+ 大雪まつり10 2+
次にそれを見たのは、師走の雨の朝だった。傘を開き道路へと出ると、オニシバが懐から『せっかくの大雪の入りだってのに、雨たァついてねェ』と声をかけてきた。
「昼にはやむらしいし、この程度の降りだ、構うまい」
と返してから少し考えた。
「そうか、犬は湿気に弱いのだったな。雨の多いときは気をつけないと、思わぬ病気の元になるから充分に注意しろと昨日見た犬の飼い方サイトに書いてあった。夏場は日陰にすのこを敷いてやるとよいのだとな。」
『……いやダンナ、それァあっしの話ですかい』
「……よし、仕方あるまい。お前が苦痛に感じているなら、今日は仕事を早く切り上げてホームセンターでよさそうなすのこを買ってやろう。
ちょうど大雪だ、誕生日プレゼントと思って受け取れ」
『ダンナ、疲れてやすね?』
「すのこでは不満か? ……ああそうか、季節的に防寒用品の方がいいか。もう冬だということを失念するとは、確かに疲れているようだ」
『……ダンナ、犬から離れて下せェ』
オニシバのぼやくような一言を聞き流し、タイザンはしばし、傘を叩く細かい雨の音をバックに考えた。
「……この間みたサイトに、犬用のダウンジャケットがあったな……」
『犬用にあっしァ入りやせんから』
「オニシバ、ちょっと出て来い」
『へい? へい』
オニシバが霊体をあらわすと、タイザンは足を止めてじっとそれを眺めた。それからふんふんとうなずいてまた歩き出す。
『ダンナ、頭ン中であっしに着せてみて、こいつァ入らねェなって気付かないんですかい』
「まあ、サイズなどなんとでもなる」
どうやら本気のようだ。こうなっちまうとうちのダンナは言っても聞かねェ……とオニシバは思い、ふと思いついた。
『ダンナがそのつもりなら、あっしにも考えがありまさァ』
「ん? なんだ考えとは」
会話がそんなところに差し掛かったとき、視界の端に動くものがあってタイザンは傘を上げた。曇り空の下の薄暗い道の遠くに、あの萌黄の影が見えた。あちらへとかけていくのが見えた。たちまち遠ざかろうとするその背を、傘も鞄も放り出して追いかけたいと焼け付くように思ってタイザンは一瞬呼吸を忘れた。
『ダンナ、ちかてつの駅はあっちですぜ』
「……え………」
何気ないオニシバの声で気がつくと、いつもの地下鉄の駅へと続く入り口の横で、タイザンはまた立ちすくんでいたのだった。さっきあれほど薄暗く感じた辺りは、うす曇りのごく普通の朝の明るさで、萌黄の影もどこにも見えなかった。
『………ダンナ? しっかりして下せェ。本当に疲れてるんですかい』
「……あ、ああ……」
『すのこはいらねェが、今日は本当に早く帰ったほうが良いや。休むのも商売のうちですぜ』
「………ああ」
タイザンは道を引き返し、地下鉄へと降りる階段を下りた。下りる前に振り返ってもう一度そちらを見たが、やはり萌黄の影はなかった。
10.12.09