メモログ02
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ヒューズ中佐が出張の帰りに東方司令部に顔を出した。

サボリの口実を得た大佐が、いそいそと駅まで中佐を向かいに出て、駅近くのカフェでキャラメルモカを頼んでいたら、いつものように店員の女の子に差し入れを貰ってきたことがきっかけだったと思う。気が付けば、何故か士官学校時代の話になっていた。

「こいつはどこ行っても一皿多かった。特に学校だな。『ちっさいんだから、もっとたくさん食べなきゃ!』って食堂のおばちゃんたちに言われて、明らかに家で作ってきたと思われるパイやケーキ、タルトが毎日定食に付いてきた」
大佐に中佐、そんでオレなら何も問題なんかなかった。むしろ、大佐の昔の話を聞くのは嫌いじゃない。いつものように、執務室のソファに座って、思い出話を聞くはずだったのだが、―――ここに、たまたま大佐のサインが必要な書類を持ってブレダがやって来た。オレとブレダが同期だということは周知のことで、人の学生時代に興味をもった大佐と中佐が、面白がってブレダを引き止めるのは考えるまでもないことだった。

「コイツは逆ですね。『おっきいんだからもっと食べなきゃね!』って言われて、明らかに余りもので作った賄い食が、定食のプレートの上にごそっと盛られたりしてました」
「マジか?そんなことあんのかよ。食堂のおばちゃんはフェアな精神をモットーにしていたんだぜ」
「わかります。中佐。コイツの食堂との癒着はすごかった。卒業間際には、食堂の人気メニューの唐揚げを2袋貰ってこれるまでになってたんですよ」
「それはすごい!」
「ガゼ臭え!」
「オレがその唐揚げ全部巻き上げたんで、事実です」
「何故、そんなことができたんだ?ハボック」
3人の目がマジになってきた。



「―――何でも言いなさいよって、言われてたんですよ」
みっともないと自覚のある仕官学校時代の話なんかしたくないのに、勘弁してくれる雰囲気でも誤魔化してしまえる雰囲気でもなくなってきた。大佐の前であの頃のことを話すなんてあまりに格好悪い。声がどんどん小さくなっていく。
「あー、オレも生まれ故郷じゃ頭のいい方だったんスよ。―――おわかりのように、士官学校の勉強は大変で、オレはすぐついてけなくなりました。結構、真剣に悩んだりしてたんです。寮にいて、テキスト開いても、ちっとも何書かれてるかなんてわかんなくて、よく寮の裏で項垂れてました。んで、そこがたまたま、食堂のおばちゃんたちの休憩所で。まあ、後はなし崩しに」
タバコを分け合う仲だったおばちゃんたちのヒマ潰しに、よく、無理やり悩みを相談させられた。
「なし崩しに、唐揚げを貰えるような仲になったと?」
納得できないと言わんばかりの3人の視線と受けながらも、実際そうだったのだから仕方がない。
「おばちゃんたちが、頭のいい人に食べ物あげて、勉強教えてもらいなさいって」
「―――お前は、それを鵜呑みにしたのか?」
大佐の一言には、明らかに努力を怠ったものへの非難が含まれていた。
「藁にも縋りたい気分だったんスよ!オレは!」
「俺は、お前の藁だったのか?」
やってやれないことはないことを体現しようとしてる大佐に、やってもやれないことがある人間の方が多いことを誰か教えてやってくれ!人間の能力には個人差があって限度があるんだ!どんなに頑張ったって、オレにはできないことがある。オレは士官学校にそれを知った。毎回、テストの度に、生きた心地がしなかった仕官学校時代。そして、今後、受けるべく待ち構えている昇級試験‥‥‥。大佐の下にいる以上、ずっと少尉のままではいられない。でも、絶対、筆記試験なんか通んねえから、何とか現場で点数稼いで筆記試験をパスしなきゃと考えてる今。
今後の不安が一気に具体的な形となって湧き上がってきた。
なのに、大佐も中佐もブレダすら口々に、手を抜き過ぎだとかそんな仕官あっていいのかなんか言って、挙げ句の上には、もう一度やり直して来いまで‥‥‥。



