聖封神儀伝1.鏡幻の魔術師
第 2 章  合わせ鏡

 ● 5‐2

 少女の頬に触れた指先から記憶が途切れ途切れに流れ込んでくる。
 少女は、この村が一夜で燃やし尽くされた日にここにいなかったはずなのに、克明にその場面を記憶していた。
 数百人の男達が松明を片手に村に乗り込んだところから、逃げ惑う人々を一人残らず捕らえ、大きな小屋に閉じ込め火を放ったところも、病人達を家から引っ張り出して村中央の井戸に放り込んでいった様も、火を落とした様も、最後に村の周りに藁をうずたかく積み上げ、遠くから火矢で炎を放った様までも、全て克明に。
 ああ、でもこの記憶の前に、彼女は見ている。自分自身の目で、変わり果てたこの村の姿を。
 それは真夜中だった。首都ユガシャダで皿洗いをしたり小さな子供たちに簡単な読み書きを教えていた少女は、家庭教師を終えて帰る道すがら小さなビラのようなものを拾った。風に吹かれるようにして彼女の足元にやってきたそれは、最近神界でも出始めた新聞の号外で、彼女はそれを見て顔色を変え、馬を借りて必死に夜道を故郷へと戻った。急峻な山を越え、最も夜が深まった頃、彼女が見たのは満ちた月に照らし出されたただの荒野だった。村の入り口にあった少し朽ちた木製の小さな門もすっかり焼け落ち、どこからが村だったのか分からないまま少しばかり進んだ頃、あの井戸だけが残っていて気がついたのだ。ここが故郷のジャパナ村だと。
 自分の家など探しようもなかった。周りには何もなかったのだから。
 唯一残されたこの井戸を覗き込んで、彼女はやはりさっきの瑠璃色の蝶に取り囲まれていた。ただし、蝶は次第に彼女の知る人々の姿となり、人々は、どうしてお前だけが助かったのだと口々に少女を詰り、あるいは何故元気だった自分までがこんな目に遭わなければならなかったのかと自らの身の不幸を嘆いた。
 村人達は空が白みはじめるまで彼女を責め続けた。茫然としている彼女はそこから動くことも出来ず、まして、詰られているとはいえ愛する家族達の姿を前に背をむけることも出来ず、やがて自分で自分自身を責めはじめた。
「わたしが悪いの。そうよ。わたしも一緒に燃えていればよかったね。わたしも病にかかっていればよかったのに。そうすればみんな一緒だった。わたしだけが助かりたかったんじゃないの。お願い、信じて……」
 彼女のうわ言は続く。
「だから、わたしが代わりにみんなの恨みを晴らすから、カルシュナ、サワダ、アンジェ……全部燃やしてやる。みんな殺してやる。だから、終わったら帰ってくるから、そのときはわたしもそこに入れて……お願いよ……」
 はっと少女の目が焦点を結んだ。
「まだ、終わっていない」
 瑠璃色の蝶たちは堕ちつづける。雨粒のように。だけど、村人達の魂の涙でも獄炎は消えない。
「帰して。わたしをアンジェ村に帰して!! まだ終わってないのよ。まだ、全部燃やしていない。まだ人が生きている。私はまだここに帰ってくるわけには行かないのよ!!!」
 掴みかかってきた少女の力はとても十五、六の少女のものとは思えないほど強かった。わたしを睨みつける目は憎しみに満ち、黒くぎらつく。
「アンジェ村を燃やしたあと、ここに帰ってきてどうするつもり? 自殺でもしようというの?」
「みんなが待っているのよ。みんなが! わたしが帰ればこの村はまた元通りみんな一緒に暮らせる」
 私は上空を炎から逃げ惑う蝶たちを見上げた。
「時間は戻らないわよ。一度身体を失った命も還らない。あの蝶たちがジャパナ村の人たちなら、きっとあなたのことを心配して輪生環にいけずにいるのよ」
「違うわ! 責めるの。みんなでわたしを取り囲んで、何故お前だけが生きているんだって!! 誰もわたしのことなんか心配していな……い……」
「あなたの家族はそんな人たちだった? あなたはそんな人たちのところに帰りたいの?」
 口ごもった少女は、しかしすぐに首を振り言い返した。
「あれだけのことをされたのよ! 理由なく命を奪われたのよ? どんなにわたしのことを責めても、みんなわたしの大切な家族よ」
「誰に見せられたの? あれほど惨い夜の映像を、一体誰に見せられたの? あなたに過去を見る力はない。誰かに見せられたから、知っているのよね?」
「ええ、そうよ。その子はわたしに力もくれた。わたしの村を焼き滅ぼした村を全て焼き払うことができる力も!!」
 闇獄主がこの子よりも子供?
