LOVE BOMBS
U-01

久方ぶりの親友からの電話は手を怪我したからしばらく仕事を持ってくるなという実にそっけないものだった。多くを語りたがらない雰囲気に近々、家を強襲して面と向かって問い正してやろうと心に決める。
しかし、俺の気持ちとか心配とかを踏みにじることを常にしている親友はそんなことはどうでもいいんだとばかりに話題を変える。電話越しからでもわかるほど弾んだ声で、犬を飼ったんだと言った。――それはありえないだろうと思わず絶句した。確かに、犬でも猫でも何でもいいからペットを飼うようロイを焚き付けたのは俺だったが。
「お前、犬殺しの異名が欲しいのか?」
まあ、口では何と言っても、本当に犬を飼ったのならこれほど良いことはないだろう。
あの寒々しい家にロイを一人きりにしないならば、何でもいいのだ。
「ふんっ!私を嘗めるなよ!」
「つうか、本当に犬なのか?犬のような、人間とかじゃないだろうな?」
人間が第一希望だった。そうじゃないなら、ちゃんと意思疎通が取れる動物。カメとか金魚とかじゃなくて。
「犬だぞ!金色で、ふわふわできらきらした、目の青い犬だ!」
自分の犬を褒めちぎる親友のはしゃいだ声に不意に懐かしさが込みあがった。



はじめてロイにあったのは学校の寄宿舎でだった。地方の都市からやって来た、小柄で無表情な奴。成績はムカつくほどずば抜けてよかった。でも話せば、ウエットに富んでいて屈託なくよく笑う。そんなこんなで、並ぶものがいないほどずば抜けて優秀な俺と、ロイはすぐつるむようになった。

ロイには一人妹がいた。黒髪の、白い肌にピンク色の頬の小さな小さな女の子だ。性格の悪いお兄ちゃんが大好きな、おませな、とってもとっても可愛い子だった。
兄弟のいなかった俺はロイの元へ送られてくるその可愛い妹からの手紙がたいそう羨ましかった。
ある日、その妹が何でもできる優秀なお兄ちゃんに私のためだけに書かれた本が欲しいと言った。もちろん、兄は二つ返事で頷く。

ロイがペンを握ったきっかけはそんなものだったが、ただ兄は才能があり過ぎた。



そんな中、妹が病気になった。心臓移植が必要な大病だった。
一刻を争う事態に、多額の金が必要となった。
そこに援助を申し出た男が現れた。
――ロイの書き溜めた原稿と引き換えに。
ロイは迷わなかった。
妹のために書いた本だったから。その唯一の読み手である妹がいなかったら、何のために書くのか意味を失う。
多額の現金を手に入れ、ロイは移植の手配を整えた。

いざ手術の日程が決定して手術を受けるだけとなり、ロイは家族を呼び寄せた。
しかし、病院に向かうために家族が乗った飛行機は着陸に失敗して爆破炎上する。
飛行場に向かいに行っていた、ロイと俺の目の前で。この事故で生存者はいなかった。

永遠にロイの読者は帰らぬ人となり、多額の現金が手に残った。
あと、いくつかの約束と。
突然のことに呆然としていた俺たちが辛うじて我を取り戻したとき、ロイが妹のために書いた本が児童文学書として店頭に平積みされていた。
――作者の名前を代えて。



気が付けば、どんな出版社に原稿を持ち込んでも作風がそのベストセラー作家に似過ぎているからと言われ続けて表の世界に出る道は閉ざされてしまっていた。ロイは誰かのゴーストライターとして、誰かの作風を真似て文字を書く。ロイの名前ではない、ロイの書いたベストセラーは数多く存在した。
しかし、もうあの頃のように真剣にペンを握る姿を見ることはなかった。
それでもペンを折って欲しくなくて、俺は出版社に入った。あの続きが読みたかった。そして、書き続けることに微かながらにもこだわりを感じているロイに付き合いたかった。

でっかい家を買って、一人紙と本に囲まれて住んでいる。静かに、息を潜めるように。もう、何もかもが面倒になってきていることは簡単に見て取れた。ゆっくりと死に向かっているような生き方をする親友が悲しかった。
だから、犬を飼えと言った。飼え飼えと言っても、絶対首を縦に振らないだろうから、お前に犬を飼うのは無理だと言った。それで案の定、奴は犬を飼ったと言う。生き物がいれば奴といえども無責任な生活は過ごせまい。
俺は奴の生活が変わることを望んでいる。