「頭のいいヤツは、頭の悪い人間の気持ちなんかわかんねえんだっ!!」
ハボックはそう言い捨てると勢いよく執務室のドアを開け、走り去って行った。



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肌寒い午後だった。
長々と時間ばかりかかった仕事が一段落して、熱々のココアを入れた。
ちゃんとココアを練ってからお湯で溶いた。手順は完璧だった。
が、しかし、私は砂糖を入れ忘れた。
あまりの苦味に私は口に含んだものを、やっと書き上げた50枚の書類の上に噴き出してから気が付いた。

たった一人でティーブレイクを取ろうとしたことが仇になったとは思いたくない。



もう一度、その書類を書き直すためには、何としても休息が必要だった。
今は、怒りと疲れで手が震え、ペンすら持っていられない。

必要なる逃亡だ。それ以外に、この事態を解決する手段はない。
邪魔されずに、確実にここから出るには窓からしかなかった。
そして、優秀なる錬金術師である私が、3階から外へ出ることはわけない。
が、しかし、ぱぱっと書いた、1階に降り立つ階段を練成する練成陣は円環がちゃんと閉じていなかった。
練成したら、執務室の外壁が砂のようにさらさらと崩れていって、気が付いた。

そこに一陣の風が、その外壁と等価交換された砂を一息に吹き飛ばしていった。



今日は、気持ちのよい秋晴れだったようだ。
壁が一面なくなればよくわかる。
もう、こうなっては外で寝ようがここで寝ようが大した差はない、気がする。
今は、一時も早く休息を取らなければならなかった。
シナプスがどんどん絡み合っていく感覚が著しい。

耐え難いほど重くなった頭を、重力に逆らわずそのままソファに懐かせた。
室内には、日差しが入ってこない。
外は暖かそうなのに、ここは寒くて、固く目を閉じた。



日が陰ってきてから、唐突にドアを開けて、いつものタバコ臭い奴が入ってきた。

「あー、あー、あー‥‥」
この変わり果てた部屋を見て、リアクションがこれだけなのだから大した奴だ。
だが、その間の抜けた声で、それ以上のことを言ったら奴の立っている床を一瞬の内に抜いてやろうと瞬時に決めた。奴の動向を確かめようと、体の向きを変えたら、じっと私を見ていた奴と目が合った。
「あー‥、前髪、寝癖で立っちゃてますよ?」

今日は、バイオリズムが低迷している。



上手くいかない。
上手くいかない。

―――こんな日もある。



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忠誠を誓った上司は今日も暢気に昼寝だ。

司令室の衆人環視の中、全く気にすることなく、その座り心地が良さそうなイスの背もたれに頭を乗せて。
ホークアイ中尉や、女性仕官が退出している司令室で、この人は本当にしたい放題だ。そのくせ、自分の仕事は一通り終えているので、部下としても注意しずらい。起きて仕事をされたら、こっちが残業になってしまうからだ。
ハイスクールで、時間内にとっととテストを解き終えてぐーすか寝ているヤツのようだ。しかも、それで、満点確実なのだとわかっていたら、オレたち、世の中の不公平を噛み締め、この世に神は不在であることを思い知る。

―――大佐の開いている口から、よだれが垂れた。
それを見咎めたブレダが、オレに、オイ、アレをどうにかしろと雄弁に告げる視線を投げつけた。気が付けば、司令室内の視線がオレに向いていて、急かされるように、席を立った。

実に太平楽に午睡を貪るこの人は、本当に東方司令官なのか?
見てると、ただもう、こっちまで眠くなってくる。

机の上にあるファイルを持ち上げ、机の上にわざと音を立てて落とす。
時々、うとうとする上司をしゃきんとさせるときに、ホークアイ中尉が使う方法だ。案の定、大佐はすぐさま反応して、ついさっきまで、昼寝をしていたなんてありえませんと言いたげな笑顔を浮かべた。
―――ゆだれはそのままで。
そして、目の前にいるのが大好きな中尉ではなく、オレだとわかるとたちまち笑顔は消えうせ、そのまま後ろに倒れるように背もたれにもたれ込み、目を閉じる。まだ、寝る気だ。
「大佐、ここで寝ないで下さいよ。公害っスから。アンタがそんな風に寝てっと、オレたちが眠くなっちまって、仕事になんないんスけど。オレらの邪魔しないで、執務室でぐーすか眠ってくださいよ」
大佐は実に不愉快そうに、オレを睨みつけたが、司令室中の無言の非難を感じ取って、しぶしぶ腰を上げた。―――お前たち、たるんでいるぞ。それで、テロ検挙率bPの東方司令部が勤まるとでも思っているのか、とかぶつぶつ言って。
ゆだれ垂らしたまま、言ったって誰も聞きませんよ、と言って大佐の腕を掴んで、執務室へ強制連行する。む、と言って、ゆだれを拭う人を誰もが疲れた目で見送った。

