聖封神儀伝 3.砂 剣
第1章 真夏の異変
 ◇

 運命なんて嫌いだ。運命なんてろくなもんじゃない。運命なんて……
「三井さん、三井さん! 監督が呼んでいますよ!」
 ベンチの後ろにいた洋海に小突かれて、俺様はようやく我に返った。
 うおぉ、俺様としたことがらしくねぇ。
 応援席には佳杜菜ちゃんも来てるってのに、練習試合遅刻でいいとこ見せられない上にぼんやり放心してるとこなんか見られた日にゃあ、試合終了とともにたった半日足らずの青春まで終わっちまうぜ。
 青春?
 いやいや。そもそもこれを青春と呼んでいいのか?
 サヨリに捕まったらもう逃げられない予感はしてたじゃないか。それもあの佳杜菜ちゃんの様子じゃ、どう見ても放してくれそうにない。俺様が鉱だってばれたらそれこそ一巻の終わりだ。俺様の短い独身時代よさようなら。
「短かったなぁ」
「何だ、三井、そんなにベンチをあっためていたいのか? それなら別に……」
「ぅわわわわわ、出ます! ベンチすっかりあったまっちゃって暑かったんです! なぁに、監督、遅れて来た分きっちり取り返しますよ」
 監督の肩をばしばし叩いて、いざコートの芝生を踏む。
 ゲームは前半三十六分。二対一で岩城が勝っている。
 前半のうちにもう一点入れてダメ押しをしておきたいところだ。
「よぉ、遅かったじゃないか」
 コートでボールをキープしている星の側に行くと、星の奴は珍しくにやりと笑って俺様を見た。
「さみしかっただろう?」
「まあな。行くぞ」
 おやおや、素直じゃーん。とか言ってる間に星からパスされたボールを押さえ、ドリブルで相手陣地まで切り込む。
「調子乗りすぎ」
 相手に阻まれてすかさず星にボールを返すと、星はそれこそ水を得た魚のように相手ゴールまで一気に詰め寄る。
 どっちが調子乗りすぎなんだか。
 苦笑して眺めている暇はない。
 星のゴールを阻んだ相手のゴールキーパーが高く大きくボールを蹴り上げる。
「三崎!」
 落下点近辺にいた三崎は見事に胸でボールを受け、俺様にパスを寄越す。
 ふんふん、いい流れだぜ。
 見てるかい、佳杜菜ちゃん。俺様、今格段に輝いてるだろ?
 なーんてよそ見をした隙にスライディングしてきた相手十番にボールを奪われる。
「三井さんぼーっとして、彼女でも来てるんすか?」
 一年の竹原がにやにや笑いながらボールを追いかけて自コートに下がっていく。
「ちっ、違やいっ」
「あれ、中学生?」
 ここまで戻ってきた星がやっぱりにやついた顔で佳杜菜ちゃんを見てる。
「そんな目で彼女を見るなーっ」
「図星か」
「ロリコン見るみたいな目で見るなっ。中三だから来年には高校生だ!」
「ふーん」
 こいつ、自分の前世が史上最大のロリコンだったこと忘れてやがるな。よし、一つ思い出させてやろうか。
 何かいいネタを……と観覧席を見回したところ、ちょうど見覚えのある顔が五つ、並んで入ってきた。
「お、守景、水着で応援か。かわいいな」
 観覧席を振り返った星の動きはまさに瞬速だった。
 笑っちゃいけねぇ。だけど……
「おい、水着じゃないじゃないか」
「ぶわっははははははははははっ」
 星の奴、ほんと隠れエロおやじだな。守景に今のセリフ聞かせてやりたいぜ。
「こらそこ、試合に集中しなさい」
 うわ、やべ、審判に目ぇつけられた。
「すみません」
 小声で会話していたつもりだったが、俺様ったら笑い声抑えきれなかったもんな。それもこれも星がムッツリなのが悪い。
「ちゃんとやれよ」
「お前こそ」
 咳ばらいがわりに言葉をかわして俺様はこの場にとどまり、星は再び攻めに転じた味方に合わせて相手ゴールへと上がっていく。
 観覧席では守景、藤坂、光に科野、それに草鈴寺の五人が何やら話しながら試合を見守っている。守景はもちろん、水着の奴は誰もいない。そりゃそうだろう、こんなところにわざわざ水着でうろつきに来るはずがない。期待する星の方がおバカだ。
「徹!」
 星から容赦なくパスが飛んでくる。俺様はドリブルで攻め上がる。このままゴール近くなったらまた星にボールを戻す予定だった。だが、ボール一つだけを運んでいたはずの俺様の目の前に、もう一つ黒くて丸い塊が落っこちてきた。
「お? お、お?」
 何が何だかわけが分からないまま二つのボールを蹴り転がすが……ばちばちばち……なんか花火のような音がしているぞ。
 バチバチバチ……ジジジジ……
 俺様は相手にボールを奪われるのを覚悟で二つのボールを止める。
 白と黒のサッカーボールは何の変哲もない。
 あとから降ってきた黒いボールはというと……冗談のようだが斜め上にくるんと巻きの入った黒い導火線が赤々と火花を散らしてどんどん短くなっていた。
「え、何これ」
 思わず頭の中が真っ白になる。
「逃げろ! みんな逃げろ!」
 大声を張っているのはさすが冷静な星様。
 そうか、やっぱこれは危険なのか。だよな、本物なんて見たことないけど、これ、レトロな時限爆弾ってやつじゃね?
