聖封神儀伝 2.砂 剣

第3章  親と子



 真夜中の鉱土の国はひっそりと静まり返っていた。人の動く気配はおろか呼吸する気配すら感じられない。押し込められた現実の中に這いつくばるようにして時を過ごしているかのようだった。その中で鉱土宮だけが爛々と篝火を燃やしている。
「こちらです」
 錬の別荘(そりゃもうどこのお大尽の別荘かと思うくらい立派だったぜ)から門を通って足をつけたのが鉱土の国の錬の別邸地下だった。そこから人に見つからないように外に出て、ようやくキルヒース山の鉱山入口の前に立つ。
 空は深夜の青さに沈みつつも瞬く星たちをこれでもかと前面に押し出してくる。
「東京の空とはずいぶん違うなぁ」
 夏の大三角形とか地平線を這うさそり座は同じ位置にあったが、見え方が違う。いつもならなぞれない星々を簡単に線で結び、昔のギリシア人たちがなぞらえた神話の登場人物たちの姿をありありと思い描くことができる。
 空気は湘南の海の湿気含みの風とは違って、からっと乾いていてしかも夜のせいか半袖の腕には多少涼しすぎるくらいだった。
 道理で星がきれいに見えるはずだ。
 砂埃に混じって独特の俺様にとってはエキゾチックな異国の香りがする。その香りさえも懐かしいと思えるくらいには感傷が刺激されていた。
 鉱山の入り口はどっしりとした黒い鋼鉄の扉で閉ざされ、その前には荒縄が左から右に渡されていた。
「ん? 何、この縄。立ち入り禁止?」
「そうです。五百年ほど前から魔物の出現が激しくなりまして、やむなく閉鎖いたしました」
「え……じゃあ今の主力鉱山って?」
「レジェス砂漠の背骨、リドニア鉱山ですね。あそこの金はとても質が良く人界でも高く売れます。こちらの鉱山で採れた金には及びませんが」
「そっかぁ。そうなのかぁ」
 時代って変わっていくもんなんだな。なんか寂しいぜ。ほんと、鉱が生きてたのも過去の時代のことなんだな。
「扉の封印を解く前に、簡単に中の構造についてご説明いたしましょう。入ってすぐに翠玉の間があります。続いて紅玉の間。次の黄玉の間にはトロッコのレールが敷いてあるはずですので、うまくいけばまだトロッコが使えるかもしれません。トロッコに乗れば金剛石の間まで一直線です。金剛石の間からは螺旋階段を上っていくと山頂にたどり着いているはずです」
「RPGのダンジョンみてぇだな」
「そんなもんです。雑魚敵のレベルは分かりませんが、末期には月に一回、魔物退治に入った兵士が三人は襲撃されて命を落としていましたね」
「三人掛かりでもだめなのかよ。それってよっぽど強いんだな」
「心配するなって。全部あたしと桔梗と河山で倒してやるからさ」
 楽しそうに科野が指をごきごき鳴らしている。
「いや。無駄な体力は使わないに限る。三十六計逃げるに如かず、だ」
 俺様は扉の中の見えないものを睨みつけながらそう言った。
 当然科野は出鼻をくじかれて「え~っ」とつまらなそうな声を上げる。
「目的はダンジョンの雑魚敵を倒すことじゃねぇ。頂上の秀稟迎えに行くだけだ。めんどくさいのはその後だ。佳杜菜ちゃんを助けて秀稟も渡さない。それにあの変態がうんと言うわきゃねぇだろ。当然俺様の魔法石も渡さねぇ。佳杜菜ちゃん助けて秀稟も渡さず、なおかつ鉱土の国からあいつを追い出す。それが今回の目的だ。雑魚はひたすら無視する。いいな」
「ちぇーっ」
 科野はまだ納得してないようだったが、口では不平不満を鳴らそうと中に入れば大人しくしてくれるはずだ。心配はない。問題は、無視して逃げ切れるレベルかということ。
「ま、ほんとは騎獣でひとっ飛び出来りゃあ早いんだがな」
「あー、すまん。玄熾どこいるか分かんないわ」
「俺も」
「私も彩霞の居場所分からないわ」
「わーってるって。そんなもんだ。よし、行くぞ」
