聖封神儀伝 2.砂 剣
第3章  親と子


 織笠君に連れられるままに工藤君のペンションに行くと、玄関の前でしかっめ面をして腕組みをした夏城君が待っていた。
「星、早かったね。まだ病院だと思ってたけど」
「こっちに来る途中だったんだよ。バイトもあるし」
「ふーん」
 と言いつつ、織笠君は何やらにやにやしている。
 わたしは顔を合わせにくくて微妙に視線を斜め右下に落としていた。
「守景」
 不機嫌な声がわたしを呼ぶ。
 うっ、という声は飲み込んで、おそるおそる「はい」と答える。でも視線はまだ合わせない。
 隣で織笠君のため息が聞こえた。
「二人とも、玄関先じゃなんだからさ、とりあえず中入ろう」
 織笠君に促されて夏城君が玄関の扉を開ける。織笠君はさっさと中に入ってしまい、わたしと夏城君が取り残される。
「先入れよ」
「い、いいよ。夏城君こそどうぞ先に……」
「……」
 沈黙とともに痛い視線を感じてようやく夏城君を見ると、夏城君は何やら疑いの目でわたしを見ていた。
「逃げないよ。逃げないから」
「から?」
「先どうぞ」
 夏城君は恨めしそうにわたしの手首を見つめる。
「さっき、どうして病室飛び出した?」
「どうしてって……」
「洋海がお前のこと見えていたからか? それとも何か感づかれていづらくなったか?」
 夏城君も気づいてたんだ。
「洋海、何か知ってるのかな」
「かもしれないな」
「わたしいなくなった後、聞いてみたりした?」
「してない。何か知ってて言いたいことがあるなら、さっき病室で全部ぶちまけてただろう。それをしないであくまで知らないふりをしてるんだ。わざわざ聞けるかよ」
「そう、だよね。でも……」
「二人とも、まだこんなところにいたんですか。涼しい空気が逃げてしまいますから、早く中に入ってください」
 言いよどんだ時、様子を見に来た工藤君が夏城君の首根っこを引っ張って中に引き入れ、ドアノブに手をかけてわたしに手招いた。
「そんな姿になってしまって。さぞかし不安だったことでしょう。さあ、中に入ってください。どうしたら元に戻れるか一緒に考えましょう」
 一緒に考えましょうってことは、工藤君もわたしが体に戻る方法がわからないってことか。
「そうがっかりした顔しないでください。お二人だけで悩んでいるよりは、何かいい方法が思い浮かぶかもしれません。織笠君もいることですし」
「そうだね。ありがとう」
 わたしは一日ぶりに工藤君のペンションの中に入った。
「そういえば光君は? 重症だって聞いたけど、帰ったの?」
「僕? 僕ならここにいるよ。桔梗が神界行ってるのに一人だけ帰れるわけないだろ」
 ひょこっとわたしの後ろから顔を出したのは光君だった。
 見たところもう包帯も巻いていないし、元気そうだ。
「怪我は? もうよくなったの?」
「まあね。若いと回復が早いんだよ。なーんて。本当はさっきまで詩音さんにつきっきりで治癒してもらってたんだ。だからようやく立って歩けるようになってきたところ」
「そうだったの。大変だったね」
「大変なのは樒さんの方でしょ? それ、二度と戻れなかったらどうするの? いつまでもここでふらふらしているわけにもいかないでしょ」
「光、今からそれを話し合うんだよ」
「あ、夏城さん機嫌悪ーい。そりゃそうだよね。これじゃあ触れないもんね」
 光君の手がわたしの手のひらを通り抜けていく。
「人を触り魔みたく言うな」
 ぷっ。触り魔だって。
「あ、お前今笑ったな? 言っとくけどなぁ、別にそんなに四六時中べたべたべたべた触りたいってわけじゃ……」
 えっ、もしかして昨日の夜会ってからのことの言い訳? いいのにそんなこと。わたしも嬉しかったし。できることなら本当に触れ合えればよかったって思ってるのに。
「なになに? 何かあったの、お二人さん」