 敵も味方も一斉に俺様の周りから潮が引くように逃げていく。相手ゴールキーパーさえ任務放棄。いや、正しい判断だ。
「徹! お前も早く逃げろ!」
 星の声が飛んでくるが、俺様は辺りを見回して前方の海方向に誰もいないことを確認する。深く息を吸い込んで、十一番、三井徹、行きます!
 真っ黒いボールを思いっきり海の方にロングシュートしてやった。
 黒いボールは海に呑まれる前に空中で四方八方に真っ赤になってはじけ飛んだ。
「うわ、本物」
 蹴っ飛ばしておきながら今さら俺様は真っ青になる。
「大丈夫か」
「どこ? どこが攻めてきたの? 戦争? テロ? 何、なんなの?」
「落ち着け」
「あ、佳杜菜ちゃん!」
 肩に乗せられた星の手も無視して俺様は観覧席に佳杜菜ちゃんの姿を探す。騒然としている観覧席の中で、佳杜菜ちゃんは不安そうに左右を見回し、俺様を見た。
「観覧席は大丈夫だ、無事だ。それより徹、早くここから離れよう」
「お、おう……」
 星に肩を引かれるが、情けないことに俺様の足はがくがくに震えてコートに根を張っちまっていた。腹筋も背筋も笑っている。待ってくれ、と星の袖を掴んだ手まで小刻みに震えて力が入らない。
「待って。動け……ない」
 え゛っと振り返った星の視線が、するりと俺様から上空に流れた。
 俺様の視線も星から斜め上に向けられる。
 ばらばらばら。ぼたぼたぼた。
 俺様たちを囲むように大小大きさ形は様々なモノが降ってくる。
 けっして雨とか飴玉とかかわいいもんじゃない。どれも黒くてグロテスクな鈍い輝きを放っている。そしてどれもこれも赤や緑の光が時を刻むように点滅していた。
「これ、全部……全部?」
「覆え! 俺たちじゃなく、この周りのモノ全部を覆え! 早く!」
「お、おう」
『鉱物に宿りし精霊たちよ
 寄り集まりて身を固めよ
 我らに害なす不浄の物を
 その懐深くに覆い込め』
「〈鉄壁〉」
 俺様たちを中心として同心円状に散らばったものを全部分厚い鉄の壁で覆いこめる。さっきの爆発の威力からしてここの爆弾が全部一斉に爆発したら、とてもじゃないがどこまでが吹き飛ばされるか分からない。鉄壁の高さは三階建てのビルくらいに伸びあがっていた。
 見上げれば空しか見えない。星と二人丸い筒の中。上から誰かが覗き込んだ。
「キヒヒ」
 不気味な笑い声が降って来たと思った瞬間、足元が立っていられないほどに揺れはじめた。鉄壁の向こうからは鈍いが確かに次から次へと爆発している音が聞こえる。
「これナラドうダ?」
 機械を通したかのような聞き取りにくい声とともに、上からさっきと同じ真黒いサッカーボールが降ってくる。思わずキャッチすると、くるんとした導火線には赤いリボンまで結ばれていた。
「はっピーバーすデぃ、鉱土法王」
「え? 俺様? 俺様なの? てか、俺様の誕生日、来週なんだけど? 早いよ? 早いから返すよ?」
 投げあげてやろうと思った時には、もう見下ろしていた不気味な影はいなくなっていた。
 ますますパニックに陥る俺様の手から、星が真っ黒いサッカーボールを取り上げ、足元に置く。
「おい、星……俺様、お前とだけは心中したくないぞ」
「同感だ。逃げるぞ」
 星は憮然として言うなり、俺様の腕を掴んだ。
 薄暗闇に慣れた視界に真っ白な光が飛び込んでくる。湿気含みの熱い風が頬、腕、足を撫でつける。
 バランスが上手くとれなくて俺様は見事に尻もちをついた。
「大丈夫か?」
 差し出された星の手に掴って立ち上がる。
「ここは?」
「観覧席の裏の林だ。誰かに見られちゃまずいだろ」
 確かに向こうに騒ぎが大きくなっている観覧席とコートがあって、つるんとした表面で太陽の強烈な日差しを跳ね返している銀色の巨大ピラミッドみたいなものが聳え立っている。