 器になる資質を備えるには、歳など関係ないのかもしれない。むしろ幼い方が純粋に悪を信じきることが出来るのかもしれない。
 少女の記憶を手繰っても、きらきらと何かに反射する光が邪魔をしてその子供の顔は見ることが出来なかった。だけど、いずれにせよ全てはその闇獄主が種を蒔いて起こしたに違いない。
「その子はなんという名前だった? 一体どんな力を使ってあなたにあんなものを……」
「エルメノはわたしに力を貸してくれただけよ! 悪くいうことは許さない」
 少女はいつの間にか両手に握っていたサイの三本の切っ先をわたしめがけて振り下ろそうとした。
「アイカ」
 幼くも静かなその声が響いたのは、少女の振り下ろしたサイが私の首筋に傷をつけたか否かというときだった。
「ぼくのこと、呼んだ?」
 声は静かながら、顔にはにやにやとした笑みを浮かべている。
 ふわふわと風に揺れるは月明かりにも明らかなオレンジ色の巻き毛。少女と私とを交互にいたずらっぽく見つめる瞳は明るいビリジアン。八つほどの幼い少女がずっと見ていたとばかりに腕を組んでそこにいた。
「エルメノ……」
 アイカと呼ばれた少女は幼い少女を歓迎するように嬉しげに振り返った。
「アンジェ村に行きたいんだね。おいで。ここをくぐればそこの女に頼まなくたって一足で行きたいところに辿りつくことが出来る」
 幼い少女の横には、井戸に立てかけるように少女よりも大きな姿見が立てかけられていた。
「ほら、みんなも早くって言ってる。早く戻らないと、村が焼き滅ぼされる瞬間を見過ごしてしまうよ。みんなだって君の目を通して積もり積もった思いを晴らしたいと思っているんだ。さぁ、急いで」
 姿見の真上では、堕ちるばかりだった蝶がぐるぐると回りながら青い灯火の中にたくさんの人々の姿を映し出していた。
 少女がこの村に帰ってきた夜、朝まで見続けさせられたのはあの映像だったのだ。
 少女は私を一瞥すると飛ぶように立てかけられた鏡へと飛び込んでいった。
 私は息を整えるので精一杯で、少女を引き止めるどころか立ち上がる力さえない。
 そんな私のそばまで幼い少女は歩み寄り、私を見下ろした。
「はじめまして、聖様。ぼくを知らない最後の法王」
 にっこりと少女は微笑んだ。その笑みにぞっとした私は、思わず息を呑む。
 少女の顔は、どこか誰かに似ていた。身に纏ったどこか冷たく鋭利な雰囲気は正反対だけれど、誰かに。
「ぼくはエルメノ・ガルシェビチ。悪かったね。そんなに病状悪いのに国を騒がせちゃって。でも、麗からもらった薬、ちゃんと飲んでないからだよ。あれでもたった一人の妹のために結構がんばってるみたいだからさ、少しはよくなる素振り見せてやってよ」
「麗……?」
 にやりと少女は微笑む。
「聞いてごらん、カルーラに。ぼくの名前を出せば、きっと血相を変えて事の次第を聞いてくるだろうからさ。ああ、だけど勘違いしないでね。ぼくは別に君に何か恨みがあってこの国を選んだわけじゃないんだ。単に、法王が弱っているこの国が、一番民衆の心を惑わせやすいと考えただけだよ」
 この子が、私の国の民達を陥れた。
 不意に、口調の軽いこの子供に私は腹の底から黒いものが噴き上げてくるのを感じていた。
「あなたが……流行病の元になる病原菌をジャパナ村に蒔いたのね? そして病を噂にして吹聴して回り、麓の山村に焼き滅ぼすよう惑わした」
