聖封神儀伝・0 記 憶 の 扉
第 4 章 闇 世
3
ここは、心の中に押し込んできたはずの負の感情を呼び覚ます。
心の奥底に沈めて、もう忘れたと思っていたことまでをも無理矢理に引きずり出す。
長居しない方がいいなんてことは考えるまでもない。
ここの空気を吸っていいかなんて、聞くまでもない。
吸わなくてすむなら吸わないほうがいい。
身体の外から、内から、この世の汚い感情全てを溶かしこんだ気体が自分の中に否応なく染みこんでくるのだから。
「蒼竜」
「朱雀蓮」
夏城君と葵は即座にその手に鈍銀と紅蓮の輝きを宿し、向かい来る実体を持つとも知れぬ闇の手を切り裂きだしていた。
そして桔梗は虚ろな目になった光くんを抱きしめ、口早に呪文を唱える。
『その身に流れる清き流れよ
この世で最も尊き清流なる流れよ
闇を弾け
偽りを遠ざけ、汝らの場所を守れ』
「浄化」
桔梗の呪文に縛られた光くんの体は、透明な水の飛沫を散らし、溢れ取り巻いていた闇をはじき出す。
そして休む間もなく桔梗は次の呪文に取り掛かった。
『闇夜に宿る水の精霊たちよ
凝りてその暗黒の魔手から我らを守れ』
「結界」
水の結界がわたしたちの周りに張られる。
「これでまずは一安心だけど……」
だけどわたしにはその言葉に安心している暇はなかった。
織笠君をそのままにしておくわけにはいかない。
クレフが呑まれてしまったかもしれないというのなら尚更。
「わたし、ちょっと行ってくる」
桔梗たちに引き留められる前に、わたしは拳を握りしめて桔梗の水の結界を飛び出した。
途端にわたしの身体は冷たい闇の手に掴まれる。
握りつぶされるかと思いきや、手は目的は達したとばかりに本体の方へと引き戻りはじめた。
『あんの馬鹿』
葵と夏城君の唱和が聞こえた気もしたが、目も回るような速さでわたしは織笠君たちを飲み込んだ闇の柱に飲み込まれていく。
それまでも暗かったけれど、そこはもっと真っ暗かった。
目を凝らしても凝らしても見えるものは何もない。
〈俤〉に囚われた時と同じような感覚。
ただ、かすかに水の流れる音だけが耳の奥に響いてくる。
手で耳を閉じて、そっと自分の鼓動を聞いている時の体内を巡るあのわずかに高い血流の音。
そして、それを押し出す力強い鼓動。
瘴気と澱ばかりが凝って出来上がったはずのこの生き物にも、生命の営みらしきものがあったのだ。
やがて、それは締め上げることをやめ、わたしの口元に呼吸できるほどの空間をあけた。
まるで生かしながら恐怖や憎しみを吸い取ろうとでもいうかのように。
現に、前もって分かっているはずなのにわたしの心は暗闇の恐怖に怯えていた。身体は助けてと希う叫びを上げようと震えていた。
だめ。
今度はちゃんと自分で制してみせる。
だから緋桜、力を貸して。
『時を司る精霊よ
時空を織りなす精霊よ
悪しき気湛えたこの空間から 我を切り離せ
穢れに染まぬ聖きその身を盾にして』
「結界」
身体とその魔物との間に薄く透明な空間が押し開かれる。
魔物はわずかに身じろいだようだったが、気にした様子もない。
まずは織笠君を探さなきゃ。
クレフは闇獄界の人だというからきっと自分でどうにでも切り抜けられるだろうけれど、織笠君はそうもいかないに違いない。早いとこ見つけてしまわないとさらにこの魔物を大きくしてしまうかもしれない。
宿主として囚われているなら、常識からしてここの中心あたりにいるはずだけど……。
魔物の体内を歩き進むのは強風の中を風に向かって歩いているようなものだった。
「織笠くーん!!」
自分の周りだけ亜空間にしてしまう結界を張ってしまったから、呼び叫んだところでどこまで聞こえるかはわからない。いっそ、居場所は分からなくてもあてずっぽうに繊月で矢を放ち、中からこの魔物自体を切り裂いてしまった方がよほど早いかもしれない。けれど、万が一織笠君に当たってしまった時のことを考えると、それは最後の手段にとっておくしかなかった。
大丈夫。
そんな巨大な迷路になっているはずはない。
見た目、高さこそビル三回分くらいだったけど、直径は二、三人腕を広げたくらいしかなかったはず。
自分を勇気づけてみる。
それだけで魔物の侵食しようと伸び来る壁は萎縮する。
だけど、そう長く手控えていてくれるわけではなかった。
「光るもの持ってたらなぁ」
一瞬でも気弱になろうものなら亜空間をも越えて、それはわたしのところまで遠慮なく入り込んでくる。
「織笠くーん、どこー?」
再度呼びかけたときだった。
わさりと目の前の闇が歪んだ。
「呼ん……だ……?」
本当に、驚くほど近くに彼はいた。
但し、その姿は見えない。
手を伸ばせば肩があった。
だけど、そうと知れたのはそれ以上腕を下ろすことができなかったからだった。
