第十話:黒幕

 

 

 

 路地裏に不良の悲鳴が壁へ反響し、滑稽な叫びに聞こえる。

雷を纏う騎士が、両手剣で一騎駆け。悲鳴を指揮する者は建御雷神(ミカズチ)。片や、私を中心に円陣を描き、容赦の無い刺突を放ち、バックコーラスを務める帝釈天(インドラ)。阿鼻叫喚の観客は私こと真神美殊。

私が本気を出せばこのような雑魚など、千切っては投げ捨てることも動作も無い。

日本の仏教や古事記に登場する神の名前を持っていながら、何故中世騎士風なのか。それは私の趣味。やはり、騎士に守られるほうがカッコいいために、アレンジを加えた私の『式神』である。

外見は騎士の姿ではあるが、中身は『神』と呼ばれた()(もと)の『力』。

帝釈天とは、日本仏教で毘沙門天とも呼ばれている。七福神を連想しそうだが、軍神の地位を持つ。その防御陣は、一介の不良。ましてや、三下悪魔に突破など出来る訳が無い。

そして、建御雷神という日本の雷を象徴し、建国を担った武人の一騎駆けを止めることなど不可能である。斬ると同時に焼かれた傷口からは、焦げ臭い白煙を上げて地面にのた打ち回り苦悶する不良達を、私は跨いで最後の一人である魔術師へ歩を進める。

 

「さすがは、『魔人』。魔術師としての位階も中々だ」

 

位階――――魔術師の練度や修錬を意味する。平たく言えば「クンフーを積む」といった感じである。

〈薔薇十字団〉や〈黄金の夜明け団〉という隠秘結社が定義したセフィロトの木と関連したこの形式が一般的だ。

一〇の王国(マルクト)から始まり、一の王冠(ケテル)が最高位。しかし、この形式が存在して以来、最高位の王冠まで上り詰めた者は確認されていないのが現状。

太陽神を支配下に置く「女王」の真神京香。セフィロトの木に宿る星の守護天使にし、天使王の双子である詩天使(サンダルフォン)を従わせた如月俊一郎、不死身鳥(ガルーダ)そのものとなる神格者の如月アヤメといった、今世紀最高の魔術集団〈神殺し(スレイヤー)〉も位階四と五の上にある深淵(アビス)の境目にいる被免(アデプタス・)達人(エクスエンプタス)

それが、常人の到達できる最高位と言われている。

三位から一位に触れている魔術師は、存在自体が確認されていない。

ましてやこの私は、その三人に比べたら位階で言えばようやく魔術の基盤(イェソド)に立ったばかりであろう。

私の思案した顔を見て、敵である魔術師は軽い調子で肩をすくめる。

付き合いきれなくなり、嘆息して腕を振り、帝釈天と建御雷神は私を中央とする矢型の方陣を整える。喉元を狙い定める一個の矢となり、私の孤軍は足並みを揃えて進む。

挑発的な失笑に反応する黒い影。魔術師の背に浮かぶ黒い影は形になっていく。

中世的な顔に銀髪。眼は猫のような琥珀色。氷の剣を持ち、五芒星(キング・ソロモン)のサインが押されている――――――――しかも、良く見ると悪魔の力よりも扱いづらい、中間属性を意味する堕天使。神を降ろし、調伏する真神。神と魔を『力』としている家の一人である私は、この魔術師と契約している力を理解した次の瞬間、驚愕に頬が痙攣した。脅威とかじゃなくて、呆れ果てて。

 

「〈ソロモン王の七二柱〉の一柱。〈浴槽の公爵〉クロセル」に、操られている・・・・・・・・・どころか、よく見ると帰巣本能すら抑えられていない。灰色の翼を羽ばたかせようと懸命にもがくが、王の術式は未だに生きている。魔術書の中でソロモンの名がつく理由は、悪魔への絶対的な抑止の呪文に当てはまるからだ。

天使であろうと堕落しかけていれば、やはりその魔力は楔となっている。残念なことに、この魔術師の術式はすでに綻び過ぎて、浸食している。精神に安定さはあるが、それはあの堕天使の行為。操られていることに気付かせないためである。