U-02

目が覚めたらベッドから起き上がり、眠くなったらベッドやソファと言わずに横になる。起きている間は日々の糧のためにペンを握る。日に数回掛かってくる仕事の進行を確認してくる電話と仕事の進行を妨げようとする電話がなければ、自分の声を聞く機会はそう多くなかった。
外出は多くない。必要なものはものはどんなものであっても、電話一本で近所の店が持ってきてくれた。外出せずとも運動不足を感じずに済んでいるのは家が大きいからだろう。たった一人で住む家だったが、こんな巨大な家を選んだ理由はただ一つ。寄宿舎生活が長かったためにとにかく広い家に住みたかったのだ。大きなベッドを大きな部屋に置きたい。その欲求は常に同室者のいた身には切実だった。
しかし、古く大きな家を購入してしまったために隙間風が至るところから吹き込んでくるのだが。――まあ、これは視点を変えれば、常に室内にいても季節を感じられるということなのだ…。



それなりに私は快適な生活していたが、最近できた不思議な同居者は事ある毎に信じられない信じられない信じられないと連発し、自らフライパンを握って私の分までご飯を作ってくれる。
貯金はたっぷりあると言っても、同居者はそんなものを切り崩して生活していたらあっと言う間になくなっちまうのが金だと譲らない。挙句の上に、とっとと日雇いの仕事を決めてきてしまった。

ハボックは毎日警察署の厩舎へ馬の世話をしに行く。朝5時に馬に飼葉を付けに家をでて、朝6時には一旦家に帰ってくる。そして、私と一緒に朝食を取ると慌しく家の中を軽く掃除をし、その上洗濯もして、朝8時に再び職場に出勤する。仕事が終わるのは日が落ちる頃と比較的早かった。
何だかよくわからない内に何故か私はハボックの扶養家族になっていた。だが、まあ、養われている以上、ハボックが仕事に行く時は行ってらっしゃいの一つでも言うべきで、私はハボックが起きるまだ薄暗い早朝に一緒にベッドから起き上がった。ハボックは寝てていいっスよと一々言ったが、玄関口で手を振るとそれはそれはうれしそうに、照れた顔を俯かせて足早に出て行く。

私の新しい日課はとても新鮮だった。
誰かの帰りをこんなにも待ち遠しく思ったことは今まであっただろうか。ハボックが帰ってきたら何をしようか、そんなことをつらつらと考えているとあっと言う間に一日が過ぎ去って行った。

そして、私の知らぬ間に家の中を隙間風が吹き込まなくなっていた。ハボックが痛んでいたこの家をちょっとづつ修理していたらしい。
いつも一定に、快適な温度に保たれる室内に久しぶりに外出したくなってくる。しかも、ステキな同伴者がいるなら毎日だってしたい気がする…。
いい顔をしないハボックを時間を見つけては犬型にして、首輪を付けて、リードを付けて、家を出る。もちろん、私はリード以上のものを手に持つことはない。
頭のいいハボックは急に尿意を感じることがあっても、所かまわず粗相してしまうことはないのだ。――自らトイレに駆け込むから。
トイレ袋など、私たちの散歩には不必要なのである。



最近、散歩の途中で立ち寄る公園で、気になる犬がいる。
すらりとした体躯の、白と黒のやや長毛の美しい犬。ボルゾイという種だとハボック自身の口から聞いた。
ただの容姿の美しい犬だけだったのなら、私の気を引くことはなかっただろう。
その犬は公園で飼い主の投げるフリスビーを軽やかにジャンピングキャッチする。高々と空に舞い上がる度に、そのふさふさの尻尾が跳ね上がった。
――私もあれがしたい。あれをして周囲の人間の羨望の眼差しを集めたい…。
ハボックは私が彼らの雄姿に目を奪われ公園で足を止めるたび、面倒臭そうにわんと一鳴きした。その声色を人語に訳すならば、ほらさっさと行きましょうよとなるに違いない。

あのボルゾイに比べれば、幾分優美さに欠けるが、ハボックだって十分にきらきらした素晴らしい犬だった。私の自慢の犬である。
自らトイレで用を足し、家事をこなし、家計を助ける犬なのだ!
私は以前こっそりと購入していたフリスビーを隠し持ち、闘志を抱いて家を出た。
ナンバーワンはこのハボックなのだと、あのボルゾイに見せ付けてやるために。


U-03

オレは断じて犬ではない。犬なんてオレの眷属の中では下っ端の更に下っ端に身を連ねる種族に過ぎない。だから犬はオレを前にして頭を垂れる。歴然たる力の差に。

だったのに。だったのにっ!――ほとんど毎日、犬のように首輪とリードを付けられて、一日中家の中でごろごろしている人の散歩に付き合ってると、道ですれ違う犬どもがオレを見て不思議そうに振り返る。これが今後2度と会わないとかだったらまだよかったのに、毎日となるとさすがに恥ずかしくなってきて。しかも、犬なんかのマネをしてわんわん言うのも…。始めは不思議そうに見ていただけの犬が最近はこっそり影で笑っている気がしてならない。その上、威嚇すら『わん』なのがますますオレを惨めにさせた。
でも、どうしても行きたくないとは言えなかった。オレが日雇いの給与を片手に仕事から帰ってくると、いつも目元に笑みを浮かべたその人が玄関を開けておかえりと言ってくれる。その笑顔を見るたび、オレは何故か、ああ待ってたんだなと思ってしまう。そうするともうこの人が望むことなら何でもしたくなってしまうのだ。例え、その白い手に首輪とリードを持ってても…。あああー…。