 錬が入口にかけられている結界を解くと、気のせいか黴臭い湿った風が流れた。
 俺様と誠とで扉を押し開く。
「気をつけろよ、徹。開けた途端に何か飛び出してくるかもしれない」
「分かってるよ」
 何を慎重になってるんだか、工藤のペンションを出てからの誠は口数が少ない。
 ぎぃぃと音を立ててさびかけた扉が開くと、黴臭い臭いはいよいよ強く鼻に流れ込んできた。
「魔物とご対面の前にこの空気で肺の中が真っ黒くなっちまいそうだぜ」
「まったく」
「そういや、シャルゼスが住んでたのもこのキルヒース鉱山だったよな。懐かしいか?」
 扉の向こうは文字通り真っ暗闇。飛び出してくる物は今のところいない。誠は黙って首を振った。
「住んでいたといっても生まれ育ったわけじゃない。仮初の場所だ。シャルゼスにとっては大した意味はない。鉱を待ち伏せできる場所であればどこでもよかったんだから」
「え? あれってそういうことだったの?」
「そうだ」
「おーい、そこの兄弟。何の話してるんだよ。内緒話はずるいぞ」
 水を差したのは好奇心旺盛に目を輝かせた科野。
「んじゃ、中歩きながらな」
 科野がバレーボールくらいの火球を三つ作り、前に二つ、後ろに一つを配す。明るく照らし出された内部は、早速翠緑色にちかちかと中の鉱物が輝きだした。
「うわぁ、きれい」
 火を灯した科野が一番に感嘆の声を上げる。
「ほんと綺麗ね。いくらで売れるかしら」
「藤坂、持ち帰り禁止な」
「分かってるわよ」
 ちらと後ろを振り返ると、女どもの足はすっかりホールの真ん中で止まっていた。ったく、これだから光モンが好きな奴らは。
「一つくらい持ち帰ってもかまいませんよ」
 にこにこと錬が余計なことを言い出す。
「だーめーだ。観光できたんじゃないんだから。この先いくつもこんな場所があるんだぞ。ルビーやらトパーズやらサファイヤやら、果てはダイヤモンドだぞ。いちいち止まってたら前に進まないだろ」
「なんだよー、ケチー」
 科野がぶー垂れているがここは我慢だ、三井徹。五百年も放置された鉱山開けさせて荒らして帰るわけにゃあいかねぇ。
 それにしても。
 変わんねぇなぁ。
 そりゃいくらか採掘されてホールの形は変わってるんだろうけど、この湿った空気といい、黴臭さは強くなってるけど土の匂いといい、静かに瞬いて出迎えるエメラルドの鉱石たちといい。
「なぁ、誠。覚えてるか? 初めて会った時のこと」
「そりゃあ、な」
 翠色の輝きを天に前方に眺めながら俺様たちは奥へ踏み込んでいく。
「わくわくするな」
「お前だけだろ」
「するって。この向こうには何が待ってるんだろうって、ドキドキするだろ。鉱の時はほんとに先が分からなかったから。まさか人がいるとは思わなかったけどな」
「なになに? シャルゼスとの馴れ染め?」
「そ。多分初めてこの鉱山奥まで探険したのは十歳の誕生祭の日のことだった。生真面目な儀式なんか黙って座ってられっかって飛び出して、面白半分に中に入ったら出られなくなってさー。あの時はほんとにダメかと思った」
「金剛石の間までようやく来たと思ったら泣きべそかいてたもんな」
「言うな。十歳のいたいけな少年だったんだ。で、シャルゼスと契約して、秀稟とも契約して無事に魔法石が用をなすようになったと」
「へぇ。でも、砂剣って魔法石の半分なんだろ? どうやって半分に割ったんだ?」
「割ったっていうか……はじめから俺様の魔法石、半分に割れてたんだよな」
「え゛」
「黄金色のがパカッと真っ二つに割れた断面のまんまでさ、親父には持ち主の至らなさがよく表れてるとか何とか馬鹿にされたけど、もう半分は秀稟が持ってたんだ。まあ、どう見てもその半分はただの鉱石にしか見えなかったんだけどな」
「その鉱石が砂剣に変わるのかぁ。不思議だな」
