NOVEL
くもりときどきあくま2 第1回〜第5回
ムダに暗い、ある一室。
「これが、お前の担当する人間だ」
低く野太い、魔王バラモス的な声が響き渡った。
部屋じゅうが闇に覆われているため、
その声の発信源を目にすることはできないが。
「………はい」
続いて、それに呼応する小さな声。
中性的と聞き取れるそれは、
声変わりを直前に控えた少年のもののようだが
それにしては落ちつきすぎている。
———ぱっ!
突如、闇の中に巨大なスクリーンが現れた。
その画面から発せられる光で、
先刻の高い声を発した少年の顔が
ようやく確認できる。
彼の顔に当たる光のせいもあるだろうが、
肌が絹のように白く美しい。
もう少し長ければシャンプーのCMにも
出演できてしまいそうなほどサラサラな髪。
きっちりとした二重の大きな瞳に
すらりと伸びる高い鼻。
彼は、誰が見ても一目置いてしまうほどの
美少年だった。
そしてその少年が
空中に浮かぶスクリーンを眺めていると、
それはある町中を写し始めた。
道路にはランドセルを背負った
小さな人影が行列を作って歩いている。
どうやら、小学校の登校時か下校時の
いずれかを写しているようだ。
次第にスクリーンは
その行列の中の一人に焦点を定め、
ぐんぐんとズームインしていった。
「八木克也(やぎかつや)………、お前と同じ11歳だ」
再び聞こえた野太い声が、
スクリーンに映っている少年を紹介する。
「小学5年。性格は明るく、友だち多し。
国語算数理科社会、全て人並み以下だが
体育の成績だけはずばぬけて良い。」
「……………」
説明を聞きながら、例の美少年は
表情ひとつ変えずにスクリーンを眺めている。
そこに映る八木克也少年はバラモス声の説明どおり
底抜けに明るい性格らしく、
一緒に歩く友達らしき少年の前で
ぴょんぴょん跳びはねていた。
「ミツル、お前とは正反対な部分が多いが……、大丈夫か?」
ミツルと呼ばれた美少年は、
それまでスクリーン内の八木克也少年に向けていた視線を
あさっての方向に向けた。
スクリーン以外はすべて闇なので
もちろん姿を確認することはできないが、
どうやらその方向にバラモス声の主がいるらしい。
「大丈夫とは?」
およそ11歳らしくない声と口調で、
ミツルは問い返した。
「お前の担当するこの八木克也という少年は
お前が今まで接したことのないタイプの人間だろう。
憑りつくのは容易ではあるまい?」
はじめてミツルの表情が変わった。
口元だけをわずかに動かして、
馬鹿にするなとでも言わんばかりの
笑みを洩らしたのだ。
「確かに———」
ミツルが反論する。
「体力だけは無駄にありそうです。
だがそれは僕の能力を遮る要素にはならない。
一度エサを与え、その味を覚えさせれば
そのエサに食い付かずにはいられなくなる………」
再び小さく笑みを洩らした。
「最も単純で、最も憑りつき易いタイプです」
「大した自信だな」
可愛げの欠片もないミツルの発言に、
バラモス声も呆れてしまったようだ。
「ときに、魔王さま———」
ミツルが言う。
ここでようやく、ミツルと会話する相手が
"魔王さま"という存在である
ということが明確になった。
「この二人、妙に仲が良いようですが………」
スクリーンには、八木克也と
少年がもう一人映っていた。
二人で笑っているところを見ると、
かなり親しい友人なのであろう。
「あぁ。宮部渉(みやべわたる)といって、
お前が担当する八木克也の古くからの友人だ」
「……………」
それを聞いたミツルは、深深と考えこんでしまった。
先刻の小さな笑みも消え、ただうつむいて
なにか考え事をするミツル。
そしてスクリーンの中ではしゃぎまわる
克也と渉………。
とても同年齢とは思えない。
「魔王さま」
考え込んでから3分ほど経っただろうか、
ミツルが突如くちを開いた。
「僕の担当を、
この宮部渉にかえていただけないでしょうか」
「何故に?」
魔王さまも、ミツルのこの提案は予測できなかったようだ。
「僕に考えがあります。
そうしていただければ、
僕は宮部渉と八木克也の二人に憑りついてみせます」
「お前一人で二人の人間を相手にすると言うのか?」
「はい」
きっぱりと、ミツルは答えた。
魔王さまの方を見つめる瞳には、
少しの迷いも感じられない。
「好きにするがいい………」
数秒時間を置いたあと、魔王さまが答えた。
「だが、いくら優秀だと言えお前はまだ幼い。
己の能力に慢心することのないよう———」
「わかっています」
魔王さまの言葉を遮るように、ミツルは言った。
「それでは、早速出かけます」
「……………」
無言の魔王さまを残したまま、
ミツルはこの暗い部屋を後にした。
彼が去った後はスクリーンの光も消え、
再び闇と静寂が戻った。
ここで、この世界設定の説明をしよう。
ミツルたちの住むこの世界はアクマの世界。
すなわち、ミツルもアクマだ。
アクマと言っても別に人間界の住人を支配しようとか、
そんな物騒なことを企んでいるわけではない。
外見も人間たちと変わらず、
この世界でのんびり暮らしている。
しかし、そんな彼らが人間と違うところは、
アクマ男子は12歳以上になると
人間界へ派遣されるということだ。
アクマ界を取りしきる
魔王さまが指定した人間に憑りついて、
"仕事"をしなければならない。
まだ11歳なミツルが
1年早く人間界に派遣されることになったのは、
彼が飛び抜けて優秀なアクマであったからだ。
学校の成績が良いだけでなく、
ミツルは他を寄せ付けない圧倒的な雰囲気を持っていた。
彼と並べばどれだけ身体の大きい同級生も、
果ては担任の教師までもが小さく見える。
彼の計り知れないアクマとしての能力、
そしてその奥に潜む冷酷さには
魔王さまさえ一目置いていたほどだ。
話は戻るが、
彼らに任される"仕事"は"精の搾取"と呼ばれる。
アクマ界は、どういう造りになっているのか
人間男子が作り出す"精"がなければ
たちまち崩壊してしまうという。
(しかもその"精"は、若い男子のものほどいいらしい)
その崩壊を防ぐため、ミツルたちアクマ少年は
克也や渉たち人間少年に憑りついて
その"精"を奪い取ってこなければならないのだ。
一言で言ってしまえば単なる"猥褻行為"なのだが
それも自分たちの住むアクマ界を救うためとなると
重要な気がしてきてしまうから不思議である。
実際、これまで人間界に
派遣されていったアクマ少年たちは、
自分たちの任務になんら疑問をもっていない。
———ガチャ………
ミツルは、魔王室から少し離れた別の部屋に入った。
ここに、アクマ界と人間界とを繋ぐ
