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場所取りにうってつけのご一行 +
ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、花見の場所取りのため、ござを片手に歩いておりました。
「京都の桜はもう散りかけですが、東京のほうではまだ桜が咲いているそうですよ」
今朝の朝ごはんの時、イヅナさんがそんなことを言ったのです。
「じゃ、まだ花見ができるのか?」
おかわりの茶碗を受け取りながら、ヤクモさんは気分が盛り上がるのを感じました。
「とうさん、今日はおはらいの仕事ないんだよな? みんなで花見に行こう! 東京くらいなら、俺の符で道が作れるからさ!」
今年の春は仕事が立て込んで、お花見に行けないうちに桜が散ってしまったのです。イヅナさんのお弁当を持って太白神社のみんなで出かける、毎年恒例のお花見を楽しみにしていたヤクモさんは、たいそうがっかりしていたところだったのでした。
「ヤクモさま、符はそのように使うものでは……」
説教モードに入ったイヅナさんを、モンジュさんが明るい笑い声で止めます。
「まあいいじゃないかたまには。そうだな、イヅナくん、今から花見弁当を作ってもらってもいいだろうか?」
「そう……ですね。材料は買ってありますし……お昼くらいまでには……」
イヅナさんは天井を向いてお弁当の算段をはじめ、めでたく花見が決定したのでした。そしてヤクモさんは、一足先に東京に出向き、花見場所を確保することになったのです。イヅナさんとお弁当は、出来次第モンジュさんの符でこちらに来る予定です。
+ 場面1 +
「イヅナさんの特製弁当が待ってるんだ。生半可な場所じゃいけないよな」
気合を入れるヤクモさんに、神操機からサネマロの含み笑いが届きました。
「だったら、まろがいい場所を知ってるでおじゃるよ」
「ほんとか、サネマロ! さすがお前だな!」
「任せるでおじゃる。まろの前の闘神士が見つけた、とっておきの場所でおじゃるよ」
それって、俺が倒したあの人のことだよなあ。あの人も花見なんかするのか。脳裏にそんなことが浮かびましたがあえて考えないようにし、ヤクモさんはサネマロの言う場所へと向かいました。
「春っていいねえ、ヤクモ」
上機嫌でタンカムイが話しかけてきます。
「ボク、四季の中で春が一番好きだよ」
「お前の節季もあるしな」
「そうそう! こんな広々した場所で、思いっきり怒頭水をやったら気持ちいいだろうなあ」
「……平和な公園で必殺技はしないからな、タンカムイ」
あの大きな目をキラキラさせ、タンカムイはうららかな春の日差しの下で暴れまわる自分を夢描いているようです。ヤクモさんはとりあえずスルーし、「あっちでおじゃる」とサネマロの指差すほうへと、斜面を登ったのでした。
やがて、サネマロの言うとおり、少し分け入ったところに特等席がありました。大きく張り出した枝に無数の花をつけ、立派な桜が一本立っているのです。ちょうど見ごろの花の下には、しかし先客がありました。
「あちゃあ〜。誰かいますねえ〜」
「我らの領土を侵すとは、宣戦布告に等しいであります」
「いや、別に俺たちの領土じゃないだろ」
「あの者、こんなところで一人なにをしているのだ?」
いぶかしげにタカマルが言いました。先客は、木の周りにぐるりとビニールのテープを貼りめぐらせ、その真ん中で桜の幹にもたれてボーっとしているのです。式神たちは不審に思ったようでしたが、ヤクモさんにはそれが自分と同じ、花見の場所取りだとすぐにわかりました。
「どこかの会社の宴会係の人だろうな。新入社員はこういうことをやらされるんだって、シマムラが言ってた」
へーえ、と五行の式神たちは感心しました。さすがは天流の伝説、博識です。
「いや、そんな感心されるような知識じゃないけどな。さて、どうするかな……」
考えるヤクモさんに、タカマルが冷静に言いました。
「場所は木のフィールドだ。火属性で行くべきだろう」
「桜を燃やすつもりでおじゃるかタカマル。木属性のまろが行くでおじゃるよ」
「水属性のボクが一番だよ。桜を生かせるよ」
「おおっと、一番木のフィールドに強いのは、金属性のワタクシですよ〜」
「苦手な属性だからといって、自分も遅れをとる気はないであります!」
「よし待てみんな落ち着け。ここは実力排除の算段をするところじゃないよな?」
「え? じゃあ、いつが実力排除の算段をするところなの?」
