聖封神儀伝 3.砂 剣

第2章  捜し物、二つ。



「守景さんは意識が戻らないので病院に入院させました。弟の洋海君がついてくれています。東京のご両親にも連絡は済ませました」
 抑えたトーンで告げる工藤の声を、俺様はぼんやりと聞いていた。草鈴寺に治療を受けている藤坂や科野、光、それに錬に治癒されている星や織笠、河山も沈痛な面持ちで俯いている。
 あれから消防車やパトカーや救急車、果ては爆弾処理班までやってきたらしいが、俺様たちは工藤に回収される形で工藤のペンションに連れてこられていた。
 サッカー部の奴らは火傷や軽い難聴やちょっとした興奮状態にはなっているらしいが、全員命は無事だったらしい。気をまわした工藤がさっき教えてくれた。
 無事でよかった。
 でも、全員ってわけじゃない。
 今、ここにいる奴らはみんなどこかしら大きな怪我を負っていた。そりゃそうだ。あれだけ大きな爆発に巻き込まれて命が無事だっただけでもありがたい話だ。それでも、藤坂の大火傷と光の骨折は見るに堪えない。多分俺様が一番まともな状態じゃないだろうか。
「意識が戻らないって、頭かどこか打ったのか?」
 星がひどく抑え込んだ声で問いただす。
「外傷は軽度の火傷と倒れた時についたと思われる擦り傷だけです。レントゲンでもMRIでも異常は見つかりませんでした。おそらく魔法の負荷が大きすぎたのでしょう。それにあんな極限状態でしたから、精神的なストレスも大きかったのではないかと」
「眠れば治るのか? 意識はちゃんと戻るんだろうな?」
「今はなんとも」
 科野の詰問にも工藤は言葉を濁す。
「治癒でも人の意識は戻せないのか。覚えとこーっと」
 治癒で骨はくつけられたもののしばらく安静を告げられた光がソファに横になったままふいっと顔を逸らす。
「治癒は物理的なものを治すだけだから」
 すまなそうに草鈴寺は言っているが、草鈴寺が無事で治癒全般を受け持ってくれなかったら今頃俺様たちはもっとひどいことになっている。
 一通り全員の治癒が済んだところで、草鈴寺は再び藤坂の大火傷の治癒の仕上げにかかる。
 とりあえず動ける状態にはしてもらったものの、元気までは取り戻せなかったらしく口を開くものは誰もいない。暗い表情でそれぞれ何かを考え込んでいる。きっと多分守景のことだ。どうしたら守景を助けられたのか考えているに違いない。
 あるいは、藺柳鐶の標的にされて人界に呼びこんじまった俺様への恨み節を心ん中で呟いているか。
 っと、思考がマイナスだぜ。
「三井、あいつとどんな話をしていたんだ? 爆発する前、何か話しこんでいただろ?」
「ああ。いろいろとな」
 重い沈黙を破ったのは河山だった。至極建設的な流れだ。
 そうだ。俺様は明日の正午までに鉱土宮に行って佳杜菜ちゃんを取り戻してこなきゃならない。そのためには砂剣のことも思い出さなきゃならないんだが、ここまできてこれがまたとんと思い出せない。一人じゃ思い出せないような気がするんだよな。それに、一人じゃ佳杜菜ちゃんを取り戻せる気もしない。
 弱気?
