聖封神儀伝 2.砂 剣
第2章  捜し物、二つ。


 龍兄のお嫁さんになりたい。
 鉱兄さまの結婚式でそう夢見てからどれくらいの時が経っただろう。鏡に映る聖の姿はあの時とさほど変わらないのに、鉱兄さまとサヨリさんの間には待望の長女メルーチェちゃんが生まれ、聖は龍兄のいる天龍城よりも自国の聖刻城で過ごすことが多くなっていた。
 それは必然、龍兄と接する時間どころか会える時間も減ってしまったということで。
「それでも月の半分以上は天龍城にいるんだろう?」
 三時のお茶会に来ていたのは暇を持て余した炎姉さまと、メルちゃんの出産祝いのお返しを持ってきてくれた鉱兄さま。
 聖刻城から見えるユガシャダの空は、天龍城のあるロガトノープルの空よりも青いけど、どこか鈍色がかっていてすきっと晴れている気がしない。風も湿気が多いし。周りが湿地帯だからしょうがないのだろうけど、この湿気、あまり体にもよくないらしい。麗兄さまが「この気候じゃな」って言ってた。まぁ、ロガトノープルの気候も寒いし乾燥していてよくはないって言ってたけど。
「聖は毎日でも龍兄の側にいたいの。龍兄に会いたいの。でも、龍兄がお仕事で忙しいっていうから、パドゥヌが少しずつ自分の国のおうちにも慣れましょうねって言うから、仕方なくこっちに来ているの」
 ついつい頬を膨らませてしまうのもしょうがない。今日だってこっちにお泊まりだから龍兄に会えないんだもん。
「そう膨れるな。可愛い顔が台無しだぞ。俺様が会いに来てやってるじゃないか」
 カップにお茶を注ごうとすると、すかさず鉱兄さまがほっぺたを軽くつまんだ。
「鉱兄さまは龍兄じゃないもん。ほっぺたぐにぐにするのやめて」
「なんだよ。可愛くないなぁ」
「聖も一人前のレディだもんな? そりゃいくら兄とはいえ、ほっぺたおもちゃにされたら怒るよな?」
「だって聖のほっぺた柔らかくてふっくらしてて触りたくなるじゃないか」
「メルにそれをやって大泣きされたからって、聖で補給するな」
「あ、それ言うなよ」
 もうっ。鉱兄さまったら結局メルちゃんのことで頭がいっぱいなんじゃない。結婚前は「聖、聖~」って気持ち悪いくらいつきまとってたのに。
 べ、別にさみしいとか嫉妬してるとかいうわけじゃないんだからね。だって、聖はただの妹だし。メルちゃんのことは別格だろうし。むしろせいせいしてるくらいなんだから。
「聖~、怒るなよ~。もうほっぺたぐにぐにしないから」
 そういう問題じゃないもん。
「あ、聖、ちょっと、これ、紅茶にレモン、絞りすぎじゃね? 明らかに色変わってるよね?」
 ギュっギュッと絞ったレモンの汁を果肉の塊ごと鉱兄の紅茶に流し込む。
「鉱兄さま、聖の淹れたお茶が飲めないの?」
「……の、飲みます! 飲めます! ……うっ、ぐっ……あ……ぐぇっほげほげほげほ……」
 一気に飲み干そうとした鉱兄さまは上半身を折って咳き込みはじめる。
「聖、そういじめてやるな。メルに鉱をとられたってのは分かるが」
「違うもん。とられたなんて思ってないもん。そもそも鉱兄さまは聖のじゃないもん」
「ご機嫌斜めだなぁ」
 炎姉様が呆れたように呟いて紅茶のカップを口元に運ぶ。が、すぐに静かに口を離した。
「……聖、蜂蜜、多くないか?」
「え? 紅茶って甘い方がおいしいでしょう? 聖いつも蜂蜜大さじ四杯入れてるよ?」
「これも、四杯?」
 聖はこっくりうなずく。
「龍兄にお出しする時も四杯入れてるよ。たまにサービスで五杯。龍兄はおいしいって喜んでくれるよ?」
「……(憐れ龍。妹可愛さに何も言わずに飲んでるのか、それとも聖が作ったものだとなんでもうまく感じるのか)なぁ、鉱、龍って甘党だっけ?」
「いや、あの人は甘いのだめでしょ」