そして、今日もトイレに行ってから、散歩に出かける。



公園のあちらこちらにいる犬どもは相変わらずオレたちを遠巻きにチラチラ伺っていた。あー、うぜえと睨みを利かせてる間に、リードを握る人が突然どこからかフリスビーを取り出した。足の細いボルゾイがフリスビーをキャッチするのをいつも目を輝かせて見ていた時から、いつか絶対同じことをやらされる気はしてたけど…。
途端に垂れ下がる耳に、落ち込む尻尾。
でも、これは特にこの人のお気に入りで、うれしそうに耳も尻尾も引っ張られて撫で回されて、挙句の上に何回も何回も頭にキスだ。この後、きっとオレはなす術もなく犬どもに混ざってフリスビーを追いかけ回るんだろう。

――しかし、オレの心配は取り越し苦労だった。青いフリスビーは勢いよく空を飛んでいかなかった。何回やってもそれはよろよろぽとりと足元に落ちるのだ。オレはその人の隣から地に落ちたそれをたった数歩歩いて取ってくる。大声で笑い出すのを堪えてたら、腹がぴくぴく痙攣し始めた。
「――わん」
フリスビーは高度なおもちゃでアンタには無理っスよ。今日はもう帰りましょうよ。
心を込めて鳴いても、その人はオレを無視して額に汗を浮かべてフリスビーを投げ続ける。
その必死さを見かねてわざわざ手を貸してしまったのは、あのボルゾイの飼い主だった。フリスビーの持ち方、腕の角度、そんなものを一々丁寧に教えてしまう。

それでも、何と、その人は何と上手く投げられなくて!
最後はその飼い主に頼み込んで一回だけ投げてもらった。
もちろんそれを追いかけるのはオレだ。
なんで、そんなことと思って、思いついた。――上手く投げられなかったのは、オレが噛んでしまった白い手の指がちゃんと動かなかったからかもと。痛い素振りも見せない人に一回だけでいいからと耳元で囁かれて、それでも嫌だなんてオレには言えなかった。

茜色に染まってきた空に浮かぶ鮮やかな青いフリスビーを目で追って、大地を蹴って、飛び上がって。ちゃんとキャッチして振り返れば、その人が満面の笑顔で…。
飼い主の下に一目散に走って行く犬の気持ちがちょっと分かってしまった。



オレは犬じゃない。でも、この人にとってオレは犬に過ぎないのかもしれない。フリスビーを軽やかに取るよりも、オレはもっとこの人にとって特別な存在になりたい。そう、思った。


U-04

字を覚えること。これは言うほど簡単ではなかった。オレはきっと教えがいのないヤツだと思う。――その自覚がオレにはあった。

教えてもらった始めての文字は自分の名前だった。公園の片隅で、ならされた地面に書かれた自分の名前がとても特別なものに思えて、じんわりと胸に温かさが灯った。不意に視界が揺らぐ。――が、突然、隣でしゃがんでいた人がぐいっと前足を掴んで強引に地面の文字の上をなぞった…。ぐちゃぐちゃになってしまった文字に、思わず非難を込めて見上げれば、その人はどこ吹く風で何回も書くんだと言う。
「何で書かなきゃなんないんスか?オレは読めればいいんスけど…」
「ハボック、ワンだろう。――字を読めるようになると言うことはお前が思っているほど簡単ではないんだよ。見ることだけで字を覚えようとしたらおそらく膨大な時間がかかるだろう」
「――えー…」
オレは買い物に困らない程度に字が読めればいいだけなのに。
「ワンだ。見て覚え、書いて覚え、話して覚える。これを繰り返し行うことが最も速く字を覚えることになるだろう」
「えー……」
下がった肩や項垂れた頭を優しく優しく撫でられ、途端に頑張ってみようかなと思う自分の単純さにかーっと体温が上がった。
「ハボック、頑張ろう?」
上げられなくなった顔を覗き込まれて、ますますみっともなくなったであろう顔を見られたくなくて頷いてしまった…。
「――優しくお願いします…」
「まかせておきたまえ!」
やる気に満ちた声にオレは早々にしり込みした。



夕食後のダイニングテーブルがオレの勉強机だった。皿を片付け、食後のコーヒーを2人分入れて、お手本のアルファベッドの書かれた紙とペンとノートをテーブルに広げる。その人は上手く聞き手が使えないと言ってオレの向いで文字を書く練習をしていた。でも、気が付けば利き手ではなく無傷の手の方でペンを握っていたけど…。
仕事しないんですかと聞けば、休暇をもらっているんだとそっけなく言われて、しゃべっている時間があれば文字を書く時間に使えと言われている気がした。やる気なく向いのノートを覗けば、この人もオレが書くようなミミズがひきつけを起こしたような文字を書いていて、やっとオレも頑張ろうと思えてペンを取った。