腕を掴まれたまま、まだ眠そうな人は、あくびをしながらおとなしくされるがままだ。執務室のイスに座らせても、机に突っ伏して眠る勢いだ。何かそのあまりの様にいたたまれなくなっていった。
「最近、そんな忙しいわけじゃないでしょ。何でそんなに眠そうなんスか?」
「―――昼、食べ過ぎた」

あまりにヒドイ答えに、自分の忠誠心がぐら付いた。



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「リザ!あなた、掲示板に張り出されてたわよ!」

卒業を間近に控えた学期末の試験期間。士官学校は、成績の順位が配属先に影響することもあって、皆、どこかしらぴりぴりとしていた。しかし、そんな雰囲気の学内を、颯爽と風を切って歩いていくものもいる。彼女の存在は異質であった。

「あら、ナンシー」
「あら、じゃないわよ!リザ!掲示板に張り出されてたわよ!」
「妥当じゃないかしら。当然だわ。教官も白紙のテスト用紙を見たら、掲示板に張り出して呼び出したくなるわね」
「白紙って!?―――どうかしたの?」
「どうもしないわよ。単にテストの日程を間違えて、一夜漬けができなかっただけ」
「リザっ!」
明日も試験があるのに、彼女の向かう先は図書館でも寮の自室でもない。いつものように、射撃場だ。それは誰もが知っていることだった。
「あら、平気よ?実技がいいんだもの。座学なんて合格点になるまで、何回でも追試を受けさせてくれるわ」
「リザ‥‥‥」
言葉を失った学友に、ようやく彼女の足が止まった。
「内乱中って、こういうことだと思うの。卑屈になってるんじゃないわ。―――でも、心配してくれてありがとう」
彼女はそう言って、微かに笑顔を浮かべた。

軍閥の人間で、一流のスナイパーになれる資質がある。ならば、その行き先は決まっていると言っても過言ではない。特殊部隊の中でも、さらなる特殊部隊へ。同胞を屠る役目を担うことになるのだろう。彼女はそれを理解していた。



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いつものように、ハボックがマスタングのサインが必要な書類の束を抱えて執務室に入っていった。もちろん、いつものように、ハボックはノックなどはしなかった。なので、いつものように、唐突にドアを開けられたマスタングは眉間に皺を寄せた。それはいつもと同じだったのだが、マスタングがさっと手に持ったものを机の上の書類の間に挟み込んだことだけがいつもと違っていた。

今までにないマスタングにあるまじき機敏な動きを、ハボックは見逃さなかった。迷いなく大股3歩で机に歩み寄るハボックとは、対照的にマスタングは隠したものを気付かれたかと伺うようにそろりとハボックを見上げた。が、すでに、マスタングが見上げた先にはドアしかなく、ハボックはすでに机の前にいて、その何かが隠された書類をめくった。そこには、マスタングが隠したもの、つまりは、一枚の写真があり、ハボックはすっとそれを手に取った。



それは、先日、マスタングが残業に付き合わせていたブレダが、最近、気になる街のある女性の情報と引き換えにマスタングに渡された写真だった。ブレダの卒業のときの写真だが、そこにはもう1人、ハボックが写っていて、この写真の価値をブレダは正確に把握していた。マスタングにとっては価値のある写真。実際、マスタングはその写真を手にして、しばらく見入っていてから、うれしそうに子犬だと言った。それが誰のことを言っているなんて考えるまでもなかった。その後、ブレダは聞きたいこと全てを、マスタングから聞きだすことができたのだった。