「そうそう、ただの鉱石にしか見えなかったから何にも考えないで剣に鍛えてもらっちゃったんだよな。シャルゼスがこれまた面白半分に腕のいい鍛冶屋ならホアレン湖にいますよとか言うもんだから、生真面目に持ってったりして」
「ホアレン湖?」
 怪訝そうに科野が眉をひそめる。
「そう。何って言ったっけ? キ、キ、キ……」
「キース?」
「そうそう、そんな名前。そいつもさぁ、はじめは剣なんか打たないとかなんとか言ってたんだけど、今回だけは特別秘密ね、とか言って最後には折れてくれてさ。あ、言っちまったけどもう時効だよな?」
 誠に同意を求めるが、誠は心もち俺様から顔を背けている。
 ついさっきまで興味深そうに話を聞いていた科野はむっとしたような顔で河山を睨みつけている。
 なんだ?
「で、打ってもらっちゃったのね? 魔法石を」
 とりなすように藤坂が相の手を入れる。
「そうなんだよなぁ。なんせ俺様もガキだったから世の中の常識とか疎くってさぁ。でもさ、砂剣打ってくれた鍛冶師が渡してくれる時に言ったんだよ。『これは今は剣の形を取っていますが、貴方様のお心次第で如何様な形にもなります。剣にも弓にも、盾にでも。願わくは人を守るためにお使いくださいませ』って。な、ちょっといい話だろ?」
 振り返ってみたものの、みんな一様に明後日の方向を向いている。おーい、聞きたいって言ったじゃねぇか。
 ま、いっか。
「ってわけで、俺様は砂剣は大切なもんを守るために使おうと決心したんだ。若いうちは鉱土の国を、結婚してからはサヨリやメルや錬や家族を守るためにふるってきたんだ」
 あー、泣けるじゃねぇか、俺様の過去。
「で、守り切れなかったから守り切れなかったもんと一緒に葬った、と。大したもんだ」
「あ、誠、まだ怒ってんのかよ。ほんと悪かったって思ってるって。秀稟に会ったらジャンピング土下座でもなんでもするつもりだからさ。許してくれよ」
 エメラルド色の輝きが潰えてきた頃、奥の方で暗闇がごそごそと動く気配がした。
「来ましたね。灯に反応してきたんでしょう」
「三井、この先、次の間まで細い道だろ? かわして逃げ切るなんて無理だぞ?」
「だな」
「だからといってこの翠玉の間におびき出して戦うのも、翠玉が傷つきそうでいやだわ」
 藤坂、お前ってやつは……。
「わかった、じゃ、この細い道使ってさくっと一掃しちまおう。科野」
「はいよ」
「真ん前に向けて火炎球一発」
「任しといて」
 科野は張り切ってバレーボール大の火炎球を一つ作ると、真ん前の細い道に向けて放った。
 赤い輝跡がまっすぐに伸び、突進してきた黒い影たちを熨していく。黒い影は呻き声をあげて折り重なり倒れていく。
「なんだ、軽いじゃん」
 科野はさらに朱雀蓮を手に中に突っ込んでいく。何体かを根こそぎ倒して力が弱まった火炎球を見事にキャッチした黒い魔物を朱雀蓮で絡め取り、一気に灰にする。
「あんなに働いちゃって。バテても知らないわよ――〈流水〉」
 藤坂は力配分を心得た感じでこともなく地下水を呼び集め、狭い道に折り重なった魔物たちの身体を押し流す。
 通りが良くなった道を駆け抜けると、今度は赤い光が目を差した。
 先にあらかた魔物を片づけてしまった科野は、るんるんと鼻歌を歌いながらルビーの物色をはじめている。
「こら、行くぞ」
「待って。このルビーだけでも……」
 河山に首根っこを掴まれなければいつまでそこにいたことやら。
「それにしても閉山するのはもったいなかったんじゃないか? ほとんど手つかずのようにさえ見えるぞ」
「そうですね。ですが場所が場所ですから」
 おっとりと錬が返す。
「鉱土宮の真後ろだからか」
「ええ。こんな近くに危険な山をあけっぴろげにしておくわけにもいかないでしょう。いつ何時さっきのようなのが現れるかも分からないのに」