ブラックホールがあるのだ。
床に配置された、直径1mほどの真っ黒な穴。
ここに飛び込むには流石に勇気がいる———
かと思いきや、流石はミツル。
そんなもので怯むタマではないらしい。
ひとつ深呼吸をしたあと、
何のためらいもなくブラックホールに飛びこんだ。
カッちゃんって、なんなんだろうって
最近よく思う………。
ぼく、宮部渉とカッちゃんこと八木克也は、
いっしょに遊ぶようになってから
まだそんなには経ってないんだけど
今はすっごく仲がいい親友で、
ぼくはカッちゃん以上の友達はいないと思ってる。
今も、カッちゃんと二人で学校から帰ってるとこ。
ぼくとカッちゃんは、
実は生まれた直後すでに会ってるらしい。
いっしょの病院で、いっしょの日に生まれたんだって。
それをきっかけにしてお母さん同士が仲良くなって、
ぼくとカッちゃんもよくいっしょにいたらしいんだけど
そんな赤ちゃんの時のことは覚えてない。
いっしょに写ってる写真もあったけど
やっぱり思い出せるはずもない。
そんで、通う幼稚園も違ってたから
ぼくはカッちゃんと同じクラスになるまで
その存在をほとんど知らずに生きてきた。
それはカッちゃんの方も同じみたいで、
小学2年まではぼくの顔すら知らなかったって言ってる。
失礼な。
そのころのぼくは、
いちおう「あぁ、こんな顔したヤツがいるなぁ」
程度にはカッちゃんのこと、知ってたのに。
名前までは知らなかったけど。
そんなぼくとカッちゃんが知り合ったのは、
小学4年のとき。
今5年だから、だいたい1年とちょっと前になる。
ぼくらが同じクラスになったのをキッカケに、
お母さんがぼくにカッちゃんのことを教えてくれた。
カッちゃんも、
お母さんからぼくのことを聞かされたって。
「今度同じクラスになった子に、
あんたと一緒な時に生まれた八木克也って子がいるから
話しかけて友達になんなさい」
って。
いきなり言われても、
ぼくは今までそんなヤツとしゃべったこともなかったから
自分から声かけようかどうしようか、
すっごく迷ってた。
だって、「おまえ、ダレ?」みたいに言われたら
どうしたらいいかわかんないし。
でもそんなとき、
カッちゃんの方からぼくに近づいてきてくれた。
びっくりしたけど、いきなりぼくの家に遊びに来たんだ。
連絡もなんにもなしで。
いきなり見ず知らずのヤツの家に遊びに来るなんて、
まぁカッちゃんらしいって言えばそうなんだけど
やっぱりぼくには信じられない。
でも、ぼくはそのとき家にいなくて、
あとでお母さんからカッちゃんが来たことを聞いて
次の日の学校でぼくが声をかけた。
ちょっときんちょうしたけど
ぼくが声をかけたらカッちゃんはニカッて笑って、
「じゃ、こんどはいつ遊べる?」って言ってきた。
ぼく、ホッとした。
なんか、いいヤツそう。
それからいっしょに遊んだり、
いっしょに学校言ったり帰ったりするようになって
カッちゃんことがいろいろわかってきた。
この、バカみたいに明るい性格をのぞいたら、
ぜんっぜんいいとこがないんだ。
国語算数理科社会、ぜんっぶだめ。
絵もヘタクソ、手先も不器用。
忘れものの帝王で、しょっちゅう怒られてる。
あんまり忘れものがひどいから、
怒った先生がカッちゃんのランドセルの後ろに
「給食費、忘れるな!」って
書いた紙をはったことがあった。
そのまんまで帰るとき
さすがのカッちゃんもはずかしそうだったけど、
それでも次の日給食費を忘れてきたのには
ちょっと尊敬しちゃった。
ここまでされたら、忘れる方がむずかしいよ。
あと、ひとつのことに集中しちゃったら、
他のことが全くできなくなる。
同時にふたつのことができないんだ。
いったんマンガを読みはじめたら
ちょっとやそっとじゃ返事をしない。
それに集中しきっちゃってるんだ。
給食の時間もカッちゃんはよくしゃべるけど、
そのしゃべるのの合間に給食を食べるってことができない。
しゃべり出したらしゃべりっぱなし。
だから給食の時間、カッちゃんはいつもビリっけつ。
あ、でもひとつだけいいとこがあった。
体育のじかん。
運動神経だけは、かろうじて尊敬できるかな。
ぼくがいまだにできない逆上がりだって、
1年生のころからできてた(らしい)し。
トータルで見たら欠点ばっかなカッちゃんだけど、
ぼくはカッちゃんを大事な友達だと思ってる。
いっしょにいてこんな楽しいヤツ、他にいない。
もっとカッちゃんと遊びたい、
もっとカッちゃんといっしょにいたい。
って、そんなこと思ってたからか知らないけど、
なんか最近、カッちゃんといたら
ヘンな気持ちになってくるんだ………。
「ワタル!」
「うわぁっ!」
いきなり、ぼくの背中にずっしりと
カッちゃんが飛びついてきた。
首の後ろのとこからただよってくる、
カッちゃんのにおい。
「なにボーッとしてんの?」
ぼくにくっついたまま、カッちゃんが言う。
あぁ、背中のランドセルじゃま。
おまえがいなかったら
もっとカッちゃんとくっつけるのに。
「い、いやっ、
今日の宿題、大変そうだなぁって思って………」
「っだよなー! 今日のは多すぎだよ」
カッちゃんが離れた。
なんで離れるんだよ、
もっと抱きついてていいんだよ。
「どうせカッちゃんはやってこないんだろ?」
ぼくは平静をよそおってカッちゃんに話しかける。
最近のぼく、こんなふうにばっかしてる。
「でもワタルはやってくるだろ?」
「そ、そりゃあ、宿題だし………」
カッちゃんが、ニュッて顔を近づけてきた。
まただ…
また、心臓がどきどきする………
「じゃあ、オレもだいじょうぶ!」
すっくと背を伸ばしたカッちゃんが言う。
「なにが大丈夫なんだよ?」
「だって、オレは明日学校で
ワタルがやってきたのを写すもん!」
コイツ、最初っから自分でやる気ないな。
このまえもぼくのを写したのがバレて
先生にもお母さんにも怒られたばっかなのに………。
ぜんぜんこりてないや。
「ダメ」
ぼくはわざと冷たく言った。
だって、そんなのカッちゃんのためになんないもん。
「えー? いいじゃん、減るモンじゃないんだから!」
「ダメ」
「えぇ〜〜」
カッちゃんはしつこく食い下がる。
ちゃんっと授業聞いてれば
カッちゃんだってできる宿題なのにさ。
「ワタルさまぁ〜、おねがいしますぅ〜」
「うわっ!」
気色悪い声を出しながら、
またぼくにすり寄ってきた。
ぼくの右うでをつかんで
すがりつくみたいに身体をくっつけてくる。
「きもちわりぃよ!」
ううん、ほんとはぜんぜん気持ち悪くないんだ。
「はなせって!」
はなれなくていい、ずっとぼくにくっついてて。
「いいだろ〜?