だけど、まず何と言ってもペンを握るのが辛くて。手や腕だけじゃなく、次第に体中が痒くなってじっとしていられなくなる。がたっと席を立つと向かいに座るその人が不思議そうに見上げてくるから、深呼吸を繰り返して座り直してもう一度ペンを握った。そうすると、今度は耐え難い程の眠気が襲って来る。字を覚えようと必死にペンを握っていたのに、気が付けば眠らないで椅子に座っていることの方に夢中になっていて。そして、ついには気絶するように意識が途絶えて、がこんと机に頭をぶつける…。
静かなダイニングに響く間抜けな音に、オレはこれ以上ないほど敗北感を感じて、その人の顔を見れずに、その場で犬型にメタモルフォーゼしてでっかい家の奥の奥に走って逃げた。
オレは人間じゃないんだから、字なんて覚えてどうする…。
字を覚えること。それはいつも直ぐにオレの心を挫いた。

でも、家の奥の埃の被った本棚の影に隠れていると、その人がオレの埃で汚れた足跡を追って探しに来てくれる。迷いのない足音に耳を澄まして、部屋の明かりが付くのをじっと待つ。
「ハボック…」
「――ワン。ワンワンワンワンワンワン」
――犬でいいよ。オレはもう犬でいい。
「お前、犬じゃないってあれほど言っていたのに…」
「ワン」
だって、すっごくイライラするんだ。
「誰だって勉強は辛く厳しいものだ。そういうものなんだ」
「ワン…」
オレの手はペンを持つようにできてないんだよ…。
「字を覚えようと思ったお前は偉いよ。さすがはハボックだ。字ぐらいちゃんと覚えられる。苦しいのは今だけさ」
「ワンワンワン!」
ウソだウソだウソだ!
「字を覚えたら、たくさんのことを知ることができる。今まで食べたことのない料理も本を見ただけで作れるようになるだろうし、……」
「ワン?」
それだけ?それだけのためにこんなに辛い思いをしないとダメなのか?
「あー、まあ、いろいろだ。いろいろ。さあ、もう休憩は終わりだ!」
「ワン!ワンワン!」
えー!やだやだ!今日はもうこれでおしまいでしょ!
一歩一歩近づいてくるその人から逃れるようにオレはじりじりと本棚の奥に奥に入っていった。
「ハボック!!」
「クウゥン…」
眠いよう…
「ハボック…」
オレがこれ以上奥に入っていかないように、その人は容赦なく尻尾を踏みつけ、痛みで硬直したオレを両手でずるずると引きずり出す。そして、オレが逃げ出さないように両手で抱え上げてダイニングに戻る。途中で、オレが重くてずるずる引きずることになるんだけど。何となく楽しくてそれを甘んじて受け入れてた。
自分から字を覚えたいと言ったのにと思う気持ちと逃げ出してしまった気持ちがオレを素直にダイニングに戻り難くさせていて、いつも戻る口実を待っていたからかもしれない。

ダイニングに戻ると鼻を強引に抓まれて人型にメタモルフォーゼさせられて、椅子に座らされる。今度は逃げ出さないように後ろから椅子ごと抱え込まれ、後ろからペンを握るオレの手を白い手が包んだ。
耳元にその人の吐息がかすかに触れて、くすぐったくて首を竦めてやっとオレは逃亡しないことを約束する。そうすると、その人は漸くまた向かいに腰を下ろしてくれた。

オレが朝早く仕事に出かけるから、夜更かししないでベッドに入れられた。何故か今でもその人とオレは一緒のベッドに入って寝ている。同じベッドに2人で…。
別にオレはでっかいベッドだから文句はないんだけど、その人も特に何を言うでもなかった。変な話だが。
ベッドに入ると、今日あったことを聞かれた。その人は猫のように目を細めて楽しそうにオレの話を聞いていた。そして、いつの間にか寝に入っている。
夕方、仕事から帰ってくると、夜に話した話に出てきた言葉が単語帳に書かれて、家の中に張られていた。
冷蔵庫や洗濯機、コップやホークやナイフ、至るものにその人がマジックでスペルを書き込んで行こうとするのを止めた結果がこの単語帳だった。
今では壁一面単語帳が貼り付けられている。

そんな何気なく繰り返される一日が楽しかった。
一緒にスーパーマーケットに行くと字を覚えているかチェックされて、あれこれ聞かれても、楽しかった。


U-05

ロイが学生のときに書いた本を自分の名前で出した男が、その続きを堂々と自分で書いて出版社に持ち込んできた。もちろん、その本の続きは多くの者が忍耐強く待っていたものだから、出版社側はもろ手を挙げて喜んだ。――その原稿を見るまでは。
なぜ、素直に喜べなかったのか。
理由はあまりにも簡単だった。面白くなかったのだ。
これでは売れないと読んだ者は一様に思ったはずだ。もちろん大人気シリーズの最新刊ならどんなに駄作でもある程度は売れるが、こんな面白くないものを売るには抵抗があった。良心の呵責とでも言えるのかもしれないが、出版社の人間もまたこのシリーズのファンだったからこれを最新刊だとは認めたくなかったのかもしれない。
出版社は最新刊を発行することに二の足を踏んでいる。

