＋　大雪まつり１０　１２　＋

　タイザンは息をのんだ。静かに引かれた木戸から目が離せなくなった。
　細く空いた隙間をすり抜けて、萌黄の影が現れた。ひた、ひた、ひた、わらじの足音を忍ばせて、影は夜道に踏み出し、まっすぐに里を包む森へと進んだ。走り出した。
「思い出した」
　一気に現実感を失った光景に、タイザンは息が詰まるのを感じながらうめくように言った。
「……あれは私だ。ウツホのことを密告しに、都に向かう私だ」
『……ダンナ、』
　オニシバの呼びかけの続きを聞く間もなく、タイザンは地面を蹴った。追いすがり、はっきりした輪郭もない萌黄の影に向け、手を伸ばした。
「待て！　都になど行くな！　ここでずっと……！」
　その腕をつかんだと思った瞬間、萌黄の影はガラスが割れるように砕けた。
「………………！」
　タイザンは転げるようにひざをついた。土の上に散らばった萌黄の影のかけらを拾い上げようとしたが、かけらは触れるはしから泡のように消えていって、タイザンの手にひやりとした感触だけを残した。
「……いまさら、過去を変えることはできぬということだな。わかっていたはずだがな……」
　タイザンは冷たさだけが残る手を握り、あの萌黄の影を見たときの、追わなくてはならないという気持ちを思い返した。それはまだ生々しく焼け付くようで、心に浮かべるだけでも駆け出したくなる衝動を呼び起こした。
「わかっていたはずだが、わかったつもりになっていただけだったということか」
　握った手の中で、ひやりとした感触もまた、泡のように消えていく。
「愚かだな。地流の連中を笑えん」
　口元をゆがめたタイザンの自嘲に、
『ダンナ』
　オニシバが言葉を挟んだ。
『そういうならあっしも同じでさァ。あの小せェダンナを見てたら、今すぐ闘神機で契約しなせェと言いたくなっちまった』
　土の上にひざをついたまま、タイザンはそばを見上げた。横まで歩いてきた式神は鼻を掻き、
『そうしたら、何があってもあっしが守ってやれるって言いたくなったんでさァ』
　式神は黒眼鏡の後ろからこちらを見て、
『ダンナ、あっしァ時々、もっと早くにダンナと契約できりゃァよかったと思うんですぜ。小せェ雅臣さんの手を引いて逃げたってェダンナを、あっしが守りたかった』
「オニシバ……」
　タイザンは息を呑んだ。唐突に光がさして、辺りの薄闇が吹き散らされた。

11.08.10