「なっ、何もねぇよ!」
 からかいだした光君に怒って夏城君は先に食堂に入って行ってしまった。
「何かあったんですね?」
 にやにやと光君が聞いてくる。
「何もないよ」
 苦笑して答えると、光君は心底つまらなそうに「なんだぁ」と言ってわたしを置いていってしまった。
 午前中だけど一部にだけ灯が灯された食堂には、工藤君、織笠君、夏城君、光君、それからわたししかいなかった。
「詩音さんは?」
「僕の治癒で疲れちゃったみたいで部屋で休んでる」
「そっか」
 顔、見たかったな。詩音さんに会えたら少し元気になれるような気がしてたのに。
「ここに泊まってた人たちはどうしたの?」
 わたしはがらんとした食堂を見渡して工藤君に聞いてみた。
「昨日のことがありましたから、皆さん早急に引き上げていかれましたよ」
「工藤君も大変だったね」
「大したことではありませんよ。お客様に怪我人が出なかったことが唯一の救いです。おっと、守景さんもそのお客様の一人でしたね。失礼しました。どうぞ、こちらにかけてください」
 工藤君が引いてくれた椅子に形ばかり腰かけてみる。
 テーブルにはわたしに遠慮してか、昨日のように飲み物は置いていない。
「さっそくですけど、守景さん、病院に行かれたんですって?」
「うん。聖がわたしの体で夏城君の所まで来ちゃって。気を失ったところで病院に戻しに行ったの。ね、夏城君」
 わたし、何かまずいことでも言ったんだろうか。言った途端に工藤君と光君と織笠君が心なしか白い目で夏城君を見やった。
「何もしなかったでしょうね? 守景さん本人の意思ではないのですよ」
「するかよ。工藤まで何を言い出すかと思えば」
「守景さんは前は統仲王の娘だった方ですからね。心配はしますよ。生身で押しかけられたら、夏城君も年頃ですし」
「違うの。襲われたのは夏城君の方なんだよ。ね?」
 わたしの言葉に夏城君以外の三人は一斉にわたしを振り向き、夏城君は手で額を押さえてため息をついた。
「守景、お前はもういいから黙ってろ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「いいえ、何かよからぬことがあったのなら、元父親として見過ごすわけには……」
「今頃父親面すんなよ」
「なんですか、その言いぐさは」
「だってそうだろ。聖生まれて愛優妃がいなくなって、忙しいから誰か面倒見ろって押し付けたのはお前じゃないか」
「お前って、仮にも父親を……!」
「あー、親父なんて思ってなかったから気にすんな」
「なんですって!?」
「今更驚くことかよ。家族ごっこするには長すぎたし、世界も立場も変わりすぎてたろ。愛優妃もいなくなって、なおさら」
「そんなこと思ってたわけですね。統仲王は龍でも一応わが子として可愛がっていたつもりなんですけどね」
「可愛がる? 気持ち悪いこと言うなよな。聖のこと押しつけといて、あとから惜しくなったくせに。そういや聖が四、五歳くらいの時に何度か天宮によこさないかって言ってきてたよな。それこそ遅いんだよ。今更父親面しようったってな」
「ぐっ。そっちこそ、統仲王はお忙しいでしょうからってやんわり断ってたつもりでしょうけど、手放したくないのは目に見えていましたよ。今更ですけどね。龍に預けるんじゃなかった。せめて風にしておけばよかったと後悔していますよ」
 ……龍兄と統仲王の間で聖を巡ってそんなやり取りが……可愛いとかどこまで本当かわからないけど。
「あの、わたしが体に戻る方法は……」
 龍兄と統仲王の確執は今に始まったことじゃない。放っておけば蜿蜒と嫌味の押収をしているだろうから、わたしはさっさと見切って話を戻すことにした。
「一度体に戻ろうとはしてみたんだって?」
 睨み合ってる工藤君と夏城君の間から織笠君がひょこっと顔を出す。
