+ 大雪09 小話4+
「気を取り直して……来年は寅年か」
タイザンはこれまでのことがなかったかのように年賀はがきの束をそろえました。
「式神、降神!」
「霜花のオニシバ、見参!
……ダンナ、いつも言いやすが、あっしァこういうことはうまく手伝えやせんぜ」
「ふん、式神が闘うことしかできぬくらいわかっている。
が、それはそれとしてだ。私はとにかくはがきの文面を書くから、おまえはそれをテーブルの上に並べて乾かす係をやれ。いいな」
「ダンナ、わかってると言っといてそれですかい」
オニシバのツッコミにもめげず、タイザンは毛筆で年賀の挨拶を書くため、墨をすり始めました。
「この仕事もすっかり恒例になっちまいやしたね」
「そうだな。ナンカイさんには毎年墨一色の年賀状などつまらんなどと言われたが、そもそも年賀状とはこういうものだろうが。
今は絵やら写真やらの入った年賀状があふれているが、あれは感心せんな。まあ、子どもなら良かろうが、いい大人のやることでは……」
などというタイザンのぼやきは少しずつ小さくなり、しばらくの後には、すずりを見つめて手だけを動かすようになっていきました(墨をすっていると、どんな人でもだんだんと無心になってくるものです)。
手持ち無沙汰になったオニシバは、ふと思いついてデスク周りを探り、文房具をいくつか取り出しました。そして無心に墨をすり終えたタイザンが、その無心のまま年賀状に筆を走らせるのを横目に見つつ、ちょいちょいと作業を開始したのでした。
宗家ミカヅチと他の3部長へのはがきを書き終えたタイザンは、没頭していた状態から我に返って顔を上げました。
「ふう、気を使わねばならん分は終わったな。後は……」
そこまで言って、ふと気づきました。
テーブルの上に並べられた、今書き上げたばかりのはがきに、オニシバがちょいちょいとスタンプを押しています。
「……なんだ、それは」
「あ、気づいちまいやしたかい。ちょいと退屈だったんでね、イモ判を作ってみたんでさァ」
と言うオニシバの手に握られているのは消しゴム判子です。そばにあるカッターで彫ったもののようでした。
タイザンははがきを手に取ります。判子はトラの絵でした。ユーモラスにデフォルメされたトラが、版画独特の素朴なタッチで描かれているのです。親指の爪ほどの鮮やかな赤は、黒一色のはがきの左下で、絶妙のアクセントになっているのでした。
穴が開くほどそれを見つめるタイザンに、オニシバは小首を傾げました。はがきを握るタイザンの手も、わずかに震えているようなのです。
「うまくできたもんだと思いやしたが、だめでしたかい?」
タイザンは怒りに燃えた目で振り返るのです。
「おまえっ……、そういう特技があるならもっと早く言え!! 誰だ、式神は闘うことしかできぬなどと言ったのは!!」
「さあ……誰だか、あっしにァとんと」
とぼけて答えつつ、オニシバはもう一枚、ぺたりと赤い消しゴム判子を押したのでした。
09.12.11