 

 

「その通り」

 

ニヤニヤとあの意地汚い笑みを絶やさずに紡いだ。確かに――――氷結系統の魔術なら、かなりの定評がある。私の属性である「雷」と反属性で相性が悪い。

そんな思案の刹那、鋭利な氷弾が私を刺し穿とうと数十発と迫る。浴槽の公爵クロセルは、化学全般に関する知識人。悪天候の幻覚や、水の温度を自由に加減することも出来る。有名なのは、決して解けない氷の剣。その剣で斬り付けられると、凍傷を起こして腐ると言い伝えられているが――――この魔術師は氷の剣じゃなく、氷の短剣。それもダーツ程度の大きさ。これで私を倒す気なのか?

 

「はぁ?」

 

 私は気の抜けた声を漏らすと同時に、帝釈天が剣風を起こし、氷のダーツは粉微塵に霧散する。

驚愕に目を剥く魔術師――――たしかに、昨日の車両は結界を維持しながらだった。誠のことを心配し過ぎて不覚も取った。だが、これでハッキリした。車両で誠とまともに戦えたのは、クロセル自身が身の危険を感じて、防衛本能を働かせた暴走状態だったと見ていい。クロセルは本能で、誠の内に居る悪魔の正体を知ったのだろう。

悪魔の中の悪魔を怖れたのだ。

 

「先ほどのセリフをそっくりそのまま、返してあげるわ。あなた・・・・・・・・・恥ずかしくないの? この程度の腕で鬼門街に来て?」

 

 もしそうなら、我慢がならない。この魔術師はクロセルに操られている上に「水の温度調整」しか、使えていない。温泉くらいなら発見出来るかもしれないが。

 

「霊脈の数は三六五。その『力』の出入り口たる鬼門の数は七つ。それを欲してこの街に集まるのが、魔術師のサガだろ?」

 

「だから・・・・・・・・・聖堂が警告する霊的危険区域だからこそ、ハイレベルな魔術師が跋扈しているのよ?」

 

 私の言いたいことを察していない、幸せな魔術師。

霊的危険区域とは、読んで字の如く。超常現象が常時発生している区域で、この鬼門街は霊的危険区域の最高危険値であるA級。その危険区域に来た度胸は認めるが、それゆえの無知で無謀だ。蛮勇と言うのも生温い。

飛躍や位階を上り詰めたいのは解る。しかし、高い位階を持つ魔術師の後ろ盾も無く、この街に根を下ろそうとするのは危険過ぎる。霊脈一本ですら位階八か七位の実力が無ければ、洒落にならないことが起きてしまう・・・・・・・・・待って? 起こすって? 事故とか?

 

「もしかして・・・・・・・・・二日前の暴力事件は?」

 

「あぁ〜あれか? 何、ちょっとした実験だ。ボスが〈力〉のコントロールを量るための練習だ」

 

 魔術師のセリフを聞いて私は、安堵の溜息を知らずに吐いた。

 

(よかった・・・・・・・・・この魔術師が黒幕だったら、私は寝込んでしまう。己の無力さと未熟さに)

 

何より、この魔術師に一度とはいえ負けたことが、真神を名乗る上で許されない。

 

「そう・・・・・・・・・なら、さっさとボスに言いつけたら? 待っていてあげましょうか?」

 

 構うだけ無駄。遅かれ早かれ、クロセルにいいような扱われて、飲み終わったアルミ缶のように放置されるだろう。

そのような魔術師など闘うだけで、自己嫌悪してしまいそうだ。

 

「そうだな。『魔人』は荷が勝ちすぎる。ここは一つ、素直に『ボス』に泣きつこう」

 

 男の笑みがさらに醜悪さを増した刹那。頭上の影が濃くなる。気配で振り向くという時間的ロスは致命的と判断。方陣を組んでいた帝釈天の二体が、身軽さを武器に跳躍して迎撃体勢に入る。