「織笠君!! しっかりして! 今ここから出してあげるから!」
ざわざわと闇は蠢く。
「いいよ……そんなことしなくて……。だって、僕ようやく見つけたんだ。夢追ちゃんを」
「だからそれは〈俤〉っていう……」
説得しようとした時だ。
織笠君の形をした闇の歪みが少し右にずれて、左側から、こちらは闇にも染まらぬままの、織笠君そっくりな少女が正面からわたしを見つめていた。
性別がちがければ双子でも似ることは少ないと聞くけれど、彼女はとてもよく織笠君に似ていた。大きな目も、ほんわかした雰囲気も、ねこっ毛な髪の質も。
笑いかけた表情など、瓜二つと言ってもよかった。
正直、見分けがつかない。
「こんにちは。はじめまして。樹ちゃんがお世話になったみたいで」
よどみなく彼女は言う。
でも、その足の先は織笠君の足に重なっていた。
わたしにも見えるってことは〈俤〉そのものではないのかもしれない。それでも、心の隙に宿を借り、その記憶を元に求める人の姿を具現化する魔物がいたっておかしくはない。
あるいは――
わたしは一度目を閉じ、生唾を飲み込んだ。
「ね? 守景さんにも見えるでしょう? 夢追ちゃんは魔物なんかじゃないよ。本物なんだ。ね、」
「ね」
同じような高さの声が重なる。
「聖なる時の力よ、この手に宿れ。繊月」
のばした手に白い光が凝り集まる。
その波動が伝わったのか、わたし達を取り巻く闇は一度痙攣し、押し出そうと激しく蠕動を始めた。
立っていられないほど大きなその揺れは、織笠君たちから距離をとりたかったわたしにとってはかえって好都合。流されたその場所で、わたしは膝を緩めてバランスをとり、繊月に矢を番える。
「守景……さん? 何の冗談? まさかまだ夢追ちゃんが偽者だって思ってるの?」
お姉さんの方は穏やかな微笑を絶やさない。
わたしが何をしようとしているのかまるでわかっていないみたいに。
それに比べて、織笠君はすでに脂汗までかいていた。
決まりだ。
「お姉さんの方も偽者だと思ってるんだよ。一応、ね」
繊月の弦を引き絞った。
鏃の向かう先には織笠君。
「う、う、嘘でしょ?!」
「嘘つきは、そっちじゃないの?」
わたしは引き絞った矢から手を離した。
矢は、わずかに彼を掠めてそれていった。
だけど、それで充分だった。
織笠君の姿もお姉さんの姿もチョコレートのように溶け落ち、どんどんこの魔物の闇に同化していく。悲鳴も何もなく。
わたしはもう一本矢を手に握った。
桔梗が夏城君に言ってた。
〈俤〉を倒すには核を狙えばいい、と。
予想が正しければ、この偽者の織笠君の方にこそその核がある。この魔物全体の核が。
矢を振り上げると同時に、矢の力を殺がないように結界を解く。
締め上げるように闇が纏わりつく。
それを振り切って、わたしは握った白銀の矢を振り下ろした。
「なっ」
だが、腕は完全に織笠君だったものを貫く前に、中途半端な位置で手首を掴まれて止まった。
「これ自体は本物だ」
場にそぐわぬのんびりとした若者の声が背後から降ってくる。
「クレフ!! どこ行ったのかと思ってたんだよ!」
「あー、情けないことにおらまで飲み込まれちまってたんだぁ」
お気楽な笑い声を立てながらクレフはもう片方の手で頭をかく。
が、崩れかけた織笠君から黒い手が私に伸びてくると、すばやくその手を掴み、消し去った。
「どういうこと? これが本物の織笠君って」
「寄宿性の魔物〈宿禰〉。このとおり、負の感情を持ったものに寄生してその記憶を辿って本人になりすますこともできるし、関係者の形をとっさに造ることもお安い御用。全てこの中にいれば、の話だけんどな」
不思議とクレフの側にいると闇は必要以上には近づこうとしない。せめて脅かそうとでもいうように波が押し寄せるだけ。
「寄宿性の奴らは大抵寄宿主は隠しとく。奪われちゃたまらないから。でもこいつは違う。わざと自分の一部で覆った寄宿主を取り込んだ者の目の前に出し、嘘くさい演技をして今の樒のように殺させる。寄宿主には一部始終が見えてるんだ。身体は動かせなくても」
クレフの左手が目の前の塊の頭部に触れる。
一部取り払われたその中からは、本当に青ざめた織笠君の顔が出てきた。
恐怖にひきつっていた瞼が開く。
「あ……た、助けて……」
震える唇が小さな喘ぎ声を漏らす。
「夢追ちゃんを……」
虚ろな目が追うものはさっきわたしの前に現われた偽者の幻影。
「いないよ! 織笠君のお姉さんはここにはいなかったよ!!」
「違う!! いた! いたんだ、この中に!!」
突如見開かれた目は赤く血走った。
わたしと織笠君は睨みあう。
ふとわたしの中に疑念が首をもたげた。
さっきの女の子はもしかしたら本物だったのではないだろうか?
