+  それでもバレンタインですから 4 +

 ドアの外に複数の人間がかけてくる足音がありました。あっという間に部長室の扉が開きます。とっさにタイザンは雅臣さんをデスクの下に蹴りこみ、地流の符で『隠』の字を光らせました。
「タイザンではないか!」
 ヘルメット着用のセキュリティを引き連れて入ってきたのは、クレヤマ部長でした。
「クレヤマ部長?! こんな時間まで残っていらしたのですか?」
 素で驚いたタイザンの言葉に答えず、彼は警戒するように辺りを見回しながら、
「警報が鳴ったぞ。なにがあった。お前は今日は体調不良で休みと聞いたが」
 すたすたと雅臣さんの隠れるデスクに向け歩いてくるのです。あんまり寄られると符が発動していることを気取られかねない。そう思ってタイザンの背に緊張が走り、
「今日はご迷惑をおかけしました」
 などと言いながらさりげなく自分のほうからそっちに歩み寄り、クレヤマ部長の足を止めさせます。そうしながら、
 雅臣、さっさと隙を見て扉の符でどこかへ飛べ!
 そう念じたのですが、闘神士にはテレパシー能力はありませんし、下手なタイミングで符を使って熟練の闘神士であるクレヤマ部長に気取られることを恐れているのか、雅臣さんが道を開く気配はないのでした。
「今の警報ですか。私にも何がなんだか。……もしかしたら、入ってくるときに何かセキュリティに引っかかることをしたのかもしれませんが」
 クレヤマ部長は太い腕を組んで考え、
「いや、うちの社員がここまでくるのに引っかかることはあるまい。お前は今この部屋に来たところか?」
「は、はい。そうです」
 なんとなく雲行きの怪しさを感じ、タイザンはデスク下の雅臣さんに『さっさと逃げろ!』と必死のテレパシーを送りました。が、やはり『扉』の気配はないのです。
「侵入者がいる可能性がある。セキュリティに調べさせよう」
「侵入者? クレヤマ部長、この地流の総本山に侵入できるような者がいるはずが……」
 とっさに止めようとしたタイザンに、クレヤマ部長は怪訝な顔を向けました。
「慎重なお前らしくもないことを言うではないか、タイザン。どうしたのだ」
 タイザンはぐっと言葉に詰まります。確かに、普段の自分ならば率先して部屋中捜索させるところなのですから。
「いえ、その……」
 言い訳の言葉が思いつかないタイザンに、クレヤマ部長はあごをなで、
「今日は体調不良での欠勤だったな。まだ調子が悪いのではないか? ぼうっとしているのではないか」
といたわりの言葉をかけ、軽くタイザンの罪悪感を刺激したのでした。
「座っていろ。お前は働きすぎなのだ。今日休んだと聞いて、ナンカイ部長も心配しておられた」
「は……はあ、申し訳……」
 クレヤマ部長は腕組みをし、
「タイザン、少し俺の話を聞け。いいか」
と言い聞かせる口調になったのです。
「お前は、俺やナンカイ部長やオオスミ部長が日頃どれだけ心配しているかわかっているのか? 天流討伐だけでなく、いろいろなデータベース化やら古文書の解読やらまで手を出して、いくらお前が優秀とはいえ、いつか倒れてしまうのではないかと皆案じていたのだぞ」
「……はあ、その……」
「俺もナンカイさんオオスミさんも、お前が優秀な人材だから心配しているのではないぞ。わかるか。こんなことを言うのはおかしいかもしれんが、俺は正直お前を弟のように思っている。ナンカイ部長も、タイザンはもう息子のようなものだとおっしゃっていた。」
「はあ、それは、薄々……」
 その厳しくも優しい声は、会社の先輩後輩という枠を超えて、本当に兄が弟をたしなめるように響き、タイザンの罪悪感をますます刺激すると同時に、
 ――――雅臣! さっさとどこかに行け!!!!!
 日頃威厳のあるお兄ちゃんをやってみせている弟の前で、さらに威厳のあるお兄さんに子ども扱いされるという、いたたまれない状況にタイザンを追い込んだのでした。
「もっと俺たちを頼れ。わかるか、長いこと一緒にやってきて……」
 そのとき、クレヤマ部長の目が急に鋭くなったのです。
「誰かそこにいるな!」
 見ている先は、タイザンのデスクです。タイザンは心臓が跳ねるのを自覚しました。
「そこに誰かいるだろう! 机の陰で符を使っている者! 解除して出て来い!」
 すばやく懐から神操機を取り出して構えます。
「出てくる気はないか。ならば、式神、降――――」
「その……実は、申し訳ありません、クレヤマ部長!」
「ん? 何だ?」
 降神を中断してこちらを振り向いたクレヤマ部長は、符を取り出したタイザンに目を丸くします。
「これにはわけがありまして、実は」
 言いながら、タイザンは符を赤く光らせました。『解』の字が派手に輝き、クレヤマ部長とセキュリティの者たちは、思わず目を覆います。そして光が消えた後には、
「何だ、これは。ダンボール?」
 3つ積み上げられた段ボール箱が出現しているのです。一番上のフタを開いたクレヤマ部長は、中に詰まっている色とりどりのラッピングに首をかしげたのでした。
「符を使っていたのは私です。その、今日もらったチョコレートでして、積んでおくのもなんだか体裁が悪く、人が入ってきたときに反射的に隠してしまいまして……」
 もごもごと言い訳を口にするタイザンを、クレヤマ部長はあきれ返った表情で振り向いておりましたが、ふいにぷっと吹き出し、
「全く、人騒がせなやつだ」
 楽しげに明るく笑うのです。どうやら、『解』の符の陰でこっそり光った『扉』の符には気づかれなかったようでした。タイザンが心底ほっとしたそのとき、背後から重々しい声が届きました。
「侵入者と聞いてみればお前か、タイザン」
 そのあまりに威厳のある声は、タイザンを一瞬硬直させたのです。

12.07.30



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あと一話です。