 帝釈天の二体同時刺突。しかし、落下してくる影は刺突ごと押し潰すかのような連続突きを放ち、帝釈天は一瞬の内に串刺しになる。

貫かれた穴から稲妻が迸り、破れた符札が燃え上がって消える。しかも、消えたのは帝釈天を屠った影も。肉眼では捉えられなかったスピードと良い、野獣じみた動きといい、悪魔憑きで間違いない。それもかなりの上級悪魔であろう。

這いずるような気色の悪い気配を、ひしひしと感じる。

 瞬間にして隊列を、円形の方陣へ組み直す。

前列に立っていた建御雷神すらもその円に加える。路地裏にクスクスという魔術師の忍び笑いと、地面にのた打ち回る不良のうめきが邪魔だ。

 

(一瞬長柄が見えた。獲物は槍。上空からの落下。戦闘続行可能。でも………どこへ?)

 

 私の思案を嘲笑うかのように、槍の矛先が稲妻めいた早さで「壁」を貫通して顔面を狙う。もう廃ビルの中に進入していた後だったのだ。

建御雷神の剣閃が、槍を叩き落す。残った四体の帝釈天が停滞無く一斉に突きを放ち、壁に弾痕のような穴を作り上げる。が、叩き落された槍がいきなり横薙ぎへと変化。槍を抑えていた建御雷神の横腹、私の肩までを柄で薙ぎ倒し、自由となる。

崩壊する壁からは、ウェーブの掛かった髪、真っ赤に血走る凶眼。白のフェイクファーを素肌の上に着込み、蛇柄のスキンパンツという悪趣味なファッション。右腕も異常と言えた。肘から先にあるのは手ではなく、槍と一体になっている。その槍の手が弾丸のような刺突で、帝釈天を屠り終えるころ数メートル先の壁に叩きつけられた私へ踊り出る。

すぐさま体勢を整えた建御雷神は私を守るように立ち上がり、稲妻を迸らせた両手剣を振り被る。

剣と槍から生まれた火花が乱れ咲く。剣戟の弧と閃の嵐。しかし、徐々にスピードが落ちてくる建御雷神。その上段から逆袈裟を、凶眼の主は嘲笑して横薙ぎの払い。それを剣で防御する建御雷神であったが、槍の勢いに負けて胴が二つに別れ、宙を舞い霧散していった。

信じられないものを見ているのだろうか? 武神である建御雷神の技量を凌駕する剛力など――――いや、違う。私自身の性だ。今更気付いて舌打ちする。

 肩口を見ると、内出血したと解るジクジクした痛み以外に、身体まで熱っぽい。現顕維持の話ではない。

 槍と毒――――毒槍を持つ――――悪魔は・・・・・・・・・くそ、駄目――――眼が霞む。あれ? 何で地面がこんなに近くにある? あぁ――――地面に顔を付けているんだ。

 

「フフフ・・・・・・想像していたよりも案外脆いな、真神?」

 

 槍を腕に戻し、笑いを堪えながらゆっくりと地面に這う私へ近付いてくる。

「『魔人の家』だっけ? この街を裏から仕切っているのが、マージョリーに巳堂」指を折って言う。「巳堂はさすがだと思ったよ。一発もオレの槍に触れなかった。マージョリーも奇襲とはいえ、全弾を頭に集中砲火だ。思わず逃げちまったよ」

 自嘲的に肩を竦めたが、「そして、お前だけど・・・・・・・・・」沈黙から狂った哄笑を路地に響かせる。

 

「全然駄目だ。オレの槍を掠る程度なら構わないと思った? 残念だったな? オレの『毒槍』は一発喰らえば大抵毒が回るって・・・・・・・・・聞こえるか?」

 

 乱暴に足で私の身体を転がし、仰向けにさせられた。霞んだ視界に映るのは、ムカデが這うよりも気色の悪い視線で見下ろす男に、歯軋りしながら睨みつけた。

 

「今のお前はいい顔をしているよ、真神」

 

 浅生和海(あそうかずみ)の爽やか笑みを私に向ける。私が一番嫌いな男のタイプだ。

 

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