 いやいや。賢明な判断と呼んでくれ。
「あいつの名前は藺柳鐶。闇獄十二獄主の一人〈怨恨〉だそうだ。俺様に魔法石をよこせと言ってきた。俺様の魔法石を壊せれば、自分は獄炎にまかれて消えなくてもいいんだそうだ。その代わり魔法石を渡せば俺様が消える。工藤、魔法石持ってる法王と闇獄主ってのはそういう関係なんだろ? 聞いてないぞ、俺様たち。光は知ってたか知らないが、どういうことだよ。大昔、俺様たちが生まれた時に魔法石授けた時から仕組まれてたことなのかよ?」
 工藤は目を伏せたまま長らく言葉を慎んでいた。言おうか言うまいか迷っているらしい。
「答えろよ。事実なんだろ?」
 俺様が急かすと、ようやく工藤は口を引き結んで観念したように頷いた。
「おまっ、自分の子供の命なんだと思ってんだよ!」
 工藤が統仲王自身じゃないってそんなの分かってる。分かってるが、俺様は工藤に掴みかからずにはいられなかった。
「生まれた記念のただの綺麗な石ころかと思いきや、自分の魂が封じ込められてるって言うし? 精霊王との契約に使い? 守護獣との契約に使い? 転生してもバッチリくっついてきちゃってるし? 挙句、闇獄主との見えない赤い糸で結ばれていました、壊されたら終わりですって、なんじゃそりゃっ」
 どんっと壁に押し付けても工藤は呻き声一つ洩らさなかった。
 上等だ、コラ。
「徹、消えるとか終わりって、どういうことだ?」
「そのまんまの意味だ。魂が消滅する。俺様たち法王が玄武や蒼竜や魔法石を変化させた武器で闇獄主に致命傷を与えれば闇獄主の魂が消滅する。その逆なら俺様たちの魂が消滅する。つまり、転生ができなくなる。永遠に消えるんだ、この世から」
「永遠に……」
 織笠が呟く。
 光は予想通り何も言わない。あんにゃろ、知ってたんだ。
 でも光はもう自分の命を脅かされる心配はない。何を代償にしたかは聞くつもりもないが、あいつらに対になってる闇獄主はもういない。
「織笠、育兄貴が魔法石をもらったのっていつだった? 生まれた時から持ってたか? それとも後からもらったのか?」
「後から、だったかな。前からだったかな」
「藤坂は?」
「どうだったかしら」
 ちっ、長男長女は安定志向でいけねぇ。統仲王前にビビってんのかよ。とぼけんなよな。
「星は? 科野は?」
「そんなこと聞いてどうする」
「俺様たちはそのために生まれたのかって聞きたいんだよ!」
 俺様は勢いに任せてもう一度工藤を壁に打ち付ける。
「やめて。もうやめて、これ以上は」
 草鈴寺が工藤を庇いに俺様との間に入る。
「維斗は統仲王じゃないよ」
「でも知ってんだろ? 統仲王のこと。教えろよ! 隠すなよ! 俺様たちのことだろう?」
 草鈴寺のことは無視して俺様は工藤に問う。
 工藤は静かに草鈴寺を脇に押しのけて俺様の前に立った。
「はじめからです。魔法石を渡した時期はそれぞれですが、全て初めから計画していました。人界を造った時から闇獄界が必要になることも、闇獄界の巨大化を食い止めるためにも闇獄主を創り出し、昇華させなければならなくなることも、全て予測されていたことでした。そのために、あなた達が必要になることも」
「人界を造った時からだと? ならなんでそんなもん造ったんだよ! 神界で楽しく暮らしてりゃよかっただけじゃねぇか」
 工藤は一度口を開きかけ、目を逸らしてまた閉じる。維「神様に、なりたかったんです……僕も愛優妃も、神様の真似ごとがしてみたかった」
 また何か隠しやがった。
「言えよ! 何でそんな厄介なことになるってわかってて人界造ったんだよ。何でそんな不完全なもん造ったんだよ。神サマだろ? 創造主サマだろ? 何で完璧なもん造んなかったんだよ!」
「創れなかったんです。僕たちは……本当の……」
 痛恨の極みという表情で工藤が言いかけたところだった。
「失礼しまっす。お茶お持ちしましたー」
 ノックもそこそこにドアを肩で押しあけて入ってきたのは、お盆に十一人分の麦茶をのせた……え、誠?
