+  それでもバレンタインですから 2 +

 途中のカメラを避け、もしくは符で無力化して、タイザンは順調に上層階へのエレベーターに乗り込みました。エレベーター内の監視カメラも、もちろん周到に無力化します。
『それでどうするつもりですかい』
 すべるように上階を目指すエレベーターの中、契約式神に尋ねられたタイザンは皮肉な笑みを浮かべ、
「盗むのだ。私の机の上に並べられた、あのいまいましい義理チョコどもをな。明日私が出社したら、あらされた天流討伐部長室と、チョコなど一つも見当たらないデスク。受け取っていないのだから三倍返しの必要もない!」
『そこまではわかってまさァ』
 あっさり言われて不服そうな表情を浮かべました。
『そのためにァ、泥棒が入ったってェ言わなきゃならねェでしょうに。義理だのオカエシだのよりもっとタチ悪ィ騒動になりやすぜ』
「心配はいらぬ」
 タイザンは悪巧みの顔で腕を組み、
「まず、闘神士フロアでの事件だからな。まちがっても警察への通報はない。これで現代における最大の障壁はあっさりクリアだ」
 にやりと笑いました。ダンナその悪役笑いはこんなトコで使うモンですかいとオニシバが口を開く前に、
「そうなればどうなる? 捜査するのは地流の闘神士たちになる。あの無能な連中にまともな捜査ができるものか」
『そう見くびったモンですかねェ』
「……まあ、時に切れ者もいるから油断はせぬが」
 一瞬悪役笑いが引っ込みました。地流闘神士が決して無能ではないことは、ほかならぬタイザンが一番よく知っているのですから。
「だが、そこが私の腕の見せ所だ。天流討伐部長室に忍び込んだ盗人。天流の仕業だと思い込ませられればよい。そうだ、あの天流の伝説とやらの仕業だということにでもするか」
 神流が誰より警戒し、地流でもその名が轟いている、タイザンにとっては二重の敵の姿をオニシバは思い浮かべました。
 あの坊ちゃんじゃ、そんな小細工しそうにありやせんがね。
 そうは思うのですが、なぜお前がそんなことを知っていると聞かれると厄介なので口には出しませんでした。どうせ、地流の誰も知らないことです。
「そのためにわざわざ下層階から忍び込み、あちこち用もないのにカギを開けて回ったのだ。この努力、無駄にはせぬぞ」
 拳を握って宣言しています。その努力を別の方面に向けたほうがいいのではないかとは、進路をつかさどるオニシバにも言いづらく感じられました。
 ポーンと軽やかな音を立て、停止したエレベーターの扉が開きます。タイザンは上層フロアに足を踏み出し、そこここで侵入者が目的の部屋を探したような小細工をしつつ進みました。
『ダンナ、あんまり長居はよくありやせんぜ』
「そうだな、そろそろ終わらせて帰るか」
 熱心に小細工をしているところをたしなめられ、ようやく我に返って自分の部屋へと向かいます。
「とりあえずチョコは全て回収、あとは色々な書類を盗み出して、パソコンを破壊しておく。……が、重要な書類は隠し金庫の中だし、パソコンはバックアップが取ってあったので、被害は最小限に抑えられましたという筋書きだ。覚えておけ」
『……去年の末から隠し金庫なんざ使い始めたのはこのためだったんですかい』
「当然だ。この日だけ隠し金庫を使ってたら、誰が犯人かバレバレだろう」
 そういえば隠し金庫を使うことにしたと、他の部長達にさりげなくアピールしていたなあとオニシバは思い出しました。そんなふうにして何ヶ月もの間、タイザンがたった一人で下準備を進めていたと思うと、オニシバの目頭は不覚にも熱くなるのです。ダンナはバレンタインのお返しごときをどれだけ恐れていなさるんですかいという方向で。
「さて……仕上げだな」
 タイザンは天流部長室の扉の前に立ち、一つ深呼吸をしました。そして不意に眉を跳ね上げたのです。
「おかしい、これは……」
 タイザンの手が、扉を勢いよく開きました。そこには見慣れた天流部長室のデスクがあるのです。
 上にあるはずのチョコがなく、付けられていたと思しき『いつもお世話になっています。秘書課一同』などとかかれたメモだけが残され、そして全ての引き出しが開けっ放しにされたデスクが。
「………………」
『こいつァ何て茶番ですかい、ダンナ』
 絶句したタイザンに、霊体のオニシバが笑うような警戒するような口調で言いました。
『あっしらより先に、本物の盗人が入っちまった』

11.2.21



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部長の悪巧み能力は、大事なとこが抜けててこそだと思ってます。