「使った病原菌は闇獄界でも結構強力な奴でさ、罹ると皮膚が崩れて顔も手足もとけて火傷したようになるんだよね。見た目からして不気味でしょ? 化物になる病が流行ってるみたいだよっていったらさ、カルシュナの奴ら息巻いちゃって、空気感染するだの、同じ空気を吸っているだけで菌保有者になるだの尾ひれはひれつけて両隣の村に相談持ちかけちゃってさ。ほんと、疑うことを知らないって怖いよね。悪いことでも鵜呑みにして検証しようとしないの。まぁ、検証したところでほんとに化物みたいな人が村の中歩いてるの見たら、信じざるを得なかっただろうけどね。空気感染でうつったあげく致死率は百パーセントっていうのもほんとだし。でもさ、何より、自分達が疑うことができないと思わせているあたり、君たち神様もひどいと思わない? 疑えないってことは、自分の身を守ることが出来ないってことだよ? 法王がしっかりしていて国の隅から隅まで目を光らせていられるならまだしも、法王に守ってもらえないんじゃ、もうやられ放題でしょ」
 私が法王としての責務を果たせていないから、国の人々を苦しめてしまった? 私がこんな身体になってしまったから? 私が己の悔恨のために時を戻そうとしてしまったから、時が経った今でもこの国の人々が苦しみを味わう羽目になってしまった?
「聖様。君がぼくを責められた義理はないんだよ。ぼくは〈悔恨〉の器を探し出すために――要はぼくのやるべきことをするためにやるべきことをやっただけ。アイカは素晴らしいよ。あれほどまでに純粋な人は器として最高だ。村を焼いた三つの村だけじゃなく、この世界そのものに憎しみも抱いている。ぼくらの仲間に早く迎えたいところだよ」
「ふざけ……ないで! 私の国民を獄炎の器なんかにされてたまるものですか! 貫け、〈時流れの矢〉」
 私は繊月の弓弦をあらん限りの力で振り絞り、エルメノへ向けて至近距離から放った。しかし、矢はエルメノが掲げた姿見に飲み込まれて消えていく。
「悪いけど、君に殺される義理はないんだ。ぼくが唯一この魂を捧げるつもりがあるのは、麗だけだ」
 くつくつと人を馬鹿にした笑いを残して少女は鏡の中に入っていこうとする。
「待って、エルメノ!!」
 それを呼び止めたのは、新たな声。
「この騒ぎはエルメノのせいだったの?!」
 鏡に半ば身体を埋めた状態で、エルメノは声の主を振り返った。
 浅黒い肌に黒紫色の瞳を持つ、まるで少女とは対極の世界に住むかのような容姿を持つ人。
「遅いよ、カルーラ。分かっているなら、君はもっと早くにここに来るべきだった。だからほら、今回もぼくを捕まえられない」
「帰ってきてよ、エルメノ!! あてつけみたいにこんなことばかりしていないで、麗ちゃんのところに……」
「お前が麗の側についていてくれていると思えばこそ、ぼくは安心してぼくの人生を楽しむことが出来る。あの時、ぼくになりたいと望んだのはお前だろう、カルーラ。偽物だったお前が本物になりたいと願ったんだ。全力で幼い日の夢を叶えるんだな」
 消えてしまう。鏡の中に。
「時の精霊よ、鏡の行く手の歪を閉じよ」
 命令し終える前に、幼い少女の姿を呑み込んだ鏡はこの空間から消えていた。
「カルーラ」
 エルメノへの怒りが、堪えきれずにカルーラを呼ぶ声に反映される。
「あれは誰なの?」
 顔を伏せたカルーラは、大地に伏したまま起き上がれないわたしの両脇に腕を差し入れ、倒れた車椅子を起こして座らせた。
「闇獄十二獄主が一人、〈欺瞞〉のエルメノです」
「〈欺瞞〉……カルーラは、その敵に向かって帰ってきてと言ったの?」
 正面切って非難した私に、カルーラは顔を伏せる。
「今は、どうかあの少女を救うことを一番に考えてはくださいませんか」
 私はカルーラを見上げた。
「アイカの今後の処遇、あなたが責任を持ちなさい」
「御意」
 カルーラが深く一礼したのを見届けて、私は再度〈渡り〉でアンジェ村に戻った。
 炎はいよいよ燃え盛り、もはや建物の形も何も分からないほど焼け落ちていた。
「聖、どこに行ってたの?! 大丈夫だった? だいぶ力を使ったみたいだけど」
 出迎えた澍煒は、力ばかりを削り取られて焦燥していた。