いや、そんなわけはない。
わたしが繊月をあてなくてもあれは勝手に崩れ去っていったじゃない。
違う。
わたしは、殺していない。
織笠君を殺しそうになったのに?
もしかしたらそれて飛んで言ったあの矢の向こうに織笠君のお姉さんがいたかもしれないのに?
「うわっ」
〈宿禰〉の手は疑念で一杯になったわたしの身体にいともたやすく襲い掛かって来た。
「クレフ! 助けてクレフ!」
首が絞まる。
わたしのことは殺す気なの?
いや。
苦しい。
気持ち悪い。
クレフが文字通りわたしに救いの手を伸べる。
わたしに絡まっていた闇がほつれ、解けてクレフの手に飲み込まれていく。
ように見えた瞬間だった。
クレフの手から闇が堰を切ったように溢れ出した。
「樒、すまね。気を強く持つのす」
闇の溢れ出した左手を押さえて、クレフは消えた。
「え、ちょっ」
慌てたわたしの心はさらに闇を呼び込む。
織笠君の顔はまた〈宿禰〉の体内に飲み込まれていく。
「だめ。また見失うわけにはいかないの!」
わたしは織笠君を包み込む〈宿禰〉の澱に繊月の矢を握った腕をのばし、力をこめて下へと振り下ろす。
『清き精霊よ、闇を打ち払え』
「浄化」
ロープが切れるような感触と音が後に続いた。
切り裂かれた繭からまだところどころに黒いヘドロをつけた意識のない織笠君の体が倒れこんでくる。
ぱっと見、身体に傷はついていない。
わたしはそのまま織笠君の小柄な身体を抱きとめ、重さに耐え切れずに尻餅をついた。
浄化が解けないうちに織笠君も含めてわたしの周りに結界を張る。
ずっと耳の奥で鳴っていた鼓動が消えていた。
血流の音は、身体の溶け崩れる音に取ってかわられている。
わたし達のいる場所も段階的に下へ下へと落っこちていた。
その衝撃が織笠君に押しつぶされる格好になっているわたしの背中やお尻を強かに打ちつけていく。
やがて落下する衝撃が収まった頃、わたし達のいる底になだれこんでくる黒い塊の隙間からちらちらと赤い光が漏れ入って来た。
赤い炎。
葵の朱雀蓮。
「葵ー!! ここー!!」
裂けた隙間から深刻な顔をして葵が飛び降りてくる。
「樒、お前……そいつか? そいつのために飛び込んでったのか?」
「あ、うん」
「……じゃあ、そいつ殴っていいか?」
助かったと思った矢先、わたしの上に覆いかぶさる格好になっていた織笠君を見つめる葵の目は完全に殺気立っていた。
「あ、えっと、できればこの織笠君も一緒に助けてほしいんだけど」
葵の口の端が邪悪に引きあがった。
「そうだな。そうだよな。弁解の余地は与えないとな」
軽々と葵は自分よりも小さな織笠君をわたしの上から引き剥がして背負いこみ、開いた右手で朱雀蓮を一振りして目の前に出口を作る。
だが、その出口すらすぐに上から溶け落ちてくる〈宿禰〉の澱で狭められていった。
「樒、核は壊したか?」
「ううん。結局分からずじまいで。寄生されてた織笠君助けるので精一杯だったから」
葵はちらと背負った織笠君を盗み見る。
目を閉じたままの織笠君の顔は傍目にも憔悴しきっていた。
「夏城ー、核だ。核探せ!」
狭まりつつあった出口が、再度外側から真一文字に引かれた青い軌跡によって開かれた。
外から、夏城君が相変わらずむすっとした顔で手を差し出す。
戸惑いがおさまらないうちに、葵は後ろからわたしを前へと追いやった。
前のめりにわたしはたたらを踏む。そしてバランスをとりそこなって〈宿禰〉のぬかるみに足をすくわれた瞬間、夏城君はわたしが差し出し損ねていた腕を引き寄せた。
「ったく、手のかかる奴」
一瞬、見下ろされた目と目が合う。
微笑みかけるでもなく(それはそれで恐いけど)、怒るでもなく、相変わらず仏頂面を崩さず淡々と彼はわたしを見つめ、腕を離すと同時に前の〈宿禰〉の塊に視線を据えた。