しかし、これはこの男が盗作をしているのではないかという疑惑を加速しさせることになった。今までは笑い飛ばされていたその噂は微かに信憑性を帯びて出版社内に蔓延し始めている。
矜持の強い男はこの噂を払拭するために、何かしらの行動を起こすだろう。

今はまだいい。厄介事にこれ以上巻き込まれたくないロイが外にできる限り出ず、人とできる限り関わりを持たず、生活を送っているから。居所があの男にばれる可能性は低い。だが、長年言い続けてやっとこの時になって漸く犬を飼ってくれた親友と、数年の沈黙を破ってロイの本の続きを書いた男。この符号に嫌な胸騒ぎを感じた。



数ヶ月ぶりの親友の家はとってもファンシーな具合に変わっていた。
でっかいばかりが自慢の家は、オレの最愛の天使たちである妻子を連れてくるのを憚ってしまうほど、中はどこも埃まみれの幽霊屋敷だったのに。
なのに、それがどうした!この変わりようはっ!!

この家をロイが購入したときに奪い取った合鍵で中に入って、俺はしばらく大口を開けて呆けてしまった。以前なら、でっかい玄関から続く薄暗い廊下は中途半端に閉じられたカーテンの隙間から差し込む日の光を、訪問者の立てた埃にきらきらと反射させて、あたかも廃棄の中の幻想的な光景と言わんばかりだったのに。

オレは姑になった気分で窓枠を人差し指でなぞってみた。そして、まじまじとその指先を凝視しする。
「ありえねえ。埃がねえじゃん…」
あんなに堆積していた埃がなくなっていた。
俺は突如として恐ろしくなり、背筋が震えた。自分が異次元に迷い込んでしまった気がしたのだ。
「ロイ!ロイー!!ロイロイロイロイー!」
この俺の目の前に広がる世界を否定してほしかった。
生活スペースだけかろうじてなかった埃が。廊下にはびこっていたくもの巣が。
この家は生まれ変わっていた。
そして、次第に疑惑がむくむくと鎌首をもたげていく。
きれいになった壁と言う壁、至るところに張られたスペルの書かれた単語帳。子どもが字を覚えようと躍起になって、貼り付けている姿が浮かぶような…。
数ヶ月ぶりの親友の家は幽霊屋敷が人の家になり、子どもの住む家になっていた。
「――で、肝心の犬がいねえじゃん。犬」
番犬にもなると大いに期待した犬がいない。

きょろきょろと廊下を見回して、割れたままだった窓に目張りされているのを見つけた。呆然としているとロイの足音が聞こえてきた。
「――アレだろ、ロイ。飼ったのは犬じゃなくて人間なんだろ?」
「いいや。人間じゃない」
「犬って言い張るのか、お前」
リビングから現れた親友はいいご身分にも頭に盛大な寝癖を付けていた。朝っぱらから昼寝をしていたんだろう。
「――そうだ」
「じゃあ、犬に字を覚えさせようって言うのか」
「向上心に溢れているんだ」
「それはどんなに賢い犬でも無理があるだろ」
字を読み書きして覚える犬なんているわけねえじゃねえか。もし本当にいるならこの俺様が高くサーカスにでも売っぱらってやるぜ。
「ハボックならできる」
「――ハボック?」
「ジャン・ハボック」
「ファミリーネームがあるのか?」
しかも、ジャン?オスか?オスと暮らしてんのか、お前…。

胡乱な目を向けた俺に親友は冷たかった。リビングへ案内してくれることもなく、廊下に仁王立ちになってこれ以上入れんとばかりに胸を張る。
「お前、何しに来たんだ」
「――自慢のそのお犬様とやらを見に来たんだ。で、どこにいる?」
「出かけている」
「はあ?オイオイ、ロイくん。それは本当に耳と尻尾がある犬なのか?」
「あるとも!それはそれはふさふさできらきらの耳と尻尾が!しかも金色なんだ!!」
掃除をする犬。どこぞで拾ってきた字の読めないガキに耳と尻尾を付けてコスプレさせているってことなんだろう…。うわあ、ヘンタイだ。
「ヒューズ。言いたいことがあるならはっきりと言え」
「――そのジャン・ハボック氏が、この家掃除してんの?」
「別にしなくてもいいと言ったが、趣味なんだろうだ」
「食事とかも作ってくれる?」
「ああ」
「犬なのに?」
「ああ!凄いだろう!」
親友の自慢げな満面の笑みが眩しかった。眩しすぎて、俺は言いたいことも問いただしたいこともいろいろあったんだけど、多くのことに目を瞑ることにした。
会ったときから奇妙奇天烈な親友だ。
ここでもう一つ奇天烈なことが増えたところでそう変わりはない気がしたのだ。
「――いつ来たら、その優秀なお犬様にお会いになれるのかしら、ロイくん」
「夕方になれば帰ってくるぞ」
「へー…、そう。今度、その時間帯にくるよ。うん。ジャン・ハボック氏によろしくね」
でも本当は激しい動揺を抑えきれなくて、一時戦略的撤退を余儀なくされたんだけど…。

