉めてくれたから、自信が持てたんだと思う。
「なんだ、聖、にやにやして。オレ、何かおかしなことでも言ったか?」
「ううん、ただね、昔、龍兄にも同じこと言われたなって思いだして。やっぱり炎姉さまと龍兄って双子なんだね」
「ちぇっ、龍に先越されてたか。似てない双子だって昔から言われてたけど、聞かされてきた子守唄は同じだったからな」
 少し苦々しげだった炎姉さまの表情が、ふと和らぐ。
「愛優妃の子守唄?」
「ああ、ごめん。嫌だよな、愛優妃の話は」
「そんなことはない。聞かせて?」
「あはは、オレは歌は歌えないぞ? まあ、だけど、言われたんだ、愛優妃に」
「何を?」
「信じなさい、って」
「信じる? 何を?」
「自分を。歌う時は、自分を信じて歌うのよって」
 炎姉さまはそう言って片目を閉じて見せ、小さく唇を震わせた。
『眠れ 眠れ 愛し子たちよ
 希望に溢れた明日を夢見て
 この腕の中で 安らかに』
 初めて聞く炎姉さまの歌だった。。
「綺麗」
 ほう、と溜息をつくと、炎姉さまは照れたように一つ咳ばらいをした。
「姉さまの声、綺麗ね。姉さまも歌えばいいのに」
「馬鹿言ってるんじゃないよ、神界の歌姫が。オレには似合わないんだから」
 つい口ずさんでしまったとばかりに、炎姉さまは口元を手のひらで蔽い隠す。
「そんなことないよ。歌に似合う似合わないもないよ。そんなこと言ったら……」
「そんなこと言ったら?」
 私は口にする前に、思わずどこかに龍兄がいないかどうか確認してしまった。
「龍兄も、私が小さい頃歌ってくれたことがあるもの」
 影が見えないことをいいことに、私は炎姉さまに囁いた。
「え」
 炎姉さまは笑っていいのか、驚いていいのかわからないような表情で目を丸くしている。
 あれはまだ、私が龍兄の側で眠ることができていた頃。
『龍兄は、歌で祝福されたことがあるの?』
『あるよ』
 目を閉じ、思い出すように龍兄はゆっくりと言った。
『誰の、歌?』
『愛優妃の』
 その名を聞いただけで、背中からざっと熱が引いた。
 龍兄の腕が、途端に石にでもなってしまったかのように硬く冷たく感じた。
 檻の中にでも閉じ込められているような気分だった。
 そんな私の気持ちに、龍兄は気づいていないようだった。
(龍兄の、鈍感)
 私の心の声など、当然届くわけがない。
 思い出しただけでも陶然とできるのか、龍兄は目を閉じて幸せそうに笑っている。
『聖、お前の歌は天からの贈り物だ。歌は声だけじゃない。心が音にのらなければ歌にはならない。聖は、とても良い才能に恵まれたね』
 だから、と龍兄は言った。
『聖にも教えてあげよう』
 そう言って龍兄が口ずさんだのが、今炎姉さまが歌ってくれた歌だった。
 愛優妃の子守歌。
 私にとっては眠るための歌ではなかったけれど、龍兄が唯一歌ってくれた歌だった。
 私がともに歌うことはなかったけれど。
 何も知らないふりをして、小さい頃の私は目を閉じ、眠りに落ちたふりをしていた。
「そりゃあ、なんだか聞いちゃいけないことを聞いちまった気分だな」
 炎姉さまは苦笑して頭を掻いた。
「龍兄には言わないでね」
「分かってる」
「ヴェルドもよ?」
 傍らでにこにこと佇んでいたヴェルドにも、念のため釘を刺す。
「俺の口からはとても」
 笑ってヴェルドも口をぎゅっと噤んだ。
「なんだい、三人して楽しそうだね」
 さっき私が歌った歌を笛でなぞっていた風兄さまが笛から唇を離し、こちらを見る。
「兄さま、本番で歌う曲を合わせさせて!」
「ああ、いいよ。炎姉さんも一緒に歌うかい?」
「なんだい、聞いてたんじゃないか」