「あっ!」
マスタングは、思わず取られた写真を取り返そうと席を立ち上がり手を伸ばしたが、ハボックはそれより速く写真を持った手を高く掲げた。
「あー、コレ、何で、アンタが持ってんスか?」
わざわざ、自分の卒業式の写真。懐かしいと思うよりも先に不信感が募った。
「おいっ!」
自分とハボックとの間に机があることが不利だと気が付いたマスタングが机を回って、写真を取り返そうと言わんばかりに、必死に手を伸ばした。だけど、根本的な身長差はどうにもならない。
「ブレダでしょ?」
「返せっ!」
答えないなら写真は没収だと、ハボックは写真を持った手を更に高く上げて、写真をマスタングに返さない。

「あれ?この写真、新しいっスね。これって誰が撮ったんだっけ?」
それは、最近現像された新しい写真だった。ハボックは何か不穏な臭いを感じた。
「ハボックっ!」
「――何してんスか、アンタ?」
眼下で必死に手を伸ばすマスタングが体裁も顧みず、ジャンプし出した。
一体、こんな写真になんの意味があるんだ、とハボックは思った。



「何をしてるんですか?」
ホークアイも、ノックをしないで執務室に入ってきた。その目は冷たい。当たり前だ。マスタングが、ハボックが高く掲げている写真を取ろうと必死になってジャンプしているんだから。
「ホークアイ!ハボックがっ!」
「――ハボック少尉?」
「ただの、オレとブレダの卒業のときの写真です」
ハボックは、すかさず、この騒ぎの原因であり、何か悪いことに使われそうな写真を最も安全なホークアイへ渡した。
「――あら、かわいいわね」
「ホークアイ!それは、私のだぞっ!」
マスタングは胸を張り堂々と言って、さあ、返したまえと手をホークアイに差し出した。

大きな溜息をついた、ホークアイがマスタングの手にハボックの写真を返したら、マスタングはほっとして、実にうれしそうにその写真を胸ポケットにしまった。



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慢性的人手不足の東方についに人材が補給されることになった。待ちに待った新たな人材が明日からよく働くために、親睦会は欠かせない。ハボックは、上官2人にいくらかの資金をカンパされていたが、それは店に入って1時間も経たない内に、早々になくなっていた。

「オイ!ハボック隊長!」
「――オレに金があるわけねえだろ」
「じゃあ、無賃飲食か?こっから、小隊全員でマラソンか?」
「顔が割れてる馴染みの店でそれができると思うのか」
「じゃあ、拝み倒して給料日まで支払い待ってもらいますか?」
「いや、いい手がある」

ハボックがにやりと笑うその顔は、彼の上司がよく浮かべる類の性質の悪いものに似ていた。



東方勤務はキビシイと言われてたが、なかなか東方は居心地が良さそうだった。なにより、街には美人が多く、しかも軍人に優しい。
オレの入隊祝いの親睦会は、この小隊馴染みの店で行われた。明るくフランクな小隊の雰囲気に乗せられて、ジョッキに注がれるがまま杯を重ねていく。小隊長のジャン・ハボック少尉は、東方司令官の護衛を兼任しているエリートだったが、鼻につくような所はなく、気さくで話のわかる上官だった。

気が付けば、小隊全員で明らかに尋常じゃない酒瓶を空けていた。なのに、ハボック隊長も副隊長も動じることなく、更なる酒を注文していく。金のある小隊だ。
「飲め!この店の酒全部飲み干してしまえ!」
号令をかけつつハボック隊長は席を立ち、カウンターで電話をかけに行った。――電話先は二件。隣りの副隊長は、更にオレのジョッキに酒を注ぎ、勢いよく酒を注文する。



電話から戻ってきて席に付いてから30分もしない内に、ハボック隊長がちらちらと外を振り返りはじめた。オレが、何かあったんですか、と聞く前にハボック隊長が席を立って、店の外に出て行った。ちょうどその時、店の玄関口に軍用車が止まり、他の隊員の人たちが一斉に立ち上がり、上座を空ける。お前も立っとけと言われて、わけも分からず立ち上がった。外では、高官用の軍用車から、コートを羽織った小柄な黒髪の軍人が降りてきて、ハボック隊長と会話を交わしながら店内に入ってきた。
車は、その人を降ろして去っていく。

「大佐!待ってました!」
小隊だけでなく、店内の人間全員が拍手を持って迎え入れる‥‥‥。
たいさって?えっ?――オレが、そう、思っているうちに、店のかわいい女の子が、マスタング大佐、司令部からお電話が入ってますが‥‥、と申し訳なさそうに声をかけた。
にこやかだったその人は、劇的なまでに顔色を青くし肩を落とした。来たばかりなのに‥。そう呟いて、その電話を受け取った。