「え、龍兄甘いの大好きだよ? 聖の作ったチョコレートケーキも、パンケーキも、クッキーも、おいしいって喜んで食べてくれるよ」
『……』
 炎姉さまと鉱兄さまは顔を見合わせ、おそらくは龍兄を憐れむような表情をした。
「甘いの、おいしいのに」
 聖はまたぷーっと頬を膨らませる。
「お子様だなぁ、聖は」
 鉱兄さまがもうしないって言ったのに両手で挟んでほっぺたをつぶす。
「聖、お子様じゃないもん。子供じゃないもん。見た目は小さいかもしれないけど、あんまり成長してないかもしれないけど、お茶も淹れられるし、聖刻の国の政治だってちょっとずつお勉強しているもん」
「子供だって言ったのはそういう意味じゃないよ」
 ぽんっと鉱兄さまは聖の頭を撫でる。
「子供扱いしないで!」
「お、反抗期か?」
「反抗期じゃないもん」
 炎姉様まで聖のこと子供扱いするんだから。
 でも、一番子供扱いしてるのは龍兄。あれもダメ、これもダメ。子供は早く寝なさい。龍兄のお仕事教えてって言ったらまだ早いって言われたし。
「聖。鉱が聖のこと子供だって言ったのは、何ができるようになったかは関係ないよ。聖は頑張り屋さんだから、きっとお茶の淹れ方も自分の国の政治も熱心に勉強してるんだろう。そうじゃなくてな、相手の気持ちになれるかどうかなんだよ」
「相手の、気持ち?」
「そ。聖が甘い物好きなのはよくわかる。でも、世の中みんながみんな甘いのが好きってわけじゃない。聖は龍に紅茶の好みを聞いたことがあるか?」
 聖は首を振る。
「だっていつもおいしいって飲んでくれてたよ」
「普段、聖から出されたもの以外に自分から甘いのを食べてるのを見たことは?」
 炎姉さまから尋ねられて、総動員して記憶を洗い直したけど、残念ながらそれらしきシーンは出てこなかった。
「……ナイ」
 あんなに一緒に龍兄といたのに、そう言えば龍兄が自らおやつをほおばってるところなんて見たことなかった。聖のために用意してくれたおやつも、聖があげるって言わなければ手を伸ばそうとしなかったし。紅茶も……パドゥヌが持っていくときは砂糖も蜂蜜もミルクもなしのストレートだった。
「龍兄……甘いの苦手なの?」
「それは、龍兄貴に会った時に直接聞いてみろ。案外、俺様たちが勝手にそう思ってるだけかもしれないし」
「だな。意外と甘いものに目覚めてたりしてな。そういや龍の奴、小さい頃は母さまが焼いたアップルパイが大好物だったしな」
「え、そうなの? 炎姉さま、そのアップルパイの作り方分かる?」
「姉貴が分かるわきゃねぇだろ。料理はおろか、お菓子作りなんてできるように見えるか? このあばずれ女が」
「鉱。あばずれとはなんだ、あばずれとは。それも幼い妹の前で余計なこと言うな」
「聖、師匠を間違うと後が悲惨だぞ」
「鉱!」
 耳元で囁く鉱兄さまを叱責して、炎姉さまはあったかいものでも見るように聖のことを見ながら聖の頭を撫でた。
「龍のこと、好きか?」
「もちろん」
「愛優妃が作ってたアップルパイの作り方を覚えたいくらい?」
「愛優妃は関係ないもん。聖は龍兄の好きなものを作ってあげたいの」
「よし。それでこそあたしの妹だ。今日は急だから、次に来たときに教えてあげる。その代わり材料のメモを置いていくから、次回までに材料を用意しておくんだよ」
「わかった。よろしくね、炎姉さま」
 炎姉さまとのお茶の時間の何が一番嬉しいかって、聖の知らない龍兄の小さい頃の話がたまに聞けることなんだ。
「なるほど。着々と花嫁修業ってわけだ」
「小さいのに殊勝なことだ」
「だーかーらー、さっきから小さいとか子供とか、もう言わないで。聖だって頑張ってるんだから。……頑張ってるんだけど……」
「頑張ってるんだけど?」
