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教育に使うとして +
「高校、行ってみたいな……」
そんな雅臣さんの呟きを聞いたのは、ボーナスの使い道を考えるのに疲れたタイザンが、キッチンでコーヒーをいれていたときでした。
タイザンは思わず振り返り、リビングへと続くドアを見つめたのでした。でも、それっきりリビングからは雅臣さんの声はせず、ただテレビの音声だけが聞こえてくるのです。
コーヒーカップを手に、タイザンはリビングに戻りました。さっき出てきたときと同じく、雅臣さんがソファに座ってテレビを眺めています。ちょうど、学園ドラマが流れておりました。十代後半の若者たちが、部活に、勉強に、友情に、恋にと、青春を謳歌しているのです。
「他の、何かやってないかな」
独り言なのかどうか、そんなことをぽつりと言って、雅臣さんはテレビのチャンネルを変えたのでした。
雅臣さんは天神町へと帰り、一人残ったマンションで、タイザンはソファに座ったまま、さっきの雅臣さんのようにテレビを眺めておりました。
『どうかしたんですかい、ダンナ』
声だけが響き、続いて神操機から霊体のオニシバが現れます。
『さっきからずーっと考えこんでるじゃありやせんか』
「昼に、雅臣が言ったのを聞いたか?」
オニシバは少し考えます。
『コウコウに行ってみてェ、とかいうやつですかい』
「おまえも聞いていたか。するとやはり私の聞き違いではないようだな」
タイザンはため息をひとつついて、ようやくローテーブルに置きっぱなしだったコーヒーカップを手に取りました。
「あれももう17だったな」
『もしかして、』
タイザンがコーヒーを一口飲み下すのを待って、オニシバは続けます。
『雅臣さんをコウコウに通わせてやりてェな、とか考えてるんですかい?』
「あれももう17だからな」
タイザンはさっきとほとんど変わらない言葉を繰り返しました。
『まァ、たしかにこの時代じゃァ17の坊はコウコウに通ってそうなもんですがね』
タイザンはうなずき、パソコンのキーボードをカチカチたたきました。画面にはミカヅチ社関連の私立高校のホームページが現れます。マウスを動かし、学費のページを確認しました。私立とはいえ、三年まとめてもタイザンに払えない金額ではありません。
「そういえば、ボーナスの使い道を考えていたのだったな……」
タイザンはぼそりとつぶやき、携帯電話に手を伸ばしました。しばしの呼び出し音の後、聞きなれた雅臣さんの声が、『タイザン? 何かあったのか』と応じます。
「おまえ、さっき高校を舞台にしたドラマを見ていたな」
『あー、見てた見てた。タイトルでも知りたいのか?』
それには返事をせず、タイザンは重ねて問いました。
「自分も高校に行ってみたいと思うか?」
『思う思う!!』
雅臣さんは弾んだ声で答えました。そして、「そうか、なら……」と続けようとしたタイザンにかまわず、
『だって高校に行ったら、ハッピー牛丼の高校生限定スペシャル牛丼セットが食えるんだぜ! 牛丼に味噌汁におしんこにサラダに生卵がついてたった300円! 信じられるか?! その牛丼もただの牛丼じゃなくて盛りが二倍の』
ブツッ。
という音とともに、雅臣さんのマシンガントークがその場から消えました。タイザンは沈黙した携帯電話を静かに折りたたむと、渾身の力をこめてソファに投げつけ、冷えたコーヒーを一気にあおったのでした。
08.10.10