invitation blue 前夜

「よし、これで準備よし。学校に許可もとったし、あとは明日みんな来てくれるのを待つばかりだな」
「だな。藤原先生の容態も安定しててくれればいいんだけど」
「悪いのか? そんなに」
「結構やつれちまってたけど、本人はまだまだって気合い十分よ」
「そうか。あしたは香津子ちゃんが先生のとこ行ってくれるんだよな。手数かけて申し訳ない」
「なぁに言ってんだ、学級委員長。香津子だって先生や当時の同級生に会えんの楽しみにしてんだからよ、気にするな」
「二つ下だったか」
「そ。妹と同い年。俺たち卒業したあとにあいつら五年生の時から二年も世話になったんだぜ?」
「ずるいな」
「だろ? ずるいだろ? そういや詩織も行くって言ってたっけ。こっちまでは足伸ばすつもりはないらしいけどな」
「忙しいなぁ、詩織ちゃんも」
「なぁに、意地張ってないで帰ってくりゃいいのによぉ。そしたら新実、お前詩織のこともらってくんない?」
「何言ってんだよ、高藤。お前に兄さんなんて呼ばれたらぞっとするわ」
「あーっ、言ったな? 学級委員長のくせに」
「そんなジャイ○ンみたいなこと言うな。お前だって、昔うちの姉もらってくれって言ったら速攻で断ったじゃないか」
「高嶺の花すぎて釣り合わないと思ったんだよ」
「うまいこと言ってくれるじゃないか」
「……なあ、明日門山さん来るかなぁ」
「なんだよ、いきなり」
「照れるなって。誰にも言わないから。あ、そうだ、もし明日来たら告っちまえよ。俺終わったら他の奴らここまで誘導して二人っきりにしてやるからよ」
「そううまくいかないよ」
「門山さん、俺、六年の時同じクラスになってからずっと……」
「やめろって」
「ずっと君のことが好きでした。この町に帰って来る気はありませんか? ってな」
「プロポーズになってるじゃないか」
「いいじゃないか。もう二度と会えないかもしれないんだから、言っちまえ〜」
「ったく、無責任な奴だな」
「あれ、どこ行くの、委員長」
「帰るんだよ」
「え、もう? まだ飲み足りないだろ」
「明日二日酔いでみんなに会うわけにいかないだろ」
「あの学級委員長、だもんな」
「そうだよ。……なぁ」
「なに」
「門山さん、来るかなぁ」
「来るよ。あんな脅し文句にビビらない奴いないって。そのために俺が入れ知恵してやったんだろうが」
「恨まれるのは俺だけどな」
「下手字の学級委員長の方がみんな思い出すって」
「高藤」
「んだよ」
「お前、何書いたか覚えてる?」
「……覚えてる。リンゴ農家継いででかくするって書いた」
「その通りだな」
「おかげさまで。新実、お前は?」
「……なんだったろ。覚えてないや。ぼんやりとこっち、っていうのはあるけど」
「思い出したくないだけじゃないのか? 壮大な夢すぎて……自分がみじめになりそうだから」
「ひどいな」
「博士になりたい? 宇宙飛行士になりたい? 医者? 弁護士? 会社の社長? あの頃のお前なら何書いても誰も笑わなかったよ。自分もそう思ってんだろ? だから不安なんだ。思い出したくないんだ。でもよ、お前は今でも学級委員長だと思うぜ? 明日は自信持って胸張っとけよ。どうせお前は昔からはったりも上手だったんだ」
「はったりだけで生きてきたような言い方するなよ」
「いいじゃないか。才能だよ。はったりもかましてれば現実になることだってある。俺のようにな。うちのリンゴ、お前が県知事賞候補に推薦してくれたんだろ?」
「推薦するリンゴ決める時にさ、美味いリンゴはどこのかって、名前隠してみんなで試食して、全員一致でお前のとこのになってたんだよ。蜜も、歯ごたえも、色も照りも香りも、去年のお前のとこのは最高級の一品だった。いいもん作るようになったってみんな感心してたよ。品評会での評判も上々だったしな」
「そりゃありがとよ。今後も精進いたします。って、なぁ。お前今楽しいか?」
「楽しい?」
「仕事楽しいか? 人生楽しいか?」
「仕事は楽しむもんじゃないだろ。人の役に立つためにしてることだ。人生は……この年だ。よっぽどの出来事じゃないと想定の範囲内だからな。楽しみなんて求めても仕方ない」
「俺は楽しいぜ? 一年かけて枝の剪定からはじめて地面に反射シート敷いて袋かけてリンゴ育てて、秋の収穫の時にはお前らよく実ったなって誉めてやるんだ。子供らもさ、まだ小さいけど、かわいくてさ。この先が楽しみで楽しみで。ああ、守ってやらねぇとなって」
「そいつはごちそうさま。そろそろ行くよ」
「明日門山さん、来るといいな」
「だな」
 贅沢をいえば四十人全員が揃ってほしい。
 そんなのは難しいということは重々承知しているつもりだが、それでもなぜか、この願いを手放せないのだ。
 どうしてだろう。
 明日、俺は十七年前の俺に会う。
 神童と呼ばれた頃の俺に。
 明日、俺は彼に会った後、正気でいられるだろうか。今の自分を受け止められるだろうか。
 こんなはずじゃなかった。
 また、そう言うんだろうか。
 情けないことを口走り、頭を抱え、周りには呆れられ。
 俺は怖い。怖いんだよ。
 本当は明日が、とても怖い。

〈了〉
2014030021546
 本篇「invitation blue