「……龍兄は聖のこと、どう思ってるのかなぁ」
 炎姉さまと鉱兄さまは、今日何度目かで顔を見合わせた。
「そりゃ、聖のことは目に入れても痛くないくらいかわいいと思ってると思うぜ?」
「鉱兄さまがメルちゃんを目に入れても痛くないように?」
「そうそう。じゃなくて、そういう親バカな意味じゃなくて……」
「ごまかさなくていいよ。聖分かってるもん。龍兄は聖がどんなに大好きだよーって言っても柳が風に揺れるくらいの反応しかしてくれないもん」
「柳が風……どこの誰がそんなこと言ってたんだ?」
「お城の人たちみんな言ってるもん。そんなこと聖も知ってるもん。分かってるもん。紅茶のこともお菓子のことも、聖空回りだもん」
 聖の大好きは迷惑の押しつけでしかなかったのかなぁ。
 それじゃあ一体どうやって龍兄が大好きだって、大切だって伝えればいいのかな。
「なるほど。女の子アピールは欠かしていないわけだ。でも龍は全然なびかない、と?」
「最近、心なしか冷たい気がするの。お話しようと思ってもお仕事が忙しいってあまり相手にしてくれないし、夜も一緒に寝てくれなくなったし……」
「えっ、夜一緒に寝てたのか?」
「うん。毎晩御本を読んでもらってたよ。雷が怖くてベッドにもぐりこむといつも大丈夫だよって言ってくれたよ。雷がどうしてあんなに大きい音を立てるのかもその時に教えてもらったんだよ」
 炎姉さまと鉱兄さまはうーんと考え込んでいる。
「聖、お前今のその姿何歳だ?」
「十歳、くらい?」
「それならそろそろもう親離れしないとな。たとえ兄でも龍は男だ。聖ももうすぐ年頃になるんだし、一緒のベッドで寝るのはもうやめろ」
「え~。いやだー。聖龍兄の隣じゃないと安心して眠れないもん」
「だーめーだ。そのぺたんこの胸もそのうち膨らむんだし、その時になっても龍にべたべたしてたら龍がかわいそうだ」
「カワイソウ? なんで?」
「なんでってお前、そりゃ龍だって男だし、いくら妹でもお嫁さんにしてーなんて言われて飛びついてこられたら……その、まずいだろ」
「何がまずいの?」
「なにがって……鉱、説明してやれ」
「え、そこで俺様に説明ふるの? ひどくね?」
「いいからオブラート百枚くらいに包んで分かりやすく教えてやれ」
「御無理をおっしゃいますな、姉上。でも、まぁそうだなぁ。聖、龍兄貴を振り向かせたいか?」
「うん、もちろん!」
「それならお前に必要なのは、ズバリ色気だ! 聖には色気が足りない。いや、足りないどころかそもそも色気がない。ゼロだ。皆無だ。これじゃあ龍兄貴だってちっとも嫁さんにしてやろうって気にはなれない」
「そう……なの……?」
 色気、足りないんだぁ。胸元を見ればぺたんこの胸。うっすらあばらさえ浮いている。それに比べて炎姉さまのあの胸の大きさ。腰の細さとぼいんとしたお尻。
「男の人はみんな炎姉さまのような体が好きなの?」
「理解が早いじゃないか、聖。炎姉貴は性格等を除けば、身体だけはこの通りナイスバディだ。格好も女の色気を最大限に見せつけるような露出の高い衣装を身につけているだろう?」
「お嫁さんって色気が必要なの?」
「お前は俺様の嫁様を見なかったのか? あの気品ある美しさ、気立てのよさ、身体だって……ふふふ」
「思い出し笑いはやめろ、鉱。聖、鉱の言うことなんか気にするな。聖もあたしの妹だ。大きくなればきっと龍も振り向くような美人になる。母さまはもちろん、あれでいて海姉貴も実は胸が結構でかいから、将来はその胸も大きくなる」
「あ! そうだ! 俺様いいこと思いついちゃった!」
 懸命に慰めてくれる炎姉さまとは打って変わって、鉱兄さまは急ににやりとした顔を聖に近付けてきた。
「聖、夜這いだよ。龍兄貴に夜這いをかけるんだ」