今度はぜってぇ見つかんないようにするから!」
って言いながら、こんどはぼくのこしをくすぐり出す。
カッちゃんの必殺技だ。
ここをさわられたら、
ぼくはくすぐったくってしょうがない。
「わっ、わかったから!」
ぼくが叫んでも、まだカッちゃんはくすぐり攻撃をやめない。
「ホントにィー?」
「ほっ、ほんとだって!!」
ぼくの服とカッちゃんの服が間にあるけど、
ぼくの身体とカッちゃんの身体がくっついてる。
これが、最近よく感じるヘンな気持ち………。
なんって言ったらいいかはわかんない。
なんかカッちゃんとくっついてることが気持ちよくて、
このまま離れなくないって思っちゃうんだ。
「よし、じゃあ約束な!」
やっとくすぐり攻撃をやめて、カッちゃんが離れた。
あーあ。
「はぁ…はぁ………カッちゃん、それ反則だよ」
「へへ、ワタルってほんとココよく効くよな」
って言って、またぼくのこしに手を伸ばしてきた。
ぼくは反射的にそれをよける。
「じゃ、オレのやめにしっかり宿題やってこいよー!」
いつのまにか、カッちゃんの家の前まで来てた。
カッちゃんが手をふりながら家の方へダッシュしていく。
今日、じゅくじゃなかったら
カッちゃんの家に寄って遊んでくのにな………
一人で歩きはじめて、ぼくは考えた。
なんでカッちゃんといて、
カッちゃんとくっついててあんな気持ちになるのかってこと。
考えたってわかんないんだけど………
たぶん、カッちゃんがぼくの親友だからなんだろう。
いちばん親しい友達なんだから、
あんな気持ちにもなったりするんだよ。
それに、カッちゃんだって
あんなことするのはぼくだけだし。
他のヤツにふざけて抱きついたりしてることなんか、
見たことないんだ。
あんなことするのは、ぼくにだけ………
ぼくとカッちゃんが親友だから………
そう考えたら、なんかうれしい。
次の日。
カッちゃんといっしょに教室に入ったら、
なんだかみんながザワザワしてた。
ウチのクラスはいつもうるさいって
先生に言われてるけど、
今日のはいつも以上のザワザワだった。
「転校生?」
「男子?」
「名前は?」
「だれが言ってたの?」
ザワザワの中からそんな言葉が聞こえた。
なんだろう。
「なぁなぁ」
ランドセルを置いて、カッちゃんがぼくの肩をたたいた。
「宿題、やってきてくれた?」
ぼくの顔を見ながら、カッちゃんはニッカリ笑った。
「今日は朝の会の前に全校集会があります。
全員廊下に並んで体育館へ行きなさい」
担任の村井先生が、
教室に入ってすぐそんなことを言った。
カッちゃんはかんいっぱつ、
宿題を写し終えたとこだった。
「やっぱり転校生だ」
どこからか、そんな声が聞こえた。
集会の内容は、クラスでうわさされてたとおり
転校生の紹介だった。
しかもぼくのクラスへくる転校生だって聞いて、
あれだけみんながさわいでたのも納得できた。
うわさの転校生が、ステージの上であいさつする。
ここからじゃ遠くて顔は見えないけど。
「日向光(ひなたみつる)です。よろしく」
たったそれだけ。すげぇブアイソだって思った。
その転校生がウチのクラスに入ってきたとき、
女子たちがいっせいに声をあげた。
くやしいけど………
男子のぼくが見てもそう思っちゃうくらい、
その転校生はカッコよかった。
でも、たしかにカッコいいと思うんだけど、
なんか冷たい感じがするって思った。
表情がほとんどない。
なに言われても「フン」とか言いそう。
ぼくは、カッちゃんの方を見た。
カッちゃんはぼくの視線に気づいたら
すぐこっちを向いてニカッてした。
そしてぼくに向けて消しゴムのカスを飛ばした。
ぼくは、なんだかホッとした。
「全校集会で紹介があったとおり———」
先生がしゃべり出した。
「これからこのクラスの一員になる、日向光くんだ。
仲良くするんだぞー」
クラスのみんながいっせいに「はーい」って答える。
それに混じって、女子のヒソヒソ声も聞こえる。
なに? あんなのがモテるの?
「日向光です。よろしく」
「!!」
なっ、なに!? なんでぼくの方見てんの!?
いっしゅんだけど、ほんのいっしゅんだけど
確かにアイツとぼくの目が合った。
転校生、ヒナタミツルがぼくの方を見てた。
それも、なんだかにらむような
「お前に目ぇつけたぞ」的な目つきで。
はっとした時には、
転校生はもうぼくの方を見てなかった。
あの視線はなんだったんだろう。
心臓がどきどきする。
たんに、同じ学年の、
それもたった今転校してきたヤツと
目が合ったってだけなのに………
ぼくがそんな気持ちでいたころ、
カッちゃんはゲップをしてとなりの女子になぐられてた。
転校生ってのは、誰だってそうなんだけど
最初の休み時間はクラスのみんなに注目される。
どんなにブサイクで、性格悪そうなヤツでもそれはいっしょ。
たとえそれが最初だけでも、転校生はクラスいちの人気者。
そして、ヒナタミツルの場合は
転校生ってことに加えて
(ぼくが言うのもくやしいけど)
すっごいカッコいいときてる。
ちょっと取っ付きにくそうな感じがしたけど
そんなことも関係ないみたい。
頭もよくて、体育もできそうな気がする。
だから、一限目が終わったあとの休み時間、
アイツの机のまわりには女子を中心に
人だかりができてた。
別に、あの転校生がぼくより顔よくて、
勉強も体育もぼくよりできたとしても
ぼくはぜんぜん気にしないんだ。
ぼくはぼくで転校生は転校生。
べつにそいつと友達になりたいなんて思ってないから、
ヒナタミツルがクラスでどんな位置につこうと
ぼくには関係ない。
女子のだれかがあいつに告白とかして
たとえ付き合うことになったとしても、
どうせ高校とかはバラバラになっちゃうんだから
今から付き合ったってしょうがないじゃん。
だから別にいいの。
ぼく、アイツあんまり好きじゃない。
意味もなくぼくのことにらんできたから。
たったそれだけでキライになるのは
間違ってるかもしれないけど、
あの目つき、すっごく威圧的だった。
思い出してもゾッとする。
そして、あんなヤツにぞっとさせられた自分もイヤだ。
タイプも違うんだろな。
いっしょに遊んだとしても気が合わないと思うし。
だから、いい。
ヒナタミツルはぼくのクラスメイトってだけで、
それ以上にはなんない。
あいつに関わる気なんてさらさらない………。
———えぇと、カッちゃんは………
おかしいな、いつもだったら
休み時間になったら
カッちゃんがすぐぼくのとこに来るのに。
宿題見せてやったんだからお礼ぐらい言えよな。
クラスのほとんどは
ヒナタミツルのまわりに群がってるから、
ぼくはひとりぼっち。
親友のカッちゃんを探そうと思って教室を見回した。
「……………」
あれ? いない………
トイレ…かな。
トイレに言ってみたけど、カッちゃんはいない。
なんにもしないで出るのもヘンだから
あんまりしたくなかったけど、とりあえずおしっこした。
トイレから出て廊下を見渡してもカッちゃんはいない。
おかしいな、まさか他のトイレに行くわけないし………
まさか、宿題うつしたのがバレて職員室に!?