ぴたりと夏城君の周りだけ空気のざわめきが収まった。
一本、糸を弛みなく極限まで引っぱったような緊張感。
静謐。
「夏城君、底よ。きっと核は底にあるわ。でなきゃ、元の形に戻らず、ああやって下へ雪崩落ちていくわけがないもの」
飛んできた桔梗の声に夏城君は蒼竜を構え、さっき切り込んだ場所から中へと駆け込む。
「あ、ちょっと、おい!」
同じくそれを見ていたはずの葵が突如慌てた声を上げた。
わたしの横を織笠君が走りぬける。
「だめ! これは夢追ちゃんなんだ! やめて、殺さないで!」
手には緑牙。
せっかく出てきた魔物の中に飛び込んで、織笠君はあろうことか緑牙を夏城君に向けて振りかざした。
黒い壁に取り囲まれたその中で、青と緑の火花が散る。
「……他に方法があんなら言ってみろ」
意外にも鎌の刃を剣の刃で受け止めた夏城君の声は冷静だった。
対峙する織笠君の顔は何かにとりつかれたように青白い。
「他の方法? そんなの出来るならとっくにやってる」
「じゃあ、邪魔をするなっ」
夏城君が緑牙の湾曲した鎌の刃を払いのけた。
自分の身長よりも長さのある緑牙を振り払われて、織笠君は緑牙ごと斜め後ろへと吹き飛ぶ。
その隙に、夏城君はわたしの位置からでは見えない〈宿禰〉の底に蒼竜を突き立てた。
織笠君の声にならない悲鳴が聞こえたような気がした。
〈宿禰〉の溶けかけていた身体は一瞬時を止める。
その刹那の間に、夏城君は抵抗する織笠君を引きずって中から飛び出してきていた。
「離して! 僕は夢追ちゃんと一緒に行くんだ! 離してよ!!」
〈宿禰〉はわたし達と織笠君の前で、完全に空中に漂い、あるいは地に沈む澱に還っていった。
「あれを見てもまだその夢追とかって奴だったっていうのか?」
茫然と座り込む織笠君に、夏城君は冷たい一瞥とともに低く抑えた声を落とす。
「だって、確かにいたんだ。確かに夢追ちゃんがあの中に囚われていて、僕に助けてって言ったんだ……見間違いなんかじゃない。幻影なんかじゃない。温もりがあった。実体があった」
「織笠君、もしあれが探していたお姉さんだったって言うなら、魂はどこへ消えたの? 魔物は核を持つだけで魂までは持ってない。緑牙をもつ者なら、気づかなかったわけないよね?」
ゆらり、と生気を失った織笠君は恨めしげにわたしを見上げた。
「……なかったよ……」
敗北宣言でもするように呟いて、織笠君は地に手をついてがっくりとうなだれた。
その織笠君の前に葵は容赦なく両腕を腰に当てて仁王立ちする。
「さぁて、顔を上げてもらおうか? さっき樒に何したか覚えてるか? 覚えてるよな? そんなかわいらしい顔してたって、実は女の子でしたなんて手には乗らないぞ」
怯えるように顔を上げた織笠君の首元を葵は遠慮なく引き上げた。
「男なら気ぃ失おうが何しようが、意地でも関係ない女押し倒すような真似はするな!!」
葵の一喝に織笠君は覚えがないと目を白黒させ、中にいなかった夏城君と桔梗と光くん、それに緋桜はわたしに確認するような視線を向けた。
頭が痛い。
葵め。まさか本当に問い詰めに入るなんて。
「葵、あれはしょうがないよ。男だろうがなんだろうが気を失ってたらどうにもならないって」
宥めるように言ったつもりが、葵は頑として憤怒の表情を変えなかった。
「そんな甘いこと言って何かあったらどうするんだ、樒!」
「いや、あるわけないから」
「うん。ないない」
小さく織笠君が口の中で呟く。
それを聞きつけた葵はぎろりと織笠君を睨んだ。
「それはうちの樒がかわいくないと?」
織笠君は慌てて首を振る。もはや脅されて振っているようにしか見えない。
「葵ー」