「ヨバイ?」
「鉱! お前なんてこと言いだすんだ!」
「夜這いってのはな、夜に忍んで愛しい人のところに行くことだ。行けば高確率で想いが通じることがある。だが、今の聖が龍兄貴のところに夜中に行ったって、ドアからこんばんは御本読んで、って言うだけだろう。そうじゃない。そうじゃないんだ。龍兄貴は大人だ。大人には大人の夜の付き合い方がある」
「どうすればいいの?」
 思わず鉱兄さまの話に身を乗り出す。
 鉱兄さまは炎姉さまが止めるのも聞かず、にやにやしながら先を続ける。
「まずは聖も大人になる」
「でもそれはもう何百年も先のことになっちゃうよ?」
「聖は時を操れるだろう? 一晩だけ成長を早めるんだよ。魔法がきついなら時の実を食べるのも手だな。そうだな、十七……じゃあまだちょっとその気にならないな。二十歳くらいでどうだ。うん、二十歳だ。聖は一晩だけ二十歳の姿になる」
「でも龍兄から時の魔法で大人になろうとするなって……」
「いいからいいから。それでだ、龍兄貴の寝室に行くのもドアから入っちゃダメだ。それじゃあ龍兄貴の野郎はすぐに目を覚ましてお前を追い出しに掛っちまう。出来るだけ寝ているところに近づくためにも、〈渡り〉で龍兄貴の寝室に行くんだ。もちろん飛ぶ前も飛んだ後も誰にも見られないようにな」
「分かった」
「それから、その時の格好も重要だ。炎姉貴の格好だとあざと過ぎるが、見えるようで見えないのがいい」
「見えるようで、見えない」
「そうだ。間違っても侍女の服に手を出すんじゃないぞ? あ、いや、それはそれでありかもしれないな。もし侍女の服を手に入れられたら、寝ている龍兄貴の耳元でこう囁くんだ『御主人さま』と」
「『御主人さま』だね」
「そんな明るくはきはき言うんじゃない。もっとしなを作って愛しく切なげに囁くんだ」
「しな? むずかしいよ」
「難しくない。いつも相手にされなくて悶々としてる龍兄貴への想いをこめればいい」
「侍女の服が手に入らなかったら?」
「その時は普通に聖バージョンでいけ。耳元でそっと『龍兄、起きて』って囁くだけで破壊力抜群だ」
「それなら聖にもできそう」
「おっと、耳元に囁くのはベッドに上ってからだぞ? もしそれでも目を覚まさないようなら、いや、聖と分かれば起きていないふりをすることも考えられるが、もしその時は、こうやって龍兄貴の上に……」
「こ、鉱兄さま!?」
「いい加減にしろ!」
 スパンと炎姉さまに頭をはたかれて、鉱兄さまは涙目になって聖の上から起き上がった。
「痛ってぇ。こっからがいいとこなのに。名付けて夜這い大作戦!」
「阿呆。冗談にもほどがあるわ。くだらないことをこれ以上聖に吹きこむんなら帰るぞ」
「え、帰っちゃうの?」
「だな。そろそろ日も暮れるからな」
「さみしいな」
「そんなにさみしいなら、龍に会いに行けばいい。夜這いなんて方法じゃなく、ちゃんとドアからこんばんはするんだ」
「会いに行っていいの?」
「龍だってお前が可愛いんだ。来れば喜ぶだろうよ」
「そうかな」
「そうだよ。でも身体に無理はさせないように」
「うん。ありがとう、炎姉さま。鉱兄さまもありがとう」
「健闘を祈る」
 にかっと笑った鉱兄さまに、実行するかどうかはともかく笑い返して、聖は二人を見送った。
 身体に無理はさせないようにって言われたけど、今から翡瑞に迎えに来てって言っても明日になっちゃうよね。
 〈渡り〉、使っちゃおうかな。
 天龍城なら隣の国だし、今日は体調もいいし、きっと大丈夫だよね? 行くならパドゥヌに見つからないように夜中に出よう。夕飯もしっかり食べて、出来るだけ早くベッドに潜り込むんだ。
 パドゥヌを心配させないように。
 見つかって止められないように。