………んなわけないか、
今日の宿題はまだ集められてないんだし。
———……………
カッちゃんがいないと、なんか不安になった。
他の友達が混じってることもあるけど、
休み時間、ぼくとカッちゃんはいつもいっしょだった。
なんだか一人だけ取り残されたような気がして、
急にさみしくなってきた。
ただ、たった10分の休み時間に
カッちゃん姿が見えないってだけなのに。
そのとき、ある考えが浮かんだ。
トイレだ!
それもおしっこじゃなくて、おっきいほう!
学校でウンコしてるのがバレたらはずかしいから、
きっと職員トイレにコッソリしに行ってるんだ!
………なぁんだ、別にはずかしいことじゃないのに。
カッちゃんの性格なら
平気でどこのトイレでもしそうなんだけど
実はけっこうコソコソするんだ。
一回、ぼくにだけ打ち明けてくれたことがあるし。
そっか、トイレだ、きっと。
次の休み時間、からかってやろっと。
ホッとしながら教室に入ったとき、
ぼくはがくぜんとした。
トイレなんかじゃ………なかった。
カッちゃんはずっと教室にいた。
転校生、ヒナタミツルを取り囲む輪のなかに。
カッちゃんも、きっとあんな冷たそうな転校生には
興味ないだろって決めつけてたから、気づかなかった。
あの輪の中にカッちゃんがいるなんて
考えもしなかった。
そこにいるのは、女子とか
クラスいちおしゃべりの柴野くんたちだと思ってた。
なんでカッちゃんが………
ぼくより、そんな転校生の方がいいの?
しかもカッちゃん、すごく楽しそう。
カッちゃんに話しかけられて転校生も笑ってる。
なんか、友達になっちゃいそうなフンイキ。
ぼくは、そんなカッちゃんに近づけなかった。
ここでぼくが、「なに話してんの?」とか話しかけたら
カッちゃんはきっと
ぼくを会話の仲間に入れてくれると思う。
もしかしたら、ぼくとカッちゃんとヒナタミツルで
友達になれちゃうかもしれない。
でも、ぼくはそれがイヤだった。
ぼくとカッちゃん、カッちゃんとぼく。
この中に、ぼくとカッちゃんの友達指数と
同じくらいの指数を持ったヤツを浸入させたくない。
だから……ぼくはその場を離れた。
向こうで男子が何人かでUNOしてる。
その仲間に入れてもらおう。
カッちゃんは……また次の休みじかん!
「ねぇ、ぼくもいれてよ」
自分でも、その声が裏返っちゃってるのがわかった。
「カッちゃん!」
次の休み時間、ぼくはすぐに声をかけた。
「おう、どした?」
カッちゃんはすぐにふり向いて、ぼくの方を見た。
カッちゃんの目がぼくを見てる、
なんだかそれだけでホッとした。
よかった、ぼくのことを忘れたんじゃないんだね。
「えっと………」
しまった、声かけたはいいけど
話す内容を考えてなかった………。
ただカッちゃんがヒナタミツルのことへ行くのを
ふせぐために声をかけたんだから。
「あっちでさ! みんなでUNOしない?」
自分でも名案だと思った。
UNOをはじめれば、カッちゃんはもう
ヒナタミツルのとこへは行かない。
「あぁ、わりぃー、
オレ、アイツんとこ行こうと思ってさ」
そう言って、カッちゃんが指さしたのは
ヒナタミツルだった。
がーーーん………
ってゆうのは、こうゆう時のことを言うんだろな。
「ワタルもこいよ、アイツけっこういいヤツだしさ」
って言って、
カッちゃんはヒナタミツルのとこへ行っちゃった。
カッちゃん………
ぼくにも来いってゆうんだったら
ぼくの手を引っ張っていってよ。
ぼくは一人じゃそこに行けないから………
ヒナタミツルと楽しそうに
話してるカッちゃんを見るのがイヤで、
ぼくは席に戻った。
べつに何もしない。
ただ、ぼーっとする。
てゆうか、
なんでぼくはこんな気持ちになってるんだろう。
カッちゃんだって、
転校生が気になったっておかしくないよね。
今日はたまたまぼくより転校生の方に
気がいってるだけ………
なのに、なんでこんなさみしい気持ちになるんだろう。
ぼくにはカッちゃんの他にもたくさん友達がいる。
たとえカッちゃんがいなくなったって、
そいつらと遊べばいいんだ。
友達は、たくさんいる、たくさんいる………
って思っても、ぜんぜんスッキリしない。
やっぱりカッちゃんがいないと………。
あぁ、こんなにカッちゃんに
ベタベタしたがってる自分がイヤになってきた。
ぼくとカッちゃんは男同士なんだから、
そんなにベタベタしてるのもヘンだよ、きっと。
でも……でも、
これでカッちゃんがふざけてぼくに抱きついて
きたりしなくなったら、やっぱりいやだ。
カッちゃんにとってぼくは親友だから、
ぼくだけとくべつ。
だから抱きついてきたりするんだ。
それが……あの転校生、ヒナタミツルのせいで
崩されようとしてる。
「ワタル、かえろう!」
その声がしたとき、ぼくは一気に救われた気がした。
今日、はじめてカッちゃんが
自分からぼくのとこに来てくれた。
やっぱり、今日来たばっかの転校生にゃ
ぼくとカッちゃんの間に入り込むなんてできないんだよ。
「ミツルもいっしょだけどいいか?」
「えっ………」
明るく言うカッちゃんのうしろに、
ヒナタミツルが立ってた。
「オレたちと帰る方向いっしょなんだって」
最悪だ。
「そ、そうなんだ………」
「こいつ、オレの友達でワタルってゆうの」
カッちゃんがヒナタミツルにぼくを紹介してる。
べつにそんなことしなくたっていいのに。
「君とはまだ話してなかったよね、よろしく」
ヒナタミツルがぼくに向かってちょっと頭を下げた。
"キミ"だって。
軽々しく呼ぶなよ。
「あ、うん、よろしく………」
くちからは、心と正反対の言葉が出てくる。
しょうがない。
ここできげん悪そうにしてたら、
カッちゃんにヘンに思われちゃうし。
「ワタルくんはカッちゃんと結構前から友達なの?」
かっ、"カッちゃん"って言ったな、こいつ!
"カッちゃん"ってのは、ぼくだけの呼び方だったのに!
他のみんなは"カツヤ"って本名で読んでるのに!
その呼び方は……親友のぼく専用だったのに………
「いや、4年のときから………」
カッちゃん……なんでその呼び方、
こんなヤツに教えたりするんだよ………
「なぁ、はやく帰ろう」
カッちゃんが言った。
ぼくの、こんな気持ちも知らずに。
「うん」
ぼくより先に、ヒナタミツルが答えた。
帰り道。
ぼくはほとんどしゃべれなかった。
カッちゃんとミツルが二人でもりあがってて、
ぼくはそれに混じれなかった。
「ねぇ、ワタルくんっておとなしいんだね」
そんなぼくに、ミツルが言う。
テメェが原因なんだよ!