「まあそうだよなぁ。さっきの奴らだって科野だからあっさり倒せたのかもしれないし。でも俺様の記憶じゃ、確かこの山が一番の宝の宝庫だぜ? ダイヤやルビーの目ぼしい貴石はもちろん、金や銀、鉄鉱石、果ては硝石まで何でも採れる山なんだから」
「ほんと、夢のような山ですよね。だからこそ、閉山したんですよ。今の神界人は昔の神界人と違って利に敏くなっています。統仲王や法王もいらっしゃらないので、どちらかというと魔法に頼らず生きていく方法を編み出そうと必死です。図らずも……姉さんが目指した世界になってきてるんです」
「メルの目指した世界……そういやそんなこと言ってたよな。魔法が使えない人でも労せずに鉱山の採掘ができるようにって」
「ええ。姉さん自身魔法が使えなくて苦労した人でしたから」
 そういえば、そんなこともあったなぁ。メルの奴、サヨリ譲りで頭でっかちで魔法とかそっち方面はてんでだめだったもんな。かわいけりゃ俺様としちゃ何の問題もなかったんだけど。
「そんなこと気にするなっていつも言ってたのにな」
「そりゃ気にしますよ。鉱土法王の娘がなんの精霊の加護も得られなかっただなんて」
「魔法が使えりゃ偉いわけじゃねぇよ」
「魔法が使えればより多くの人の役に立てる。鉱土法王の娘として、姉さんはずっとそう思っていたんですよ。でもそれが叶わないから、科学の力に頼ろうとした」
『わたくしだって、皆の役に立ちたいのです!』
 メルの言葉が耳によみがえった気がした。
「爆弾作りか。この鉱山の坑道も、いくつかはメルの作った発破で作られたんだろう? にしても、どこで爆弾の作り方なんて覚えたんだかな。おがくずと硫黄と硝石だっけ? その辺の知識、書物に残らないようにしてたはずなんだけどな」
 サヨリと出会って間もなく、周方のターン鉱山と鉱山街のバルドが闇獄界にいつの間にか占領されていたことがあった。あの時、奴らは初めてダイナマイトやら爆発物を戦いに持ち込んできたんだ。当時は爆弾の組成やらなんやらを調べるために大量のメモは作ったが、統仲王の指示でそれらは事件解決後、たしか全部破棄したんだよな。苦労の結晶が燃える様はかなりもったいなくもあったが、神界を保つにはその方がいいんだとか何とか言われて言うとおりにしたんだっけ。
「あれ、おかしいな。メルはどこからそんなもんの作り方……いや、存在自体を知ったんだ?」
「さあ? それは私も姉さんに聞いてもはぐらかされただけで」
「俺様も聞いたことがなかったな。統仲王にメルが叱られた時は庇いもしないで仲裁に入っちまったし。あの時のこと、あいつ恨んでるんだろうなぁ。火薬の研究とっちまったら、すっかり抜け殻になっちまったもんな。東方将軍藍鐘和との見合い話も見向きもしなかったし」
「父さん、あの頃すっかり姉さんに嫌われてましたもんねぇ」
「言うな。哀しくなる」
 ルビーの燦然たる輝きが見納めになると、今度は二本の分かれ道が現れた。
「これ、どっちだっけ?」
 足を止めて振り返ると、元住人の誠が首を傾げた。
「はて。増えてる」
「増えてる?」
「俺が住んでた時は片方だけだったはずだ」
「それこそ姉さんの発破で増やした道じゃないですか?」
「ま、そういうこともあるよな。よし、じゃあ石を蹴っ飛ばして決めよう」
 周りの「え゛?」っていう言葉は置いといて、俺様は足元にあった小石を適当に蹴とばした。
「右だな。右行くぞ、右」
「えーっ」
 一斉に抗議の声が上がるが、こう言うのはどっちがどうとか言ってても始まらない。頭突っ込んでみて行き止まりだったら戻ってくりゃいいんだよ。
 果たして。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ」
 大当たりだった。
 なんか黄色いキラキラした等身大の化け物いた。黄色だけじゃない、緑やら赤やらががちがちにくっついたゴーレムみたいな奴!