 静かに、こっそりと。
 龍兄が、本当に眠りについてしまう前に。
「あれ、鉱兄さまったらせっかく用意してたお土産忘れてった」
 テーブルの上にぽつんと残された鉱兄さまとサヨリさんへの手作りクッキーを手に、聖は鉱兄さまを追って外に出た。
 鉱兄さまと炎姉さまの姿を見つけるのは簡単だった。先回りしてしまったらしく、二人は話しながらちょうどこちらに向かってくる。
「もしかしたら龍兄貴の困った顔が見られるかもしれねぇな。ふふふ」
 もしかしてさっきの話の続きをしてるのかな。
 思わず壁際に身を隠して耳をそばだてる。
「どうかな。あいつの鉄壁の理性はそんな付け焼刃の聖の色気じゃ崩せないだろ」
「そうかなぁ。もし寝ぼけ眼にちょっとでもいいなって思ったら、アヤマチまではいかないだろうけどさ、意識するきっかけにはなるんじゃね? 将来は……みたいな。想像が容易になるじゃん」
「お前の頭が単純なんだよ。ほんとにアヤマチが起きたらどうするんだ」
「え、姉貴そっちの心配? ないない。あの龍兄貴に限ってないって。妹としてべた惚れなんだぞ?」
「べた惚れだからだ。妹に見えなくなったらどうするんだ」
「聖万歳じゃん」
「ばか。お前は聖が可愛くないのか?」
「可愛いから妹の恋路を応援してるんだろ?」
「あれは恋のこの字もまだ知らないよ。なのに龍が意識しはじめたら……」
「両想い」
「その行く末は?」
「……姉貴は後悔してんの?」
「……何をだ?」
「なんでも。ま、龍兄貴に限ってナイナイ。ユジラスカに愛人だっているんだから、欲求不満を妹にぶつけたりはしないっしょ」
「なんてことを言うんだ。まだ聖刻城内だぞ。聖に聞こえたらどうする」
「お見送りの後までくっついてくるようなことはないって」
「使用人の口から洩れたらどうする」
「あ、そっか。まあ大丈夫。聖は実行しないよ。龍兄貴に魔法で大人になろうとするなって禁じられてるんだろ? 龍兄貴の言いつけ破るような悪い子じゃないって」
「……だといいがな。にしても鉱、お前、子持ちになったのに相変わらずの軽さだな。そんなんじゃサヨリ殿に早々に見切りをつけられるぞ」
「だーいじょうぶ。サヨリと俺様は強ーい愛の絆で結ばれてるから」
「ごちそうさま。それじゃああたしはこっちに玄熾を待たせているから」
「いつでも腹いっぱいにさせてやんぜ? 風にもよろしくなー」
「なっ。別に今夜は風と会う約束は……」
「いや、明日とか来週とか今月とか、会う機会があったらって意味だよー」
「ちっ。お前もサヨリ殿によろしく。メルもいるんだからしっかり父親しろよ」
「おう」
 鉱兄さまは炎姉さまに手を挙げて応え、わたしの前を通り過ぎていく。
 聖は、鉱兄さまの背中を真っ直ぐに見られなかった。
 見たら引き留めて聞いてしまいそうだったから。
 ユジラスカの愛人って、誰? 龍兄の何なの?
 分からないふりをして聞いてしまいそうだった。
 愛人。
 それって、好きな人のことだよね?
 龍兄の、お嫁さん候補?
 一言も……聞いたことがなかった。お城の人たちも何も言わなかったよ。
 でもね、たまに夜いないことがあるの。
 本当にたまーにだけど、昔から、今日は忙しいから徹夜するって言って一緒に寝てくれない時が。
 明け方に帰ってくることもあるよ。
 そんな時はいつも聖の部屋にそっと入ってきて、聖の寝顔を見ていくんだよね。すると嗅いだことのない花のいい香りがふわっと鼻にかかるの。いい匂いだなぁって思いながらまた眠りに就くんだけど、それって愛人さんの香りだったのかな。
「よぉ、秀稟、待たせたな」
 手の中のクッキーは、結局鉱兄さまに渡せなかった。













←第2章(3)  聖封伝  管理人室  第2章(5)→