「…………神流と遭遇したときとか、地流と遭遇したときとかだ。なあみんな、平和主義って知ってるか?」
式神たちは一斉に、知らなーい、と首を傾げました。
「……うん、あとでじっくり勉強しような。とにかくいいか、一般人相手におまえたちを降神することはないから」
「そうでおじゃるよ、ヤクモさまなら一般人ごとき符で圧勝でおじゃる」
「うん、符も出さないけどなサネマロ。お前までそれって俺ちょっと悲しいぞ」
とりあえずヤクモさんは式神たちを黙らせ、桜にもたれて眠そうな
場所取り会社員に近づきました。
「すみません。その場所、俺に譲ってもらえませんか?」
くつろいでいた風の会社員はぱっと顔を上げてヤクモさんを見ました。若いのに意外とするどい眼光の、赤の似合う青年でした。探るような目で見られ、ヤクモさんはちょっとたじろぎました。闘神士相手ならいざ知らず、一般人にこんな風ににらまれることには慣れていません。
……俺、何かおかしいかな。大丈夫だよな。いつものマントはちゃんと置いてきたし、神操機のホルダーも見えてないよな。……あ、流派章か? いや、ジャケットの袖にちゃんと隠れてるぞ。
時々そのまんま外をうろついてしまい、なんだそれ何かのグッズ?とシマムラに怪訝な顔をされることを思い出して、ヤクモさんは服装セルフチェックをしました。今は大丈夫そうです。
いきなり声かけたから警戒されたんだな。と、ヤクモさんは結論付けました。とりあえずこれからみんなで花見の予定で、昼間のしばらくを貸してもらいたい旨伝えます。と、突然会社員が目頭を押さえたのでした。
「……ど、どうかしました?」
「いや、なんでもない」
びっくりして声をかけたヤクモさんでしたが、相手はにべもなく言って顔を背けます。
「昼だけというなら、しばらく貸し出すくらいはかまわない。ただし、このテープの中は死守してくれ」
彼は微妙に顔をうつむけたまま、めぐらせてあるテープを指差します。
「私はよそで時間をつぶさせてもらう」
そう言ってその場を立っていきました。
もしかして、よっぽど仕事が辛いんだろうか。新入社員のストレスはすごいってテレビでも言っていたな……。ヤクモさんはそんなことに思い当たり、「あのっ!」と彼を呼び止めました。
「えっと……」
振り返った彼に、続いてどうするか困り、あわてて荷物を探ります。
「これ、よかったら飲んでください!」
疲れているらしい彼に、少しでも元気を出してほしかったのですが、持っているものはコーラのペットボトルしかありませんでした。それでも、精一杯の励ましの気持ちをこめて差し出します。
「ありがとう。大事に飲ませてもらう」
その気持ちが伝わったかのように、彼はペットボトルを受け取ると、足早にその場を去っていきました。
「元気出してくれればいいが……」
その背を見送ったヤクモさんがつぶやくと、「出るでおじゃろう」とサネマロが神操機から出てきました。扇で顔を扇ぎながら自慢げに、
「なにしろあの中身は、まろ特製の薬草どぶろくでおじゃるからな」
「……ちょっと待て!!! サネマロ! そんな話聞いてないぞ!」
「ヤクモさまにも内緒で作っていたでおじゃるよ。うまいどぶろくを急に出して驚かせたいという、まろの乙女心でおじゃる」
どぶろくと乙女心という、どう見ても選択を誤っている組み合わせにめまいがしましたが、
「とりあえず……突っ込みきれないところはスルーするとしてだ、サネマロ、俺が飲もうとしてたコーラの中身を勝手にすり替えるってのはどうなんだ!」
「だから、驚かせたいという茶目っ気でおじゃるよ。人生には新鮮な驚きが必要でおじゃる」
次に乙女心といったら突っ込もうと思ってたのに、察したかのように単語を変えられてしまいました。とりあえず本題に突っ込むことにします。
「驚く驚かない以前にな、俺は未成年だぞ。酒は飲めないんだ!」
「大丈夫だよ、ヤクモ」
神操機から出てきたタンカムイがニコニコと言いました。
「ボクでも飲めるくらいおいしくできてるから」
「飲んだのかタンカムイ! 飲ませたのかサネマロ! ちょっとそこに座れ! 式神……」
「まあまあまあまあ、ヤクモ」
神操機から出てきたリクドウが仲裁に入ります。
「人目もありますし、穏便に、穏便に〜……」
「タンカムイも式神だ、神酒くらい飲む」
横からタカマルも言います。ヤクモさんは仕方なく神操機を下ろしました。確かにタンカムイは、若いとはいえ式神なのです。実年齢にすれば20年たってないということはないでしょう。
…………ということは、こいつ俺より年上?!
