MISSING+
V-14

夜明けを待って静かに出発した。道なき道を行く。

あくまでも非公式に、だけど確かに存在するアエルゴとアメストリスの国境付近に点在する非武装地帯を掠めるように走った。軍人だと一目でわかるような格好も、目立った装備もただそれだけで命取りになる。
単車は使えなかった。田舎では単車は高価で個人が所有することはほとんどない。単車を使用していること自体が軍関係者であることの証明になりえた。馬も使えなかった。馬を借りた先から、だれそれのところから身元の知れない奴が馬を借りて行ってもう何日になる、なんて噂が立つことを避けるために。それに、軍馬なら数日間ぐらい飲まず食わずでも走ってくれるが、普通の馬はそうは行かない。馬用の食糧や水分を携えての穏やかな行程は考えてなかった。
嵩張る荷物で膨れ上がった、有名なアウトドアメーカーのバックパックを背負い直す。目の前に長く続く急斜面が迫っていた。
東方を密やかに出るとき、医療品が大量に用意された。ヒューズ中佐から送られてきた持っていくものリストには、オレには全く訳のわからない暗号のような大量の薬の名前が所せましと書かれていた。大佐に見せたら分かるから持って行けと言うことらしい。
「これが装備の大半なら、もしどちらの軍に見つかったとしても至極もっともな言い訳が立つ。田舎にたった一つの雑貨屋の息子が新規開拓を狙って更に田舎に行商に行く。お前の設定はそんなもんかな」
不躾で用意周到なその人はそう言った。電話越しであっても、その口元には嫌味な笑みが浮かんでいるのがはっきりと分かった。

大量の薬と、市販のノーマルな拳銃とライフル、コンバットナイフ、その他ささやかな装備に、――発火布。いつもの野外訓練の時に背負う装備よりははるかに軽いのに、ずっと重かった。



ヒューズ中佐によって用意された手書きの地図は既に燃やした。オレのようなただの尉官なんかは一生見る機会がないだろう、機密書類から写されたらしいその国境付近の地図。それには、アエルゴやアメストリスの哨戒兵の位置や交代の時間帯、そして、これからオレが向かういくつかの集落の大まかな特徴や人数等、挙げ句の上には、大佐が河に落ちたと考えられるポイントすら書き込まれていた。
「河に落ちて流されたと考えろ。――動かせる駒が少ないからな。一番、鼻の効くお前がここに行け」
ヒューズ中佐が一体どんな情報から大佐がここら辺にいると判断したのか、オレは知る余地すらない。ただあの人の親友と言って憚らない人がここにいると言うならいるのだろうと、思う…。
でも、別のところにいるんじゃないのか。ここじゃないところでピンチに陥っているんじゃないのか。オレはここにいていいのか。そう思う気持ちは尽きなかった。
あの人は河に落ちたんだ。
それ以外の可能性は考えるな。
この先にあの人が待っている。
疑うな。
走っても、走っても、おっかない想像は付きまとう。不安に追いつかれそうになる度、何度も自分に言い聞かせて一歩を踏み出した。目的の場所へ、最短距離を行く。

この季節、河の水温は雪解け水が流れ込んでいるせいで随分と低い。長時間流されていたら身体機能はすぐ落ちて、自力で岸から這い上がることはかなり難しくなる。それにあの人は泳げない。そうなると流れに任せて浅瀬にたどり着くしかこの河から上がる方法はなかった。
河の流速と水温から考えれば、人間が生きていられるには限界がある。
浅瀬に流れ着いたそこで、運よく集落の人間に助け出された。そうでなければ、今現在の、あの人の生存確率は格段に低い。
地図には河の浅瀬はほとんどなかった。それを考えれば、自ずとオレが向かうべき場所は明らかだった。浅瀬に近い集落…。それは片手で数えるほどしかない。

何故、連絡をくれないのだろうか。熱がまだ引かないのかもしれない。ケガが酷いのかもしれない。
あの人の顔が見たかった。あの人の体温を感じたかった。
2005/09/25
2007/08/22加筆修正