 俺様は猛スピードで尻をまくって逃げる。
 で、引き返してる途中で気がついた。
「誰も俺様の後ついてきてないじゃん!」
 ひでぇ、どんな裏切りだよ、これ。
「〈土壁〉!」
 とりあえず手軽にできる壁で宝石ゴーレムとの間を隔て、さっきの分かれ道に戻ってくると、みんなは平静に俺様を見てこう言った。
「徹の勘はあてにならないな。よくわかった」
「誠! 何あれ、何あれ!」
「何あれって言われても、〈土壁〉で見えないんだから答えようないだろ」
「あそっか。じゃ、解除」
 とか言う前に、宝石ゴーレムは体当たりで〈土壁〉を破って出てきた。
「あれは……ただの宝石のお化けだな」
「わかんねぇなら解説しなくていいよ!」
「宝石はいっぱいついてるが、もとになってるのはただの土人形だ。この中であいつを崩せるのは火でも水でも風でもない。土のお前だろ?」
「え? あそっか」
『土よ 鉱石よ
 繋がりを解いて
 大地に還れ』
「〈解体〉!」
 「まんまだなー」と科野に突っ込まれたが、宝石ゴーレムはあっさりと人影のような姿を失って多数の宝石と湿った土くれに戻った。
「ん? なんだこれ?」
 宝石の中に混じって、水晶のような透明の珠が転がっていた。
「どうやらそれがさっきの宝石ゴーレムの核になっていたみたいね」
「核? 心臓みたいな感じ?」
 藤坂は俺様の手から水晶のようなものを取ると、いとも簡単に握りつぶしてしまった。
「怪力」
「失礼ね。結構柔らかかったのよ。中に入っていたのは水だったのかしら」
 広げた藤坂の手はうっすらと濡れている。
「誰かが意図的に作ったのかしら」
「誰かって誰だよ」
「誰かだから誰かよ。誰かが意図的に作った物ならば、一体だけじゃ済まないはず。この奥への道は迷わないように閉じてしまった方がいいわ」
「でもこの奥に黄玉の間が続いてるかもしれないだろ? 敵が出たところの方がビンゴってこともあるし」
 藤坂はこれ見よがしにため息をつく。
「仕方ないわね。じゃあ気が済むまで行ってみましょう」
 そう言って歩き出した。
「しゃーねーなー」
「三井、行くぞ」
 藤坂が行こうと言ったとたんにみんなはぞろぞろとさっきの坑道の方に進みだす。
「お、来たな」
 楽しそうに科野が走りだして、朱雀蓮一打ちで宝石ゴーレムを崩していく。その後について歩くようにして、藤坂と河山が魔物の水晶の核を踏みつけて壊しながら歩く。踏まれた水晶は、パチンと夢が割れるような音を立ててあとかたもなく砕け散る。
「あっけないもんだな」
「そうね。所詮その程度のものということなのよ」
 藤坂がまた一つ水晶を壊して俺様に並ぶ。
「あれで最弱クラスだと?」
「葵ちゃんの朱雀連一本で相手ができているんですもの。まだまだよ」
 油断するそぶりも見せず、藤坂は前を見据える。
 俺様は何となく後ろに気配が起こった気がして振り返った。
 足を止める。
 河山と藤坂が踏みつけて壊したはずの水晶の破片が、自ら意志を持っているかのように尺取りながら寄り集まろうとしていた。それらはひとところに集まると、さっきよりも大きな水晶の核となり、周りの岩石や鉱物を一気に吸い寄せた。
「ウオォォォォォオオ」