「え? ワタルはそんなおとなしいヤツじゃねぇよ」
ぼくの代わりにカッちゃんが答えた。
「でも…確かに今日はあんましゃべんないよな、
なんかあったか?」
やっと……やっとカッちゃんがぼくに気づいてくれた。
でも…
「な、なんでもないよ………」
ほんとの理由は言えない。
「ミツルとはじめて会ったから、きんちょうしてんだろ?」
「ま、まぁ、そんなとこかな……」
ぼくはウソをついた。
「そんなに緊張しないで、何でも話してね」
ミツルが言う。
憎たらしいほどに落ちついた声だった。
翌日。
すっごくいいこと思いついた、
カッちゃんをミツルから取り戻す方法!
昨日もたくさん宿題が出た。
でもカッちゃんのことだから
ぜったい、やってきてないと思う。
だから、ぼくのをうつさせてあげるんだ。
そしたらカッちゃんもミツルなんかより
ぼくの方が大事だって気づいてくれる。
学校行く時もミツルがいっしょで
朝から気分が悪くなりそうだったけど、
今日はカッちゃんを取り戻せるから関係なかった。
「ねぇ、カッちゃん!」
教室に入ってンドセルを置いたら
ぼくはすぐにカッちゃんのとこへかけ寄った。
「宿題、やってきた?」
「い、いや………」
やっぱり!
ぼくの思った通りだ!
「また忘れたんだろ?」
「あ……うん………」
「ったく、しょうがないな、ぼくのうつさせてあげるから」
ノートを差し出そうとしたとき、
「わりぃ、今日はミツルに見せてもらう約束で………」
「え………」
手から力がぬけて、ノートがゆかに落ちた。
「昨日、休み時間に話してるときにさ、
アイツがうつさせてやるって言ってくれて……」
「……………」
「ワタルにはまた今度頼むよ!
オレ、この後もぜんぜん自分で宿題してくる気ないから!」
カッちゃんはいつものように明るく笑う。
ぼくも笑う、ただし表面だけで。
心の奥底は、ちっともおかしくないって言ってる。
「カッちゃん」
うしろで、今ぼくが一番聞きたくない声がした。
「これ、昨日の宿題」
「おぉー、サンキュウ♪」
カッちゃんが、ぼくから遠ざかってゆく。
アイツが来てから、3日たった。
カッちゃんが
遠ざかりはじめてるのを感じてから、3日たった。
登校のとき、休みじかん、下校のとき、
ぜんぶにアイツがいる。
ぼくとカッちゃんとヒナタミツル。
その中で、ぼく一人だけが"浮いて"るのを感じる。
カッちゃんは相変わらず明るくて、
ぼくにもミツルにも話しかけてるけど
ぼくは前みたいにそれに応えることができない。
今までは、ここまで明るいカッちゃんの声や笑顔は
ぼくだけのものだったのに、
今はそれがミツルにも向けられてる。
ほんの3日前に転校してきたばっかりの、
ほんの3日前までは見ず知らずだった
ヒナタミツルってヤツに。
別に、カッちゃんはぼくだけのものじゃない。
カッちゃんはぼくの他にもたくさん友達がいるし、
だれに対しても明るい。
でも………ぼくはそのカッちゃんの友達の中で
一番だったんだ。
ぼくの肩に手をまわしてきて、
「オレたち親友だから!」って言ってくれたときは
ほんとにうれしかった。
だから、カッちゃんとの親友ってゆう関係を
ぼくは失くしたくない。
ミツルなんかにカッちゃんを取られたくない。
「独占欲」ってコトバをどっかで聞いたことがある。
付き合っている相手を、
かんぜんに自分のものにしないと気がすまないってこと。
ぼくとカッちゃんは別に付き合ってるワケじゃない。
(それ以前に、男同士だ)
だけど、今のぼくには
そのコトバがぴったりだと思った。
カッちゃんを、ひとりじめにしたい。
ミツルなんか無視して、ぼくとだけしゃべってほしい。
ミツルが転校してくる前のカッちゃんに
戻ってくれるだけでいいんだ。
また前みたいに二人だけで遊びたい。
なんで"カッちゃん"って人間に対して
ここまで思っちゃうのかはよくわかんないけど………
やっぱり親友だからかな。
親友だった関係を崩されようとしてるから、
いまぼくはこんなにムカムカしてるんだ。
「……………」
登校じかん。
いつも通りに家を出て、
とちゅうカッちゃんの家に寄ってカッちゃんを呼んで、
二人で学校へ向かう。
でも、「おはよう」って言ってから、
まだ一言もくちをきいてない。
もうすぐ、あのアパートの前。
ヒナタミツルが住んでるアパートの前。
カッちゃんがミツルと待ち合わせしてる場所。
ここからぼくとカッちゃん間のにジャマ者が入る。
それを考えたらすっごいゆううつで、
カッちゃんが制服のボタンを
いっこずつずれて止めちゃってるのに気づいても
ぼくは話しかける気になれなかった。
昨日もこんなかんじ。
昨日のカッちゃんは
鼻の下に牛乳で白いヒゲをつけたまま出てきたけど、
やっぱりぼくは話しかけられなかった。
そんなぼくをカッちゃんは
「さいきんのワタル、なんかおかしいぞ?」
ってゆう。
ぼくだってわかってる。
ぼくがこんな調子じゃ、
カッちゃんがますますミツルの方に行っちゃうってことも。
「ねぇカッちゃん、ボタンずれてない?」
ってぼくが言ったら、
きっとカッちゃんはあわてて笑いながら
ボタンをなおすんだろな。
そんで、あわてすぎて
ボタンが取れちゃったりするんだろな。
そして、ぼくが「バカやなぁ」って言ったら
カッちゃんはすごい勢いでぼくをつかまえて、
サバオリかくすぐり攻撃をしてくるんだ。
ぼくは「ギブギブ!」って叫んで
カッちゃんのうでをたたく。
その後はまた、
二人でいろんな話をしながら歩くんだ。
あ、この前発売された
「ロマンシング・ストーン・ガーサ」の話なんかいいな。
ぼく、今月のおこづかいが入ったら買えるんだよ。
そしたら、ぼくんちでいっしょにやろう?
あのゲーム、謎解きがけっこう難しいみたいだから、
二人でやる方がいいよ。
………でも、言えない。
ヒナタミツルヒナタミツルヒナタミツル。
ぜんぶコイツのせい。
コイツさえいなきゃ………
「あれ?」
周りを見て、はっとした。
ミツルのアパートの前を通りすぎてた。
「ねぇ、アイツは?」
今日、はじめてカッちゃんに話しかけた。
「ンあ? あいつって?」
カッちゃんが眠そうに目をこすりながら
ぼくの方を見た。
ボタンがずれてるのにはまだ気づいてない。
「その……いっしょに学校行ってた………」
なまえをくちに出すのもイヤだった。
「あぁ、ミツルね」
今度はちんちんのとこをポリポリかいてる。
きたないなぁ、カッちゃんは………
「あいつ、飼育委員会の仕事があるから
今日は先に行ってるってさ」
「えっ」
心ん中が、下の方からどんどん
あったかくなってくるのを感じた。
「昨日の夜電話あってさ、
今日はいっしょに学校行けないって」
げっ、アイツ、カッちゃんと電話したのかよ………
「そっかぁ」
でも、電話ぐらい許す!