 にやにやしている風兄さまに、炎姉さまは溜息交じりにぼやく。
 風兄さまは知らぬ気に、本番で歌う曲の前奏を奏でだした。
 思わず空を見上げたくなるような音色だった。
 見上げた空は青く透明で、雲の一つもない。そこから柔らかな日差しと共に天の音が降り注ぐ。風兄さまの笛の音は、いつも濁りがない。音に迷いがない。寄り添うように、そこにいる。だから、歌いはじめに躊躇することもない。兄さまの奏でるメロディに歌を乗せるだけだ。それだけで、笛の音と私の歌声は絡み合いながら風に乗り、大気に溶けていく。
 激しい剣戟の合間に一筋もたらされる音の雫。
 音の動きは少なく、緊迫感のあるヴォカリーズの後、光差すように音は広がり、歌は伸びていく。
 世界は時を止め、この一筋の音に耳を傾ける。
 工事に従事している人々も手を止め、鳥たちの囀りさえも遠くなり、ただ、風兄さまの笛が奏でる音色に導かれるように、私は天上への光の階を昇っていく。
 この口から音が消えた後も、しばらく私は身動きすることができなかった。
 誰も、身動きすることなどできなかった。
 時の魔法など使わなくても、時は止められる。聞いてくれる人々の心が一つになれば、時は止められる。
 そして、弾けるように動き出す。
 数多の拍手、歓声。
 魔法を解かれるように、私は我に返り、息を吸い込む。
「聖、まだ本番じゃないのに本気だしたね?」
「風兄さまの笛の音があまりにも素敵だったから」
「本番もこの調子で頼むよ」
 風兄さまに頭を撫でられて、私は大きく頷いてみせた。
「聖様、最高です!!」
 ひときわ大きな拍手を送ってくれたヴェルドは、感激してくれたのか涙を流して喜んでいる。
「ちょっと、ヴェルド。泣くなんて大袈裟ね」
「いいえ、いいえ。聖様の歌を聞けただけで、俺、俺……」
 本格的に泣きはじめたヴェルドに手を焼きながら、私は炎姉さまに助けを求める。
「よかったなぁ、聖。こんな喜んでくれる奴がいて」
「姉さま!」
 茶化すだけで助けてくれる素振りもない炎姉さまは、風兄さまと楽しげに談笑しだす。
「もう、ヴェルド。その辺にしてちょうだい。ここで泣かれたら、本番でもっと緊張してしまうじゃない」
「すみません。でも、俺……」
 そう言いながら手の甲で涙を拭うヴェルドに、私はハンカチを差し出す。
「ありがとうございます」
 目元を拭い終えたヴェルドは、ふと真顔に戻ったかと思うと、すっと私の前に跪いた。
「どうしたの、ヴェルド」
 驚く私の手を取り、ヴェルドは強い意志のこもった目で私を見上げた。
「聖様、私と結婚してくださいませんか?」
 思いもかけない言葉に、私は狼狽え、視線を彷徨わせた。手はヴェルドの手から引き抜こうにも、そっと握っている割にはさっきのように簡単には引き抜けそうになく、逃げ出すにはヴェルドの目は真剣に私を捕えて離そうとしなかった。
 何の冗談を、と笑い飛ばすこともできず、炎姉さまと風兄さまに助けを求めたくても、首を大きくめぐらせることも憚られる。
 歌っていた時の一体感が時を止めてしまったのとは全く別の緊張感が、私とヴェルドの周りの空間を現実から切り離してしまっているかのようだった。
「不躾にこのようなことを申し上げた無礼を、どうかお許しください。実は、先日、統仲王様に天宮に呼び出されました」
「統仲王に?」
 「はい」とヴェルドは頷く。
「聖様と結婚する気はないか、と」
「け……っこん? 私と?」
 あまりに突飛な話で、思わず声が裏返る。
 統仲王は私にそんなことは一言も言ったことはないのに、どうしていきなり、しかもヴェルドと……?