 あげた一吠えが坑道内部を揺るがす。
 さすがに前だけを向いて歩いていた藤坂たちも振り返る。
「さっきよりでけぇ!」
「核が大きいからその分たくさんのものを吸い寄せられたのよ! 早く崩して!」
 若干色を成した藤坂に言われて、俺様は「はい!」と従順な返事を返して〈解体〉を唱える。
 バラバラと土と鉱石に分かれたのも束の間、すぐにまた水晶の核を中心に同じ姿を取り戻した。
「再生自由すぎだろ。きりねぇよ」
「三井君、もう一度解体して。核が現れた瞬間を狙って私が核を壊すわ」
「わかった。――〈解体〉!」
「〈藍流〉」
 藤坂は青い短剣を手に一足飛びに宝石ゴーレムに近づくと、崩れた体から透明な水晶の核が科野の放った火の光にきらめいた瞬間を狙って、短剣で突き刺した。
「ウゴォォォォォォォ」
 天井に頭がつかないように首を右に傾けた宝石ゴーレムは、憎しみのこもったルビーの瞳で俺様をにらみつける。
「俺様じゃない、俺様じゃない。やったのはあっち! あ、あれ?」
 宝石ゴーレムの前に着地したと思った藤坂は、俺様が指差そうとしたときにはもう俺様を追い越して黄玉の間へと向かって一目散に走っていた。
「え、え、え? 逃げるの? 逃げるが勝ち?」
 宝石ゴーレムは藤坂の一撃で一度は姿勢を崩したものの、怒色もあらわに俺様に腕の一部を投げつけてきた。
「わわわわわ、〈土壁〉!」
 慌てて俺様も狭っ苦しい坑道を走り出す。
 前方の宝石ゴーレムは科野によって排除されていたが、残った核がじわじわと集まりはじめている。それらをぽんぽんぽんっと飛び越して、俺様は黄玉の間に滑り込む。
「もういっちょ、〈土壁〉」
 黄玉の間の入り口を土壁で塞いで、俺様ははぁはぁと一息つく。
「なんだ、やっぱりこっちが黄玉の間だったんじゃねぇか」
「三井、休んでる場合じゃないぞ」
 黄玉の間の半ばあたりから奥に向かってレールが伸びていた。その上には二つのトロッコ。そして三つ目のトロッコを誠と錬と河山がレールに乗せようとしていた。
「おう、今手伝う!」
 そう答えた時だった。土壁で塞いだ向こう側がにわかに騒がしくなった。土壁に体当たりしているのか、黄玉の間の天井と壁が揺れてバラバラとトパーズの欠片が落ちてくる。そうこうしているうちにびしっと音を立てて土壁にひびが入った。
「〈火炎弾〉」
 燃やしたり熱に訴えようというよりは、弾の威力で押し返そうと科野が火の玉を複数放つ。割れた土壁の欠片をかぶりながら姿を現したさっきの巨大な宝石ゴーレムは火の玉を受けていささか後ろによろめいたが、すぐに持ち直してくわっとあけた口から大量の鉱石の欠片を飛ばした。
「〈結界〉」
 すかさず藤坂が水の結界で弾き返す。
 その間に錬と誠が一台目のトロッコに乗り、勢いよく奥へ向けて滑り出す。
「ちょっ、待てよっ」
「お先に~」
「父さん、金剛石の間で待ってます!」
 誠に続き、錬の声がトンネルの向こうから響いてきた。
「三井、先行くぞ!」
 河山が科野を乗せたトロッコを押してレールの上を滑らせながら飛び乗る。
「三井君、私たちも早く行くわよ!」