学校に着くまでアイツはいない。
久しぶりにぼくとカッちゃんだけだ!
なんか急にうれしくなってきたぞ!
「ねぇカッちゃん!」
「なっ、なんだよ、いきなりでっけぇ声だして」
「今日、5限で終わりだからぼくんちで遊ばない?」
ミツルがいない時に言わないと、
アイツもついてくるってことになりかねないもん。
「あー、そういえば
ワタルんち行くの久しぶりだよな」
「うん、またKOFで対戦やろうよ」
このまえなんか、
カッちゃんと二人でずっと対戦やってて
気づいたら4時間もたってた。
二人してお母さんに怒られたっけ。
「じゃ、家帰ったらすぐ行くから!」
カッちゃんがぼくの方を見て笑う。
なんだかすごい懐かしい。
この笑顔を、ぼくの方に向けてほしかったんだ。
「ね、いいこと教えてあげよっか?」
ぼくもうれしくて、
笑わずにはいられなくなってきた。
「えっ、なに?」
ぼくが笑うのを見てカッちゃんも笑う。
ぼくを笑わせてるのはカッちゃんなのにさ。
「制服のボタン、いっこずつづれてる」
「ゲッ!」
思ったとおりの反応だ。
あわててボタンをなおそうとしてるけど、
カッちゃん不器用だから
なかなかうまくボタンが止められない。
「そんなカッコでずっと歩いてただよ?」
「てめ! 気づいてたんならはやく言えよっ!」
「だって聞かれなかったもん」
「ブッコロス!」
カッちゃんが飛びかかってきた。
ボタンがめちゃくちゃになった制服で
ぼくを追っかけてくる。
「なんで怒るんだよっ!」
ぼくは走って逃げる。
後ろでランドセルがガチャガチャいってる。
この音も久々に聞いた気がするな。
「うわっ!」
ぼくよりカッちゃんの方が足速いから、
すぐにつかまった。
「くらえっ!」
今日はサバオリだ!
うしろからカッちゃんにぎゅって抱きしめられる。
「ごめんごめん! ギブゥー!」
そう叫びながら、
カッちゃんのにおいを吸ってぼくは幸せだった。
あたりまえだけど、学校にはヒナタミツルがいた。
昨日やおとついとおんなじように
カッちゃんはミツルとしゃべったりしてたけど、
今日はそんなにムカつかなかった。
だって、ぼくはは学校が終わったら
カッちゃんと遊ぶんだもんね。
オマエはカッちゃんを家に呼んだことなんかないだろ?
ぼくはミツルに勝ってる。
そう思ったらなんか、"フフン"って気になって
ミツルとも平気で話すことができた。
くちには出さないけど、
この優越感がたまんない。
勉強も運動もオマエよりできないけど、
ぼくはオマエに勝ってるんだぞ。
昼休み。
カッちゃんはミツルのとこに行ってる。
ま、別にいいけどね。
「おーい、社会係ー!」
先生の声がした。
社会係はぼくとカッちゃんだけど、
ぼくの方を見てる。
「5限の授業に使うから、
資料室から世界地図持ってきといてくれー」
「わかりましたー」
ぼくは席を立った。
カッちゃんの方を見てみたけど
おしゃべりに夢中みたい。
しょうがないか、ぼくが一人でやろう。
教室の出口に向かうとき、
カッちゃんたちのそばを通ってみた。
カッちゃんとミツルが二人で何かしゃべってる。
何話してるのか、
ちょっと気になるなぁ………
「……ング・ストーン・ガー………」
「えっ、持ってんの!?」
カッちゃんの横を通るとき、二人のそんな声が聞こえた。
放課後。
ミツルのアパートはもう過ぎて、
今はぼくとカッちゃんの二人だけ。
これからぼくたちは二人で、
ミツルぬきで遊ぶんだ。
「カッちゃん」
「んー?」
「家にランドセル置いたらすぐ来るんだよね?」
「へっ!?」
ちょっと予想外なカッちゃんの返事。
なんだよ、忘れてたの?
「だから、今日ぼくんちで遊ぶって………」
「あっ、そう……だっ…け………」
カッちゃんが足を止めて頭をポリポリかき出した。
なんか、イヤな予感がする。
「なんか……用事でもできた?」
「いや、今日、ミツルんち行く約束しちゃってさ………」
「えっ………」
今日、ずっとミツルに対して感じてた優越感が、
一気に冷めていってる気がした。
「アイツさ、『ロマンシング・ストーン・ガーサ』持ってる
らしくてさ」
「……………」
「ワタルもいっしょに来ればいいじゃん!
ワタルもあのゲームやりたがってただろ?」
「……………」
「ミツルの家まだ行ったことねぇし、
どんなのかちょっと見てみたいしさ」
「……………」
「どした?」
カッちゃんがうつむくぼくの顔をのぞきこむ。
ぼくの気持ちなんか
ぜんぜん気付いてないみたいな明るい顔で。
「ぼく………」
「ん?」
「いかない………」
足が自動的に動き出したみたいだった。
この場所にいたくない。
今ははやくカッちゃんの前から立ち去りたい。
「なんでだよ、いっしょに行かねぇの?」
後ろでカッちゃんが叫んでる。
なんだよ、ぼくのこと思ってんなら
あんなヤツの家なんか行くなよ。
すっごく悲しいけど、涙は出なかった。
ただ何も考えられなくなって、
頭ん中がカラッポになったみたいだった。
ヒナタミツル………
なんでぼくからカッちゃんを取ってくんだよ!!