ヤクモさんはかなりの衝撃とともに、タンカムイをまじまじと見つめました。
「どうかした? ヤクモ」
「いや……別に」
とりあえずそれについては考えないことにし、ヤクモさんは荷物の中から座布団を出して座りました。
あとはここでこの場所を守るのみです。
+ 場面2 +
「父上と巫女はいつごろくるでありますか」
ブリュネが待ちきれぬ様子で言いました。
「お弁当が出来次第、来るって言ってたからな。もうしばらくかかるだろうな」
「お弁当楽しみだねえ」
タンカムイの言葉にヤクモさんが「そうだな」と言う前に、
「タケノコの木の芽焼きはまろのものでおじゃるよ」
「いいだろう。だがさわらの西京焼きは渡さん」
「待つであります! それは自分も狙っていたであります!」
「材料は3人分はあったから心配無用ですよ〜」
ヤクモさんはほのぼのと言い合う五行の式神たちを端から端まで見比べました。
「……おまえたちも食べるつもりなのか?」
「「「「「当たり前だでおじゃありよ!」」」」」
一斉に言ってきた式神たちでしたが、語尾が違うので声を揃えてとはいきませんでした。しかし心は一つのようです。
「ヤクモ、ずるいよ! 自分だけ食べる気だったの?!」
「あの旨い料理を見るだけなど、がまんならないであります」
「ワタクシも認める闘神巫女の手料理ですよ〜」
「公平に分けるでおじゃる」
「うむ、それが道理というもの」
「あのな、おまえたち……」
ヤクモさんはあきれ半分、困り半分で言いました。
「第一に、おまえたち式神だろう。人間のご飯なんて食べるのか? コゲンタだって一度も……」
「あの白虎のことはいいであります」
ぴしゃりとブリュネが言いました。その妙な迫力にヤクモさんは少々気おされ、
「と、とにかく、式神が人間の食事を食べるなんて聞いたことないぞ。天流の文献にだって……」
「人間風情が我らをわかった気になるなど千年早いでおじゃる」
サネマロがひんやりした声で言いました。
「……もちろん、ヤクモさまは別格でおじゃるよ?」
「おまえちょっと怖かったぞサネマロ」
闘神士と式神の絆を信じてるのは、もしかして自分だけだったんだろうか……と不安になりつつ、ヤクモさんは続けました。
「食べられるんならそれでもいいけどな、おまえたちここで降神させる気か? そんな姿を見られたら騒ぎになるぞ」
「なに、この場所なら問題ない。花見に浮かれすぎた酔っ払い大学生の仮装で通る。ごらんあれヤクモ、そこでもあそこでもお遊び系サークルが新歓花見をやっていますぞ」
「なんでそんなに人間の生態に詳しいんだタカマル。お遊び系サークルの新歓花見だなんて、俺にもわからなかったぞ。いや、そんな話はなしだ」
せき払いし、
「いいか、ここは京都じゃなくて東京だ。つまり地流本部のお膝元なんだよ。もし万一、地流の闘神士が通りがかったりしたらどうするんだ」
「それは大丈夫だったよ」
「うむ、大丈夫だったであります」
「大丈夫だったしな〜」
平然と言うタンカムイたちに、ヤクモさんは意味がわからず首を傾げました。
「おまえたち、もしかして蹴散らせばいいとでも思ってるのか? こんなところで大暴れは許さないからな」
ちょっと胸を張り、威厳を出して言ったヤクモさんに、タカマルがうなずきます。
