+ 大雪まつり10 4+


 あくる日、タイザンは朝一で病院に出向いて受付を済ませた。「12」の番号札を手に職場への電話連絡をしてしまうともうすることもなく、落ち着かないまま待合室の長いソファ沈み込んでいた。
「病院とはなぜ、独特のにおいがするのだ……」
『そりゃ、薬を扱ってるからじゃありやせんかい?』
「平安の世の薬は、こんなにおいをさせていなかったぞ」
『人の世が発達して、いい薬を使えるようになったからでしょうよ。いいことじゃありやせんかい』
「自然をつかさどる式神が、こんな反自然を許してよいのか?!」
『反自然ですかい? 怖ェ病がよく治るようにって知恵を絞るのァ自然なことでしょうよ』
「口の減らん……」
 タイザンは辺りを見渡した。ちょうど斜め前の診察室の扉が開き、順番の来た者が入っていったところだ。
「あの扉の向こうで、どのような阿鼻叫喚の惨事が行われているのか……。想像しただけで身がすくむ」
『……ダンナはこの時代の医者ってもんを何だと思っていなさるんですかい』
 オニシバのあきれた笑い混じりの声も耳に入らず、タイザンは口の中でぶつぶつ言った。そして前を通った見知らぬ患者が奇異の目で見たのに気づいて口を閉じる。診察待ちの患者が増えてきた。小声でもオニシバとの会話はもう無理のようだ。
「12番の方、第5診察室にお入りください」
 放送が流れ、タイザンは刑場に引きずり出される罪人のように立ち上がった。
『ダンナ、腹ァくくって、さっさと終わらせて休みを楽しみましょうや』
「………………………」
 返事もなく、タイザンはよろよろと第5診察室の扉までたどり着いた。大きな扉をスライドさせようと引き手に手をかけたとき、またそれが見えた。
 萌黄の影だった。
 扉にあいたスリットごしに、駆けて行く小さな姿が見え、奥へ奥へと遠ざかるその周囲は、暗い木立だった。
 思わず伸ばしたタイザンの手は、すぐそこで冷たいガラスに当たった。見ていたのは、扉にはめ込まれたガラスに映りこんだ像だったのだ。
 振り返ったそこにあったのは何の変哲もない病院の明るい待合室で、あの萌黄の影も暗い木立もなかった。
『ダンナ?』
「……なんでもない」
 タイザンは頭を振って診察室のドアを開けた。医師の診察を受け、血圧測定・血圧検査などののち、
「過労気味みたいですね。あんまりつらいなら栄養剤の点滴、していきます?」
「いえ!!! 忙しいので!!」
 善意の医療行為の申し出を、医者がびびるほどの勢いで断り、ビタミン剤の処方箋を持って、逃げるように病院を出た。 

10.12.16



フレームなしメニュー     次




さらに続きます。