 さっき見かけた龍兄の背中が脳裏を過り、崖から突き落とされたかのような絶望感が胸に広がっていく。
「私は、西方将軍であり、周方皇です。結婚しても、貴女の居城である聖刻城で共に暮らすことはできませんが、湿気の多い聖刻の国から療養のためにこちらによくいらっしゃることを思えば、そうしょっちゅう離れ離れになることもない。統仲王様に言われたのです。西方将軍である私に、聖様を守ってほしいと」
 ああ……だからヴェルドは今日、ここに来たのだ。私が風環の国に来たと知って、ご機嫌伺いにというのは、こういうことだったのだ。
 やけに浮かれていたのもさもありなん。統仲王に言いくるめられてここに来たのだ。
「統仲王……何を勝手なことを……」
 握りしめた拳が白くなり、爪が手の平に食い込む。
 視界がちかちかと瞬き、白く霞んでいく。
「聖様?! 聖様!!」
 揺らいだ視界に青空が映る。
(龍兄、龍兄、龍兄!!!)
 縋るように、青空の中に龍兄の姿を探す。
 背中でもいいと思った。
 手を伸ばすことができるだけで、いいと思った。
 結婚なんかしたら、それさえも許されなくなる。
「聖!」
 風兄さまと炎姉さまも私の名を呼びはじめる。
「兄さま、姉さま、……知っていたわね?」
 風兄さまと炎姉さまの返事はよく聞こえなかった。
 青空には龍兄の姿も羽ばたく翡瑞の姿もない。
 龍兄は、この話を知っていたのだろうか。
 知らなかったのは私だけだったんだろうか。
 でも、それはあんまりだ。
 当事者なのは私なのに、どうして私には一言の相談もなくヴェルドにそんな話を振ったのだろう。
 白く混濁する意識をかき分けて、私は何とか意識の水面に浮上し息を継ぐ。
 少しずつ私の名を呼ぶ兄さま、姉さま、ヴェルドの声が戻ってくる。
「私、統仲王のところに行かなくちゃ」
 私の手を握ってくれていた誰かの手を握りしめて、私は起き上がる。
「聖、それは……」
 誰かが引きとめようとする。
 でも、私は今すぐにでも天宮に行くことができる。
「〈渡……〉」
「聖!!」
 今すぐここから逃げ出してしまいたいとばかりに時空を渡ろうとした私を、大きな声で引きとめたのは、風兄さまだった。
「兄、さま……」
 風兄さまのこんな大きな声、初めて聞いたかもしれない。
 兄さまは少しばつの悪そうな顔を下に伏せたが、すぐに顔を上げ、炎姉さまと目くばせした後、私を正面から見据えた。
「聖、この話を統仲王に勧めたのは僕なんだ」
 碧色の瞳が、私の心の裡を探ろうというのでもなく、揺れる私の瞳を受け止めるようにがっちりと掴んできた。
 私は乾いた喉に唾を飲み込んで、風兄さまを見つめ返す。
「風兄さまが? 私とヴェルドの結婚を統仲王に勧めたの?」
「ああ、そうだよ」
 風兄さまはゆっくり頷いた。
 私は、裏切られた絶望があっという間に怒りに転化して、風兄さまに掴みかかっていた。
「どういうこと?! どうしてそんなこと!!」
 風兄さまはちらりと気遣わしげにヴェルドを見た後、胸元を掴んでいた私の手を包み込むように自分の手を添えた。
「さっき、ヴェルドが統仲王から言われたと言っていた話、あれは僕が統仲王にヴェルドを勧めた時に伝えたものだ。聖、聖は湿気の多い聖刻の国よりも、こちらの西方の国の方が体調にはいいだろう? 西に夫がいるとなれば、度々国を空けることになっても、療養のためというよりは面目がついてこちらに滞在しやすくなるだろう。それに、ヴェルドは西方将軍。白虎の力で誰よりも早く聖の元に駆けつけ、守ってくれるだろう」
 そんな表面的なことだけじゃなく、本当はまだ別な理由があることを、私は気づいている。気づいていて利用していたり、気づかないふりをして怒ったりしている。
「駄目よ、風兄さま。ヴェルド・アミルは西方将軍であり、周方皇。であるならば、一番に守るべきは私じゃない。この西域であり、周方の楔」
「聖様、俺なら西域も周方も、貴女も必ず守り抜きます」
「ヴェルド、私にそんな気が……」
「聖、一度落ち着きなさい」
「だって風兄さま、兄さまは私が諸手を上げてこの話を喜ぶと思ったの? 違うでしょ? だって風兄さまは、兄さまなら……」
 私がずっと龍兄のことを想いつづけているって、分かっているはずでしょう?