「誠、お前なんで!?」
 守景のことは言えないが、こういう場に弟とか肉親が現れるとえらくビビるな。心臓がドキドキ言ってるぜ。
「ん? あー、言ってなかったっけ?」
「一週間泊まりでバイトに行くっては聞いてたけど」
「そ、ペンションのお手伝い。ね、夏城さん。お疲れさまっす」
 学校違いの年子の弟は、すでにバイト仲間として挨拶済みだったらしい星の前に氷の浮かんだ麦茶を置く。
「星、聞いてないぞ」
「知ってると思ってたからな。わざわざ言うこともないかと思って」
 何度か家に来たことのある星は誠とも顔見知りだ。
「いやぁ、深刻な話をしてるとこすみません。バカ兄貴の怒鳴り声が聞こえたもんで」
「バカ兄貴言うな!」
「だってバカじゃん。そんなでかい声でぎゃんぎゃん騒いで。何の解決にもならないっしょ。魔法石がどうのって追及したところで彼女さん取り戻せんの?」
「おまっ、なぜそれを……」
 俺様が工藤を見ると、工藤はふいっと視線を逸らす。
 お前か。お前が喋ったんだな。
「まだ彼女じゃない」
「あー、そっか。でも、徹に言い寄ってくる女なんて後にも先にも彼女くらいじゃないの? 稀良、佳杜菜さんだっけ? 私立横神女学館中等部の三年生」
「おまぇ、そこまで……」
「徹、お前が今しなきゃならないことはレアな彼女を取り戻すことだ。そのためにお前は二つのものを捜しださなきゃならない。お前が前世で失ったもの、妻と娘だ」
「……何で、そこまで知ってんだよ」
 俺様は警戒心から無意識に一歩誠から離れている。
 これまたなんかいやな予感が。
「妻に関しては現世の魂はすでに見つけてるらしいからいいとして、前世の遺体を埋めた場所だな。まずはそれを思い出せ」
「サヨリの……亡骸を埋めた場所? え、ちゃんと墓とか作ったんじゃないのか?」
「これだ。妻に関する記憶がすっかりすっ飛んでやがる。錬、教えてやれ」
 誠の奴はだんだん口調もぞんざいになっていって、ついには錬まで呼び捨てで名指しした。が、錬は文句を言う気配もない。
「母さんのお墓はありません。いえ、作っていなかったと言った方がいいでしょうか」
「死ぬのが早すぎたからだろ?」
「いいえ、父さんと母さんは初めからそのつもりはなかったようですよ。母さんにはお気に入りの場所があったのでしょう? いつか死んだらそこに眠るのだと母さんから聞いたことがあります」
 サヨリの、お気に入りの場所……
 ……
 ……………………
「ああ、いい。今すぐ思い出さなくていい。お前、どんだけ深く記憶封じ込めた? そんなにショックだったのか?」
「あ、当り前だろう? ショックなんて言葉だけじゃ言い表せないくらいだ。全部、俺様はあの時全部を失ったんだ!」
「それは、生き残った一人息子の前で言うことじゃない」
 はっと気づいて俺様は錬を見た。
「いいんですよ。父さんがそれくらい母さんを愛してたことは知ってましたから。姉さんのことも目に入れても痛くないくらいかわいがっていましたよね」
「そ、それは……錬が可愛くなかったとかいうわけでなくやっぱり女の子は男親にとって特別だったし……」
「分かってますって。娘もいましたから」
「いましたって、お前」
 過去形かよ。言いかけて口を噤んだ。
「二人娘もいましたが、二人とも母さんの遺伝子を色濃く引いていたみたいで、人と同じく愛する人の元に嫁して子供を産み育てておばあちゃんになって死んでいきましたよ。ざっと五百年くらい前の話ですけど。その孫も最近ぱたぱたと死んじゃって、ひ孫や玄孫もいますけど、やっぱり孫くらいまでですかねぇ。親しく可愛がれるのは」
 はぁ~っと錬は呑気に麦茶を飲みながらため息をつく。
 こいつ、想像以上に波乱万丈な人生送ってるよな。子供看取って孫も看取って。まあ、初めから想像なんて及ばないところで生きているってのは分かってたんだけど。ほんとは俺様だけでも生き残っているはずだったのに。
「サヨリのお気に入りの場所、思い出せないのか?」
 誠が咎めるように俺様を見る。
 秀稟という奴のことが思い出せないと言った時の錬や藺柳鐶の目とおんなじだ。
「秀稟……そうだ、秀稟って誰だ? それが思い出せればきっと……」
「きっと、なんだ?」