「今行こうかと思っていたところだったのよ?」
「村人はみんな逃げた?」
 私の問いに澍煒は苦い顔をする。
「生きてるかわからない人はまだ何人か残っているみたいだけど、もう助けに中に入ることもできなくて」
「何人?」
「寝たきりのおばあちゃんと足の悪いおじいちゃんと、外に飛び出したまま行方不明の女の子が一人よ」
「カルーラ、あなたの熱を操る力で、燃えているものの温度を下げなさい。同行したからには手伝ってもらうわよ」
 カルーラが頷いたのを確かめて、私は車椅子から立ち上がり、〈渡り〉を唱えた。まだ形の残っている家屋を一軒一軒しらみつぶしに渡っていく。焼け落ちた家屋の下敷きになって死んでいる人、火に巻かれて窒息した人、火に焙られてすっかり黒くなってしまった遺体……澍煒の言っていた寝たきりのおばあちゃんと足の悪いおじいちゃんは残念ながら見つけることは出来なかった。だけど、村ももう外れまで来た時だった。
「助け……て……」
 震える幼い女の子のか細い声が聞こえてきた。
 私は急ぎ、炎の中をかいくぐる。
 女の子は焼け落ちた柱の下敷きになっていた。その女の子の前には、見下ろすアイカの姿があった。
「あなたが燃やしたの? みんな? みんな、みんな?」
 泣きながら少女がアイカに尋ねていた。
「そうよ」
 アイカはにべもなく答える。
「なんで? どうして?」
「あなたたちがジャパナ村をこんな風に全部燃やしてしまったからよ」
「わたし……反対したよ? そんなことしちゃだめだよって、ちゃんと言ったよ? ちゃんと言ったのに、誰も私の言うこと聞いてくれなかった。みんなあの外からきた人の言葉に騙されて、鍬や弓矢をもって行っちゃったの。行くなら武器よりもお薬を持って行ってって言ったのに……」
「でも、止めきれなかったんでしょう? 同じよ。あなたもわたしの家族を殺した」
 冷たい声に、少女の目は虐げられた者の目から明らかに復讐者の目に変わった。
「わたし、許さないから。あなたのこと許さない。私のおじいちゃんとお母さんも殺したあなたを、絶対に許さないから。私もあなたと同じ力を手に入れて、必ずあなたをこの業火にくべてやる!!」
 アイカは何も言わなかった。助ける手を差し伸べもしない。
 これ以上見ていることは出来なくて、私が幼い女の子の元へ行こうとしたときだった。
 アイカから唸りを上げて黒い炎が昇りたった。黒炎は意志をもって幼い女の子の元へ雪崩れ込む。
 遅かった。
 そう思ったときにはアイカはよろめき、幼い女の子は黒い炎に巻かれていた。
 まだ、受容しきったわけではない。
 私は唇を噛み締めて幼い女の子を一瞥し、黒い炎を見据えた。
『時の精霊よ
 邪なる黒き炎を閉じ込めよ』
「結界」
 幼い女の子の頭上に立方体の空間を切り取り、そこに獄炎を押し込める。
「お前は帰りなさい。ここはお前のいるところではないわ」
 たとえば、ここで幼い女の子を器にしたのを見計らって繊月で貫けば、この炎を滅することが出来る。けれど、私に国民を殺すことは出来ない。
『〈転送〉』
 時空にこじ開けられた黒い歪が獄炎を封じた立方体を飲み込み、消えた。
「ごめん……なさい……、ごめんなさい、ごめんなさい……ああ、生きて、お願い、生きて!!」
 黒く焼き焦げた幼い少女の元に駆け寄っていたアイカは、必死で少女を助けようと、焼き焦げた柱を持ち上げようとしていた。
 すでに炎を宿していないアイカの身体に、炎は容赦なく絡みつく。
「どきなさい」
 私はアイカを押しのけると、幼い少女だけを柱の下から火の回っていない場所へ移動させた。アイカはすかさず抱き上げると、少女の服や髪についている炎を払いはじめる。
「わたし……死ぬんだ……」