「うん。でもうまく入れなかったの。入れなかったというか、どうすれば戻れるかわからなかったというか。体に近づけば吸い込まれるのかとも思ったけどそうでもないみたいで」
「うーん。それは身体が守景さんを拒んだのか、それとも守景さんが元に戻ることを拒んだのか……。さっきの話を聞くと、守景さんの身体の中に聖が残っていたの?」
「そうなんだよね。わたしはここにいるし、聖の記憶も知ってるけど、わたしの身体で来た聖は夏城君の中に龍兄を探してるみたいだった」
「となると、聖の方が守景さんが戻ってくるのを拒んでいるのかな」
「それ以前にさ、前世の人格が今の人格と分離して存在しているっていう状況がそもそもおかしくない? 僕なんて麗とは一心同体だよ」
「そうだよね。普通なら考えにくいことなんだけど」
「え? そうですか? 僕もそうですよ。僕も統仲王とは別です」
 胸を張って話題に戻ってきた工藤君を見て、織笠君は小首を傾げた。
「そうなの?」
「そうですよ。僕は……言ってしまえば僕自身は統仲王じゃありません。皆さん、そりゃ前世の人格と一緒だなんていう人はいないでしょうけど、それともまた別なんですよ。僕はこの身体の持ち主で統仲王の代わりに統仲王の為すべきことをしていて、統仲王は統仲王でずっと眠っているんです」
「それも特殊なケースだよね。本来なら死んで輪生環を通った時点で前世の魂の記憶は消え、現世の記憶と人格が上書きされるだけだから、たまたま前世の記憶が顔を出すことはあっても、独立した人格なんて残るはずはないんだ」
「でも実際あるんだから理論なんて役に立たないでしょ。要は、身体を乗っ取っちゃった聖に言い聞かせて明け渡してもらえばいいんじゃない?」
 光君はめんどくさそうに唇をとがらせる。
「話聞いてくれるかなぁ」
「どうだろうな」
 今朝方の聖を見ているわたしと夏城君は腕組みをしたままうーんと唸り声しか出てこない。
「聖の時はもう少し理性があったと思うんだけど」
「死者なんてそんなものですよ。死んで目が覚めたとしても、身体も面子も失って、生きていた時に一番思い入れのあるものに向かって突っ走っていくことくらいしかできないんです」
 工藤君がまるで今朝の出来事を見ていたかのように言う。
「何偉そうなこと言ってるのよ。まるで見てきたみたいに」
 呆れた声が聞こえてきたのは食堂の入り口の方からだった。振り返ると、光君の治癒に疲れて休んでいるはずの詩音さんが立っていた。
「樒ちゃーん、無事だったのねーっ」
 詩音さんは駆けてくるなり立ち上がったわたしを抱きしめようとしたが、見事に両腕は空を切った。
「あれ」
「あの、詩音さん、わたしまだ体に戻れていなくて」
「え、そうなの? 全然わかんなかった。って、え? 今幽霊なの? 死んじゃったの?」
「そうじゃないんですけど……」
「詩音、あなたが来ると話がよけい混乱します。黙ってていただけますか?」
「何言ってるの。今来てすぐに状況わかるわけないじゃない」
「だからあなたに今までの経緯をお話ししている時間の方がもっていないと……」
「詩音さん、わたしね、身体は生きてるみたいなんだけど中に戻れなくて。その上聖が勝手にわたしの身体で出かけてきたりしちゃって」
「えっ。それはホラーね。てことは樒ちゃん、今生霊みたいな状態なんだ? それとも幽体離脱っていうの? どんな感じ? お腹は減るの? ていうか維斗、ほら見なさい、樒ちゃんのたった一言で説明終わっちゃったじゃないの。あんたが説明下手なだけよ」
「うるさいですね。もういいからそこに座んなさい。あまり守景さんを質問攻めにしてもかわいそうでしょう」
「樒ちゃん、辛かったわね。こんな男連中に囲まれて、さぞ息苦しかったことでしょう? あ、ほら、泣いちゃった」