 誠は俺様の前につかつかと歩み寄ってきたかと思うと、グーでがっつり俺様の顔を殴った。殴り飛ばされた俺様はさっき工藤を追い詰めた壁にぶつかって床に転がる。
「俺はお前を許せないと思っていることがある。俺よりも馬鹿なくせに、勉強もまともにしないくせに岩城に入ってることよりももっと許せないことだ。お前、秀稟のことをなんだと思ってやがる。お前は確かにサヨリが死んだ時に自分も死んだ気になってたかもしれん。だがな、死ねない自分の代りに秀稟をサヨリの墓守にするとはどういう料簡だ! 秀稟は生きてるんだ。お前の分身くらいに親しく思ってたかもしれないが、秀稟はお前じゃない。どんなに秀稟がサヨリのことを親しく思っていても、それはお前がつけこんでいいことじゃなかったんだ。愛する者を失ってどんなにとち狂ってても、秀稟の命に限りがないと知っていたとしても、生きながら死ねなどと命じる主人がどこにいる! そんなに側にいたかったならお前がずっと側にいてやればよかったんだ。どうせ残されたお前の後の神生は抜け殻だ。何もしちゃいないし死ぬことしか考えてなかった。鉱土の国が今でもあるのはそこの錬が腑抜けた親父の代わりに必死に国を支えたからだ。抜け殻になったお前は仲良くサヨリの抜け殻と余生過ごしてればよかったんだよ。サヨリの魂だってとっくに輪生環に入っていたがな」
「痛ってぇ」
 口ん中が切れたのか血の味がする。こりゃ唇の端も切れてるな。
「三井君、傷を」
 心配そうに草鈴寺が手を伸ばしてくるが、俺様はそれを押しのけ、よろよろと立ちあがった。
「おい、どうしてその腑抜けた時に殴んなかった? そん時の俺様は殴る価値もないほどダメな奴だったか? 哀れだったか? なぁ、シャルゼス」
 目の前にいるのは誠じゃねぇ。錬を呼び捨てにし、兄弟でも夫でもないのにサヨリのことを呼び捨てにし、秀稟のことを心配し、俺様に向かってこんな暴言吐ける奴は、小さい頃から俺様をスパルタ教育してくれた影のシャルゼスしかいない。
「ああそうだ。あの時のお前は殴る価値もなかった。殴って正気取り戻すんなら何回でも殴ってやったさ。でもあの時のお前は誰の言葉も何も聞こえちゃいなかった。痛みも温もりも何も感じちゃいなかった。何も見えちゃいなかった。だから、俺はお前に最期まで何もしてやれなかったんだよ!」
 悔し紛れにシャルゼスはがなった。
 誠がシャルゼス。ずいぶん近くにいてくれたもんじゃねぇか。まだ見捨てられたわけじゃなかったわけだ。
「教えろ、秀稟はどこだ?」
「サヨリの亡骸のところにいる。場所はお前しか知らない。もしかしたらサヨリの転生が覚えているかもしれないが、今は会えないんだろ?」
「秀稟は……俺様の守護獣だな?」
『親方様』
 腹の底か記憶の底か。幼い少女の慕わしげな声が聞こえた気がした。
『親方様、奥方様ーっ』
 じゃれつくようにはしゃいだ子供の声。
 秀稟は、サヨリのことが好きだった。
『このおだんご、奥方様に結ってもらったんですよ』
 頭の上に二つのっかったおだんごと飾りにつけられたピンクのリボンを嬉しそうに撫でていた幼い女の子。
「ああ、秀稟……お前か。砂剣が、ないはずだ」
 守護獣の秀稟が変化したのが砂剣だったんだ。サヨリとの結婚式の時、俺様は砂剣となる秀稟をサヨリの守りにしようとした。でもサヨリは自らの血で秀稟と契約を結び、俺様を守るように秀稟に頼んだ。その言葉通り、秀稟はシャルゼスの力が込められた玄武とともに俺様のことをずっと守ってくれた。俺様は砂剣をサヨリと子どもたちを守るんだって信念のもとに振るうようになった。
 砂剣は、俺様たちの大事なものを守る剣だ。
「思い出したか」
「俺様、あんな小さい子を一人ぼっちにしたの? それもサヨリの亡骸と一緒に?」
「そうだ」
 うわぁ。
 さすがにそれはないわ。それは、どうかしてる。生き還るわけがないって知っているのに、魂は転生のためにもうそこにはないと知っているはずなのに。知っていることと想いとは別なことなのかもしれないが、それでも、理性の一欠片くらい残っていたなら、そんなことはしなかっただろう。出来るはずがない。
「場所は?」
 それはまだ、と言いかけて、目の前にクリーム色の花びらの吹雪が現れた。粉雪のように小さな花弁が風に吹き荒れて、その隙間から一本の木が見える。クリーム色の花をたくさんつけた木だ。
 あれは……槐?