 俺様はちらと星の方を見た。
「聞くなよ?」
「まだ何にも聞いてねぇよ」
「だから聞くなって言ったんだ」
「何をだよ!」
「ぐだぐだ言う前に礼は? これ貸し一つな」
 うぉぉ、なんてやな奴。守景、お前騙されてるよ。こんな阿漕な奴なんかより俺様にしとけばいいのに。いや、それはそれで弟という巨大な壁が聳え立つか。
 それより。それより、だ。
 星、お前何で空間移動使えんだ?
 呑みこんだ言葉を心の中で繰り返す。
 答えは、聞くな。
 まさか守景とテレパシーで会話してたわけでもないだろうし。守景が俺様たちの窮状を察して移動させてくれた?
 いや、違うな。どうもそうじゃない。
 あれは、星の意思で行われたことだ。
「なぁ、星」
「なんだ?」
「お前、龍兄貴だよな」
「……何言いだすんだ」
「いや、まかり間違って実は聖でした、なんて言われたらちょっと、いや、かなりショックだと思って」
「……」
「聖、かわいかったのにこんなのになっちゃって」
「違うぞ」
「うぉぉ、俺様の聖ちゃん!」
「やめろ、穢れる」
 ああ、この突き刺すような冷たい視線。間違いない。龍兄貴だ。
 じゃあ、龍兄貴の力でここまで移動してきた?
 龍兄貴は〈蒼竜〉以外、めったに魔法は使わなかった。司るは天翔る雷。あのびりびり来るやつで空間が移動できるか? いや、そんな話聞いたことないな。そもそもびりびりしなかっただろ。そうだ、ここに移動できたのは雷の魔法じゃない。
 じゃあ、何だ?
「超能力者?」
「誰がだ。人を変人扱いするな」
「密室脱出マジック? 一瞬俺様の気を失わせて翡瑞で飛んだ? えっと、あとは考えられることは……」
「考えたって答えなんかでねぇよ」
「何だよ、それ俺様の頭じゃ無理って言ってんのかよ」
「違ぇよ。考えて出る答えじゃない。今はそれより……」
「もしかして、星も分からないのか?」
 星は俺様から視線を少しばかり宙に泳がせる。その顔は肯定しているわけでもなければ否定しているわけでもない。答えに見当は付いているけど、実感あるいは裏付けがない、そんなところか。俺様が考えても分からないこと。つまり、俺様が一つも考えるための材料、知識を持っていないことが、星には分かっているということ。
「なんだよ。何に巻き込まれてんだよ。どうせまた一人で抱えて悶々して楽しむつもりだろ。このドMが」
「ドMじゃない」
「否定するのはそこかっ。お前がドMだろうが守景がドSだろうがどうでもいいんだよ」
「守景はMだろ。ドがつくかは置いといて」
「あー、わかったわかった。で、ドSの星君的にはどうやってドMの守景を守りたいわけ?」
「ようやく本題に入れたか」
「お姫様の元に飛んで行きたくて仕方ないんだろ? 合宿だって守景が工藤の別荘来るっていうから無理やりバイトなんかの話受けたりしてさ。練習には支障きたさないようにするって言ったって、合宿はサッカーの練習だけじゃないんだぜ? チームの中核担うお前がチームワーク形成の大事な時間である飯時にいないなんて、俺様がどうやって監督やらコーチやら後輩たちを説き伏せたと思ってる? あ、これでさっきの貸し借りチャラな」
「分かった、チャラでいい。チャラでいいから、お前、狙われる心当たりは?」
「ない」
 すっきりさっぱり俺様は答えてやった。
「……だろうな。その顔じゃあ、何かやらかしてても覚えてないんだろうな」
「ひでぇな。俺様は人に言えないようなことはしてないって意味で胸張ってんだけど」
「わかってるよ。となると逆恨みか。鉱土法王、あいつに見覚えは?」
「ございませんよ、龍兄貴」
「だろうな」
「分かってんなら聞くなよ。てか、逆光でよく顔見えなかったんだよな。でも、キヒヒなんて笑うような奴、俺様の知り合いにはいないぜ? 鉱も含めな」