それからはまた、もとどおり。
カッちゃんとミツルは仲良し。
二人はぼくにも話かけてくるけど、
ぼくはそれに愛想笑いしかできない。
ぼくとカッちゃんがいっしょにいる時は
必ずミツルもそこにいる。
カッちゃんとミツルは
どんどん仲良くなっていって、
カッちゃんとぼくは
どんどん口数が少なくなっていく………
数日後。
「ワタルくん」
休み時間、ミツルに声をかけられた。
コイツが一人でぼくのとこへ来るなんて
初めてだったから、ちょっとびっくりした。
「ちょっと、来てくれる?」
「なんだよ」
知らないうちに乱暴な口調になってた。
目もミツルをにらんでたんじゃないかと思う。
「話があるから」
そう言ってミツルは歩き出した。
ついてこいってことらしい。
カッちゃんも……いない。
教室じゅうを見回しても見つからない。
なんか、ちょっと不安になったけど
ぼくはミツルの後ろについて行った。
どこに行くんだろう。
ぼくの方を振り向きもしない。
校舎を出て、ミツルは裏庭の方へ歩いていく。
こんなとこまで来たら
チャイムまでに戻れないかもしれないのに。
裏庭の池のとこまで来たとき、
ミツルは足を止めてぼくの方を向いた。
「!!」
ミツルの顔を見たとき、
全身に鳥肌が立ちそうになった。
あれだ。
コイツが転校してきた日、
教室の前でみんなにあいさつするよう先生に言われたとき、
ぼくをにらんでたあの目。
「ねぇ」
「へっ!?」
声をかけられて、はっと我にかえった。
「なんでいつも僕のこと睨んでんの?」
表情ひとつ変えずに、ミツルが言った。
「はぁ? なんでぼくが
アンタのことにらまなきゃいけないんだよ」
こんなヤツに負けてられない。
心臓のどきどきをおさえながら、
裏返らないように注意して声を出した。
「僕とワタルくんとカッちゃんでいるとき、
ワタルくんはずっと僕のことを睨んでる」
「にらんでないって!」
くちではそう言ったけど、
自分では心当たりがあった。
ぼくとカッちゃんの間をジャマするヤツ。
いっつもそう思ってたから、
もしかしたら自然ににらんでたのかもしれない。
「ねぇ」
「なっ、なんだよ……」
ミツルが僕の方につめ寄ってきた。
「そんなにカッちゃんのこと、好き?」
「はっ、はあぁ!?」
いきなり、何を言うかと思ったら。
「僕がカッちゃんを取ったから、
それが気にくわないんだろ?」
「なっ、なにわけわかんねぇこと言ってんだよ!!」
そう言って、ミツルから離れた。
なんだかわかんないけど、
コイツのそばにいたくない。
「おい」
「まだ何かあんのかよ!」
「放課後、またここに来いよ」
ぼくをにらみつけながら、
ミツルは静かにそう言った。
ミツルのゆうことはきかなかった。
その日はカッちゃんと二人で学校から帰った。
カッちゃんは
「ミツル、どこ行った?」とか言ってたけど、
ぼくは
「なんか用事でもあって先帰ったんじゃないの?」
って言った。
自分でもちょっとヤなやつだと思った。
ぼくがカッちゃんと二人で帰ってる間、
ミツルが一人で裏庭で待ってることを考えたら
ちょっとかわいそうな気もする。
そして、明日アイツに何言われるか、
それがちょっと恐い気持ちもあったり………
「ワタル、今日はじゅくだっけ?」
今ぼくの横にカッちゃんがいる。
ミツルはいない。
「ううん、今日は休み」
カッちゃんの大事さを、
ぼくはミツルが来てからイヤってくらい感じた。
だから、今のこの状態は
すっごくうれしいはずなのに、
やっぱり裏庭で待ってるミツルのことが引っかかる。
「じゅくなんてよく行くよなー、
ワタルはほんとえらいよ」
やっぱり、ミツルんとこに行った方がよかったかな。
アイツとしっかり話したほうがよかったのかな。
……でも、アイツはぼくに何を言うつもりなんだろ。
さっきみたいに、
『僕がカッちゃんを取ったから、
それが気にくわないんだろ?』
とか言ってくるのかな。
そう言われたら、
ぼくはなんって言い返したらいいか
ちょっとわかんない………。
「カッちゃんもためしに行ってみたらいいじゃん、
ぼくのじゅく、先生もけっこういい人だよ」
カッちゃんがじゅくに来たら、
ジャマモノがいない時間がもっと増えるのに。
「オレが『うん』ってゆうと思う?」
「………思わない」
カッちゃんが自分の成績上げようとしてないことと、
いっしょにいる時間が増えないってこと、
その両方の意味をふくんだため息が出た。
「じゃ、また明日な!」
「うん、ばいばい」
カッちゃんが家の中に入って行った。
明日はぼくに宿題うつさせてくれって
言ってくれるかな………
———あれ?
ぼくの家の前にだれか立ってない?
カッちゃんと別れてからしばらく一人で歩いて
ぼくの家が見えてくると、
近くにだれか立ってるのが見えた。
大人じゃない。
背中にしょってるのは……ランドセル?
自分の家に近づいてくだけなのに、
心臓がどきどきしてくる。
近づくにつれて、それがだれなのかわかってきたから。
ちがう…ちがう………
アイツがこんなとこにいるわけない。
だって、アイツはずっと裏庭にいるはずなんだから。
「……………」
その人は、一言もしゃべらずに
ただぼくの方を見てた。
どんどん近づいてくるぼくの顔から
ぜんっぜん目をそらさずに。
うで組みなんかして、
ブロックべいによしかかってる。
カッコつけやがって。
「やっぱり先に帰ったんだね」
いつもの憎たらしいほど冷静な声で、
そいつは話しかけてきた。
「なんでおまえがここにいんだよ」
なんで、ヒナタミツルがぼくんちにいるんだ!?
「たぶん、ワタルくんはこうすると思ってたから、
先回りしてたんだ」
組んだうでをほどきながら、ミツルが言った。
「じゃあ、ぼくに放課後裏庭に来いって言ったのは
ウソだったのかよ?」
「ウソじゃないよ、
あぁ言ってもワタルくんは来てくれないと思ったから」
なんか……ちがう。
カッちゃんと話してる時のミツルとはちがう。
「ちょっと裏をかいただけ」
「……………」
見ぬかれてた………
ぼくの行動、完全にミツルに見ぬかれてた。
「ちょっとワタルくんと話がしたいんだ。
今お邪魔してもいい?」
"おじゃま"だって。
ふつう、こんなことゆうかよ。
そうゆうとこもなんかイヤなんだ。
「それとも、何か用事でもある?」
「べつに……ないけど………」
予想外。
ミツルがぼくんちに入ってくることになった。
「へぇ、いい部屋だね」
ミツルがぼくの部屋に入ってきた。
カッちゃんと二人でよく遊んだ部屋、
なんでここにミツルを入れなきゃなんないんだろう。
「話ってなに」
はやく帰ってほしいから、
ぼくの方から本題を取り出した。
「……………」
せっかくぼくの方から言ってやったのに、
ミツルはだまってうつむいてるだけ。
なんだこいつ、なにがしたいんだろ。
なん秒かたって、
やっとミツルが顔をぼくの方に向けた。
———!!
なっ、なんだ今の!?
ミツルがぼくの目を見たしゅんかん、なんか………
いや、たぶん気のせいだ。
それか、ぼくの身体のどっかが
ちょっとおかしくなったんだ。
「話って、僕が昨日、ワタルくんに言ったことだよ」
———………っ!!!
ま、まただ………
気のせいなんかじゃない、
ミツルににらまれるたんびに身体が………
ちんちんとおしりの辺りに
ちょっと気持ちいいようなしょうげきが走る。
「僕はカッちゃんともワタルくんとも仲良くしたいんだ」
「あ…う………」
なっ、なんだよこれっ………
ミツルがしゃべったら
ぼくのちんちんが気持ちよくなって、
どんどん大きくなってくる………
そんで、おしりのとこにも
今まで味わったことのない、
なんかムズムズするみたいな感覚が………
「別にワタルくんから
カッちゃんを取るつもりなんてないから、
そんなに僕のことを睨まないでよ」
って言いながら、ミツルはニヤッと笑った。
「ちょ、ちょっとトイレっ!」
とうとうがまんできなくなって、
ぼくはトイレににげこんだ。
———ずる………
ズボンとパンツをおろしてみたら、
ちんちんがかちかちになってた。
先っぽもちょっとぬれてる………
なんで、なんでこうなるんだ!?