奴の生活の変化を、俺は確かに望んだ。しかし、この変化が奴にとって吉なのか凶なのか、俺は判断し兼ねた。


U-06

その日、帰ってきたら家の中に微かに嗅ぎなれない男の臭いがした。
圧倒的な、強壮なオスの臭い。
ドアを開けてくれたその人からもその臭いを嗅ぎ取って、オレの中の何かが静かに、だけど確かに触発された。誰か来たんスかと何気なさを装って聞いてみれば、その人は、ああ、ヒューズがなとあっけなく答え、腐れ縁の友人だと言う。
気持ちの中に小さなしこりを感じた。小さいけど重いしこり…。
――だけど、さあ、散歩に行くぞと声高らかに言われてトイレに追いやられると、この情けなさを前になんとも言えない気持ちになって、この状況を何とかすることの方が先に思えた。フリスビーはそろそろ止めてほしい…。



字を教えてもらって、早数週間。それはほぼこの人と出合ってからの時間でもあった。
その間、この家を訪ねてくる人間はいなかった。でも、逆に電話は多い。
その人は電話が鳴ると毎回面倒臭そうに受話器を取るのに、何故かいつも長電話だった。オレに字を教えてくれている時でも、電話がかかってきたらいつも取ってしまう。

その電話がたまたまその人が風呂に入っている時にけたたましく鳴って、早く風呂から出ろ出ろと急かした。10コールを数えても止まない電話に、風呂場のドアが開く音がする。
そして、ハボーック!と電話のけたたましい音をかき消すような、ダイニングで今日のお勉強の後片付けをしていたオレを呼ぶ声…。オレは電話に負けじと大声を出した。
「何スかー!」
電話線を切れってんなら、喜んで切りますけど。
だけど、その人が次に言ったことはオレにとって全く予想だにしないことだった。
「――電話に出ろっ!」
「は?」
は?は?は?
「電話に出ろっ!ハボックっ!!」
ついでとばかりにドカッと壁を叩く音まで聞こえてきて、重かった腰を上げて風呂場に走った。そのオレの足音が聞こえたらしいその人は、誰からかメモしておいてくれと言って、オレの鼻先で風呂場のドアを勢いよく閉めてしまった。
「は?」
ドアの中からはシャワーの音。背後からは鳴り止まない電話の音…。
逡巡は一瞬だった。

「ロイ!遅いんだよ!思わずお前ん家に行っちゃおうってほど心配しちまっただろ!オイ!」
受話器から、以前嗅いだ不愉快な男の臭いを感じた。
無言なオレに構わず、男はとにかくしゃべり続け、優に5分は経ってから反応のないことに疑問を感じて、言葉を途切らせた。
男は終始無言だったオレに、お前、ハボックだろうと言った。
その声には明らかに笑いを堪えてる口ぶりで、オレはそうだと言いたくなくてワンと言ったら、今度は容赦なく大笑いされて嫌な気分が更に増した。
男はマース・ヒューズと名乗り、懇切丁寧にスペルまでゆっくり教えてくれた。
そのバカにしたような口調も気に入らなかった。
――字が読めないことをバカにされている気がした。字すら読めない自分があの人の特別な存在になりたいなんて思っていることを笑われた気がしたのだ。
犬と大差もないくせに、と。



石畳の続く路地は車の排気ガスで黒く薄汚れている。日が翳り、本来ならば夕焼けに赤く染まるはずの大気も路地の薄暗さだけに染まっていた。
無学な人間にこの街は冷たく、まともな仕事に就くことすらできない。
ここにあるのは挫折と後悔ばかりだった。
でも、今はこんな薄汚れた街でもそんなものだけではないってことを知っている。
教会の壁に張られた一枚の張り紙は、ボランティアで読み書きやちょっとした計算を教えてくれるというものだった。オレは張り紙に書かれていたことが何となくでも分かって、日時がちゃんと分かったことがうれしかった。
あの人に教わっていたんじゃ、ちょっとしたスキンシップが楽しくて、いつも勉強どころじゃなくなるから。こういう場所で本腰を入れて勉強する方が手っ取り速く字を覚えられるようになるのかもしれない。その考えはオレを浮き足立たせた。