そして、それから1分もしない内に、再び高級軍用車が店の前に止まった。今度、降りてきたのは金髪の美人仕官、ホークアイ中尉だった。中尉が店内に入ってくると、隊員全員が敬礼とともに、お疲れ様ですと口々に言う。ホークアイ中尉は、黒髪のその人を見つけると、冷ややかに睨みつけた。
「ここで、何をされているのですか?」
「ええっと、君も、こんなところで、何を?」
「タレコミがあったんですよ。あなたがここにいると」
色の白い頬を怒りに赤くして、その黒髪の人はハボック隊長を見上げて声を荒げた。
「――ハボック!お前!私に電話してから、中尉に電話したのか!」
「さあ?アンタ、日頃の行い悪いから、タレコミする人間に心当たりありまくりでしょ?」
さらにその人が口を開く前に、さあ、行きますよとホークアイ中尉が鋭い声で言って、ぐいっと黒髪の人の襟首を掴んだ。
「あ、大佐、せっかく来たんだから、支払いお願いします」
「―――‥‥」
その人は、でっかいサイフをハボック隊長に投げつけて、ホークアイ中尉に引きずられながら、店の前に止まっている車に放り込まれた。
―――店内は大歓声に包まれた。



「あ、あの、あの人は?」
「我らが、ロイ・マスタング大佐だ」
ハボック隊長以下、誰もがそう真面目に言った‥‥。



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(「子供のおもちゃU」のこぼれ小話)

日頃、耐え忍んでいるオレにやっと幸運が舞い降りた。
あのヒューズ中佐が、士官学校のときに撮りまくったという大佐の写真でできたアルバムを、この東方へ持ってくることができたのだ。やっと、これでやっと安心して、このアルバムを開くことができる。オレは、自分の部屋でやっとそれを開くことができた。
自分に過剰に期待しちゃだめだと言い聞かせながら。

まず、1ページ目は入学式の写真で、まだヒゲのないメガネの男が、新入生の代表として口上を述べている写真だった。ヒューズ中佐かウチの大佐が主席だろうとは思っていたが、こうも想像通りだと面白味に欠ける。それに、オレはこんなもののために休日返上で子供のお守りをしたわけではない。うんざりしながらも、ページを捲っていくがしばらくは、ヒューズ中佐のマイ・アルバムとなっていた。
「オレ、騙されたとか‥‥」
不安が焦りとなって、思わず独り言を漏らしてしまった。

アルバムは、軍法会議所のエースが作っただけあって、しっかりと時系列に進んでいく。写真の背景に写っている木々の葉が色づき、落ち始めていくことから簡単に分かった。アルバムの写真は、入学式のあった夏から秋になっていったが、ヒューズ中佐と一緒に写っているたくさんの友人たちとの写真の中に、ウチの大佐はいなかった。
――まだ、この頃には、仲良くなかったのかもしれない。
仲の良さそうな友人たちとの写真の中に、風景写真が紛れているのが印象に残った。
ヒューズ中佐でも、人間関係に疲れて、アンニュイな気分になるのかと思った。
そんな調子で、季節が冬に入っていった。まだ、大佐の写真は一枚もない。アルバムは、冬季休業を迎え、春になっていた。それでも同じように、写真は続いていく。



しばらく、アルバムを捲っていくと、ときどきふと紛れている風景写真の中に、同じ黒髪の少年がいることに気が付いた。もしやと思って、はじめに戻って捲っていけば、やはり、どの風景写真の中にもその黒髪の少年の姿があった。ただ、はじめの頃はあまりに小さくしか写ってなかったから気が付かなかっただけで。
――大佐だと、直感的に思った。
時間の経過と共に、だんだん風景の中にいるその少年の姿が大きくなっていく。秋には落ち葉の中で本を読んでいた少年が、初夏にも同じ木の下の木陰で本を読んでいた。秋の写真は、ただの風景写真のようだったのに、初夏のは明らかに少年を撮ったものだとわかる。だけど、少年の顔は本を向いていて全く写っていなかったが。
「中佐って、ストーカーだったのか?それとも、盗撮マニア‥‥?」

写真に写っている、窓から入ってくる日差しが強くなっていって、コントラストがはっきりした写真が増えてきた。夏だった。―――破れた一枚の写真がジグソーパズルのように丁寧に組み合わされて貼ってあった。ただ、顔周辺の部分だけがなかったが。
オレは自分の考えが正しかったことが分かった。
その写真は図書館で撮られたもので、その顔のない人物の周りにはたくさんの本が積み上げられている。もう、間違いなかった。大佐だ。ヒューズ中佐が撮った写真を見せられた大佐が、破り捨てたんだ!

