+  枯色  +


 タイザンは中庭に立って、遠目にぼんやりと立ち働く女房たちを眺めていた。
『あの姐さんたちもみんな妖怪かと思うと、ぞっとしやすねェ』
 オニシバが神操機の中から語りかけてくる。ウツホが復活させた平安の都……と雅臣あたりは思っているが、その実人間は誰一人黄泉返っていない。雅やかな建物の中、動き回っているのは大半が人の姿を借りた妖怪。それを取り去れば、自分と雅臣と神流の生き残りが数名いるだけの、虚ろな都だ。
 それでも見た目には色とりどりの衣装をまとった女房たちが鈴の転げるような笑い声を上げ、牛の鼻輪を取っていた童が蝶を追いかけて元気に走りまわる。活気に満ちた、女たちのかさねの色目も鮮やかな典雅な都だった。
「ウツホは都を知らぬ。……ということは、やはりこれは私の記憶を元にでもしているのだろうな」
 自分への言葉か独り言か計りかねたか、オニシバは霊体で姿を現し、『へい?』と聞き返してきた。
「森の奥深くで妖怪とともに育ったというウツホが都を知るわけあるまい。私が里にたどり着いてからも、ずっとあの里に篭っていたわけだからな」
『あァ、なるほど。ってこたァ、これァダンナの知る都だってことですかい』
「里で少しだけ、ウツホや雅臣に都の様子を聞かせた覚えがあるからな」
 あのころは無邪気だったウツホが、熱心に聞き入っていた様子がありありと思い出される。自分は里の者らから都の話を熱心に請われて、ただ戸惑っていた。
    都は、
 ウツホも、雅臣も、みな子どもだった。タイザンは彼らの喜ぶような都の話をしなければならなかった。それくらいは察することができた。
    都は美しくて……紅や青や黄や紫や、色とりどりの衣を着た女房たちが、宗家やその姫に仕えていて……。
 途切れ途切れの話を、目を輝かせて聞く子どもたちの姿が、今も目に浮かぶ。
 都は、美しいところなのですね。
    ウスベニもそう言って微笑んでいた。
 何度もせがまれるうちにだんだん要領がつかめてきて、貴族たちの典雅な暮らしぶりやら、贅をこらした館の様子やら、そんなものを語っては子どもたちを喜ばせていたものだ。
 こうして考えれば、ずいぶんと色々なことを話したものだ。タイザンは扇をもてあそびながら、里と、人々と、あのころのやすらぎを思い起こし、しばらく忘れていた胸の痛みを思い出した。
 都で犯した罪。里で犯した罪。自分は彼らを裏切り、そしてその自分をさらに裏切った天地の者たちがいた。
 ウスベニ、雅臣、都はお前たちの思うような美しい場所ではない。ここと同じだ。華やかに飾られた妖怪だらけの地だった。
「存外、ウツホは私の話を正確に理解していたのかもしれぬ」
『……あァ、ダンナは地流宗家の跡取り候補でやしたっけね』
 独り言のつもりだったのに、まるでそれまでのタイザンの思考が聞こえてでもいたかのような言葉をぽいとオニシバが投げ返してきた。驚いて顔を上げたこちらに気づいているのかいないのか、オニシバは黒メガネの奥の目を細めて、遠くの屋根に据えられた精密な鳳凰の細工を眺めている。
 タイザンはその平然とした横顔をしばし見つめ、それから小さく  今度こそ気づかれぬように  深く息をした。
 そして、
「……いや、やはりでたらめだな。女房どものかさねの色目がめちゃくちゃだ」
 部下の報告書を突き返す時のように、高飛車に決め付けた。
『と言いやすと?』
「たとえば、だ。あそこで女が2人話をしているだろう」
 タイザンが軽く扇で示した先には、色鮮やかな装束の女房たちが袖で口元を隠し、笑い声を上げている。
「右の女は『裏山吹』、春の装束だ。左は『黄紅葉』で秋。それが顔をつき合わせて立っていると、無性にイライラする」
『ダンナらしいや』
 オニシバがからかうように笑ったので、タイザンはたちまち不機嫌な顔になる。
『ま、あっしァそういうこだわりは嫌いじゃありやせんぜ。粋じゃねェですかい。ダンナ、あっしの節季のころは、どんな色を着るんですかい?』
「大雪のころか? そうだな、……ああ、あの女がそうだ」
『へえ、随分と渋い色合いで。あれはあれで粋たァ思いやすが、あんまりあっしにァ似合いそうもねェ』
 せめてクロイチの兄さんあたりなら……と言いながらオニシバは、優雅に水を撒く女を見ている。タイザンは扇を口元に当ててぐるりと見渡した。
「他にもあるが、今は見当たらん。妖怪のひしめく都だと思うと、歩き回って探す気も失せるしな」
 後半は吐き捨てる調子で言って、タイザンは都を抜ける大路のほうへ足を向けた。外の山野へ出て、笛でも吹いて気を晴らすつもりだ。
 タイザンが歩き出したので、オニシバはふいっと神操機へ戻る。そしてそこから軽く声を投げた。
『でもダンナ、あっしァ今の話でちょいとだけこの都が好きになれましたぜ』
 タイザンは眉間にしわを寄せて、神操機を収めた袂を見下ろした。
「正気か? ヒトの姿をした妖怪どもが我が物顔に闊歩する都だぞ」
 オニシバは涼しい顔で応じる。
『これがあっしの闘神士の育った風景だって思えば、自然と愛着も湧くものでさァ。小せェダンナがそこらを歩いてる姿が見えそうな気がして、面白ェや』
 一瞬、タイザンは足元の小石につまづきかけた。
『ダンナ、歩きながらよそ見はいけませんぜ。転んで怪我でもしたらおおごとでさァ』
「……うるさい、少し黙っていろ」
 それからやたら早足になって、わき目もふらず都の出口を目指した。
06.11.2






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