 詩音さんは触れられないとわかった後でもそこに生身の私がいるかのように手を握ってくれたり肩を撫でさすってくれたり、頭を撫でてくれたりしてくれた。
 なんでだろう。やっぱり詩音さんの顔を見たらすごく安心した。ほっとした。涙なんて流すつもりはなかったのに、慌ててわたしは頬を拭う。手に濡れた感触はしない。でも、多分拭えていると思う。
「詩音が説明攻めにするからですよ」
「違うよ、工藤君。わたし嬉しくて。詩音さんに会えて嬉しかったの。安心したっていうかそんな感じ」
「座ろうか」
 詩音さんは思いやるようにぽんぽんと頭を撫でてわたしの隣に座った。
「ところでさ、守景さんさっき誰かと話していたよね? 遠目にしか見えなかったけど白衣着た背の高い男の人? なんかどっかで見たような気がしたんだけど」
「え? なにそれ、なにそれ」
 織笠君の言葉に光君が悪乗りしてくる。
「それがね、藺柳鐶だって名乗ったの」
『藺柳鐶!?』
 驚いた全員の声が食堂の高い天井中に反響した。
「それって昨日爆弾撒いてた奴じゃないか! なんでそんな奴と話なんかしてるんだよ!」
「光君の言うことももっともなんだけど、どうやら昨日の藺柳鐶とは別人らしいの。自分でも昨日の藺柳鐶とは別だって言ってたし」
「何それ、すごく怪しいじゃん」
「危害とか加えられなかった?」
「うん、それは大丈夫だったんだけど」
「そいつも守景のことが見えたんだな?」
「うん」
 心配してくれた光君と詩音さんとはまた別の表情で、腕組みをした夏城君は何かを考えているようだった。
「守景さん、僕、一応育だったから分かるんだと思うんだけど、あの人、死んでるよね? 幽霊、だよね? だから守景さんのことも見えてたんでしょう?」
「そう、みたい」
 織笠君の言葉に頷くと、光君や詩音さんはまた顔を見合わせてああでもないこうでもないと言いはじめる。
「じゃあ昨日の藺柳鐶は? あれも幽霊? 僕たち幽霊にやられたの?」
「昨日の藺柳鐶と今日の藺柳鐶とは別だって今日の方が言ったんでしょう?」
「それならどうして二人も藺柳鐶がいるんだよ」
「そこ、ですね。どちらかが本物でどちらかが偽物なのでしょう。例えば、昨日の生きている藺柳鐶が今日現れた幽霊の藺柳鐶の偽物、とか」
「本物と偽物って括りで考えていいのかなぁ。名前だけ騙っているって感じでもなかったけど。だって、偽物やるならもっと本物に似せてやるでしょう? でも今日会った藺柳鐶は悪い人って感じじゃなかったもの。わたしと話しているときは猫背じゃなかったし、目も穏やかだったし、意外とハンサムだったよ? それに、今はお弟子さんのことを見守ってるって言ってたし、今朝現れたのも昨日の藺柳鐶が使った爆弾の成果を見るためだって言ってたの」
「騙されてるんじゃ……」
「ううん、光君がそういうのも分かるけどそんなんじゃないと思う。今日の人はね、多分昨日の藺柳鐶のお師匠様なんだと思う。本人には確認できずじまいだったけど」
「ずいぶんそいつの肩持つんだな」
 夏城君が気のせいかぶっきらぼうに呟いた。
「それから……ううん、なんでもない」
 さっき会った藺柳鐶が悪い人じゃないっていうのは、きっと会って話してみないとにわかには信じられないことだろう。だからわたしはさらに今日会った藺柳鐶がメルーチェとも顔見知りだったことを付け加えようとしたんだけど、その藺柳鐶の言葉を思い出して急いで口を閉じた。
『二人がそれと気づいてくれるならいい。でも、君の口から教えることはしない方がいい』
 あの気になる言い方が引っかかってしまったのだ。
 二人って、メルの両親のことってことでいいのかな。鉱兄さまとサヨリさんと。その二人が気付くのを待てというのだから、今ここで三井君もいないのに話してしまうのも気が引けた。
「ねぇ、工藤。工藤は何か知らないの?」
「何か、とは?」
「例えばこの先……」
「あ! あれ……!」
