聖封神儀伝 2.砂 剣
第2章  捜し物、二つ。


「いやぁ、みんな、悪ぃ、悪ぃ」
 照れ隠しに頭をかきながら部屋に戻ると、部屋にはまださっきのメンバーが全員残ってくれていた。
 結構時間経っちまってたし、昼間なんか俺様一人人身御供に差し出しちまうような奴らだから全員解散して帰っちまっててもおかしくないと思ってたけど、ほんとはみんな情に熱い奴らだったんだなぁ。
 なんて思ったのも束の間、
「ひどい顔ね。ちゃんと顔洗った?」
 早速藤坂から容赦ない一言が投げつけられる。
「洗った洗った。こすれて血が出るほど洗った」
「あらほんと、こすりすぎて目が一重になってる」
「そんな腫れぼったい目で助けに行ったら、お姫様泣いて逃げ出しちゃうんじゃないの?」
「ぅえっ? そんな」
 光までひどい。
「待っててくれるようなタイプだったらいいがな。案外もう鉱土の国平定してあの蝙蝠男も隷従させてるんじゃないか?」
「星、佳杜菜ちゃんは猛獣使いじゃないから。あー、もう、みんなひどいな。せっかく待っててくれたーって感動してたのに」
「尽きない父さんへの愚痴を聞いてもらっていたら、ついついお引き留めしてしまっただけですよ。ね、シャルゼス?」
「そういうこった」
 おいおい、実の息子にスパルタ家庭教師までずいぶんと冷たいじゃないか。こんななら戻ってくるんじゃなかった。腹減ったし。
「ああ、そうだ。誠。捜し物の一つ目、サヨリのことってのが砂剣の秀稟のことを思い出す鍵だったってのは分かったけど、二つ目の娘の居場所って、お前何か心当たりあるのか?」
「そうだな。あるといえばあるかな。気付かないのはお前だけだろうけど。それに関しては追々分かればいい」
「分かれば? 思い出さなくていいのか?」
「闇獄界に攫われた娘の居場所を、抜け殻になったお前が見つけ出したという話は聞いていない。闇獄界に行かせてほしいと聖刻法王に泣きついた話なら聞いたが」
 聖に?
「行けたのか?」
「行けなかったはずだ。聖刻法王が自ら闇獄界にゲートを開くことはあり得ない。大の愛優妃嫌いだからな。わざわざ母親に会いに行ったと誤解されるのも癪だったんだろう。そこまで勘ぐりゃしないのに警戒心の強いことだ」
 そりゃそうか。聖がわざわざ世界の境界をまたぐのに協力してくれるわけもない。それも一度も会ったことのない母親がいる世界、なんてのは死んでも願い下げだろう。
 正気なら絶対頼みやしなかったのに。
 やっぱ、普通じゃなかったんだな。あの頃の俺様。
 でも、連れ去られた娘を見つけるためなら何だってしただろう。あの期に及んで正気など保っていたら何もできない。
 闇獄界に繋がっていそうな時空の歪を探して彷徨ったり、愛優妃が闇獄界に行く方法を聞き出そうとしたり。
 結局なにも有力な情報など得られなかったのだろう。
 人々の憐れむ目ばかり覚えている。
 でも鉱は、他の奴になんて思われようともどうだって良かったんだ。憐れまれようが、変人奇人と謗られようが、狂ってしまったと後ろ指さされようが、他人なんてどうでもよかった。失ってしまったもののことしか見えちゃいなかった。
 シャルゼスが殴る気さえ起きなかったというのも道理だ。
「ふむ。じゃあ、メルのことは追々分かるのを待つことにして。工藤、」
 視線を変えて工藤を見ると、工藤はびくりと肩を震わせて警戒心もあらわに俺様を見た。
「な、なんですか?」
「そんなにビビるなって。さっきはやりすぎたよ。悪かった。さっきの話はとりあえず横に置いといてやるから……」
 安堵したのも束の間、次は何を要求されるんだろうと工藤はまた表情を緊張させる。心なしか部屋中のみんなが息を呑んで俺様を見つめている。
 んな大したこと言うつもりもないんだけど。