「確かに大降神もままならぬ地流闘神士相手では、暴れるに暴れられませぬな」
「なに、大勢相手なら手ごたえはあろう。地流は何人かでつるんで行動するでおじゃるからな」
「いっそ、全地流闘神士がお花見に集まってればいいのにね! そしたら一気に蹴散らせるよ!」
「天流壊滅の恨みを晴らすでありますな!」
「やりましょう、ヤクモ!」
「…………やらない! やらないからな!」
一瞬、あ、それだと手間がかからなくていいなあと思ったことは、名落宮の底に埋めることにしました。
「俺たちの敵は神流だぞみんな。今は地流と敵対してしまっているが、とうさんたちが裏で和解工作を進めてくれてるんだ。それを邪魔するようなことはしないからな」
半ば自分に言い聞かせている事実からは目を背けます。
「それに、あるわけないだろ。全地流闘神士の花見なんて」
言ってから、想像するとなかなか笑える絵面だと気づきました。俺の知ってる式神をつれた闘神士が、場所取りなんかさせられてたら楽しいなあと思うのです。
もしかしたらそれは、なつかしいあの白虎かもしれません。
ヤクモさんはちょっと想像してみました。
たとえ今、地流闘神士の式神となっていたとしても、また顔を合わせれば、あの日々に培った絆が今も2人をつないでいることが……
「まあ地流はどうでもいいよね」
ヤクモさんの感傷を踏み潰すかのように、タンカムイがドスの効いた声で言いました。
「ヤクモとボクたちにかかれば、どんな式神だって一撃だもの」
「そうでおじゃる。どんな式神であろうと」
「我ら五体の必殺技でぎゅるるるるどっかんであります」
「むしろやってしまいたいくらいですね〜」
「白くってしましまで鈴のついてるやつをな」
「みんな、頼むからその据わった目をやめてくれ。まったく……」
ヤクモさんはため息をつきました。
「みんなそんなにイヅナさんの弁当が食べたいのか」
「……そういうことにしておくであります」
そうかそうか、とヤクモさんは納得しました。人間だって、おなかが空いているときには殺気立つものです。
「わかった。でも今日は我慢してくれ。今度、またイヅナさんに弁当を作ってもらって、俺たちだけで花見をしよう。それでいいだろ?」
5体はびっくりしてヤクモさんを見ました。
「本当、ヤクモ?!」
「ああ。伏魔殿に、桜が咲いているところがあるだろ? あそこなら全員降神しても大丈夫だからな」
五行の式神たちは一斉に手を打って喜びました。桜の下、イヅナさんの弁当を囲み、ヤクモとともににぎやかに騒ぐのは、どんなにか楽しいことでしょう。
「了解であります、ヤクモさま!」
「そういうことならば異論はない」
「今日は我慢するでおじゃるよ」
「つぎはワタクシも弁当作りを手伝いますよ〜」
「楽しみだなあ。ねえ、いつにする?!」
はしゃぎだした5体を、ヤクモさんも楽しそうに眺めます。そしてふと思いついて、
「そうだ、せっかくだしバンナイさんとラクサイ様も誘ってみるか」
つぶやいた言葉に、5体は一気に引きつりました。
「「「「「ヤクモ(様)!!!!!」」」」」
「ど、どうしたみんな……」
全員で食ってかかってきた式神たちに、ヤクモさんはまた困惑に引き戻されたのでした。
ともあれ、満開の桜の下で、ご一行の今日は平和なのです。
09.5.18