 藤坂に言われるまでもなく、俺様は藤坂の乗ったトロッコを押し出す。ぎぎぎ、と錆びたレールはしっくりこない音を立て、車輪もがたがたと外れそうになっている。宝石ゴーレムの方は有り余る力を口から吐き出す鉱石弾に充てたのか、次第に藤坂の張った水の結界を突き破ってルビーやラサファイアやらが降りはじめる。
「いでっ、いででっ」
 片手で頭を押さえると、するりとトロッコがレールになじんだのか滑り出した。
「待ってーっ」
 慌てて俺様は全速力でトロッコと並走し、藤坂の伸ばした手につかまって何とかトロッコに乗れたのだが。
 二手に分かれている分岐点に差し掛かった時、ゴーレムが放った赤いルビーのつぶてが切り替えのレバーにあたって奥に押し下げられてしまった。
 がっちゃん。ぎぎぎぎぎぎ……
 用済みを言い渡されて久しいはずのレールポイントは生真面目に接続を変えはじめる。
「うっそ」
「三井君、石を投げて!」
 藤坂はあきらめずにトロッコの中にあった岩石をレバーに向けて投げつけているが、とても一度下りたレバーがそれだけで上がるとは思えない。
「降りるか?」
 自問したものの、後ろでは水の結界から首を出した宝石ゴーレムがより一層激しくさっきよりも大きい鉱石弾を吐き出していた。
 あれに当たったら確実に死ぬ。
「しゃーねー。このまま行くぞ」
 俺様たちの乗ったトロッコは通行止めの障害物も弾き飛ばして、誠たちのトロッコが向かった左側の坑道ではなく右側の坑道へと吸い込まれていく。
「ま、レールが残ってるってことはどっかにはたどり着くだろ」
「どっかってどこよ?」
 珍しく藤坂が焦りを見せている。
「どこだったかなぁ」
 猛スピードでトロッコは斜面を滑り落ちていく。そのスピードは幼児用のジェットコースター以上だ。
「藤坂、しゃがんで中のハンドルにしっかり掴まってろ」
 言われたとおりにしゃがみ込んだ藤坂の頭上を覆うように、俺様はトロッコの前方部分を握る。
 真っ暗な坑道を風を切って走る中、天井にはヒカリゴケとともに青い鉱石がちらちら瞬きはじめた。
「あ、やっべ。この先青玉の間だわ」
「青玉の間?」
 藤坂が金切声交じりに叫ぶ。
「あれ、もしかして藤坂、ジェットコースター苦手?」
「こんな先が見えないの、大っ嫌いよ」
「お、藤坂女史の弱点発見。じゃあスペースマウンテンも無理だな」
「そんなことはどうでもいいから、青玉の間って何?」
「元はサファイアの原石が取れるところだったんだが、あるとき地震のせいで地盤ががくんと下がっちまって。そこに地下水が湧き出して地底湖になっちゃったんだな」
「地底湖!?」
「そ。青玉の間は冷たーい水の底に八割がた沈んじまって、以来こっちの方は立ち入り禁止」
 ぼんやりと青い空間がぽっかりと暗闇の中に丸長く切り取られている。レールはそこへ向かって伸び、唐突に終わっていた。
「それってこのレールも途切れているってことじゃない?」
「ご名答」
 らしくもなく悲鳴を上げる藤坂女史の声に答えた瞬間、トロッコはレールを離れてふわりと青い洞窟の中に放り出された。













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