「腹減った。何か食わしてくれ」
 さくっと言うと、みんなの口からは安堵のような呆れたような溜息が洩れ聞こえた。そして大火傷から回復した藤坂を筆頭に噛み殺しきれない笑い声が聞こえはじめる。
「笑ってるけどなぁ、みんな時計見てみろよ。七時過ぎたぜ? いい子は夕食の時間だろ。合宿所の夕食は六時からだから間に合わないし。俺様、もう腹減って腹へって思考能力ゼロ」
「三井、彼女のこと心配じゃないの? てっきり三井が戻ってきたら、鉱土の国に行くぞーって流れになると思ってたんだけど」
 あからさまに呆れながら河山が言う。
「そりゃ心配だよ。だけど何も食わねぇで向こう行ったって、途中で力尽きたら終わりだろ? 次いつ食えるかわかんねぇし。行く前にしっかり腹ごしらえしとかねぇとよ。まぁ、それに、佳杜菜ちゃんのあの様子だと大丈夫なような気がするんだよな。蝙蝠男も佳杜菜ちゃんには好意的に見えたし。少なくとも明日のお昼までは無事に生かしといてくれるだろ」
「楽観的だなぁ、それ。誘拐犯の中には攫った直後に殺しちゃう奴もいるんだよ? その上でしっかりもらうもんはもらってさ」
「縁起でもねぇこと言うなよな、光。大丈夫だって。お前の言うとおり、蝙蝠男がそういう奴だったらとっくに殺されちまってるってことだろ? 焦ったってしょうがねぇよ」
 とにかく食わなきゃ動けない。いい案だって浮かぶ気がしない。鉱土の国に行ったって、サヨリの墓のところまで辿りつける気がしない。何より、昼間からの混乱した事態に一区切りつけておきたかった。
「分かりました。すぐに用意させましょう」
 そう言って工藤は部屋を出ていく。
「さて、飯を食ったら俺様は鉱土の国に行く。秀稟を解放して佳杜菜ちゃんを助けに行く。だけど、俺様一人じゃ鉱土の国に行くことすらできない。今日はこんな一日で疲れてるとは思うが、頼む、みんな、俺様に力を貸してくれ」
 ぱんっと両掌を胸の前で合わせて俺様は頭を下げる。
 頭を、下げ続ける。
 あれ、反応がない。
 え? なんで? こういうときって「いいよ、友達じゃん」とかなんとか感動するような言葉が並ぶもんじゃねぇの?
 俺様は恐る恐る半分顔をあげてみんなを見回した。
「あのう……みんな?」
 何でにやにやしてるんだ?
 俺様の顔に何か変なもんでもくっついてんのか?
「徹、それに関してはさっき徹がいない間にみんなで話し合って決めておいたんだ」
 織笠が俺様の肩をぐいっと押し上げて両手を解かせる。
「こういうの、三井一人には荷が重いだろ」(葵)
「三井君一人じゃあ頼りないものね」(桔)
「そうそう。さっきも俺様に任せといてとか言いながらまんまと彼女連れてかれたしね」(光)
「いや、言ってねぇよ。星が勝手に人身御供にしてくれただけだよ」
「それくらい言えない奴が、一人で鉱土の国行って人助けてこようなんて、百年早いよな」
「待って、星までひどい。お前、今日ほんとひどい」
「そういうわけだからさ、三井と一緒に鉱土の国行くメンバー決めといたよ」
 へこまさせられつづけた俺様を、最後の最後で河山の一言が掬いあげた。
「え、ほんと?」
 期待に目を輝かせつつ、どこかでオチが待ってるんじゃないかと警戒して辺りを見回す。きび団子を持たされるだけとか、おまけで猿、キジ、犬が用意されてるとか。
 だけど、そんな警戒も杞憂だった。
「まずは鉱土の国への行き方だけど、錬がいつも使ってるゲートが錬の別荘にあるんだって。今回はそれを使わせてもらうことにした」
 説明を始めた織笠の第一声に安心しつつ、俺様はすっかり現代日本になじんだアラブ系の青年を見た。
「そうだ、錬。お前、どうして人界こっちにいるんだ? 別荘まで持ってるってどういうことだよ」