その写真から、ヒューズ中佐のアルバムには、無残にも破れて、くしゃくしゃに丸められた写真を組み合わせ、皺を伸ばしたものが、数枚貼られていた。
「はじめ、仲悪かったんだ!あの人たち!」
可笑しくて、思わず笑った。



夏休みを終えた写真のトップは、ベッドで枕を抱きかかえて丸くなって寝ている大佐がアップで写っていたものだった。しかも、無傷の写真。
「‥‥‥‥‥」
――幼さを残す顔立ち。小動物の持つ、かわいさがそこにはあった。
学年が上がって、寮で同室になったようだった。それから、そのアルバムは劇的にその内容を変えた、というわけでもなく、ときどき、大佐の写真が破られずにあるという感じだった。写っている大佐はにこりとも笑っていなくて、もう、ヒューズ中佐が写真を撮るのを諦めたようにも見えた。

2回目の冬を迎えた頃から、写真の種類が変わってきた。日常のスナップ写真はなくなり、何かのイベント毎の写真になった。写真の中には女性の姿もある。
美人が多くて気分が悪くなった。
昔から、この2人はよくモテたということを証明する写真が続いた。

そんな写真を捲っていくと、明らかに隠し撮りだと分かる写真が数枚貼ってあった。
黒髪の、礼装を身にまとった女性仕官‥‥‥。
しかも、その上、見慣れた、性質の悪い笑みを浮かべている‥‥‥。
深いスリットの入ったスカートから白い足を惜しげもなく晒して、パイプ椅子に足を組んで座っていて、その周りを、たくさんの男共が囲んでいる。
「女に見える‥‥。しかも――、美人だ‥‥」
脛毛もない白い脚に、自然なバスト。もともとあの人は、毛の薄いがそれでも女性ほどではない。これはきっと剃ったはずだ。そして、胸に何か入れてバストを作っている。もしかしたら、ブラジャーぐらいノリノリでつけてるかもしれない。

アルバムは、ここで終わっていた。
「――士官学校で、女装?何やってたんだ、あの人たち‥‥」

昔から、大佐も中佐もああだったんだと思うと、何か、一気に疲れが襲ってきた。



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(※流血描写を含みます)

大佐が被弾した。

中央から東方司令部の模擬演習を視察に来た将軍と同席していた大佐が、テロリストとその将軍の間に入って撃たれたという。模擬演習中だったホークアイ中尉もオレも大佐の傍にいられなくて、連絡を受け、すぐ現場に駆けつけた。そこには下士官たちに囲まれて、応急処置をされているぐったりとした大佐だけがいた。――中央の将軍ご一行様は早々と安全な場所へ移動したと、下士官たちに悔しげに報告を受けた。
現場は混乱していて、今だ車両が来る気配すらない。やっと、駆けつけてきたオレたち仕官に、現場にいたものたちが一様な安堵の顔を浮かべた。

ホークアイ中尉が現場を仕切って、やっと来た救急車両に大佐を運び込み、中尉と共に同乗する。大佐の白い顔が青く、青い軍服がどんどん血で赤く染まっていく。オレにとっては、こんな命に関わるような大佐の怪我は、はじめてだった。
「落ち着きなさい。ハボック少尉。これぐらいの出血で人は死んだりしないわ」
動揺している自覚はあったが、中尉ほど冷静にいられなかった。
「――でもっ!中尉っ!」
止血する手の間から、生温かい大佐の血液が止まらずに溢れていく。
「この量の出血なら、私の先月の生理の方が多かったです」

「―――じょ、女性は偉大だな‥。ハボック‥」
大佐が、小さな声でぽつりと言った。
200X…。もう何年頃に書いたかはよく分からない><