「鉱は顔が広かったからなぁ。一人くらいああいう変人がいるかとも思ったんだが」
「俺様の交友関係なんだと思ってんの」
「分からないならしょうがないな。いざとなったらお前を人身御供に差し出して好きなようにしてもらおう。こっちには手を出さないって条件で」
「あ、今さらっとひどいこと言ったよね? てかそれ、何の解決策にもなってないよね?」
「お前一人犠牲になればみんなが幸せに暮らせるんだ。これ以上の上策があるか」
「星、それ本気で言ってる? 本気? お前、今守景ちゃんのことしか頭にないだろ?」
「よし、行こう」
「行こうじゃねぇよ」
 俺様の突っ込みも無視して星は観覧席の方へと走っていく。
 あー、なんだ。さっきの空間移動のこと、一人で抱え込むなよ、とかなんとか言っといてやるつもりだったのに言いそびったじゃないか。まあ、いっか。俺様が目ぇ光らせとけば。
 観覧席には守景たちも含めてまだ何人か人が残っていた。佳杜菜ちゃんもきょろきょろと誰か(まあ俺様だろうけど)を探している。
「夏城君!」
 はじめに俺様たちが無事だったことに気付いたのは守景。ちっ、俺様の名前も呼んでほしかったぜ。
 そんながっかりを吹き飛ばすように飛びついて来たのは佳杜菜ちゃんだった。
「徹様!」
 柔らかくて今にも崩れてしまいそうな体をそっと支える。幸い、体はもう震えていない。
「佳杜菜ちゃん、俺様は大丈夫。佳杜菜ちゃんは怪我しなかった?」
「はい、わたくしは大丈夫でございます」
 けなげに俺様を見上げてくる佳杜菜ちゃんは鼻の下が伸びるほどとびきりかわいい。それも俺様だけに向けられるこの視線。たまらないな。
「それなら何よりだけど、こんなところにいないで早くあっちとか安全そうな建物の中に逃げなきゃだめじゃないか」
「ごめんなさい、徹様が心配で」
 しゅんとした表情もかわいい。美少女はどんな表情をしてもかわいい。
 内心でへへと鼻の下を伸ばしているのを見破られたのだろうか。藤坂が厳しい視線で俺様に話しかけるタイミングをうかがっていた。
「よっ、藤坂。応援に来てくれたの? 悪いね、こんなことになって」
「三井君、どうもあなたが狙われているようだけど?」
 観察眼鋭い藤坂女史は俺様の冗談など気にも留めず、俺様と鉄のピラミッドとを見比べる。
「先ほどご指名頂きましたー」
「笑い事じゃないわよ。何か恨まれるようなことでもやったの?」
 これ、さっきの星と同じパターンじゃねぇか。
「藤坂、俺様と藤坂との付き合いはかれこれ……」
「小三からだから六年よ」
「うぉっほん、六年になるが、藤坂は俺様が誰かに恨まれるような奴だとでも?」
「そうね、自覚なく誰かを傷つけていることはあるかもしれないけど、三井君が意図的に誰かを傷つけるということは考えられないわね。聞いても無駄だったわ」
 そして星と同じ結論。
 容赦ねぇのは藤坂も同じか。
 あれ、そういえば守景も科野も光も草鈴寺も髪が濡れてるのに、藤坂だけ濡れてないな。四人が直前まで海に入っていたのは間違いなさそうだが、そもそも藤坂からは海の匂いがしない。まあ、今はそんなことどうでもいいか。
「みんなー、無事ー?」
「何があったんだ?」
 グラウンドを分ける木立を抜けて、織笠と河山が駆けつけてくる。
「織笠と河山も来てたの?」
「うん、僕は園芸部の合宿で」
「俺はテニス部の合宿。こっちで爆発があったから心配できてみたんだ」
 河山は無事な科野の姿を見つけて、気のせいか、いや気のせいじゃない、わかりやすくはっきりと少しばかり安心した表情を浮かべる。
 なんだよなんだよ、どいつもこいつも。いつの間に何がどうなってるんだよ。夏か? 夏だからか?
