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それでもバレンタインですから 3 +
タイザンは荒らされた室内に用心深く踏み込みました。
デスクの引き出しは全て開いています。
横手のキャビネットも、扉が開けられていました。整然と並べられたファイルが見えています。
パソコンは起動されていました。画面は、立ち上げたときにまず表示されるパスワード入力画面でした。
ゴミ箱が倒れ、中にあった紙くずが転げ出ています。タイザンはそれらを、室内を視線で一撫でする間に目に焼き付けたのでした。
「行儀の悪い部下どもが何かの書類を探しに入ってきた、と言うわけではないようだな」
『あのお人らにァ、ダンナの机をここまで荒らす度胸はねェや』
「当然だ。私のデスクを荒らそうものなら、イゾウなどプチッとしてくれる」
なぜイゾウ限定なのか、あとプチッとは具体的になんなのか、オニシバには聞きたいような聞きたくもないような気がするのでした。
「地流本部の一番奥まで入り込んで、天流討伐部の部長室に入り、パソコンの中を見たりデスクを荒らしたりする者、か。壊滅寸前の天流でそんなことが出来るものと言えば」
『あの御仁ですかい』
タイザンは黙って答えませんでした。オニシバはまるで面白いことでもあるかのように、
『さて、困ったことになりやしたぜダンナ。ここまで天流の侵入を許しちまいやしたかい。ミカヅチの大将が顔色を変えるのが見られるかもしれやせんぜ』
いかにも面白そうに言うオニシバに、タイザンは「もしそうなら、このバレンタインに暇な奴だ。天流の伝説は確か、高校生くらいのはずだろう」とつまらなそうに言いました。
タイザンは知りませんでしたが、天流の伝説は毎年女友達からチョコをもらえる上に家に帰れば闘神巫女の特製チョコケーキが待っているものと相場が決まっている、すさまじく恵まれた境遇なのですが、このことはオニシバでさえ知りません。
とりあえず、
『……そりゃァ、毎年無駄なあがきで忙しいダンナよかヒマなのァ確かだ』
と言うしかありませんでした。幸運にもそのぼやきはタイザンには届かなかったようで、
「だが、そうでもなかろうな」
とつぶやいたのです。オニシバがその意味を尋ねようとしたとき、ぱっと光るものがありました。2人はそちらを振り返ります。パソコンの画面が切り替わって、何本かの線が画面を動き回り、ランダムな図形を描き始めるところでした。スクリーンセーバーが起動したのです。
『………こいつァ。ダンナ、この部屋に入ってから、パソコンに触っちゃいやせんね』
「そうだ。そして、5分に設定してあるスクリーンセーバが起動したのが今」
『てェことは、つまり』
「そう。つまり、犯人は少なくとも5分前まではここにいて、パソコンに触れていたということになる」
『あっしらとほとんどすれ違いだったってェことですかい』
「いや、すれちがいどころか」
タイザンは倒れたゴミ箱を指差しました。
「扉の外に私とお前の話し声を聞き、かなり慌てたようだ。『道』の符を使う時間がなかったか、焦りすぎて気が回らなかったか、とにかくゴミ箱を蹴倒しながらどこかに隠れた」
すうっとその場の空気が張り詰めたのでした。
『てェことはだ、ダンナ』
オニシバはにやりと口のはしを吊り上げました。
『盗人は今もこの部屋の中にいるってことですかい』
天流の伝説が操るという五行の式神を思って、式神の闘争心が静かにざわついているようです。
「まて。その前にだ、オニシバ。考えねばならんことがある」
『へい。何ですかい?』
「デスクの机を見ろ。引き出しが開けられ、中の書類が荒らされているな?」
『へい。まあ大急ぎでざっとってェ荒らし方ですがね』
「だが、あっちのキャビネットはどうだ。扉は開けられているが、中を引っ掻き回した様子はない」
『確かに、ダンナが並べたまんまとしか思えねェ』
しかしいつ見てもダンナの気性そのまんまな並べ方でさァ。などと続けたオニシバをタイザンはじろりとにらみましたが、他の部長らからも散々言われていることなのでいまさら抗議もせず、
「また別の話になるが」
と続けたのでした。
「デスクの上を見ろ。チョコは根こそぎ奪われている。……が、地流にとっても敵対する何者かにとっても重要な情報が入っていそうなパソコンは無事だ」
『ぱすわーどを解こうと頑張りゃしたが、出来なかったってェことですかい?』
「そうであるかのような形跡は残っているが、そんなもの、奪い去ってアジトでゆっくりやればよいことだ。そうは思わんか」
『敵さんはそこまで頭が回らなかったんじゃァありやせんかい』
「まあ、そういう可能性もないわけではない。ではデスクの引き出しはどうだ? 見てみろ、どこが一番引っかき回されてるか」
オニシバは霊体のまますーっとデスクの向こうをのぞき込みました。タイザンもその横に歩み寄り、指差します。
「一番上の、筆記具やらクリップらやらが入れてある引き出しが、一番めちゃくちゃだ」
『へェ、大事なモンなんざ何もねェって一目でわかりそうなモンだってのに』
「そう、ポイントはそこだ」
タイザンは社内研修で講師役を務めるときそのものの口調で人差し指を立てました。
「重要なものが放置され、どうでもいいところが適当にあらされている。つまり、一見敵対勢力が盗みに入ったかのようだが、それは全て明らかな偽装工作ということだ。ではその小細工を除けばどうなる?」
オニシバの答えるのなど待たず、タイザンは続け、
「この場から持ち去られたものはチョコだけ、という単純な事実が残るのみだ」
そしてその手を懐にもぐりこませました。引き出されたときには、符が一枚握られているのです。
「私の部屋に入ってそんなことをするものは1人だけ……」
符が赤い光を放ち、デスクの下で緑色に光る『隠』の字を照らし出しました。その字が砕けると同時に浮かび上がった白ジャケットの人影は、
「やはり貴様か、雅臣――――!!!」
「うわ、ちょっ、タイザン、リラックスリラックス〜!!」
デスクの下から転げ出て室内を逃げ惑う雅臣さんを、容赦なくタイザンの符が襲います。
「怒らなくてもいいじゃないかそっちだって助かるだろ?! 全部盗まれたってことになればお返ししなくていいんだぜ!」
「そういう問題ではない! 盗人のような真似をしおって!」
「仕方ないだろ甘いものが食べたかったんだから!」
「何がどう仕方ない!」
タイザンの手元で『破』の符が赤い光を放とうとしたまさにそのとき、
ジリリリリリリリリリ。
鳴り響いた警報の音に、神流の2人はそろって固まったのでした。
12.3.12