 それなのに、どうして邪魔をするの?
 風兄さまは炎姉さまと愛し合うことができているのに、どうして私はだめなの?
「どうしてそんな、余計なことをするのよ!!」
 風兄さまの手を振り払いざま、私は風兄さまを突き飛ばした。
 よろけて後ろに手をついた風兄さまを、ヴェルドが背中から支える。
「風兄さまの裏切り者! 兄さまだけは、私のこと裏切らないと思ってた! 私のこと大事にしてくれてると思ってた! 私のこと、分かってくれてると思ってた! それなのに、どうして! どうして……!」
「僕は聖の兄だからね。最愛の妹には幸せになってほしい」
「私の幸せは私が決めるわ!」
「見えなくなっているだけかもしれない。一つの世界の中だけで生きていけるのは子どものうちだけだ。成神し、大人と認められたからには、もっと広い世界を見てもいいんじゃないか?」
「見ているわ! 私だって、井の中の蛙じゃいられないもの。いろんな世界を見て、聞いて知って、ちゃんと成長しているわ!」
「だからね、一度考えてみてほしいと思ったんだ」
 静かに風兄さまは言った。
「何を……」
 私は次に放たれるであろう風兄さまの言葉に、怯えた。
「本当に、今のままでいいのか、を」
「そんなの、いいに決まってるじゃない!」
「即答するってことは、まだ何も考えていないようなものだよ。見たくないものも見なければいけない。受け入れなければいけない。それ以上、望みがないのであれば、別な道を探らなければならない。立ち止まっていてもどんどん時は流れる。僕たちの時間に終わりはないというけれど、周りの人々とは一期一会だ。ねぇ、聖。君をこんなにも愛してくれる男が現れるのだって、奇跡だとは思わないかい?」
 私は、おそるおそるヴェルドを見た。
 地位と名誉、そして役職に伴って与えられた半永久的な若さと命。
 神界に生まれた〈人〉にとって、最高のものを彼は得ており、そんな彼が、私を求めてくれているという。
 それは、最高に幸せなことなのだろう。誰からどう見ても、これ以上ない組み合わせに見えることだろう。
「聖様、俺も気が逸って舞い上がって、つい先走って驚かせてしまいました。申し訳ありません。ただ、先ほど申し上げた気持ちは本物です。今すぐにお返事がいただけるとは思っていません。どうか、ゆっくりお考えになってください。何年でもいいんです。貴女が満足のいく答えを出すことができるなら」
 ヴェルドは力強く笑ってみせた。
 諦めていないのがよく伝わってきた。
 それ以前に、諦めること自体がヴェルドの選択肢に入っていないのではないかとさえ思わされた。
 私は、そんなヴェルドから視線を逸らし、呟いた。
「疲れた……帰るわ」
 統仲王のところに行くのは、体調を建て直してからだ。