いい加減にしてくれという思いをこめてわたしは呼びかける。
同時に、見かねた桔梗も口を開いた。
「葵ちゃん、そんなに怒っているとまた変な魔物を引き寄せてしまうかもしれないわよ?」
一瞬固まった後、葵は素直に織笠君を放した。
織笠君は首元を押さえて転がるように葵から離れる。
そして、やや感慨のこもった目で桔梗を見つめた。
桔梗もいつもの穏やかな目を織笠君に向ける。その背後に怯えたように隠れたままの光くんは複雑な表情で二人を見比べていた。
「樒ちゃん。樒ちゃんが助けに行ったのはこの人でいいのよね? 紹介してくれる?」
「あ、うん。紹介って言っても名前くらいしかわからないんだけど。織笠樹君。わたし達と同い年で仙台にいるんだよね?」
落ち着きを取り戻したらしい織笠君は神妙に頷いた。
「織笠樹です。……取り乱して、ごめんなさい。特に、龍――の蒼竜持ってた人……」
「夏城だ。夏城星」
相変わらず愛想のかけらもなく夏城君は答える。
「夏城君、ごめんね。ほんと僕、夢追ちゃんのことになると見境が無くなっちゃうみたいで。止めてくれてありがとう」
「俺は自分の身ィ守っただけだ」
ああ、またそんなそっけない返事を。
とりなそうと思いかけたときだった。
織笠君は屈託なく笑い出していた。
「らしいなぁ、そういうとこ。気使ってくれてありがとう」
再度お礼を言われた夏城君は仏頂面のまま織笠君から視線を逸らした。
「らしいは余計だ。俺はあいつじゃない」
「ごめんごめん。やっぱそうだよね。誰だって一緒にされたかないよね」
苦笑混じりの織笠君に葵が多少棘のある独り言を漏らした。
「へぇ。あんなに緑牙振り回しといてやっぱりお前も一緒にされたかないって言うんだ?」
「葵ちゃん!」
「いいんだよ。お互い様でしょ、その辺は。使える力があるなら使わざるを得なかった。違う?」
小さく葵の舌打ちが聞こえたような気がした。
その舌打ちをかき消すように桔梗はやや大げさにため息をつく。
「彼女は科野葵さん。私は藤坂桔梗。後ろに隠れてるのは木沢光くん。そっちの後ろは……」
「緋桜でっす。聖刻王の娘やってまーす。兼樒の〈影〉も!!」
手まで挙げてやけにテンション高く緋桜は名乗り出た。
「緋桜、何張り切ってるの?」
思わずわたしは突っ込む。
「何張り切ってるって、そりゃ張り切るやん。お久しぶりの育様よ? あたし、育様のファンだったのよね~」
「へぇ、それは気づかなかったわ」
「うわ、ひどい。これでもいろいろと頑張ってたのに。どうせどうせ……」
そこで緋桜はわざと口をつぐんでみせる。
どうせどうせ、聖は龍兄のことで頭がいっぱいで緋桜のことまで気が回っていませんでしたよ。
分かったからここでは言わないで。
そう唇だけ動かすと、緋桜はにんまりして大口を開けた。
「うわぁぁぁぁっっ」
慌ててわたしは爪立てて緋桜の口を押さえにかかる。
「どうしたの? 樒ちゃん」
桔梗から冷静な視線を向けられて、いつの間にかわたしだけが一身にみんなから視線を浴びてたことに気がついた。
「緋ー桜ー」
「あはは。あたし何にもしてないよんっ」
何がよんっだ。
辟易するわたしと勝ち誇る緋桜を、織笠君は生暖かく見守ってくれていた。
「そこもまた相変わらずというか……。それで、どうして精霊王であるはずの君まで転生しているの?」
やばい、と緋桜は少しだけ舌を覗かせた。
わたしは冷たく鋭いものを胸に突きつけられた気分だった。
「そう言えばそうね。私達もまだちゃんと何がどうなっているのか聞いていなかったわ。聖刻の国絡みってことは、確かなのよね?」
桔梗は逃しませんとばかりににっこり微笑んだ。
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