 虚ろにアイカを視線だけで見上げた幼い少女は呟いた。
「長生き、したかったのに……お嫁さんに、なりたかったのに……」
『時よ、少女の身体に宿りて時を戻して』
「〈治癒〉」
 口早に呪文を唱えて私は幼い少女に触れる。時の精霊たちは幼い女の子の元に集って火傷の痕や怪我をした場所を癒していく。けれど、女の子の魂はすでにその身体の中にはなかった。
「聖様! お願いです。私の命と代えていいですから、この子を生き返らせてあげて! 魂を呼び戻して……!!」
 アイカの身体は、火に巻かれて服も焼き焦げ、覗いた肌からは皮膚が溶け落ちていた。
『時よ、かの者の傷を……』
「待ってください! わたしの傷はどうでもいいですから、だから、この子を……」
「アイカ。アイカ・ロムスタン。貴女への罰を言い渡します。生きなさい。出来る限り長く、老いてその身体が朽ち果てるまで、生きなさい。そして、あなたの罪を受け入れてくれる者と結婚し、神界人として普通の、ありきたりな一生を死ぬまで送りなさい」
 私は、あの獄炎を闇獄界に送り返すために、幼い少女を見殺しにした。幼い少女一人の命より、この先の神界人全ての人の命を優先したといえば格好もつこうが、誉められたことではない。この幼い子供を殺したのは、この少女じゃない。私だ。
「嫌です。殺してください、わたしを。罰してください。私は、いくら恨めしかったとはいえ……人を憎んではいけないのに。恨んではいけないのに。妬んではいけないのに、私は……さもなくば、私を闇獄界に堕としてください。お願いです。私に生きろなどと……」
「闇獄界には絶対にやらないわ。今闇獄界に貴女を堕としたら、敵に塩を送るようなものですもの。貴女を闇獄主にするわけにはいかない。それから、勘違いしないように。今からの生は、全てこの子の生の続きだと思いなさい。この子のしたかったことを貴女が叶えなさい。何十年かかっても」
 私は、死んだ幼い女の子の身体に残っていた記憶をアイカに送った。
 アイカは助けを求めるようにわたしを見つめる。
「私たちが死を刑として与えることはないのよ。私たちがあなたたちに与えるのは生だけ。生きることで償いなさい。貴女が犯した罪を簡単に忘れてはいけない」
 私も、私の犯した罪を忘れてはいけない。
「それでは、せめてこの身体の傷だけはそのままに。私の身体にこの罪を刻みつけたままにしてください。お願いです」
 頭を下げたままひれ伏すように崩れ落ちたアイカの身体を抱えて、私は澍煒たちの元へ戻った。
 獄炎を返した後も火は三日三晩燃えつづけ、結局アンジェ村はジャパナ村同様全て灰になった。
 アイカは一月ほど離宮で傷を癒していたが、動けるようになったのを見計らってカルーラが連れ出していった。
「魔麗城でメイドを募集しているんです。しばらくはそこにおいて様子を見てみようと思います」
 アイカに下した罰の内容はカルーラにも話してある。その上で、カルーラはとりあえずはあまり人のいないところで様子を見ることにしたのだろう。
 魔麗城では気難しい麗兄さまが、ほとんどの世話人たちを城から追い出してしまったというから、いつまでもつかは怪しいけれど。
 麗兄様とカルーラと、あのエルメノ。エルメノは元は法王の影として麗兄様に仕えていたというのだから、後のことはカルーラに任せておけばいいだろう。
 うとうとと夢と現とを渡るうちに、私は彼女のことを思い出すこともなくなっていった。この事件以来、私はもう、魔法を使うどころか一人でベッドから起き上がることも出来なくなり、ただ時に身を任せ身体が朽ちていくのを待つだけになっていた。











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