 街路樹なんかによく生えてるあれだよな?
「槐って確か……」
「サヨリの象徴花だな」
 誠の言葉にサヨリの声が重なった。
『恨まないでくださいましね。誰も、恨まないでくださいまし。闇獄界の人たちも、鉱土の国の人たちも、貴方自身も。恨めば貴方自身が傷つきます。だから、どうか……誰も恨まないでくださいまし……』
 恨むななんて、そんなこと言うな。
 じゃあ俺様はどうしたらいい?
 この身体の中に渦巻く黒い想いをどうしたらいい? なかったことにしろと? 消してしまえと?
 どうすれば消せる? 消えないだろう?
 君が生き還らない限り、この想いは消えない――!!
 ならばいっそ、君を失ったことすら、忘れてしまいたい、よ……。
 ぼろぼろと俺様の身体を使って鉱が泣いていた。
 思い出したくなかった。サヨリを埋めた場所なんて。サヨリの死を自覚させられる場所なんて。
 思い出したところで生き還らせられるわけじゃない。
 サヨリの死とともに記憶の底に葬ってしまえばよかった。二度と思い出さない記憶の深淵に重石をつけて沈めておけばよかった。
 もう何もいらないと心が拒絶した。何もいらないと身体も拒絶した。喜びも悲しみも怒りも楽しみも、何もいらないと。
「キルヒース山頂、結婚記念に植樹した槐の根元だ」
 心がひしゃげてしまいそうになりながら、俺様は呟いた。
 ああそうだ。こんなに深い想いなら抱えたままではとても生きていけなかっただろう。永遠に続くのだと思っていればなおさらに忘れたふりをするしかなかったのだろう。
「そこから鉱土の国を見守りたいから、と。だから、そこに埋めた。サヨリの、希望通り、そこに……」
 後はもう言葉にならなかった。
 次から次へとあふれ出る涙は一千年以上封じ込めていた想いを昇華するにはまだ足りなかった。こらえきれずに出る嗚咽に口元押さえて、「ごめん」と言葉を残して俺様は部屋を出る。
 そのまま階段を駆け下りて黄昏時も過ぎた宵の空の下に出る。
 西の空の稜線沿いにうっすらと今日の光の残滓が残っている。
 サヨリを埋めるための穴を掘りはじめたのも、確かこんな宵の空の下だった。
 そう思うとまた涙があふれてくる。
 呻き声をあげながらむせび泣く鉱に、俺様はそっと語りかけてやった。
「鉱、サヨリはいるよ。ちゃんと生まれ変わっていたよ。かわいい女の子だ。ちゃんと俺様のことを見つけてくれたよ。だから鉱、好きなだけ泣いて気が済んだら、彼女を助けに行こう。今度こそ彼女にふさわしい男になれるように、俺様頑張るからさ」













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