 織笠君が何かを工藤君に聞こうとした時、詩音さんが声を上げた。
「あれ、樒ちゃんじゃないの?」
 詩音さんが指差す窓の外、中庭を歩いていたのは確かにわたしだった。
 自分で言うのもなんだけど、真昼間から出られるとぞーっとする。それもふらふらと中庭の芝生の上を歩いているんだもの。
 振り返って見た工藤君、織笠君、光君も見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。
 間髪を置かず、夏城君の電話が鳴る。
「もしもし……ああ、来てる……いや、いい。こっちで何とかする」
 手短に電話を切ると、夏城君は席を立って食堂の窓から中庭への窓を開けて外に出た。
「洋海から?」
「ああ」
「わたしがいること……」
「織笠から電話もらった時に言ってある」
「そう。ありがとう」
 夏城君はわたしのことは見ずに、目の前をふらふら歩いているわたしの身体の方を見ている。
 こうしてみると夢遊病者みたいだ。手足にはうっすらと赤くバンドか何かで留めた跡があるんだけど……そんな拘束具、〈渡り〉の前では何の意味もないんだよね。病院で一体どんな騒ぎになっていたのか、今なっているのか、想像するだけで恐ろしくなる。
 わたし、普通の子だったつもりなんだけどな。
「夏城君、どうするつもり?」
「帰らせる」
「帰らせるって言ったって……そうだ、わたし話してみるよ。さっき光君が言ってたでしょ? 聖と話し合って分かってもらえれば身体に戻れるかもしれないし」
 張り切って夏城君を追い越して、聖の前に立ちはだかる。
「聖、あのね……」
 だけど聖はすーっとわたしを通り抜けて行ってしまった。
 しまった。もしかしてわたしの姿が見えないのかも。
「聖、待って、聖……」
 わたしが試みに呼んでいる間に、夏城君はわたしの横を通り抜け、聖inわたしの腕を掴んだ。
「俺ならここだ」
「龍兄?」
 聖は探し物を見つけたように夏城君に飛びつく。
「聖、考えたの。どうしたら龍兄が聖のこと思い出してくれるかなって。あのね、覚えてる? 鉱兄さまの結婚式の時のこと。聖、あの時に龍兄のお嫁さんになる決意をしたんだよ。――〈渡り〉」
 それはあっという間の出来事だった。
 目の前から夏城君と聖inわたしの姿が消えていた。
 あとから追いかけていた工藤君たちも呆気にとられている。
「終始あの調子か。阿呆にもほどがある」
 麗兄さまらしく毒づいたのは言わずもがな、光君。
「あれは……僕と統仲王の比じゃありませんね」
「というか、そもそも状態の性質が全く違うんじゃないかな。あれは完全に生きてるよ、聖」
「聖、よっぽど龍のこと好きだったのね」
 男子が聖に恐れさえ抱いている中、同情して憐れんだのは詩音さんだった。
「樒ちゃん、いつも聖とせめぎあって生きてたの?」
 わたしは首を振る。
「聖の夢を見ることはあったけど、聖があんな大きな存在だったなんて知らなかった。もう一人の人格として存在していたなんて、夢にも思わなかった」
「樒さんが身体を離れたために聖が起きてしまった、ということでしょうか。押さえつけているものがなくなって解放されてしまったんでしょうね」
「どうしよう。夏城君、どこに連れて行かれちゃったんだろう」
「鉱の結婚式がどうのって言ってたよね」
「まさか、鉱土の国?」
「いや、アバウトな場所だけじゃ特定しきれない。守景さん、星の所に直接飛べる?」
「できると思う。わたし、ちょっと行ってくるね。夏城君一人じゃ帰ってこられないだろうし、聖が返してくれるとも思えないもの。――〈渡り〉」
 夏城君。
 迷惑かけてごめんね。
 すぐ、迎えに行くから。













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