べつに女の人のハダカとか見たわけじゃないのに、
ただミツルに話しかけられてただけなのに。
だめだ、部屋にはまだミツルがいる。
はやく戻んなきゃヘンに思われちゃう。
でも、でもぉ………
がまんできなかった。
こんなになってるちんちんを、
このままにしておくなんてできなかった。
「あうっ………!」
手でさわったときには思わず声が出ちゃった。
それぐらい気持ちよかった。
「う……ぐぅっ………」
それからは、もう手が止まらない。
トイレでするなんてはじめてだけど、
そんなの関係ない。
きもちいい、きもちいいよぉ………
先からどんどんしるが出てきて、
ぼくが手を動かすたびに
ぐちゅぐちゅって音をたてる。
こんなにたくさん出たのはじめてだ。
いつもはきたないと思って
さわらないようにしてたんだけど、
今はたくさん出てくるから
そんなこと気にしてられない。
むしろ、そのしるが手についたおかげで
もっと気持ちよくなってきた。
手も、ちんちんもぜんぶぬるぬる。
いつもはさわったらちょっと痛い
かわがむけたとこも、
そのぬるぬるのおかげで痛くない。
だから、思いっきり手を動かせる。
このぐちゅぐちゅって音も、
なんだかこうふんして………
ズボンとパンツが足元に落ちていった。
自分ちのトイレでちんちんとおしり丸だし。
なんか、ヘンタイみたいだけど……
「く…うぅぅ………」
もう…もうでる………
いつもよりずっとはやい。
もうちょっとこの気持ちいいのを味わっていたけど、
もういいや。
はやくミツルんとこに戻らないといけないし、
だからこのまま………
———ばたん!
「!?」
はあ………?
後ろで戸の開く音がして、
ふり向いたらミツルがいた。
びっくりしたのと、なんでコイツがいるんだ?
ってことが、頭んなかでぐちゃぐちゃになった。
「ふーん」
ミツルがそう言ったとき、
ぼくはようやく自分がちんちんをにぎってて、
おしりも丸だしだったってことに気づいた。
「そういうことか」
ミツルは一人で納得してる。
「なっ、なにのぞいてんだよっ!」
やっと状況が飲みこめた。
ズボンとパンツを上げながら、
ぼくはミツルに向けて叫んだ。
かっ、カギは………?
かけ忘れてた!?
ってゆうか、だからって
なんで勝手に入ってくるんだよっ!!
「いつもこんなことしてるんだ?」
「なにがっ!?」
「だから、いつも
カッちゃんのこと考えながらオナニーしてるんだ?」
お、おなっ……
よくそんな言葉平気で言えるなっ!
「んなわけないだろっ!!」
「じゃあ、今は何してたの?」
「えっ…と………」
どうしようどうしよう………
この状況がとてつもなくヤバいってことが、
ようやく理解できてきた。
こんなことしてるなんて、誰にも言ってない。
てゆうか言えない。
ちんちんさわって気持ちよくなってるなんて………
そのだれにも言えないことが、
今いっちばんキライなミツルに知られたなんて………
「ふふっ……」
ミツルが笑い出した。
「やっぱり、人間なんてこんなもんか………」
「は? なに?」
「いや、なんでも」
ニヤニヤ笑ったまま答える。
なにがそんなにおもしろいんだよっ………!
「これで僕に逆らえなくなったね、ワタル」
「はあ?」
「これから僕の言うこときかなかったら、
今のこと学校でバラすからね」
「て、てめぇ………」
やっぱり、今のミツルが
いつもとちがうって感じたのは正解だったんだ。
これがコイツの本性………
最悪なヤツだ。
「じゃ、さっきの質問に答えてよ」
ぼくの部屋へ戻ってきた。
ミツルはまだ帰らないつもりらしい。
「さっきのって………?」
くやしいけど、
もうミツルにはさっきまでみたいな
しゃべり方はできない。
だって、コイツを怒らせちゃって、
あんなこと学校でバラされたら………
「だから、ワタルがカッちゃんを好きなのかってこと」
「カッちゃんが好きって、
ぼくもカッちゃんも男子だし……」
なんでコイツ、
こんなに好きとかにこだわってんだろ……。
「僕は好きだよ」
「なっ……」
なに言ってんだ!? コイツ。
ホモか!?
「カッちゃんって明るいし、
運動できるし、僕は好きだよ。
だからカッちゃんに話しかけてもらった時は
すごく嬉しかったしね」
あ、そうゆう"好き"なのか、
それだったらぼくも………
「でも、ワタルはちがうんだよね?」
「へ?」
『それならぼくも好きだよ』って言おうとしたら、
それを遮るみたいにしてミツルがしゃべり出した。
「ワタルはカッちゃんと抱きあったり、
キスしたりしたいんだよね」
「はあっ!? なに言ってんだよ、おまえ!」
「おまえ?」
ミツルがギロっとぼくをにらんだ。
「僕を"おまえ"なんて呼ぶんだ?」
や、やばっ……怒らせちゃった………?
「ご、ごめん……」
くやしい………
なんでぼくが
こんなヤツに謝なきゃないないんだよ………
「で、ワタルはカッちゃんと何したい?」
「な、なにって………?」
「いっしょにオナニーとか、
セックスもしてみたい?」
せ、せっくす!? 男同士で!?
「んなわけあるかっ!」
「そうかな、いつものワタルみてたらそんな気がするよ」
今気づいたけど、ミツルはずっと冷静。
ぼくだけがあせって叫んだりしてて、
なんだかそれがバカみたいに思えてきた。
なんか、ミツルにすっかり操られてるって気がする。
「カッちゃんに抱きつかれたり、
カッちゃんの匂いをかいだら幸せになれるんだよね?」
な、なんでそのことを………
てゆうか、コイツさっきからおかしい。
ぼくのことをなんでも知りつくしてるみたい。
それも自信たっぷりに。
さっきだって
なんでぼくがトイレでおな……
してるってわかったんだろ。
「ワタルのことなんか簡単に見抜けるからね」
もう、何も言えなかった。
否定しないと認めちゃうってことになるのは
よくわかってたんだけど、
否定することすらできなかった。
ミツルがあまりにも自信たっぷりに言ってきて、
それがぜんぶ当たってるもんだから
そうじゃないって言ってもムダだって気がするんだ。
「僕がワタルとカッちゃんをくっつけてあげるよ」
「な、なんでおまえがっ………!」
そこまで言って、ぼくはっとくちをふさいだ。
ぼくが"おまえ"って言っちゃったから、
またじっとぼくのことをにらんできた。
「ふふっ」
そんなぼくを見て、ミツルは笑う。
「だからさ…」
「?」
くやしいけどミツルが今から何を言うのかにさえ、
ぼくはおびえてしまってる。
「服、脱いでよ」
ニヤニヤ笑ったまま、
ミツルは意味不明なことを言った。
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