「園芸部にも合宿ってあるんだね」
「うん、この辺の森林に生息する植物を調査するっていうのが名目で、まあ、海に泳ぎに来ただけなんだけどね。守景さんたちはどうして?」
「わたしたちは工藤君のペンションにお呼ばれしてきたの。ね、桔梗」
「ええ。まさかこんなことになるとは思わなかったけど」
 織笠相手に愛想笑いを浮かべた藤坂は笑ってない目で俺様を見る。
「で、このかわいい子は誰だよ?」
 守景たちの会話を聞き流しながら、河山が耳元で囁く。
 佳杜菜ちゃんはきょとんとした目で俺様を見上げている。
「稀良佳杜菜ちゃんだよ」
「……もしかしてナンパに成功したのか?」
「いや、逆ナンされた……」
「うっそ」
「ほんと」
「いやいやいやいや」
「本当ですわ」
 どうあっても否定しようとする河山を遮って佳杜菜ちゃんが声を上げた。その声は思ったよりも高かったらしく、守景たちもこちらに注目している。それにも構わず佳杜菜ちゃんは続ける。
「わたくしが徹様にお声をかけさせていただきましたの」
 河山は珍妙なものでも見るかのように佳杜菜ちゃんを見つめた後、同情をこめたまなざしで俺様の肩をたたいた。
「なんだよ、どういう意味だよ、河山」
「三井が察した通りの意味だ」
 うんうん頷きながら河山は科野のところに行く。
 自分だって人の女の趣味どうこう言えた義理じゃないないか。俺様からみれば科野なんて同じ男だぞ。かわい気の欠片もありゃしない。どこがいいんだか、まったく、趣味を疑うぜ。
「女の子の趣味はともかく、あの鉄のピラミッドみたいなやつの上にさっきから人が座ってるんですけど」
 何やかやと湧きたっている中、冷静に俺様の築いたピラミッドの方を指さしたのは洋海だった。
「洋海! どうしてここに?」
 何も知らなかったらしい守景は、突然の弟の登場にあからさまに戸惑って挙動不審になっている。
「姉ちゃんには言ってなかったけど、高等部のサッカー部の合宿見学に来たんだよ。ね、三井さん」
「おう」
「そんなー。わたしほんとに何にも聞いてないよ?」
「そうあからさまにがっかりするなって。俺のことはいないものと思って楽しくやって」
「この状況じゃ楽しくも何も……」
「そうだ、洋海! お前、ちょうどいいところに来た! 佳杜菜ちゃん連れて今すぐここから安全そうな所に逃げろ」
 俺様は佳杜菜ちゃんをぐぐいっと洋海の方に押しやった。
「徹様! いいえ、徹様も皆様もですわ。早く一緒に逃げましょう」
 洋海の方に押しやられた佳杜菜ちゃんはけなげに声を張り上げる。
「悪いな。俺様たちにはちょーっとやることがあるんだよ。終わったら迎えに行くから」
 ポンポンと佳杜菜ちゃんの頭を軽く叩いてやると、佳杜菜ちゃんは張りつめた大きな目を少し和らげた。
「じゃ、洋海、頼んだぞ」
「わっかりました。行こ、佳杜菜」
 洋海は俺様に言われた通り、佳杜菜ちゃんの手をとって合宿所のある方へと駆け出していく。ん? 今呼び捨てにしてなかったか?
「徹様、必ず、必ずですわよ? お待ち申しあげておりますからね」
「おう、ジュースでも飲んで待っててくれや」
 手を振って佳杜菜ちゃんと洋海の姿が観覧席から見えなくなるまで見送ると、俺様はよし、と気合を入れて鉄製ピラミッドの方を振り返った。











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