雨の香
蝦夷紫陽花 咲く山道
この朝、私は南八甲田の山へ入ろうとしていた。猿倉温泉の駐車場で車を停め空を見上げた。しばらくの逡巡の後、小糠雨降る中歩き出したのはまだ朝の七時前だった。 薄暗い山道は雨に濡れ、地表に張りだした木の根が滑りやすかった。この天気である、今日は行ける所まで行ってみようということで歩き出したのだがやはり気は重い。ブナなどから構成される森も、今日のような天気だと暗く陰鬱でひんやりとした印象を漂わせている。 このぶんだと今日一日、木間から日の射しこむ明るいブナ林の逍遥は望めないだろう。 「ボト。ボトボト・・・。」突然山道を覆う高木の頂辺りから大粒の滴が落ちてきた。私の耳を掠め右肩に落ちた水滴は羽織ったヤッケの表面を伝い地面に落ちた。 山道を歩きながらも先程から、どうしようかと迷っている。このまま進むか、それとも戻ろうか・・・。 もう少し行ってみようと思いザックのストラップを引き締めた。 薄暗い山道に"ぽっ"と灯りが燈っている。それは晴れた日の空の色、スカイブルーの灯りだった。 蝦夷紫陽花(エゾアジサイ)の花である。何という美しさであろうか、楚々とした麗人というべきか、その清楚な風情に見入ってしまった。 そしてその時、私は雨の香を感じた。雨の香は若き麗人のパヒュームか・・・。 |
道端の暗がりに白いきのこが生えている。その白い肌は少し光って妙に艶かしくも感じる。 歩き始めて一時間も経っただろうか、雨は未だ止みそうにない。結局一時間半ほど歩いた時点で今回の南八甲田の山行は早々と敗退の運びとなった。 併も、戻りついた猿倉温泉の駐車場より愛車を駆って傘松峠を抜けると、何と雨も止み薄日も射すようになって来たのである。 あぁ〜なんということだろう。 |
帰りしなに立寄った酸ヶ湯の東北大植物園にてサワギキョウを見た。 しかし、露に濡れた青紫の花からはあの時の雨の香は感じられなかった。 |