帰って直ぐ散歩に家を出る。その人が気が済むまで散歩に付き合ってから、引っ張るようにして家に帰って、1人分の飯を作りながら、自分の分を食べてしまって。
あの、ちょっと行きたいところが…と切り出した。その人はオレの言葉に少し驚いて目を見開いたけど、行き先を言うと快く送り出してくれた。
「気をつけて行っておいで」
いつものように見送られて、オレは意気込み勇んで教会に走った。



人間の振りをして、人間の集団に入っていく。
今まで何回も繰り返してきたことだけど、この集団は悪くなかった。
きっと誰もが同じ気持ちだったからかもしれない。真剣に、まじめに、勉強する。ここでは分からないことは恥ずかしいことでも何でもなかった。
毎日のように顔を突き合わせるようになって、お互い言葉を交わすことも増えてきて。オレは気のいい人間もいることを知った。
そして、気が付けば、友人なるものができていた。


U-07

時間があっという間に過ぎていく。
公園の木々はいつも間にか生い茂り、散歩中のその人はよくその下を選んで歩くようになった。日に焼けると肌が赤くなって痛いらしい。オレとしてはもうちょっと日に焼けた方がいいような気がして、いつもその人の握るリードを銜えては強引に日差しの中に引っ張り出た。コラと叱られてもその声に怒りの色はなかったから、できるだけ日差しの中を歩くようにした。でも、オレの小さな努力は報われなかった。――その人はずっと白いままだった。やっぱり妖怪じみてる…



夜、教会のボランティアで開かれる勉強会に通い続けて、オレはやっとなんとか字が読めるようになった。もちろん簡単なものだけだったけど、それはものすっごい進歩だ。そして、あの人が言ったように字が読めるようになったら、字も書けるようにもなっていた。

そんなある日、帰って来ると、いつもおかえりという言葉と共に玄関を開けてくれるその人の姿がなかったことがあった。いないのかなと不思議に思いながら自分の鍵を使って家の中に入ると、その人の気配は家の中にちゃんとあって。
オレは首を捻りながらダイニングに買ってきた夕飯の材料を置きに行った。そして、そこに見慣れないものを見つける。勉強に使っていたダイニングテーブルに『交換日記vol.1』と書かれたノートが一冊、ぽつんと置かれていた。
交換日記…。その言葉は読めたけど、オレはその意味は知らなかった。
恐る恐る、ここに置かれていたってことはオレが見てもいいんだよなと、ノートを開く。1ページ目に少し引きつった文字が書かれてた。――おかえり、ハボックと、その文章は続いていて、オレが読んでよかったんだと訳もなくほっとした。

『――おかえり、ハボック。今日は散歩に行けなくて私はとても残念だ。実に不本意なのだがどうしても仕事を断れなかった。私は奥の書斎で仕事をしている。忌々しいことに、依頼された原稿が書き終わるまで私の生活は不規則になるだろう。朝早いお前は私のことは気にせず過ごしなさい』
それって、仕事の邪魔をすんなってことなのかな…。
よく分からない単語が混ざってて、イマイチ内容に自信が持てなかった。逆に、よく分かったことは、今日はフリスビーを犬の前で追いかけなくてすむと言うことだったが。
文章はもう少し続いていた。
『――最近、お前の勉強の成果を見る機会が減り、どのくらい字を覚えたのか興味深く思っている。よって、毎日、今日あったことをこれに書いておくように。読むのを楽しみにしてる』

それは短い文章だった。でも、生活がちょっとずつすれ違っていて、何となく物足りないって言われた気がした。オレがいなくて寂しいって。
そして、オレのために用意された『交換日記vol.1』。
それにちゃんと書けることが嬉しかった。
字を覚えてよかった。ちゃんと頑張ってよかった…。
じわりと熱いものが込み上がってくる。今日は一緒にご飯を食べて、色んなことを話したい。でも、忙しそうに仕事をしている気配を感じると書斎に近づくのはいけない気がして、今日も大人しく夕飯を作って、教会に行った。『交換日記vol.1』と書かれたノートを持って。

いそいそと自慢げに持っていった教会の勉強会で、今時小学生でもしないとみんなに口々に言われたけど…。



字を覚えると仕事量が増えて給与が上がった。その増えた分で新しくできた友人なるものと安酒を飲みに行ったりした。あの人はあれからずっと忙しい。朝、オレが仕事に行くときぐらいしかあの顔を見ていない気がした。

字が読めるようになって、オレの興味が色々広がった。
例えば、今、必死になって原稿を書いている人の、書いた本とか…。
オレみたいな人間じゃない奴と一緒に暮らしていて平気なのだから、変な人だと言うことはよく分かってるんだけど、気になって気になって仕方なかった。
家の中を掃除の名目で、たくさんある本の中から背表紙にあの人の名前を探す。――家捜しじゃねえし…と何度も呟きながら。でも、オレは一冊も見つけられなかった。ついでに、今まで見向きもしなかった本屋にも行ってみたが、こっちにもなかった。
あの人は売れない物書きであることを再確認して、オレは自分の稼ぎを大切にしなければと心から思った。死活問題だから。