「神界にいると煙たがられることが多くなってきたので、たまに人界に来て羽を伸ばしているんですよ」
「お金は?」
「鉱土の国で採れた金がこっちでいいお値段で売れるんですよね。得た利益で別荘を買ってこっちの活動拠点にしたり、生活費にしたり、余った分で株の投資をはじめたり」
「株……」
「あれ面白いですよね。いろいろとデータを整理するとはっきりその株の癖が出てくるんですよ。後はバックグラウンドにある国政状況や経済状況を鑑みながら山を張れば面白いように儲かります」
 錬……あのもやしっ子が大きくなって、現代人界で株をたしなむに至るとは。
「てか、お前もしかして億万長者ってやつじゃねぇの?」
「そうですねぇ。最近納税者番付にも名前が出ちゃって困るんですよねぇ」
 いや、ちっとも困った顔してねぇよ。
 ったく。隠居暮しにかこつけて一日中暇だから株価の動きに敏感に対処できるんだろ。それで儲けてりゃ世話ねぇや。
 この際戸籍はどうしたとか云々は突っ込まないことにしておこう。蛇の道は蛇とかはぐらかされて終わるに違いない。
「それで、行くメンバーだけど、さすがに全員割いてしまうとこっちで何かあった時に対処できないから、適当に分けてみました」
「おう。で、誰が一緒に来てくれるんだ?」
 織笠がじっと俺様を見つめる。
「誰も一緒に行きたくないって」
「えっ!?」
 そんな、まさか。そんな、まさ、か。
「嘘だよ、嘘。僕もちょっと徹のこと困らせてみたくって。ごめんね。だっていちいち表情が百面相してて面白いんだもん」
「あー、この切羽詰まってるときに人の表情で楽しまないでくれますか、育兄貴」
「わー、ごめんごめん。悪かったって。でね、メンバーなんだけど……ねぇ、やっぱり僕から言うとつまんなくない?」
「ウケなんか狙わんでいいから、もったいぶらずにさっさと教えろっ」
「織笠、誰が言っても同じだから。ウケ狙いのメンバーじゃないし」
「そう? 河山がそう言うなら」
 織笠……俺様より河山の言うことに頷くのね。
 ううう、河山の方が昔は弟だったのに。そんなに俺様は頼りないかよ、めそめそめそ。
「徹が泣きそうだからさっさと言っちゃうね。まずは鉱土の国を案内してもらうために錬。キルヒース山頂までは徒歩で登らなきゃならないから、夜道を照らす灯をつけてもらうために科野さん。相手の藺柳鐶は爆弾使いということで、焼け石に水かもしれないけど藤坂さん」
「御指名頂いたからにはちゃんと働くわよ」
「戦闘は科野さん、治癒は藤坂さん中心で。加えて対爆弾の防御結界を張るために河山。河山は戦闘も治癒もできるから状況に応じて切り替えて」
「ラジャー」
「それから、本人たっての希望で誠君」
「徹が逃げ出さないようにちゃんと監視してやるからよろしく」
「誰が逃げ出すかよ!」
「以上。だけど徹、他にほしい人いる?」
 俺様はちらりと星を見た。
 親友だろう? 来いよ。来てくれよ。お前がいると心強いんだよ。
 いや、藤坂たちだけじゃ心細いっていうんじゃないけど。
 星は一度視線を合わせて静かに逸らす。
 だよな。お前はいま守景のことが一番心配なんだよな。
 そりゃそうだ。
 鉱土の国なんて異世界行ってる場合じゃないよな。できることなら、今すぐにでも病院に駆けつけたいところだろう。
「いんや。十分だ。錬、科野、藤坂、河山、誠、よろしく頼む」
 俺様はもう一度頭を下げた。
「任せなさい」
 科野がゴリラのように胸を叩き、みんなが力強く頷いて見せたところで、工藤が夕食の準備ができたと報せに来てくれた。













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