そんな最中、オレは友人なるものから一冊の分厚い本を借りた。それは子ども向けに書かれたものだからオレたちのような字を覚えたての奴らにはもってこいの本だと言う。
何とはなしにその本を借りた。散歩になかなか行けなくなって、オレは時間を持て余すようになっていたから。

その本は面白かった。
無駄遣いはしないと決めたオレが続巻を買ってしまうほど…。


U-08

雨が降るとハボックの仕事は馬に朝飯を配ることで終わった。早朝に家を出て、まだ朝の早い内に帰ってきたら、その後はオフになる。一日中家にいる。
私の生活は、怪我をしたと言った数週間後にはヒューズが容赦なく仕事を持ってきて、いつもの慌しさを取り戻ってしまった。けれど、だからこそ、ヒューズが泣いても喚いても、雨の日ぐらいはここぞとばかりに私もオフの日と決めて、ハボックとゆっくり過ごした。
雨が待ち遠しかった。雨が続けばいいとも思った。



「結構、覚えたでしょ?」
市場にもう夏の果物が売ってたとか、厩舎一の暴れ馬がつい虚勢されてしまったとか、教会のシスターにクッキーのレシピをもらったとか、友人なるものができたとか…。
拙い言葉で埋められている交換日記を見ながら、顔を合わせなかった時間を取り戻すように話をした。薄暗いリビングに差し込む雲に遮られた日差しや、雨の日特有の重い空気を感じながら、ハボックの入れたコーヒーに立つ湯気が消えてしまわないように息を潜めて、過ぎていく時間を惜しんだ。
大型のソファにだらしなく寝そべると、ハボックがそこが定位置とでも言うかのようにソファ下にソファを背もたれにして座る。お互いの呼気や体温が届きそうな距離に知らず安堵を覚えていた。こんなに広い家にいて、こんなに近づいて過ごす。寄宿舎にいたときは、こんな時間を自分が持つとは思いもしなかった。
気が付くと、ハボックの頭に金色の犬の耳がにょっきっと生えていて、それが下がったり忙しなく動いたりして、私の心を奪った。視線が頭に釘付けになる度に、ハボックが、聞いてます?と拗ねた声と目で言うものだから、可愛くて仕方がない。私は思う存分、犬の耳の生えた温かそうな金色の頭をかき回した。

私が書斎にいるとき、ハボックはできるだけ邪魔をしないようにと心掛けているようだった。それでも、全く来ないという訳ではなく、来るときはいつも随分と潜めた足音が書斎の前を何回も往復してから、何故か犬型でするりと入って来る。散歩のときはあまり鳴かないくせに、こういうときばかりワンと鳴きながら。そして、私の足元に蹲っていたり、私の袖口を銜えてダイニングに引っ張って行くのだ。
一緒にいたいとか、一緒にご飯が食べたいとか素直な情を向けられれば、どんなに仕事の締め切りが迫っていようが私を喜ばせた。



かくも楽しき日々の中で、見慣れぬ本だがよく知っている本をリビングで見つけた。かつて妹に強請られて書いた、面倒な経緯を経て私の名前じゃない名前で出版された本。
憤りを感じたことも、辺り構わず口汚く罵ったこともあったが、それは全て過去の話だ。
懐かしさがあって手に取ってページを捲っていたら、朝食を作っていたハボックがキッチンから顔を出して、それ面白いっスよと言った。
「――でも、続きでてないんスよね、ソレ。オレは作者に文句言ってやりたい!サボってんなってっ!!」
その飾らない凡庸な褒め言葉は正に晴天の霹靂だった。
売れていることは知っていたが、この本の感想を聞いたのは思えばヒューズ以来初めてかもしれない。ヒューズに関しても、寄宿舎にいた頃に聞いただけだから、何年ぶりの賛辞だろうか。そう。考えれば当たり前の話だ。感想は全てこの本の作者として本に名前を載せている男の下に届くのだろうから。
「――読みたいか?」
この本の続きを読みたいか?それぐらい、この本は面白かったか?
ハボックは何を言ってるとばかりに、まくし立てた。
「そりゃそうでしょ!みんな、待ってんスよ!そりゃあ辛抱強く!それに、オレは、今これの続きを読むために勉強してるって言ってもいいぐらいなんスよ!」
「そうか…」
唯一の読者を失った本は新たな読者を獲得していたのか。
私はこの本のことを忘れていた。長い間…。
その日は一日中、ハボックがこの本がいかに面白いか語るのを聞いていた。
その日も雨だった。

ハボックがあまりに目を輝かせて語るものだから、私はやっと妹にこの本を手渡せた気がした。そして、他人任せになっていた、この本の続きを書きたくなった。
2006/04/04〜2006/05/25